第七話
窓から飛び出て少しすると先ほどの男の仲間と思われる人影が追いかけて来る。
何とか撒こうと路地裏に逃げようとするが段々と人数が増えていき、次第に回り込まれることが増えてきた。
「どけえええええ」
爆発魔法を纏った拳で殴りつけ蹴り上げたりし追手を吹き飛ばし、地面を爆発させる事で高く飛んで屋根に乗ったり加速したり急旋回したりして撒いていた。
能力値で言えば本来そこらに居る人には追い付かれないが、前回の様に相手は油断してなく短距離を全力で走るだけでは無いので、同じ事をすれば体力が持たず囲まれた時に逃げきれなくなる危険があるので出来なかった。
更に言えば爆発音で他の追手に位置がバレて回り込まれるのも悪循環の一つだった。
そうこうしている内にどれだけ経ったのかローズは分からなかったが、いつの間にかスラムの袋小路へと追い込まれてしまっていた。
ローズは覚悟を決めてここで全員気絶させてから逃げる事にした。
「聖女様?もう観念したらどうです?」
「うるせえ!この禿げ頭!」
禿げ頭と呼ばれた男はこめかみに青筋を立てながら
「どうやら教育が必要なようですね、お前ら多少痛めつけても後で回復すれば良い…捕まえろ」
「おるぁ!かかって、こいやぁ!」
ローズは前世で磨き続けた喧嘩の技術と努力し続けた今の魔法の力を全力で振るった。
半刻の時が経った頃そこには十数人の焼け焦げた怪我人とまだまだ増え続けている増援が居た。
「そろそろ諦めたらどうです?」
「へっ怪我一つ負ってない相手に言うセリフじゃねえな!」
肩で息をするローズだったが体力の限界が近いのは目に見えていた。
「う~ん、仕方ないですね、まだまだ行きますか」
男は部下たちに手で合図を送る、ローズは軽く目を閉じた。
「俺の娘に手を出すな!」
ローズに手を出そうとしていた部下の一人を切りつけたのはローズの後ろの家の屋根から飛び降りたロンドだった。
「大丈夫かローズ、もう大丈夫だぞ」
「お父さん!」
ローズの顔に明るさが戻ってくる。
「おいおいさっきまでと口調が違わねえか嬢ちゃん」
「あなたは?」
からかわれた気がして不機嫌に聞くローズにバンディはロンドを指して上司だとだけ伝え敵の増援をなぎ倒していく。
他の警護兵や騎士も合流したのか次第に戦力が拮抗してきて、たじろぐ相手だったが敵後方から何者かがやってくる。
「おやおや、まだ手こずっていたのかね」
「申し訳ありません、さすがに刃物は向けれなかった為手こずってしまい増援を許してしまいました!」
先ほどまで偉ぶっていた男が頭を下げ始める。
「よいよい、ここまで追い詰めただけでも十分な働きだよベルダ君よ」
「おいおいこいつぁ大物が出てきたもんだなぁ、まさかロイセン司教が出て来るなんてな」
バンディはロイセンの顔を知っていたのか驚いている。
「そこに居るのはずいぶん昔に騎士団をクビになった、たしか…バンディ君だったかな?」
「あんたの勧誘を断って以来じゃないか?」
「そうそう思い出したよ、あの時私の子飼いになるのを拒んだのは許せなかったがどうだ?そこの少女をこちらで保護させて貰えればあの時の事は水に流そうじゃないか、え?」
バンディは挑発するが逆にロイセンは手を差し出しバンディに取引を持ち掛ける。
「生憎だが今も昔も答えは一緒だ、護るべき者の為に俺の剣は有るんだ、あんたの為じゃねぇ」
「ふん、じゃあその護るべき相手がこっちに来る分には邪魔しないでくれたまえ」
そう言い放つとロイセンはローズの方へと向かって話しかける。
「どうも聖女様、始めまして私はロイセン・ナイチードと申し司教をしています、どうか私と一緒に来ていただきませんか?」
「あんた頭おかしいんじゃねえの?こんな事になってんのに行く分けねえじゃねえか!」
ローズは周りの惨状を指して言うがロイセンは気にも留めないで続ける。
「何やら行き違いが有ったようですな、確かに私はあなたを連れて来るようにこの者に命じましたが危害を加えるつもりは無かったのですよ、その証拠に聖女様は切りつけられていませんでしょう?」
「馬鹿じゃねえの?さっき追い詰めて良くやったって褒めてたじゃねえか、もうボケが始まってんのかジジイ」
「いやいや、それは聖女様が逃げて話もさせてくれないからでしょう?仕方のない事です、もしこの者が聖女様に危害を加えようとしていたのでしたら言って下されば厳正な処罰を与えましょう」
周囲の人間はロイセンの言っている事が段々と信じても良いと思い始めていた、ローズはそんな周囲の変化に戸惑いながら如何すればいいか分からなくなってきていた。
「そいつの言う事に耳を傾けるな!」
そう言ってまたもや屋根から飛び降りてきた声と背格好にローズは覚えが有った。
「ロイセン司教、あなたを少女への集団暴行事件の首謀者として拘束させてもらう、並びに実行犯としてベルダ司祭とそれら部下たちも拘束する!かかれ!」
テレイオスが号令を出すと騎士や残りの警護兵たちが一斉に出てきて戦闘が始まる。
「すまない嬢ちゃん、やることやっていたら遅くなった、あいつは特技で相手を騙す事が出来るんだ」
「命拾いしたねお兄さん」
「お兄さん呼びも良いがテレイオスって名前があるんでな、今度からはそっちで読んでくれよローズ」
「長いからオスカーって呼ぶね」
そんな会話が出来る位には余裕は出て来たものの未だに相手の方が人数が多く勝利とまではいかなかった。
そんな時天から光が下りてくる。
まるで空の光を切り取ったかのように明るいそれはローズ達の頭上まで下りて来ると形を変える。
その場に居た全員がその光に釘付けになって戦闘は一時中断していた。
「聖女ローズよ、ここに居たのですね」
「誰だあんた」
「呼びかけにも応じずこんな所で何をしていたのです?あなたには重大な使命が有るのですよ」
「だから誰だあんた」
ローズは段々と苛立ちを隠さなくなっている
「それにしても呼びかけに応じないなんてどうやったのか、私も暇じゃないのに現世に降りる羽目になってしまって嫌になりますね」
ブチッと何かが切れる音が聞こえる
「な…」
「おお!あなた様は女神メムシア様!!スレガム様の娘のあなた様をこの目で見る事が出来るなんて!」
「親愛なる信徒達よよくぞ聖女を見つけてくれた、よくやった」
「ありがたき幸せ」
ローズが何か言う前にロイセンが喋り始めタイミングを失う
「早く聖女の力を増幅させるのだ」
「ハハッ!!」
そう言うと神官達が一斉にローズの確保に動く、ロンド達は迎え撃とうとするが勢いがついている相手に苦戦していた。
「「「女神様の神託の通りに!」」」
ブチリとまた音がする
「ええい、これ以上抵抗するでない!最後の手段として取っておいたが母親がどうなっても良いのか!」
そういって集団の中から出て来たのは気絶したカルラと家に来ていたと思われる男だった。
「お母さん!」
「カルラ!」
急いで助けようと動こうとするが道を阻まれて進めない。
「さあ聖女様、こちらに来て私の言う事を聞くと言って下さい、そうしなければどうなるかお分かりですよね?」
「なんて卑怯な!カルラを返せ!ローズ、母さんは助け出すから言う事なんて聞く必要はないぞ!」
「そこまで落ちたかロイセン司教!」
怒りをあらわにするロンドとテレイオスだが前には進めていけない。
「ええい、お前らには話しておらん!さぁどうするんです?」
カルラの首元にナイフを突きつけるロイセン
「早く使命の為に力を」
まるでこの光景が見えていないかのように話す女神。
ブチリと何かを引きちぎる音が聞こえた
「お前ら全員OUT」