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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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時が満ちる





「ついにサリトリ―様との婚約式が決まったわ!来月の私の誕生日の翌日に婚約式をすることになったのよ!サリトリ―様は相談役を担われているから、当日は特例で国王様も参加して下さることになってね、王宮にある貴賓室の一つで行われるのよ!今ドレスを注文しているのだけれど紫に銀色の素敵な刺繍が入っているの。瞳の色と悩んだのだけれど今回はサリトリ―様の髪の色と同じにしたの!ああ、本当に楽しみだわ!あなたは引き続き魔力沢山蓄えておいてね!じゃあね!」



いつものように歌うように話すだけ話してシェリルは軽やかな足取りで出て行った。


扉を見つめているルウィエラは相変わらずの無表情だが、何も知らない無知で無能な頃とはもう違う。全てを諦めていた諦観の眼差しではない。


ひたと奥底に燻る渦が混ざりあい、ぞっとする冷え冷えとした瞳をしていた。




約一ヶ月後。


その日が終わりの日となる。


彼等にとって。




そしてルウィエラにとっては。



その日が始まりの日となる。




やるべき事柄は殆ど終えていて、あとは整えるだけ。


その時まで慎重に驕ることなく準備をしよう。



その日からルウィエラは仕上げにかかった。






レウィナの日記と一緒にあった、ワンピースのポケットにちょうど収まる鉛筆を二重底のある抽斗から取り出した。


鉛筆自体には屑ほどの魔力しか感じられないが、ルウィエラは魔力を練り込んで闇色と三色併せ練った茶色の魔力を混ぜ合わせ、亜空間の魔術を緻密な魔力操作でその鉛筆に少しずつ馴染ませていき亜空間収納アイテムを完成させた。


鉛筆に触れ、異なる階層の中身の大きさを測ると、日記と綿の布、小さな瓶が入れられるには十分な大きさなので問題ないだろう。


鉛筆を日記と共に引き出しの二重底に仕舞い、決戦の日まで大事に保管しておくことにする。







それから約一ヶ月後、夜の冷え込みが幾分か和らぐようになった日の夕方前に訪れたシェリルは、ここに来る直前に魔吸収を発動していたからか、輝くような笑顔とほんのり紅潮した顔色だ。対してルウィエラの顔色はいつもより蒼白だ。



「今日は私の誕生日なの!そして明日は、ついに私とサリトリ―様の婚約式が行われるのよ!今夜の誕生日パーティーにはサリトリ―様もお招きしているの!今夜も勿論だけど明日が楽しみ過ぎて眠れるかしら…!」



歌うように軽やかな口調で話すシェリルに、ルウィエラは少しふらつく体を手でベッド柵を掴み支えながらゆっくりと立ち上がる。



「あ、正午から婚約式が始まるから、明朝と正午前にはいつもより多めに貰うから今夜は早く体を休めて貯めておいてね!」



ルウィエラは柵から手を放し、背筋を伸ばした。


相変わらずの無表情だが、どこか今までと違う眼差しで可憐に微笑みながら話すシェリルに体を向け、初めて自分から声を掛けた。






「お幸せに。」






できるものなら。





まさか話すと思っていなかったのか、シェリルは驚いた表情をしてから満面の笑みで答える。



「ええ、勿論よ!あなたもこれから、私の為に沢山沢山魔力を作ってね!じゃあね!」



そう言ってステップでも踏みそうな足取りで出て行ったシェリルを見つめるルウィエラを、今まで見下し、貶し、嘲り、馬鹿にしてきたアグランドの者達がもし見たならば。


その静謐な中にも苛烈で獰猛な眼差しに息を呑み、驚愕と恐怖で立ち竦んでいたことだろう。






日が落ちる頃、誕生日パーティーという名の晩餐の前に、もう一度魔力を吸い取られるだろう予測をしていたルウィエラは、訪れるのは今夜で最後だろう井戸へ向かった。


桶で水を汲んで数口飲んでから、その場に留まる。少し経ってから、ごそっと魔力が奪われ石垣に両手を付きながら痛みに耐え、ヒューヒュー乱れる息を少しずつ整えていく。ようやく落ち着いてきたので、体を起こして頭上を見上げた。



(今夜は空気が澄んでいて雲も殆どなく月がはっきりと見える。)



周りに雲一つなく、まるで淡い金色を溶いたかのように、静謐に輝く月の美しさに暫し魅入っていると、どこからか羽ばたきが聞こえ、首を元の位置に戻すと、井戸の石垣に美しい紅色に勇猛な金と銀の色の異なる瞳の鳥がいた。



(……会えた。)



今夜は何故か漠然とだが会えるような気がしていた。


そしてこの紅い鳥と会えるのも今夜が最後だろう。


ルウィエラは、まるで先程見ていた月のような金色を含む瞳を見つめて、ゆっくり息を吐き出してから話しかける。



「色々ありがとう。」



この紅い鳥が一緒に居てくれた僅かな時間は、ルウィエラのここでの暮らしの唯一の癒やしになっていたのだ。まだ上手く心が動かないので、言葉にするのは相変わらず難しいが、ありがとう、は間違っていないと思う。


紅い鳥は、何が?という感じに首を傾けた。勇ましい姿なのに、その仕草がとても可愛らしく見えて心がもぞっとする。


ルウィエラは呼吸と痛みがようやく治まった体を動かし、桶から水を掬い口に含んでコクコクと喉を潤した。


そして「………飲む?」と紅い鳥に尋ねる。飲む様子を見ていた鳥はパッと頭を上げて、目を少し見開き、以前と同じように桶とルウィエラを何度も交互に見るあどけない姿にまた癒やされる。


そして、おずおずという感じで嘴をつけ、はくはく動かしてから、ぐいんと上に反るように向けて飲み込む。またその姿を見れたルウィエラはむずむずしながらじっと観察していた。そして桶を元に戻し、ルウィエラは再び紅い鳥を見る。



お別れだ。



「元気で。」



そういうと鳥はまた首を傾ける。


その仕草にまたむずむずするが、そろそろ戻って明日に備えなければならない。



「さよなら。」



そう言ってルウィエラは離れへ向かった。この前のように振り返ることもなく。








翌朝、日の出前に目が覚めた。


昨晩井戸から戻ると届けられていた食事の残りを胃の中に収め、その後、体全体に緩めの浄化魔術をかけ終わった直ぐ後、左腕に瞬間的な灼熱と激痛が迸る。体を四方八方から針で刺されるような痛みに蹲り、痛みを流していく。上部の魔力器の三分の二程の魔力が奪われ、止まってからもヒューヒューと喘鳴しながらも呼吸を整えていく。



(これだけごっそり奪って…正午前にもう一度とか鬼畜。…でも、もうあげないよ。)



ようやく体を起こすまで回復したルウィエラは、引き出しにある二重底を開けて日記と鉛筆、小さめの三本の瓶と更に小さい小瓶を取り出した。凝縮に凝縮を重ねた魔力回復薬は三本が限界だったが、一本で上部の半分強は回復する筈だ。


空間収納を施した鉛筆の中に、日記と小さめの小瓶、机の上に置いてあった綿の布を入れてワンピースポケットの奥底に入れ、更に三本の瓶を入れた。




そして左腕に填められた腕輪に触れた。



先程、烈火の如く熱くなったとは思えない程ひんやりしている古の文字が刻まれ魔吸収を発動させる忌まわしき呪いの腕輪。


禁忌と謂われているだけあり、魔吸収の魔力の動きは見えない仕様になっている卑劣な魔呪道具で、かつて偉大で愚かな魔術師とその弟子達が、己の尽きない羨望と欲望を満たすのに身の内の魔力だけでは飽き足らず、人間を犠牲にして奪った魔力で、人外者と同等近くまで魔力を保持し、人智を超える魔術を成就しようと目論んで作ったものだ。


枯渇状態を慮ることなく根こそぎ奪われ命を落とすものが続出して、ディサイル国含む周辺国は恐怖に陥れられた。各国から選りすぐりの魔術師や魔法師を率いてもなかなか終息に向かわず、最期は人外者によって彼等は殆どが永遠に葬られた。


だが彼等が創ったとされる魔呪道具は、全て回収されておらず、未だに見つかっていない道具もあるそうだ。


ルウィエラとレウィナに填められた腕輪、タチアナが付けていた指輪もそのうちの一つだろう。



約六年もの間、ルウィエラはアグランド家の書庫を見ても文字の解読はできずにいたが、ならば文字に刻み込まれたであろう呪術を解除ではなく破壊できないものかと、腕輪に触れながら魔術の組み合わせを何通りも試しながら熟していったある日のこと。


腕輪を覆う文字の一つの色が僅かに変化した。古代文字の影響なのか、魔黒石で作られた腕輪そのものは、透き通るような漆黒色なのに対し、彫られた文字の配色はどこか禍々しさが溢れる暗色系の色なのだが、その一文字だけ色が淡くなったのだ。


淡くなった文字と元の色の文字をそれぞれ触れてみると、淡くなった文字の呪いらしき魔力の渦が微かに破壊されていることがわかった。




これだ。




魔力を唯一の己が死ぬまで共にいるものだと、何年も親身に関わってきて、細部の動きまで緻密に操作できるようになったルウィエラだからこそ気付けた文字の中の古の呪いの魔力の動き。



これで壊せると確信をもった。


ただ、この作業を続けて一つだけ破壊したとしても全ての文字が破壊されない限りは外れないだろうし、その間に気付かれる危険性も考慮して、来る日にほぼぶっつけ本番で決行と決めた。


一文字ずつ、それぞれを壊す、異なる魔術の組み合わせを照らし合わせていくという、実に面倒な作業を気が遠くなるような時間を費やし続け、途中で魔力を吸い取られて繋ぎが壊されないように、細心の注意を払いながら、都度、器の下部に移動させた。


一文字ずつ破壊できるだろう魔術を編み上げ、それを繋げて腕輪と同じ円状にしてからは、ひたすらその精度を上げるために、更に魔術を練り上げ編み込み凝縮させていった。


そしてその円状になった魔力束の輪っかは、魔力器の下部の底の方に移動させて、大事に保管した。




ルウィエラは離れの中央に立ち、無表情のまま周りを見渡す。



ルウィエラとレウィナを捕らえていた、この忌々しい場所も見納めだ。

物理的にも。










機は熟した。









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