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マリーが伝えたいこと

 来た道をもどり、大通りを抜けて大社の隣にある生命の樹向かう。生命の樹には町を一望できる展望台が整備されていて、町の住人であれば誰でも上ることが出来た。

 マリーが直也を連れて展望台につく頃には、夜の帳が降り始め、町に灯りがともり、家庭にある煙突から煙が上がり始めていた。


 展望台に上り町の景色を見ながらマリーは口を開いた。


「八百屋のエリーヌは、去年旦那を亡くしていて、一人で赤ん坊を育てている。あいつの旦那は冒険者をしていて、ある討伐依頼を受けた。パーティーの仲間達と討伐に出かけ、誰一人帰って来なかった。その時はまだ、赤ちゃんがお腹にいた。エリーヌの落ち込みようは見ていられなかった。彼女は泣いて、泣いて、泣きつくした。それから少しして、彼女は言ったんだ」


「彼はまだ死んではいない。赤ちゃんが、彼の血が流れる赤ちゃんがここにいるって。この子のためなら何でも出来る、この子のために私は生きますって、彼の分までしっかりと育てますって。まだ16歳の女の子がだぞ?」


「私はその覚悟を聞いて泣いてしまったな。私には子がいないから、全部を理解出来るわけではないけれども、母親は凄いって、感動して泣いてしまったな」


 直也はただ黙ってマリーの話を聞いている。だが、良く見ると少し拳を握って震えている。


そんな直也を横目にマリーは話を続ける。


「肉屋で働いていた少年ハリーは、火事で家族を全員失ったんだ。両親、姉、妹。一瞬で、しかも自分の目の前で家族も、家も失ったんだ。」


 マリーの声が少し高い声に変わり、少し震えてが混じる。


「彼を見たか、彼は今、毎日、あの小さい体で、一生懸命に生きている。あんな子が自分の家族の死を、孤独を乗り越えて、必死に働いて生きようとしている。私は彼の様な生き方をする者が勇者であると思う。深い悲しみを知りながら、それ乗り越えて立ち上がり、優しさを忘れず、自分の力で必死に前を向いて進む、あの少年のような者こそが勇者だと思う」


 何時の間にか直也は泣いていた。マリーの話を聞いて自分が情けなくなってくる。


 自分より強い心を持った母親の少女。家族を眼の前で亡くしても必死に生きる少年。


 マリーが言いたいことが伝わる。


「孤児院についてはもう言うことはないな。見たかあの笑顔、あのくらいの肉で、あれほどの笑顔で、あれほど感謝を、彼らは私に返してくれる。親がおらず皆寂しいだろうに、辛いだろうに、苦しいだろうに」


 マリーは灯りがともる町を指さして、泣いている直也に尋ねる。


「直也、お前は今日町を見てどう思った?」


「明るくて、活気のある、いい町です」答えた直也にマリーは相槌をうって話を続ける。


「そうだな、この町は恵まれている。保育園や学校があり、教育が受けられる。皆教育を受けていから道徳心が根付いている。見たろ、町にゴミは無く、花壇を綺麗に整え、盗む者もいない」


 マリーは手すりに背を預けて向き直り、直也を見ながら話を続けた。


「この街には手厚い福祉や支援があって、一人親や弱い立場の者を町が守ってくれる。昔々の町の偉い人が、誰であれ困っている人には手を差し伸べよ、見て見ぬふりはするなと、おっしゃったそうだ。それからもう千年の間、この教えは町に住む者達に伝わり続け守られている」


「この街の基礎を作ったのは、契約者の妻サクラ・シラサキと守護者イズナ。二人はその生涯をささげて町を作り、法や福祉制度を整備し、魔族から町を守る自衛組織や医療機関を作り、様々な人種や種族を取りまとめ、差別のない町を作るために、学校を作り教育を施したそうだ。そのうえ、時間をかけて後継者も育てあげて、次の世代に町を繋げた。サクラ様は忙しかったんだろうな、よくおんぶ紐で赤ちゃんを背負ったまま、働いていたらしいぞ」


「当時の記録でサクラ様は良く言っていたそうだ。これは主人との約束だと「みんな幸せになろう」という、約束だそうだ」


 直也は立っている事すら出来なくなったのか、ビザをついて両手で顔を覆い声を出して号泣している。


「この街はサクラ・シラサキの思いが千年も繋いだ町だ。サクラがお前を思って作った町だ。私はそれをお前に見て欲しかった」


「お前が、この町や生きている人、サクラ様の想いを知って、まだ籠るというのなら、もう何も言わない。ゆっくり考えて見てくれ。・・・こんな時間まで連れ出して悪かったな」


マリーが「さてと」と


 展望台の階段を降りて一人で帰ろうとする。


「マリーさん、ありがとうございました」


と叫ぶような、直也の礼が聞こえてくる。マリーは振り帰らずに歩みを進める。後ろからは、桜の名前を大声で呼びながら泣き続ける直也の声が聞こえて来る。


 


 階段に足を掛けよとした時にマリーは気が付いた。

 マリーかいる所から数段降りた直也の姿が確認できる段で、顔を引きつらせて目を大きく見開き、マリーの鮮やかな手腕に、口を開けて愕然としている二人の姿に。マリーはスッと礼をして二人の間を通り抜ける。


 二人はその驚愕した表情のまま、通り過ぎるマリーの姿を追い、マリーの姿が闇夜に消えても、まだ動けずに目で追い続けるのであった。





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