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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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紅い鳥との再会




それから数日経っても、アグランドの者が訪れることはなく、来るのは食事を運び、悪態をついて去っていくメイドだけで、ルウィエラの魔力が暴走しかけたことは知られていないようだったが、今後も魔力の扱いには慎重に行うことにした。




ある晩、ルウィエラは井戸に水を飲みに訪れていた。


魔力器の幅が増え緻密な操作ができるようになってきたからか、井戸に湧き出ている水には微かにだが治癒魔力の残滓があることに気付いたのだ。


誰の手によるものなのかは分からないが、母から受け継いだ胎内からの防御強化と治癒促進の影響だけでなく、この井戸のおかげでもあったようだ。


その井戸から水を汲み、桶に入った水を見つめながら「…ありがとう」と小さく感謝の言葉を呟き、そういえばこの言葉を初めて発したのもここだったなとふと思い出す。


相手は井戸でもなくそもそも実在していたのかも定かではない生き物だが、それでも脳裏に残るあの紅い鳥はとても勇ましく美しかった。


『綺麗』というものを言葉でしか知らなかったルウィエラだが、その言葉はあの紅い鳥にこそ相応しいと感じたから自然に言葉に出たのだろうと思う。




そんなことを井戸の石垣に腰かけながら思い耽けていると、グワッと左腕に灼熱の熱さと激痛が迸る。その後、ストンと血の気の引く感覚と体中に耐え難い痛みがルウィエラを苛む。


慣れたとはいえ、かといって痛みを消せる訳ではなく、辛うじてそれを受け入れて流すよう耐え忍ぶことだけだ。


折角水を汲んだ桶をひっくり返さないよう逆を向き、両手で両腕を抱え、体を折り曲げ「ぐっ…」と歯を食い縛りながらも声が漏れてしまう。



すると何処かでバサッと何かが羽ばたく音が聞こえた気がするが、今のルウィエラはそれどころではない。暫く蹲ってやり過ごして、徐々に痛みが引いていった。



(結構持っていかれたな…離れに戻った後でなくて良かっ………ん?)



苦しかった胸を押さえながら、体をゆっくり起こそうとした時、ふと視界に脚が見えた。



前が三本、後ろ一本の趾は、それぞれに鋭い爪を持ち、力強そうな脚が二本。顔を上げていくと、羽の先端は鮮やかな朱色で、体を覆う羽は深紅、そして顔周辺は黒に近い至極色のグラデーションがかっている。そしてその姿に相応しい金と銀の瞳。


左腕を魔法で攻撃された後に訪れた時に綿の布を運んでくれたあの紅い鳥が石垣に佇んでいるのを見て、ルウィエラは僅かに目を丸くした。



(……夢ではなかったんだ。本当に綺麗な紅い色。)



良く見ると絵の本で見た鷲のような出で立ちなのだが、本とは比べ物にならない位綺麗で威厳があって美しい紅い鳥。ルウィエラは思わず魅入ってしまった。



初めて会ったあの夜は、体中が悲鳴を上げ、熱で意識も朦朧としていたので、こんな綺麗で勇ましい鳥は夢だったのかと残念に思ったが、今目の前にいる紅い鳥が実在していたことに心がほわっとした。



「…この前は…ありがとう。」



あの時の紅い鳥の行動は、ルウィエラにとって体は勿論のこと、心にも潤いをくれたのだ。


鳥は僅かに目を丸くしたように見えたが、すぐ戻し少し目線を下げた。


ルウィエラもその視線を追ってみると、どうも手を添えている胸元を見つめているようだ。なんだろうと首を傾けたが、もしかしたらルウィエラが苦しんでいたところを何処かで見ていたのかもしれない。



「もう苦しくはないの。今は…大丈夫。」



何となくだが、心配ないということを伝えておこうと思った。


紅い鳥は金と銀の瞳の目線をルウィエラに戻し目を細める仕草をした。



(この綺麗な鳥は人間の言葉がわかるのかもしれない。)



そう感じながら、ここに来た目的を思い出して、ルウィエラは桶に両手を入れ、水を掬い口に含みコクコクと飲む。紅い鳥がこちらをみている気配はするが、喉と体が満たされるまで飲み続けて、桶の水が半分位に減ったあたりで満足して止めた。


顔を上げると紅い鳥はまだこちらを見ている。


(もしかして、水を飲みたいのかも…?)



「水、飲む…?」



桶に口を付けた訳ではないけど、自分が飲んだ後でも大丈夫かと少し気にはなったが声を掛けてみた。


紅い鳥は、そんなこと言われると思わなかったのか、瞳を丸くしてルウィエラと桶を交互に見つめ頭を上下に忙しなく動かす。


綺麗で勇ましい鳥が、そんな仕草をしているのがなんだかとても癒やされて、首を傾けながらその様子をじっと見ていた。


ルウィエラのそんな様子をどうとったのか、紅い鳥は意を決したようにそろそろと力強そうな足を進め桶のすぐ側まできて体を前にぐっと傾けて水に嘴付け、少し動かしてから、ぐいっと頭を上に向けて飲み込んだ。


紅い鳥が水を飲む姿に、ルウィエラは何か心が擽ったくなりもぞもぞした。見た目がとても強そうな鳥が、水を飲み込む度にぐいんと上を向く様が、何とも可愛らしいのだ。


紅い鳥は数度繰り返したあと後ろに下がり、何故か遠い目をしている。


もう少し見たかったなと感じながらも、桶を元の位置に戻す。そしてルウィエラが見つめていると、こちらの視線に気づいたのか見返してきた。


また何時、この美しい鳥に会えるかわからないのでしっかり目に焼き付けておこうと思った。



「もう戻るね。」



そう言ってルウィエラは離れに向かって歩き始めた。

少し歩いてから振り向くと紅い鳥は井戸の場所から居なくなっていた。








それから五年。


シェリルに腕輪を填められた日から、実に五年もの間ルウィエラは魔力を吸い取られ続けていた。じわじわと嬲るような時もあれば、魔力を何某かに使ったのか、上部の大部分の量を一気に持っていかれることも幾度となくあった。


その間、何度か離れに訪れては、「まだ元気そうで良かったわ!もう少し貰っても大丈夫そうね。」「魔法が上達してきたの!でも魔力も沢山必要になるのよね!明日も練習するから沢山蓄えておいてね!」「私の魔力を大事に育てておいてね!」等、相変わらず歌うように好き勝手に喋り、「じゃあね!」と満面の笑みで去っていく。


ルウィエラが真っ青な顔をしていても。

床に倒れこんでいても。




とある別の日には「そうそう!お父様は腕輪のことはご存知なのよ。少しだけ窘められたけど、何よりあの悪い女の魔力を近くで感じられることが嬉しいみたいで。可笑しなお父様。でもそのおかげでお父様と居られる時間が増えたのよ!私と家族の為に、これからずっとよろしくね!」と朗らかに話しながら魔吸収を施していった。



時折忘れた頃にタチアナも虫の居所が悪いのか鞭を撓らせに訪れた。


そんな無邪気で惨い仕打ちや、執拗な憎悪を向けられている間にも、ルウィエラは時間のある限り黙々と学び続けた。



幸い、魔力操作を徹底的に学んでいったことも要因だろうが、基礎となるどの魔法も早い段階で修得でき、そこから更に詰めて応用と併せて難しい修得のものにも精を出した。


魔法を唱えるのは井戸に行った時のみで、周りへの注意を怠らず、発生させる時も手に少し顕現する程度に留めた。




そしてレウィナが日記に書き残していた保険代わりという魔術と錬金術の数々は、それは素晴らしいものだった。数多の魔術師や錬金術師が喉から手が出る程、欲しいに違いないくらい見事なもので、ルウィエラは心が震えた。


しかも始めは簡単なものから、ルウィエラでも解り易い説明で丁寧に書きこまれている。だが、先ずは魔力をもっと上手く扱えるようにと貪欲に魔力操作に精力を注ぎこんだ。


そしてより正確に精密に動かせるようになり、魔力を属性毎に器内で選別して、更に分別して纏めたり交ぜたりなどすることが可能なまで、細やかに操作できるようになっていた。


これで魔法や魔術を使う時、それに見合った魔力を排出して、より精度の高い密度の濃いものが出来上がることだろう。



そこまで完成度を上げ、ルウィエラはようやくレウィナの残した術を網羅すべく、更に一意専心に学び始めた。


レウィナが易しいものから書いてある順番の通りに学び、記憶し、時には応用で改良したものなど全て貪欲に吸収していった。



序盤に覚えた浄化魔術は今まで入浴をしたことのないルウィエラにとってかなり重宝した。しかし、下手に身綺麗になり、あの家の者達に気付かれても困るので、最低限にしようと決めた。



書いてある前半部分を全てを会得したルウィエラは、

次に相手を探り出す『索敵魔術』

肉眼では見えない距離のあるものの情報を知る『遠隔透視』

同じくそれを魔術で操作する『遠隔操作』

人や物の真偽や良否、目利き等が可能な『鑑定魔術』と、その魔力版の『魔鑑定魔術』

形や色を他に似せる『擬態魔術』

そして重宝しそうな状態保存の亜空間収納アイテム等、書き込まれている沢山の魔術の中から、自分の今後の為の優先順位をつけて覚えてから、他の魔術や様々な魔草や魔石を原料に使う錬金術に挑もうと手を掛け始めた。



同時に今迄の本は子供でも解る内容だったので、それ以外の世情を知らないことで躓かないように、そちらの知識も必要と判断し、以前シェリルがこの離れから一番近い屋敷の場所に書庫があると言っていたことを思い出した。


当然入ることはできないので、遠隔透視と遠隔操作を駆使して書庫の本を、片っ端から調べ上げて読み漁り、ひたすら知識を蓄えていった。




そんなルウィエラであるが、周りに何一つ教育する者が居なかった為、魔力器が人より少し大きく魔力の色彩が多少あるのだろう位にしか思っていなかった。


実際は巧みに精密に魔力を操作できることで、魔力操作だけでなく魔法や魔術においても、普通ならそれなりの年月数をかけて行う過程を、飛躍的且つ緻密に熟していき、その能力も相当なものであるという事実に当然気付いていなかった。





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