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決意の心

 フレイヤが直也から痛キツ長い握手を離したころ、女将さんは注文を取りに皆のいる青山家の居間に再びやって来ていた。


「注文お決まりになりましたか?」


 女将さんが笑顔を見せながら注文を聞いていく。


「このメニュー全部下さい」 


 腹を空かせて美味しそうな匂いでおかしくなってしまっているレーヴァは、躊躇いもなくそう言った。


「こらレーヴァそんな無茶な事は言わないの。他のお客さんもいるのに大将さん一人で全部を作っていたら大変だろう」


 直也はレーヴァの無茶な注文をたしなめる。パッと見ただけでも定食から麺、単品の料理のメニューなど30品以上ある。もうすぐお昼の営業が終わる時間だと言うのに、今からこれを全部作っていては時間外で働いてもらうことになってしまう。そんな迷惑はかけたくなかった。


「かしこまりました。全部ですね」


「え! いいの?!」


「はい、構いません。他の皆さまはお決まりですか?」


 しかし女将さんは嫌な顔一つすることなく全部と伝票に書き込んで、他のメンバーの注文を取っていく。


「私はこのカルボナーラをお願いします」


「では私は刺身定食をいただきます」


「シーザーサラダと大根サラダをお願いします」


「主様、私このレアのステーキが食べたいな」


「僕はカツカレーをお願いいます」


「私はさっきの注文の他にきつねうどんをお願いします」


「イズナ様と同じものをお願いします」


「ありがとうございます。では少々お待ち下さい」


 女将さんがふすまを閉める姿を見送りながら、直也はイズナに聞いてみた。


「あんな無茶な注文して大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ、直也様。ここの大将は特別ですから」


「直也様・・・だと」


 フレイヤはイズナの直也様という様付けの呼び方が気に入らず、怒りで体を震わせていた。直也はそんなフレイヤに気が付かない振りをしてイズナと話を続ける。


「かえって大将の料理人魂に火をつけてしまったかもしれませんね。これは俺への挑戦状だってね」


「はあ」


「だってほら、もう注文した品が来たみたいですよ、直也様」


 食堂の方からカタカタと配膳車のような物を押す音が聞こえてきた。


「様・・・様・・・、許せない」


 フレイヤはぶつぶつと小さな声で、でも直也にだけは聞こえる声で呟いている。ふすまの外から女将さんの元気な声が聞こえてくる。


「お待たせいたしました。鳥の唐揚げといなり寿司になります」


「おお、待っていました」


「うわー、美味しそう」


「いい匂い」


 皆が口々に配膳された料理を褒めて食べ始める中、さっきまで腹減った早く食べたいと言って騒いでいたはずのレーヴァが、目の前の鳥の唐揚げを見て静かに固まっているのをおかしく思い直也は話しかけてみた。


「レーヴァどうしたんだ? 唐揚げ食べないのかい?」


「これは宝石や。これは黄金や」


 そう言うと、レーヴァはきつね色に綺麗に揚がっている鳥の唐揚げを箸で一つだけ取り、口に入れた。瞬間、まるで雷でも落ちたかのように体をピンと伸ばして痙攣を始めた。口に入れた鳥の唐揚げをじっくりと味わっているようだ。レーヴァは美しい顔を歪めて涙を流し始めた。


「ふふォーワー! うーまーいー! 旨すぎる!」


 レーヴァは叫び口から炎がチロッとこぼれた。一歩間違えればドラゴンブレスが出てしまうほどの叫びだった。


「何なのこれ! これ何なの! こんな旨いのは食べたことないよ、本当にこれ何なのよ、ねえ旦那様これ食べてみてってば、旨いから本当に旨いからほら騙されたと思って食べてみてって旦那様」


「分かったから、分かったから落ち着けってば。あと食べながら話をするのはいけません」


 レーヴァは直也に話をしながら鶏のから揚げを一気に食べてしまった。 


「本当に美味しいですね、この唐揚げ。生姜とニンニクの香りがしっかりとしていて、衣もからっと上がっています」


「うん、外はカリカリで中はジューシーです」


「こっちのいなり寿司も美味しいですよ」


「うまーい。このいなり寿司も、うまーい!」


「そうだろ、そうだろ。いなり寿司は至高の一品だ。何百年食べても飽きることがない」


「ハイ、イズナ様のおっしゃる通りです。私またイズナ様においなりさんを作りますね」


「おおフレイヤ、お前のいなり寿司は絶品だからな」


 いなり寿司を作るというフレイヤの言葉に喜ぶイズナを見て、心のそこからの幸福感を得たのはつかの間、


「直也様も一緒に食べましょうね」


とのイズナの言葉に、フレイヤは地獄の底に落とされた気がした。


(何故私のイズナたまだけに作る愛情たっぷりの手料理を、タカスギに食べさせるのですか? いつものイズナたまと私の二人で仲良く食べていたというのに、何故タカスギも一緒になどと言うのですか? 私はもう、もしかして私はもう、イズナたまの心の中には、いない、とでも言うのですか?)


 フレイヤは珍しく悲しみの感情を表情に出した。ほんの一瞬の事であったのだが運悪くもその顔を直也は見てしまった。他の者達は御飯を食べる事に夢中になっていて、そもそもフレイヤの傷心に気が付いてもいない様だった。

 フレイヤの瞳に涙が一筋こぼれ落ち、その瞬間に直也のいたわりの瞳とフレイヤの悲しみの瞳が絡み合う。


(なんなの、その目は。私に同情しているとでもいうのか? お前なんかに、お前なんかに!)


 涙を見られたフレイヤの瞳に、恥ずかしさ、そして怒りと嫉妬が宿り、殺気を放ちフレイヤに剣呑な雰囲気が漂い始める。


「はい、お待ちどう様です。カルボナーラに刺身定食、シーザーサラダと大根サラダ、レアステーキにカツカレーを2つお持ちしました。きつねうどんも直ぐにお持ちしますので後少しだけお待ちください」


 直也とフレイヤが一色即発、そんな雰囲気の中料理が女将さんによって次々と運ばれてくる。


「きたきた、本当に美味しそう」


「いい匂い」


「この野菜とても新鮮です」


「このレアの赤身がたまらない」


「このカツカレー、やば! こんなの永遠に食べたれる! うまー!」


 みんな感動しながら美味しい美味しいと料理を食べている。直也は未だにフレイヤから目を離すことが出来ずにいた。目を逸らしたら何か事が起きてしまいそうな気がしたからだ。


「ハイお待ちどう様です。きつねうどん3つ、親子丼、かつ丼、スタミナ丼、サービスの御漬け物をお持ちしました」


 女将さんがどんどんと料理をもってくる。大将さんは一体どれほどの腕を持っていて、どれほどのスピードで調理をしているのだろう。大将さんは鉄人か? そう思わせるほどに出て来るどの料理もとても美味しかった。


「フレイヤも早く食べなさい。うどんがのびてしまうぞ。直也様も折角のカレーが冷めてしまいます。それとも一人では食べられないのですか?」


 直也は油断していた。フレイヤにばかり意識を向けていたために、後ろにいたイズナの動きに気が付くことが出来なかった。しかしフレイヤには見えていた。何故ならフレイヤはイズナを正面から捉えることが出来る、直也の隣の位置にいたから。

(※サクヤ・マリー・イズナ・ナオヤ・フレイヤ・アス・リーシェ・レーヴァで丸いテーブルを囲んで座っている)


 イズナはテーブルに置かれたスプーンを取り、直也のカレーをすくうと、


「直也様、私が食べさせてあげます。はいアーン」


と、まるで新婚さんの夫婦のように恥ずかしながらも幸せ一杯で、とても甘くてとろけてしまうような可愛いアーンを迫った。


「アーン」 、パクリ。


「あん、直也様おいちい?」


 直也は口元にイズナがもってきていたスプーンのカレーを無意識に食して、ラブコメをしてしまっていた。 

 「ん?」っと、今の状況を理解して青くなる直也。サクヤ達がざわつく中、フレイヤの時だけが止まっていた。


(こんな可愛いイズナたまは見たことがありません。・・・私では、私には見せてもらえない幸せそうな顔。 ・・・やはり、そうなんだ。この男は私の全てを奪い去っていくのだ。私のイズナたまを連れ去ってしまうのだ。・・・もう、仕方ないですね)


 フレイヤは感情が消えた瞳で直也を見つめると、強い決意をもって、


(タカスギ、お前を殺す)


 と、どこかで聞いたことがあるようなセリフを心に刻んだのであった。










 

















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