魔宝玉
それからルウィエラは、折檻で体力が削られない限り、毎日欠かさず昼間は本を読み続け、魔力感知の練習は朝起きて体を起こす前に一度、そして夕方以降に集中して試し続けた。
数日後には透明だが僅かに色々な色を帯びた線の束のようなものを感知できるようになった。生まれた時から共に居た魔力の存在を、肉眼ではなく意識の中で『視える』ことが、一緒にいる存在感を感じるようなり、得もいわれない擽ったい気持ちになった。
魔力感知のおかげか、最近は二日に一度になった食事を持ってくるメイドの足音だけでなく、気配を感じられる様になったのは僥倖だ。
そこから更に学ぶことを夢中になりながら、集中しなくても感覚で解るようになり、その巡りを意識的に自分で動かすとこまでできるようになった頃、その魔力が集結していく先に器のような形も感知できるようになったのだ。
ルウィエラの器は、あの木の器よりかなり大きく丸みを帯びていて、スープの器より深めだ。線の束が自由自在に舞うように動いてその器に取り込まれていく。それを少し取り出してみたり、戻して今度はごっそり取り出してみたりしてまた戻す。
多分この応用で魔法を発生させるのかなと思考を巡らす。本に載っている絵で描かれた魔法の形を想像して具現化させるのだろう。
次に意識を集中させて線の束から透明で赤色を含んだものだけの抽出を試みてみる。
一本。二本。今度は五本纏めて。
さらさらふわりと流れている色とりどりの束から赤いものだけがスルスルと抜き出されていく。
うん、できた。
他の色も試してみる。青色、黄色、緑色、紫色、金色、濃紺色の順に呼び寄せる。透けた様々な色が混ざって流れ動いている様がとても美しい。
これらを使って魔法も試してみたかったが、魔法が使えることをアグランド家に住む人達にはどうしても知られたくなかった。
それによって余計悪意を向けられるのはもううんざりだったし、何か良からぬことを考えられても嫌だった。今はもっと無意識に扱えるように上達して、魔力と魔力器の稼働をより円滑に動かせるようにすることが先決だ。
ただ、一つ気になるのは魔力器の下の方がぼんやりと霞がかっていて、上手く認識がまだできない。その辺は追々時間を掛けて極めていこうと思っている。
奇しくもルウィエラにとってアグランド家に発覚されないように慎重に動こうとした行動は、魔力操作を精密に巧みにする要因となった。
その後数週間で左腕は痛みも殆どなくなり回復したが、痕はしっかり残ってしまった。魔術や錬金術を取得すれば少しは綺麗になるだろうかと思いながら、更に夢中になって本を読み進め魔力の基礎を磨いた。
それから暫く経ち、魔術系の本も読破して魔力の巡りを特別に意識せずに息を吸うように操作できるまで上達して、そろそろ魔力器の下部の存在も少しずつ解明できるかと思い始めたある日のことだ。
「久しぶりね!この間10歳の誕生日だったの!それで今日神殿にいって魔力測定を受けてきたのよ!魔宝玉っていう珠で測定をしてもらったら、同い年の人より結構魔力が多いのですって!それとね、魔宝玉に触れたらふわっと光って珠の中で赤色と青色が混ざって、とても綺麗な模様が沢山浮かんだのよ!私は火と水が得意になるのだそうよ!でもそれだけで満足せずに他の属性も頑張らないとね!」
何時ものようにノックもなくバンと扉が開き、水色の淡いドレスを着たシェリルが訪れ、開口一番に今日の出来事を報告してきた。
そして今回はその後ろに2人の男性がいた。
一人は貴族らしい服装をした焦げ茶色の髪を後ろに撫でつけた水色の瞳の男性、もう一人は頭まですっぽりと被った帽子付きの白いローブに銀の刺繍が施されている人物だ。
「それでね、確かあなたも10歳になったわよね?本当は神殿に行かなければならないのだけど、あなたは悪い子でうちの子って認めていないから行けないのよ。でも可哀相だからってことでお父様が内緒で受けられる様にしてくれたのよ。ね?お父様!」
そう言って後ろを振り返り貴族らしい服を着た男をみる。
(この人が父親…)
ルウィエラは無表情でお父様と呼ばれた男を見た。
血縁ということなのだろうが、なんの感慨も湧かない。
そこに『父親』という生き物が居るという認識だけだった。
そもそも今日生まれて初めて会ったのだ。
オーリスは少し目を見開きこちらを見ている。
「お父様!もうすぐティータイムの時間だから早く済ませちゃいましょう。」
「あ、ああ…」
「では済ませてしまいましょう。」
そう言ったのは白いローブの人間で、声の低さからして男性のようだ。その男はローブから大人の手よりも一回り大きい水晶のような透明感のある珠を取り出したのを見て、ルウィエラはハッと気付いた。
(…魔力を最小限にしないと!)
急に動かして誰かに勘付かれでもしたら大変だ。
ルウィエラは「こちらに座りなさい」と机の椅子を指さし命令する男の言葉に敢えて従わず、緊張している振りをしながらゆっくり魔力を抑え奥に押し込めるように意識して動かしていった。
「早くしなさい」と少し苛ついたように再度命令する男に、今度は従い椅子に座る。
「ではこの珠に手で触れてみなさい。」と言われまた従わずに合間をみる。オーリスはローブの後ろにいるだけで特に何も言わなかった。
(これでだいぶ抑えられた筈…)
そう思った時、困ったわねとでもいう笑顔でシェリルがルウィエラの手を掴んで珠に触らせた。
「大丈夫よ!触るだけで怖くないわ!ほらね?何も痛くないから大丈…ぶ…」
ルウィエラがその珠に触れた瞬間。
その透明の珠の中を小さな光がまるで嵐のように一斉に渦巻いている。
そしてそこからシュワッと赤色が帯びる。
続いて青色が帯びて赤色と交ざり合うように重なっていく。
その都度光も増していき、黄色、緑色と見えた時、ルウィエラはバッと珠から手を離した。
(あれだけ魔力を抑えたのに……!)
「こ、これは………!」
ローブの男が顔は見えないが愕然としているようだ。
オーリスは無言で目を見開いている。
ルウィエラは表情に出さずに焦った。
(かなり抑えられていた筈。もしかしたら思った以上に魔力量が………―っ!)
と考えながら、ふと誰よりも何か言いそうなシェリルが黙っている事に気付いて目を向けてゾッと肌が泡立った。
シェリルは能面の表情で、珠を瞬きもせず見ていた。
いつもの満面の笑みも先程の困ったような笑顔もなく、ストンと削ぎ落としたような何の感情もない顔。
「伯爵…これは一体…」
「…極秘なのは変わらん。その為の魔術誓約だ。無断で珠を持ってきた時点でお前の方が分が悪いだろう。」
「…!…わかっていますよ。その代わり報酬はしっかり貰いますよ!」
二人の男がそんな話をしている間もルウィエラはシェリルから目を離せなかった。
シェリルはようやく瞬きを一つするとオーリスの方を向く。
「お父様!ティータイムに参りましょう!今日は料理長の得意なフィナンシェなのですよ!神官様もご一緒に如何?」
シェリルはいつも通りの笑顔でオーリスに声を掛ける。
「…ああ。戻ろうか。」
そう言うと三人は戻って行った。
暫くしてルウィエラはようやく無意識に詰めていた息を吐くとベッドに腰かけた。
シェリルの表情から恐らく自分の魔力は色合いも含めて彼女よりも多かったのだろう。
そして『いつも通りの笑顔に戻った』シェリルにルウィエラはこの上ない寒気と嫌な予感がした。去り際の「じゃあね!」もないことが明らかに普段の彼女ではないような気がしたのだ。
そしてその予感は最悪な形で的中することとなる。




