仏頂面の追放
「日野蔵人よ、そろそろ女君でも探すとよろしい」
在位の君(天皇)が申されたお言葉に首を傾げた日野蔵人資朝は、それが「お前はクビだ」であると分かっていながら眉一つ動かさずに、在位の君の前に置かれた書物に指をさした。
「そう言ってまた勉学を疎かにするのですか?」
資朝の返しに他の蔵人たちが秘書の仕事を止めて、驚きに目を見開く。皆、狩衣の袖で半開きになった口を隠した。
「また同じことを。お前はいい加減うるさいのだ!」
在位の君は書物台の上の紙から筆まで一斉を床に弾き落とした。在位の君は現在十八歳。癇癪を起こすには背が伸びすぎている。
「お前こそ学をひけらかすだけではないか! 今は他にやるべきことがある。違うか?」
在位の君はそっぽを向いた。
資朝は二十四歳だが、在位の君が指摘する通り女君(妻)が居なかった。六つも年下の少年天皇にそう指摘されたのに、不機嫌そうな顔ひとつしない男は淡々と申し上げる。
「私の仕事は帝に宋学を教えることです。ですが、今の帝には何を言っても理解できぬでしょう。私をクビにしたいのならクビにすれば良い。ですが、帝は必ず私が必要になります」
「屁理屈を申すな。そうか、だからお前には良き女君も居ないのか」
在位の君は背中を向けながら視線だけを資朝によこす。だが、資朝は仏頂面で。
「わかりました。そこまで言うのなら良き女君を探して参ります。ここへ戻った暁には帝も勉学に励みましょう」
資朝は淡々と申し上げる。
「ふん、お前には無理だ。二度とここには戻れまい。困ったなら……、そうだな、アチラにでも行けば良い」
在位の君がくいと首を動かしてみせる。その方角は大炊御門万里小路殿だった。つまるところ大覚寺統の里内裏であり、資朝を職場から追い出すことを明らかにしたのである。それも公然の場で。
だから他の蔵人たちがひそひそ話を始めて、しまいには元服したての雑色(蔵人の見習い)もクスクスと声を潜め笑うほど。
「わかりました。三日もすれば戻ります」
一方の資朝は礼儀正しく在位の君から下がる。その足取りは自信に満ちあふれていた。