16話 宮廷求道者VS鬼
「データ、鬼と対峙するのは初めてか?」
ハッセルはデータに声をかけた。
「はい。力は人の3倍、知能は高いと聞いていますが…」
「そうか。鬼の動きをよく見るが良い」
「承知しました」
鬼の隊列から銅鑼の音が鳴り響く。
その音に合わせるかの様に鬼が横に広がっていく。
「…鶴翼の陣だと?」
鶴が羽ばたく様に、横長く陣を敷く鬼達。その数およそ2万匹。
まさか鬼が隊列を組み、隊の規律を守っているなんて。
「驚いたか?」
「ええ、まさか戦術を使うとは」
「鬼の知能は古代人並みと言われておる。80年前の大戦では軍を成した鬼による突撃でガッドランドは敗れた。どうやら、更に知力が成長しているようじゃの」
人の力の3倍はあろうかという鬼が陣を敷く。まともに戦って勝てるのか?
再度、大きく銅鑼の鐘が鳴り響き、鬼が一斉に矢を放った。
「なっ…遠距離弓矢まで?」
鬼の弓矢は人間よりも速く・強く飛ぶ。
「詠唱!」
ハッセルが声を上げる。
中衛にいる魔道士達が一斉に詠唱を唱える。
「ブリーザ!!」
風が強くふぶき、人間側が風上、鬼側が風下となった。
魔道士隊による集団の魔法は強力で、風により勢いを失った矢は人間には届かず、地面に落ちた。
「百数人の魔道士による対戦闘用魔法、ブリーザ…。これでまず風の理を得たという事ですね」
しかし、風など気にする事がない鬼は矢の行く末を気にも止めずに、人間に突撃する。
鬼の鶴翼の両端が前に出た。
「放て!」
ハッセルの命令により弓道者が一斉に矢を上空に投げる。
すると矢の方向が一斉に変わり、鬼の鶴翼の両端に向かい飛んでいく。
弓道者隊の芸だ。
宮廷求道者の中で、弓道者全員が覚える矢の方向変化。
矢は数十名の鬼に刺さり、突撃を止める。
「突撃!」
今度は逆に人間が鬼へ向かって走る。
「アムド!」
槍を構える数百の槍道者達がアムドの芸を使い筋肉を肥大化させた。鬼との体格差は無くなり、力と力が激突する。
槍で鬼との攻防戦が繰り広げられる。
「始まった…」
手の汗を握るデータ。
と、周りを確認し気が付く。
「ハッセル先生、後衛は?」
後衛に陣を取るはずの召喚士が居ない。
「あいつらにはもっと広い場所が必要でな」
召喚士は鬼から離れた左側に集まっている。
そこにはジルの姿もあった。
「き、緊張して吐きそう…」
ハッセルは高らかに笑いながらデータに“教えるように”語る。
「まぁ、まずは前衛じゃ」
槍を持った鬼を相手に、槍道者・剣道者は互角の戦いを繰り広げている。
「…おっ、始まっているぞ」
戦場から離れた、グラッドバックの草原の横にある小高い山に2人の人間の影が見える。
「バチバチにやり合っているな!どうだクライブ、宮廷求道者の戦いっつーのは」
「…」
「『特に何も』っつー感じか?はっはっはっ。今はまだ白兵戦だが、ここから面白くなるんじゃねぇの?」
ゴーグルを額につけた長髪の男・ベン・エリオットと、前髪でほぼ顔が隠れた男クライム・クライブが木々に身を潜め、鬼と人間の戦争を覗いていた。
「詠唱!」
魔道士のリーダーが叫んだ。
魔道士達は各々が天を仰ぎ、魔法を唱える。
地面から炎が産まれ、鬼に向かって走っていく、
慌てて逃げる鬼だが、炎は鬼を追跡する。
「燃焼魔法の変化系っつー奴だな」
エリオットがそう語ると、クライブは口を動かす。
「…」
「ああそうだな、燃え広がりはしないっつーの。だが、あれには狙いがあるんだろう」
炎は一本の線を引き真ん中で大火となった。
「鬼を分断させるっつー事だ」
鶴翼の真ん中で育った火は鬼の陣を崩し、2つに分けた。
「まずは左側っつー訳か…」
「…?」
「よく見てみろよ、人間側の左の方」
数十名の召喚士が集まる左側が戦闘態勢に入る。
「いくぞ!」
召喚士隊のリーダーが叫ぶ。
数十名の召喚士各々が、取り出した袋や箱を構える。
すると中から格納された幻獣が飛び出した。
「ゴアアアア!!」
「ガァァァァ!!」
手に持てるサイズの箱から出てくるとは思えない2メートル大の大きさの麒麟・狛犬・グリフォン・コカトリス等々が出てくる。
興奮するエリオットが叫ぶ。
「出た!召喚士のペット達!」
ジルは慌てて鳥籠を開いた。
「ほら、行くんだ!」
鳥籠からはまだ幼いユニコーンが出現する。
「気をつけてね!」
ユニコーンは他の幻獣を後ろから追いかける。
「みんな、頑張って〜!!」
鬼の鶴翼の左側から突撃する幻獣達は、鬼を薙ぎ倒す。
それに合わせて槍道者と剣道者が鬼の首や心臓を狙う。
「凄い力ですね!召喚士は」
データは戦況を見守りながら手を握る。
「はっはっはっ。あいつら、餌だと思って食いまくっておるな!」
だが、戦局は人間有利とはならなかった。
右側の横陣が鬼の鶴翼によって抜かれてしまう。