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面白い奴

 その日のうちから資朝は女君を探し、三日三晩も京を彷徨った。だが、一向に良き女君は現れず、しまいには父が相手を探しに各所で頭を下げた。資朝は女君と一度も上手くいかなかった。父からカンカンに怒られた翌日、東宮(とうぐう)(皇太子)へお目通りを願い、なんとか話す機会を得た。資朝はこの数日で頬が痩けてしまった。自信に溢れた出で立ちも今や見る影もなく、年老いた猫のように背中を丸くしている。


 大炊御門(おおいのみかど)万里小路(までのこうじ)殿は再建されたばかり。新木の香りの中に、芳しい香りが漂ってくると資朝は重たい頭を上げた。すると眼の前には香でも焚きしめているかのような芳しい御人がおわす。東宮だ。十八歳の帝、その東宮(皇太子)ではあるが、歳は在位の君よりも上で、資朝の二つ上の二十六歳。在位の君からすれば東宮はハトコにあたる。


 そんな関わりの薄い関係であるからして、お見かけはしても顔を突き合わせて話すのは初めてのこと。それでも資朝は理路整然と事の顛末を伝えきった。


「くはっ、ばかだなあ、お主は。それで俺のところに来たってのかい?」


 初対面にも関わらず軽い口調で笑みを浮かべる東宮に資朝の目が泳いだ。


「……その通りです。それで私を――」


 文章博士でも、雑色からでも雇ってもらえないだろうか? と言おうと思った矢先。


「いいよ。ここに置いてやる」


 東宮の口から答えだけが先に出てきた。


「……有り難く務めさせていただきます」


 資朝は頭を垂れた。東宮は上畳(あげだたみ)に座してはいるが、軽く崩して座り直す。


「なるほど。面白い奴だな、お主は」


「面白い、ですか?」


 あまり言われたことがない言葉だった。思わず顔を上げる。東宮の顔が光って見えた。光源氏というには勇ましく、締まった顔つきだ。それが小童めいた悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ああ。無口、無表情、無頓着。この宮中に居て、一人だけ波に揺らいでおらぬ」


 そんなことはない。資朝は人並に緊張したり、戸惑ったりする。


「そのように見えているだけです」


「いいや、違う。お主が波を立てる側だから揺れぬだけのこと」


 資朝は言葉を呑んだ。その時、ごくりと喉が鳴る。東宮が上畳から足を下ろし、これみよがしに顎の下から資朝をねぶり見たが、資朝はふすま飾りの或る一点を見つめ続けた。不自然なほど背筋はピンとしている。


「どうかからかいにならないでくださいますか」


「からかっているのはどちらかな」


 ひとしきり東宮は資朝をいじるのを楽しんだ後、大覚寺統で務める他の蔵人を呼んで資朝を仕事に就かせた。

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