幼馴染の感情
相変わらずな駄文&投げっぱなしです
塗り潰されたような白い景色。上もなければ下もない。ただひたすらに、無限に続く永遠の白。自分という意識が零れ落ちそうな中で思い出す。
何かを伝えなくちゃいけなかった…誰に?
誰かに伝えなくちゃいけなかった…何を?
思い出そうと必死にもがいた先にあった、か細い糸。途中で切れたりしないように、慎重にその糸を手繰り寄せる。この先に何かがあると信じて。この先に誰かがいると信じて。切れないように慎重に、だけれど確かな感触を持ってその糸を手繰る。その先にあるものを信じて…
「起きろー」
「ぐわっ」
眠い目を擦りながら、教科書を頭に落とした奴を睨みつける。地味に痛かった。ここは文句の一つでも…と思った矢先に先手を取られた。
「次、移動教室だぞ?先行くから」
「…はーい…」
教室を出るソイツをジト目で睨みつけながら、とにかく教科書を準備するが…
…キーンコーンカーンコーン…
始業のチャイムが鳴ってしまった。これではどうひっくり返ろうが間に合うわけもない。ここは私のペースで行かせてもらおう。
…でも、このタイミングでチャイムが鳴るという事はアイツも授業遅れてるんじゃ?人の世話なんて焼いてないで自分の管理をちゃんとしろ、とお門違いな文句を独りごちながらのんびり廊下を歩く。慌てたって仕方ない、着いたら素直に怒られよう。それが世の常だ。何をしたって怒られる時は怒られるものだ。
「お昼、ないだろ?」
お昼休み、アイツはこれみよがしにサンドイッチを私の目の前にぶら下げた。…ないけども…ないけどもさぁ…
「ありがとうございます!」
慇懃無礼な態度でそれをひったくると、アイツは周りを見渡してから私にだけ聞こえるようにボソッと零した。
「…何か周り見てるから、あっち行ってるわ」
私はありついたサンドイッチ片手に、もう片方の手でシッシッと追い払う仕草をする。確かに周りの視線はいつもながらに痛いものがある。人目の着くとこでひそひそ話とか、見ててとてもイライラする。
とりあえず私は渡されたサンドイッチをお腹に入れると、運悪く比較的近くに居た奴らに話しかける。
「…言いたいことあるなら、言えば?」
そいつらは目を合わせようともせず、そそくさと逃げていく。言いたいことがあるなら、ちゃんと話をしろって思う。…まぁ内容なんて大体想像はつくんだけどさ。
有り体に言えば、私は何の変哲もないただの人。アイツは少し顔が良くて頭もいい、面倒見のいいヤツ。となれば話の種なんて一つしかない。ただの幼馴染だと言うのに…。考えるのも馬鹿らしくて、周囲の喧騒も視線も嫌になって、私は机に突っ伏した…
「…何か…ごめん…」
「いや、なんでアンタが謝るのさ?」
放課後、帰り際にいきなり謝られた。これも慣れた日常だ。何かあると自分のせいだと思い込んで…とんだお人好しだ。
「別にアンタが謝ることじゃない。言いたい奴らには言わせとけばいいんだ」
「でも…」
「何度も言わせるな。アンタは悪くない。強いて言うなら悪いのは私の方だ。だから謝る必要は無い」
…そうだ。幼馴染というだけでコイツの側にいる私こそ悪いのだ。それでもしょげた子犬のようなコイツを見ているのも少し忍びない…ので振り返り、
「アンタはいつも良くしてくれてる。ホントありがとな」
なんて柄にもない事を言ってしまったのは、本当に気まぐれだっだろう。それでもコイツはとてもいい笑顔を見せてくれた。
…そして暴走した車がコイツに突っ込んでくるのまで見えてしまった…
「っ!」
何もかも置き去りだった。声よりも、頭よりも、何よりも。とにかく体だけが動いてくれた。
…どうなった…あいつは…ぶじだった…よかっ…
「目が覚めましたか?」
不意に声が聞こえた、が姿は見えない。私は霊だのなんだのは信じない方だったんだが…
「…アイツは?!大丈夫なのか?!」
「最初にすることが他人の心配ですか。人間って不思議ですね?」
相変わらず姿は見えないが全く感情の篭っていない声が響く。
「…その言い方だとアイツは大丈夫みたいだな…それで私は死んじゃった…って?」
「その通りですね。あなたはあの人を庇い死んでしまいました」
淡々と事実だけを告げてくる。大丈夫、私にはその方がありがたい。
「それで?私はこれからどうなるんだ?」
「どうにもなりません。死んでしまったのですから、後は無へと帰るだけです。…ただ…」
淡々と事実だけを告げていた口が、急に耳元で囁いた。それこそ悪魔の囁きのように。
「あなた、自分の気持ちを伝えなくても良いのですか?」
多分コレに表情というものがあったとしたら、それはとても嫌らしい笑みを浮かべていたに違いない。
「…何言ってんだ?私は死んだんだ。死んだってのに気持ちも何もあるか」
声は更に粘着質を高めながら耳に纒わり付く。
「だって、自分より大切な人だったのでしょう?命を投げ出しても救いたい人だったのでしょう?ならばあなたには、あの人に自分の気持ちを伝える権利があるでしょう?」
ニタニタとした笑みが浮かんでくるようで気分が悪い。実際この甘ったるい囁き自体が気持ち悪い。どうしても感情の昂りが抑えきれない。
「伝えるって死んだ人間がどう伝えるんだよ?!生きてるのと死んでるのじゃ全然違うんだぞ?!」
耐えきれず思わず吠えてしまった。私の激情を受け、嬉しそうに声は醜悪さを増して語り続ける。
「あの人につけば良いのです。これからずっと、あの人が死ぬまで!朝起きてから夜眠るまで!そしていずれあの人が死ぬまで!あなたの気持ちを伝え続ければ良いのです!」
「バカな…」
「バカな事を、と思いますか?あの人のこんな姿を見ても?」
言葉は遮られ、突然風景だけが映し出された。そこでアイツはずっと泣いていた…
「ほら!あの人はあんなにも悲しんでいるじゃありませんか!苦しんでいるじゃありませんか!そんなあの人を、あなたは見捨てるのですか!」
勝ち誇った嫌らしい声が頭に響く。こんなのは正真正銘悪魔の囁きだ。
…だから…
「…見捨てる…」
…だから私は殊更冷静に、冷酷に告げる事が出来た。
「人間なんていつか死ぬんだよ。私はそれがたまたま今日だっただけ。アイツだってそれくらい分かってる。そしてまた立ち上がれる。出来るって信じてるよ、幼馴染だからな」
「…そうですか…わかりました」
私の言葉にあの声は、元の淡々とした声音で告げた。
「それではあなたは今から無へと帰ります」
無に帰るってなんなんだろう。死んだことないからわかんないな…
「…一つ…伝言頼まれてくれない?」
「聞くだけでよろしければ」
それでいい、誰かに伝えるだけで、きっといい
「一緒にいてくれて、ありがと」