14話 マーク・ハッセルの剣道
「一体どうすれば、もっと剣が強くなれますか?」
周りの同期生よりも小さい14歳のマーク・ハッセルは、自分の体よりも大きな剣を両手で抱えながら先生を見上げる。
求道者の祠を通り剣の道を志したものの、自分が強くなった手応えを感じていなかった。
「簡単ですよ。1日1万回の素振りを毎日すればいいんです」
「1日1万回?やる!それだけで強くなるならやる!」
「それだけって…常識ではなかなか難しいんですけどね」
先生が言うなら間違い無い!それで僕は強くなれるんだ!
大雨が降る中でも、ハッセルは剣を振るう事は止めなかった。
「やぁ!やぁ!」
我武者羅に剣を振るい、悔しさ・悲しさを必死に振り払った。
ある日は、真剣を持ち、先生と立ち会う。
しかしハッセルの剣は虚しく空を切るばかりだ。
「ひとまず、もう少し小さい剣を振べきです。君にはその剣は大きすぎる」
「いえ。僕はこれが振れる様になるまで強くなります!」
「…頑固な子だ。分かりました。ですがただ闇雲に剣を振るってはいけませんよ。相手の動きを想像しないと」
「相手の動き…」
ハッセルは闇雲に剣を振るう事を止め、素振りの前には必ず目を瞑る様になった。
先生の動きを想像し、その場所に剣を打ち込む。
「やぁ!」
1振り1振りの時間はかかるが、集中力は増した。
灼夏の太陽に照らされたハッセルの足元には大量の汗が地面に染み込んでいる。
「痛ったぁ…」
手のひらを見ると、何個も潰れた豆から血が出ている。
「剣が少し軽くなったから振れ過ぎてしまうんだ…」
もう少しだけ大きい剣を使った。
「ううっ…」
倒れ込むハッセルの喉元に先生の真剣が迫る。
「まだですね。剣に体が追いついていません。いつの間にか剣も大きくなっているし」
「…もう一度お願いします」
先生は溜め息を吐く。
「どうやら君には才能が無いようだね、マーク・ハッセル君」
14歳の少年には残酷な言葉だった。先生は“向いていない生徒”には道を諦める様に促す。
「…それでもかまいません!」
「…おや?」
「僕は求道者の極になりたい!その為なら、才能が無いぐらいじゃ諦めない!!」
「才能が無いぐらいね。常識では大切なんですけどね」
「先生…“じょうしき”って何ですか?」
「う〜ん、言葉から学んだ方が良いかもしれませんね」
先生はハッセルの真っ直ぐな目を逸らさずに見つける。
「…まっ、稽古は引き続き付けましょう。ですが、君は他人より倍の努力をしなくては剣道は開けませんよ」
「分かりました!」
雪がちらつく季節になっているにも関わらず、外で剣を振る事は止めなかった。
「振れ。もっと。振るんだ…」
剣を構え目を瞑り、先生の動きを予想して斬る。ただこれだけを毎日繰り返す。
正直な思いで言うと、悔しく無い訳がない。才能が無いと直接言われてしまったのだ。
だが、ハッセルはそんな悔しさも恥も全てを剣に込めて振り続けた。
考える事を止め、ただただ目の前の仮想の敵と対峙する。
分厚くなった手の皮の豆がまた破けた。
「…剣がまた振り易くなり過ぎた。もっと大きな剣を振ろう」
…
……
「すぐに帰ってくるからね」
「母さん、出稼ぎ気をつけて」
ハッセルは家から出る母を心配そうに見つめる。
「大丈夫よ、数ヶ月ほど行くだけだから」
「でも…」
「ハッセルはお兄さんなんだから、お父さんの代わりに妹を守ってね」
「…うん」
そう言って母は家を出て行った。
ハッセルは相変わらず剣を振り続けていたが、数日後、村のおじさんが形相を変えて走って来た。
「マーク!大変だ!お前の母さんが、鬼に攫われた!」
…剣を止めるハッセル。
「出稼ぎに向かっている途中に飛んでいる鬼に…気がついた時にはもう…」
「…母さん!母さん!」
家の机に母さんの遺品が置かれた。
「…また剣を振るの?」
剣を持って家を出るハッセルに妹が言った。
「…うん。やらないと…」
結局、考えても何も浮かばないので剣を振るうしか無かった。
腕の痛みが日に日に増している。
だが逆に、剣を振るう理由が増えた。鬼を斬る為だ。
毎日1万回の素振りに体が耐えきれなくなり悲鳴をあげている。
腕の関節がうまく伸びなくなっていた。骨が折れては修復し、また折れては修復の繰り返して、いつからか腕は真っ直ぐにはならなくなった。
だが、剣は振れる。痛みがある方が他の事を考えずに済むので精神的にも楽にもなっていた。
剣を持ち、構える型の方が自然体となった。
今日も鬼を仮想し剣を構えて振るう。
また少し振れすぎる様になったな…。
…
……
………
「おいマーク。まだ仕事をしないのか?」
剣を振るうハッセルに街のおじさんは声をかけた。
もう十分働き盛りの年齢にも関わらず、妹の世話をせずに剣を振るうハッセルを見かねていた。
「…すいません」
「なぁ。なんでそんなに剣を振っているんだよ」
何でだろうか、もう自分でも分かっていなかった。
それでも人の倍は剣を振るわないといけないと思った。
求道者になる為に。
才能が無い人間が鬼を倒す為に。
母の仇を打つ為に。
…雪が降っていた。
もう何度目の冬だろう。
チラチラと舞い落ちる雪に相手の姿を投影しながらハッセルは剣を振るう。
剣を何度変えただろうか。
大きくなった身長に比例して、自分の身長以上の剣を今日も振り続ける。
…
……
………
…………
「…先生、先生」
「…ふんっ!…ふんっ!」
「稽古中に失礼します。鬼が襲撃準備をする様子を見ました。サンダース先生から、出撃の準備を、とのご命令です」
宮廷の庭で上半身裸でグリーンマンの右腕はあろうかという長さの剣を振る老人にデータは声を掛けた。
「おお、データか。はっはっ。ようやっと来おったか。このおいぼれが先にくたばる所じゃったよ」
「ご冗談を。ハッセル先生…」
「そうか…鬼の襲撃か」
「はい。先生の隊に、このデータ、そして魔道士のジルも参戦致します」
「あい分かった。それでは準備してくれ」
「はい!」
「…ようやっと。ようやっと来おったか。鬼め」
ハッセルは殺気をまとう。
「この日を何十年待った事やら」
鬼との戦争は近い。