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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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19/81

薬屋キックリ


シリアス脱出





爽やかな涼しい風と空気を肌に感じ目を開ける。


立ったまま、ぼーっと少しくらくらする頭で周りを見渡すと、いつも行っていた井戸の周りに生えている木々よりも一回り以上高い木々が其処彼処に生い茂っている。


そして少し遠くの場所に離れ以外の見たことのない家を見つけた。


そこには黒い文字で『薬』とだけ書かれている小さな木目の立て看板が立っていて、赤い屋根と煉瓦の煙突の小さな家が建っていた。



「転移…できた…………っ…」



恐らく望む所へ転移できた安堵を感じた途端、予想以上に消費した魔力に、最早体を支えていられず、へなへなと座り込んでしまい、それも保てずに横倒しになって寝そべった状態になった。



「…………やってやった」



初めての大きな魔術の展開の連続に、魔吸収とは別次元の疲労感に体はなかなか起き上がれない。流石に負担が大きかったかなと、ルウィエラはちょっとだけ休もうと目を閉じた。









「あれまあ、こんなところで何昼寝なんかしているんだい。一瞬死んでいるかと思って冷やっとしたじゃないか。」



掠れた声帯なのに気持ち良くハキハキと通った喋る声に、少しの間意識を飛ばしていたルウィエラは目を開ける。



「お。起きたね。あんたどこの誰かね?何でこんな森の中で寝そべっているんだい。」



少し顔を動かして見上げると、そこには白髪と銀髪の混ざった髪を頭部の天辺でぴっちりとお団子に纏め、顔に皺はあるが暗い赤色の瞳は力強く生命力があり、ルウィエラより少し背が高いだろう背筋をすっと伸ばしている姿勢を見ると、顔以外に高齢にはとても見えない。


そして風貌はレウィナの日記に記してあった、キックリという人物に酷似していた。



「…あなたは、キックリおばぁ…コホッコホッ…」



口の中が苦味と乾きで咽てしまいルウィエラは咳き込んだ。



「そこで止めると、ばばあ呼ばわりされたみたいに聞こえるじゃないか。確かに私はそこの薬屋を営んでいるキックリだ。あんたは?」

「コホッ…ルウィエラ、です。あの…レウィナという人を知っていますか?」



母の名前を出すと、キックリは目を見開き口も大きく開けて呆然としている。そしてしゃがんでルウィエラの肩を掴んだ。



「あんたレウィナを知っているのかい!?あの子はうちの薬屋で働いていてね、買い出しに行ったきり、そのまま行方不明になったんだ。もう15年以上前になるね。知り合いなのかい?」

「…娘、です。」

「…なんと、レウィナの娘かい!…それであの子はどこに?」

「………」



ルウィエラは俯いて唇を噛む。その仕草を見たキックリは予想がついたのか、少し眉を寄せて痛ましい表情になり、大体を察してくれたらしい。


そして立ち上がって声をかけた。



「……とりあえず、家に来な。立てるかい?私は見ての通りもういい歳だからね。あんたを担ぐことなんざできんよ。」

「はい、立てます。」



少し休んだからかふらつきながらも、なんとか立ち上がりキックリについて行った。





キックリの薬屋、赤い屋根の煉瓦調の家は、古いからこその独特な味のある風情を醸し出していて、チリンと鳴る少し錆びたドアベルの音も古風な感じでこの家に合っていた。


扉を開けると小さめのカウンターがあり、それを囲う棚には様々な瓶や箱が並んで連なっている。

カウンターから少し離れた場所には三、四人が座れそうな焦げ茶色の木のテーブルと椅子が備えられている。


ルウィエラが中に入ると、キックリは外の立て看板を裏にして扉を閉めて鍵をかけた。

その際指先がポッと淡く光ったので魔術による施錠をしたようだ。



「裏口はあるが入り口は店と一緒だ。私の住まいは奥になる。こっちだよ。」



キックリはカウンター奥にある赤茶色の暖簾を潜り奥に進んでいった。ルウィエラも続いて潜ると、短い廊下の途中の右側に二階に上がる階段があり、真っ直ぐ進むと外観からは想像できなかった広さのリビングに出た。淡い茶色のテーブルと椅子、古いが味のあるカウンターキッチンと、奥には一人がけのソファと二人がけのソファが一つずつ、そして暖炉の火が煌々と燃えている。



(本だけは沢山読んだけど初めての実物が沢山ある…。)



ルウィエラの世界観はあの離れと井戸だけだったので、本の知識と情報以外で、初めて目に映るものの多さに僅かに心が弾む。



「そこの椅子に座りな。何か飲むかい?」

「あ、はい。」

「あるのはホットミルクと紅茶だね。珈琲は切らしているんだ。どっちにするかい?」

「……どっち」

「なんだ、まさか両方飲めないのかい?」

「いえ……飲んだことがないのでどちらを選べばいいのかわかりません。」

「………じゃあホットミルクにでもしておくか。蜂蜜は入れるかい?甘いものだよ。」

「はい。」



そう言うとキックリはキッチンに入って行った。

小さな小鍋にミルクを入れ、やかんという入れ物に水を入れてから火魔法をかけて、暫くすると注ぎ口から湯気が立ち昇る。その湯気の行方を見続けていると、コトッとテーブルに取っ手があり厚みのある茶色いカップが置かれ、湯気の出ている飲み物が出された。



「ありがとうございます。」

「熱いから気をつけな。」

「はい。」



ほこほことやかんの注ぎ口と同じ湯気が立ち昇っているホットミルクを、持ち手の部分を持って顔に近づける。顔全体に温かい湯気が掛かり、ミルクと蜂蜜のほんのり甘そうな匂いが香る。ルウィエラはカップを傾けながら口を付けた。



「熱っ!」

「何やっているんだい!熱いから気をつけろと行った矢先に。」



ルウィエラはカップを一度テーブルに置いて、まだ温まってない指先で唇に触る。



「こんなに熱いものだとは……加減がわかりませんでした…」

「………息を吹きかけて冷ましながら少しずつ口に含んで飲むんだよ。」

「はい、やってみます。」



キックリは飲み物を聞いた時と同様に少し眉を寄せながら飲み方を教えてくれた。


ルウィエラはまだヒリヒリする上唇に治癒魔術を指先に施して当てる。その様子を見ていたキックリは目を丸くしていたが何も言わず、自分の紅茶に口を付けた。


ふぅふぅと息を吹きかける度に顔に温かい空気が纏う。

先程の熱い衝撃に少し怖々しながら口を付けながらホットミルクを啜り、ぱちぱちと瞬きをした。



「…お、いしい…甘い…とても美味しいです。」



ミルクの円やかさと蜂蜜のほんのりした甘味が、口の中の乾きと薬を飲んだ後の残っていた苦味をゆっくり流していった。


体の芯と共にかちこちの心まで温めてくれるような不思議な美味しい飲み物だった。


昔、一度だけ木のコップで飲んだ甘い飲み物は、水のように冷たいがさらっとした喉越しだったが、こちらはじんわり喉を通って温まっていく感じだ。



「そりゃ良かったね。」

「ご…ちそう、さま、です?」

「合っているよ、その言葉で。」



確か、人から飲食を施された時に言う感謝のお礼の言葉というものだ。


まだカップに沢山入っているので、終わった時に言うのではと気付いたが、飲み終わった時にもう一度言えばいいと思い、またふぅふぅしながらちょびちょびとホットミルクを口に含んで大事に飲んだ。



「それで?なんであんたはあんな所にひっくり返っていたんだい。」



ルウィエラがホットミルクを半分程飲んだのを見計らってキックリが声をかけた。


ルウィエラはどこから話したら良いものかと悩んだが、ワンピースのポケットから鉛筆を取り出す。そしてそこに僅かな魔力を流して日記を取り出した。



「先ずこれを読んで下さい。母、様の…レウィナの日記です。」



そう言って日記をテーブルに置いてキックリの方に押し出した。


ルウィエラは日記にキックリの名前、外見、場所まで記していたということは、レウィナにとって大切な人だったに違いないと判断したのだ。


そんなキックリは鉛筆を見ながらあんぐり口を開け「なんだいそれは…。」と唖然としていたが、「まあ、そのあたりの話は追々だね」と気を取り直した様子で日記に目を通し始めた。






それからどの位経ったのか。


キックリは、読み始めこそ眉を寄せて険しい表情をしていたが、途中からはストンと表情が能面になり、そのまま最後の日の部分まで日記を読み終えたようだった。


ペラペラと日記の頁を最後まで捲りながらパタンと日記を閉じる頃には、ルウィエラはホットミルクを飲み終えていた。



「なるほどね、魔呪道具に魔封じと認識阻害か……そりゃいくら捜しても見つからない訳だ。しかも本人は逃げられる状況にすらなれなかったってことか…。あんたを産んだ後は…恐らく助からないと悟って消滅を施行したんだろうよ。」



読み終えたキックリは無表情で遠くを見るような眼差しで呟いた。



「それで?それからあんた…ルウィエラはどうしていたんだい?」



ルウィエラは自分が物心つく頃からの記憶を思い出しながら、時系列でまだ上手く言葉を紡げないなりにつっかえながら、ゆっくり話し始めていく。




物心つく頃からずっと離れに一人っきりで、服一枚と靴一足と下着と薄い布団のみで過ごしてきたこと。


食事は10歳までは一日一回くれば良い方で固いパンと具と味の殆どない冷たいスープのみだったこと。


外には井戸の水を飲みに行く以外は禁止で、破ると折檻され、それはアグランド家の正妻タチアナが殆ど行っていたこと。


九歳の頃、罰という名目でシェリルから左腕に火と水の魔法を受け、怪我をしたこと。そこで初めて紅い鳥に会ったこと。その日の夜にタチアナから火傷痕と背中に折檻を受けたこと。


一度だけ誰かからの施しかは不明だが、甘い水を飲んで翌日とても体調が緩和したこと。


10歳になった時に、家に魔宝玉を所持した白いローブの人がシェリルとオーリスと共に現れ、ルウィエラが触れたら、強い魔力が顕現して皆が驚いていたこと、その後シェリルから魔呪道具を填められて、約六年間魔力を吸い取られ続けたこと。


誰にも何一つ教わることはなく、偶々シェリルというアグランド家の一人娘が気紛れに本を渡したことで、それらを全て読み、日記も読めるようになり、母がされてきた惨い仕打ちを知り魔力が暴走しそうになり、自分の魔力器の新しい箇所が顕現したこと。


その後はひたすら魔力操作を学び、書庫の本を遠隔透視魔術を駆使して片っ端から盗み読んできたこと。


彼等に復讐する為に日々搾取されながらも生きながらえてきたこと。


13歳の時にサリトリ―という人外者の魔絆相手であるということがわかったが、彼はルウィエラの魔力を纏っているシェリルを相手だと勘違いしたこと。


16歳のシェリルの誕生日翌日に婚約するということで、その直前に復讐を結構すると決断して、その日まで準備をしていたこと。


そして婚約式が始まる前に、魔呪道具の解除と呪い返しからの記憶忘却を始めとした魔術のこれでもかと上乗せ、魔絆砕きと魔力識別阻害を施し、転移の応用でキックリの元まできたこと。




こんなものかな、とルウィエラは頭を時折左右に傾けながら、話し終えた。


その間キックリは、天井に顔を向けたり、眉を潜めたり、目を見開いたり、表情はこんなに変わるものなのだなと、ルウィエラは興味津々に眺めていた。








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