プロローグ
初投稿です。よろしくお願い致します
ルウィエラは、ふと微かに心地良い魔力を感じ、薄暗い部屋のベッドのすぐ側にある寂れた窓へ目を向ける。遠くに見える庭園には二人の男女の姿が見えた。
その二人は週に一回の逢瀬に今回は庭園を選んだらしい。空は雲が程よく陽を覆っていて晴天時に必須の日傘は使用していないようだ。
アプリコットカラーのふんわりとしたベルラインのドレスに身を包んでいる美少女は、少し垂れた翡翠の瞳が年齢よりも幼くみえるが、くっきりとした二重に柔らかくみえる形の眉、スッと綺麗な形をした鼻梁にふっくらとした艶やかな唇がバランス良く配置されている。
鮮やかなミルクティーブロンドの髪はサイドを編み込んで後ろで緩く結びその下から流れる髪は少し暖かくなってきた風にさらさらと靡いている。舞踏会や夜会でもその美貌は羨望と称賛を浴びているらしい、アグランド伯爵家長女シェリルである。
そして彼女を見つめる男性は女性より頭一つ分高く、癖のない紫がかったシルバーブロンドは胸元よりも長く、菫色のリボンで左寄りに緩く結んでいる。
濃い紫色に漆黒が僅かに混ざった切れ長気味の瞳は見るものを魅了し、それに併せた高い鼻梁と薄い唇が絶世の美貌の構築を象っている。
ダークグレーのケープを片側の肩に掛け、シルバーの縁取りと刺繍が美しい濃紺の軍服仕立ての服はディサイル国の筆頭相談役としての特等の人外者専用の意匠だ。
そう、彼は人間ではなく魔種族の人外者である。
そんな二人が仲良さげに腕を組み寄り添いながら四阿の方に向かって歩いて行く。華やかな笑顔をみせているシェリルの周りにはその人外者と至上に相性の良い魔力が纏っているのだろう。
ルウィエラから長年奪い続けている魔力を。
「……ぅ、ぐっ…!」
その時左腕に瞬間的な熱と激痛が迸り、何時もよりごそっと抜け落ちるような、ストンと血の気が失せる感覚と共に身体の四方八方から魔力が奪われていった。
踏ん張れず膝をついてしまい、全身から無数の針で刺されるような耐え難い苦痛に両手で頭を抱え蹲る。吸い続けて過呼吸にならないように苦しいが、ルウィエラは一定の呼吸を心掛けて痛みを流すように息を整えようと努める。
(……朝しっかり吸い取ったのに、まだ奪っていくつもりなのっ…)
これ以上奪われると枯渇状態になりそうだ。枯渇すると動くことも億劫になって水も飲みに行けず、固いパンを食べるのもままならなくなり寝込むことになる。
(ああ…きつい……底に貯めたものを少しだけ……今はだめ、それなら寝込む方を選ぶ…早く止まれ…!)
ぜいぜいと息使いが更に悪くなりヒューヒューと喉が鳴り始める。唾液が詰まり思わず咽てしまった頃にようやく身体からの魔吸収が止んだ。
(…頭、痛い…久々にギリギリまで搾られたな…う…ごけない。)
ルウィエラは蹲ったままベッドに倒れ込むことすらできずに意識を飛ばした。
どの位経っただろうか。蹲って倒れていたルウィエラが意識を戻し、冷たく傷んだ木の床に倒れていた影響で、節々が軋んだ体を少しだけ起こして窓の方に目を向けると、茜色の夕日が差し込んでいる。一刻以上は気を失っていたようだ。
その時ノックもなく扉が開きシェリルが訪ねてきた。
「あぁ、やっぱり。でも起きているなら大丈夫ね!先程までサリトリー様がいらしていてね。今度庭園に咲いている私の好きな花の色違いのものを贈ってくれるなんて嬉しいこと仰ってくださったものだから、つい多く纏わせてしまったのよ!」
そう言いながら頬に両手を添え少し照れたように微笑んだ。
その表情には地面に蹲って倒れていたルウィエラを心配する言葉も慮る仕草も皆無だが、蔑み見下す態度もない。本当にちょっと舞い上がってやり過ぎた自分が少し恥ずかしい、という己の心情のみの様相だ。
「先程お見送りしたばかりなのに…次回来て下さることを思うと、もうお会いしたくなってしまうわね…あ、今夜の食事は多めに運ばせるわね。沢山食べて沢山魔力貯めてね。じゃあね!」
相変わらずこちらが一言も喋る隙もなく、シェリルは歌うように話して満足した表情で床に転がっているルウィエラをそのままに出て行くのは通常仕様だ。
ルウィエラは軋んだ体をゆっくりと起こした。こめかみ部分がまだ脈を打つようにズキズキするが立ち上がれないほどではない。装飾の一切ないシンプルな机に手を置き体重をかけながらふらついて座り込まないように慎重に立ち上がる。
額にしっとり残る冷や汗を手で拭うと机のすぐ隣に備え付けられている鏡に顔色の悪い自分の顔が映る。
色白の肌が今は青白くなり、顔は相変わらず窶れ気味だ。魔力を吸い取られ続けている瞳はくすんだ濃い灰色に白が少し混ざっていて、真っ直ぐだが艶が乏しく胸元近くまで伸びた長さがちぐはぐな髪は少し濃い灰色に薄い紫が混ざっている。
(これがある限り死ぬまで搾取され続けるわけね。)
鏡に映った自分をみていたルウィエラは左の二の腕に手を当てシンプルな麻のワンピースの袖を捲りその忌々しい存在の腕輪を確認する。
希少な魔黒石を使った腕輪は禁忌と呼ばれる古代文字が腕輪を一周囲むようにびっしりと彫られていて、腕輪そのものは濡れたような艶のある黒色であるのに、文字一つ一つに夥しい暗色が幾つも取り入れられており、それが禍々しさを増長させてより悍ましさを感じる魔呪道具だ。
そう。禁忌の腕輪なのだ。
人間が生み出した、古の文字を使い魔術を組み込ませたその腕輪は、その昔魔術の魅力に囚われ、人外者と異なり安定した魔力器をもたない人間の魔術師達が、人智を超える力を愚かにも欲し作られた禁忌指定の魔力強制吸収の魔呪道具だ。
過去に見つかった魔呪道具は、国の地下にある封印庫に厳重に保管されているが、全て回収はできていないらしい。禁忌指定されているので所持しているだけで重罪になり、どんな理由でも使用すれば死罪は確実だ。
そんな悍ましい道具を何故シェリルが持っていたのか、どこで手に入れたのかの経緯を、歌うように話しながら彼女はルウィエラに一切の罪悪感も躊躇もなく装着させたのだ。
思い当たる理由の一つはルウィエラが彼女以上の膨大で良質な魔力量を持っていたことだろう。
そして、その行動に更に拍車をかけたもう一つの要因。
人外者には対異性に対して極稀に己の魔力と共鳴する唯一無二の魔力保持者の相手が現れることあるそうだ。
それは人間には認識できない能力で、魔絆と呼ばれる魔力の絆の繋がりの感覚のようなものだ。
それを得た人外者はその相手を最愛の対や伴侶とすることが多く、生涯それはそれは大事に大切にするのだそうだ。
そんな魔絆がルウィエラの魔力に繋がっていた。
その繋がりの先にいたのはシェリルが昔から恋焦がれていたディサイル国の人外者筆頭相談役のサリトリーだったのだ。
シェリルはサリトリーと結ばれる為、ルウィエラの魔力を常に奪い続け、己に纏わせ続けている。そして彼女にとっては元々その魔力は自分のものという認識になっており、それを受け取ることは当然であると思っていて、ルウィエラが拒むとは露程にも思っていないのだ。
このまま何もせずにいれば、間違いなく一生ルウィエラは魔力も人生も奪われ続けることになるだろう。
それを今現在甘んじて受けているのは諦めているのではない。
好機を待っているのだ。