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花ぬすびと  作者: 如何屋サイと


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麻呂を知らんのかえ?

 季衡と静覚が出ていった後、花宴は(たけなわ)になっていた。風に花と酒と香の匂いが混じって、これぞ京の春であると感じさせる。まこと雅なことである。宴とは切り時が重要だ。資朝は門のところにいたから、清涼殿から出てくる治天の君を目にすることができた。

 遠巻きながらも資朝は腰を低くし、頭を下げる。今日一番に引き締まった空気が感じ取れた。紫宸殿へ治天の君が入られたのだ。そこでやっと資朝は頭を上げる。すると、目の前にぼんやりした男が立っていた。


「おおっ!?」


 思わず声を上げて驚いてしまう。なんだ此奴は、ぬぼっと現れて、と言いたい気持ちを抑えた資朝は、自分とそう歳が変わらない男をねぶり見た。服装からも公卿のようだが、いまいちパッとしない印象だ。何より驚いたのは、この男の片手にはそれなりの長さがある桜の枝を持っていたことだ。

 話しかけようとした時、逆にその男から話しかけられる。


「誰じゃお前。そこで何をしておる?」


 それはこっちの台詞だ。だが、資朝は気を取り直して回答する。


「私は日野蔵人資朝です。いまは」


 遮って男が言う。


「そうではない。麻呂を知らんのかえ?」


 麻呂。今どきそんな一人称を使う人は珍しくなってきた。


「西園寺美濃(みのの)権守(ごんのかみ)(ごんの)大納言(だいなごん)実衡(さねひら)殿とお見受けします」


 実衡は目を丸くした。それから小さく咳払いをして、資朝の面貌をじっと観察する。


「……ではなぜここに居る? いま紫宸殿には治天の君がおわしたもうておるぞ」


 当然の指摘だ。資朝としても治天の君が顔を見せるのにその場に居ないのはよろしくない。まあ、先ほど挨拶に伺った時は片手間にあしらわれたし、居ても居なくても同じことかもしれないが。さりとてこの仕事は資朝でなければ務まらない。


「ここで桜の枝を持って出る者を見張っておりました」


「ふん。蔵人風情がなにゆえそのようなことを。麻呂は急いでおる」


 実衡は鼻で笑って資朝の横を通り過ぎ、門の影の中に足を踏み入れた瞬間、


「東宮さまの命にございます」


 資朝が伝家の宝刀と言わんばかりにそう述べた。

 実衡は資朝の顔と桜の枝を見比べ、最後に訝しげな目を資朝に向ける。


「東宮さま?」


(なかの)(まつりごとの)(つかさ)の命でございます」


「……なら少し話を聞いてやっても構わぬが」


 態度が一変した。やはり東宮の名は伊達じゃない。

 宮中において身分は絶対なのだ。


「美濃権守殿、付かぬ事をお聞きしますが、その桜は左近桜ではございませんか?」


 桜の枝は腕ほどの長さがあり、ポツポツと白い花を咲かせている。

 実衡はその枝を指でくるりとひねって回してみせた。


「さあ、どうだったか。覚えておらんな」


 面倒くさそうに言い捨てた。児戯に付き合わされたかのように。

 これには資朝も歯ぎしりする。しかし、息を深く吸って何とか留めた。


「そうですか。ところでこれからお出になるので? 治天の君がおわしたもうておりますが」


 先ほどの指摘をそっくりそのまま返すと、実衡の顔はみるみる赤くなって仕舞いには資朝へ指をさした。


「お前! さては周りに言うつもりだな? ま、麻呂が治天の君を無視して紫宸殿を立ち去ったと」


 ちょうど「麻呂」から小声になった。声を張り上げて言うようなことではない。

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