願いと一歩
冒険者ギルドにおける一連の騒動を終えて。
クロベーと真名の二人は、クエストの目的地へ向けて歩みを進めていた。
小柄な真名の歩幅にクロベーが合わせる形でゆっくりと街並みを歩く。はじめは真名の後ろをクロベーが付いていく形で歩いていたが、彼女がこれを拒否。晴れて肩を並べて歩く運びとなった。
道行く人の視線は千差万別。それでも共通して言えるのは、誰一人として好意的な視線を送らなかった点だ。
クロベーは悲しそうな顔を浮かべているが、隣の真名は気にしていない。身振り手振りを交えて、自身がつけたプレイヤーネームにまつわるバックストーリーを、それはもう熱いテンションで語り倒していた。
「……こうして、名前を持たぬただのエクス・マキナは、『ナナシ』というコードネームを捨て、真の名という意味を持つ『真名』と名乗るようになったのですわ」
「真名……そんな悲しい過去を背負って生きていたのか……!」
違った。二人とも周りなんて気にしていなかった。
真名の語り口が無駄にうまかったのか、はたまたクロベーの涙腺が壊れてしまったのか、二人は紀久淑茉奈脚本の一大ハードボイルドアクションストーリーへ完全にのめり込んでいた。
特に黒部の没入ぶりはすさまじかった。時に笑い、時に涙し、時には手に汗握るストーリーにはしゃぎ倒す。続きを促す際に向けるキラキラした瞳など、語り手冥利に尽きるというものだ。
当然、真名の機嫌も最高潮だ。
「ご清聴感謝いたしますわ」
「いやいや、寧ろこっちこそこんないい話を聞かせてもらってありがとうだわ」
「それほどでもありません。クロベーさんが話の分かるお方で良かったですわ」
二人の話に水を差すようで悪いが、どんなに話が良くできていようとも、あくまでこれは紀久淑の創作であり、実際のアバター、真名にそのようなバックボーンは存在しない。
だというのに、感情移入が過ぎる二人は真名の幸せを願わずにはいられなかった。ご本人はそれで良いのだろうか。
そんなこんなで訳の分からないテンションのまま、はじまりのまち〝エスタ・キャピタル〟中心地にある〝ワープ・ポータル〟を目指し、大小二名の歩みは早まっていくのであった。
―――〝ノア〟には、便利な移動手段がいくつも存在している。
今回使おうとしているワープ・ポータルは、その中でも最たるものだ。
これは名前の通り、プレイヤーを行きたい場所へ瞬時に運んでくれる何とも素敵な施設である。
受注するクエストによっては使用できない場合もあるが、移動時間の短縮にこれ以上の施設はない。しかも、何回使用しても料金はかからないという、プレイヤーの財布に優しい仕様となっている。
パーティメンバーが充実していれば、移動時のエンカウントや素材回収も兼ねて別の手段を用いる場合もある。しかし、クロベー達のように少人数でのクエストならば、余計なリソースを食わないためにも必須だろう。
いざ冒険と意気込んでいた二人が街中を歩いていたのは、これを利用しようとしていたからである。実りのある会話ができた二人にとってはこれもまた充実した時間であったようだし、二人が納得しているならば良いんじゃなかろうか。
しかし、楽しい時間もここまで。
大通りを道なりに歩いていた二人は、やがて拓けた場所に出る。目的地の中央広場だ。
広さはサッカーコート三面分ほどだろうか。自ずと視界に飛び込んでくるのは、三メートル以上はあろうかという巨大な噴水。頂点からは同じ高さの水がアーチを描き、空に綺麗な虹を生む。
そこを中心として放射状に広がっていく道の周囲には、鮮やかな季節の草花が文字通り華々しく彩っている。道のなかほどには祭壇が設けられた空間が八つあり、いくつかには人だかりも生まれていた。
祭壇の上に書かれた魔法陣こそが、プレイヤーを様々な冒険の地へ運んでくれる装置。ワープ・ポータルだ。
そのうちの一つ、今は人のいない広場へ向かいながら、真名が口を開いた。
「さて、改めてクエストに向かうわけですが、一つ決めておかなければなりません」
「ん」
真名の言葉にクロベーも頷く。考えてみれば、お互いの職業や特技も確認していない。
腰蓑に棍棒というクロベーの装備を見れば、彼が前衛職以外の何者でもないのは一目瞭然である。それでも構築するスキルによって戦法が変わってくる以上、パートナーの手札を知っておく必要はある。
「わたくしはクロベーさんと呼んでおりますが、クロベーさんはわたくしを何とお呼びですか?」
「え?そこ?」
どうやら真名の考えた大事な話はそこではなかったらしい。何とも明後日な方向から飛んで来た質問だが、目の前にいるお嬢様にとっては重要な話なのだ。
その証拠に、真名の表情は至って真面目である。これまでのやり取りの中で、どうも彼女には思うところがあったらしい。
お陰で苦しいのはクロベーだ。それもそのはず、彼女のアバター名がファーストネーム由来なせいで変に意識してしまった彼は、うまく真名の名前を呼べていなかったのだ。
「え、ほ、ホラ、俺も名前で呼んでるよ……?」
「わたくしの記憶にあるのは、ギルドでの一回のみですわね」
どうやら頑張って固有名詞を使わないようにしていたのはバレバレだったようで、真名がジト目を向けてくる。
自分が折れない限り、この話は終わらないだろうと理解しているクロベーだったが、気恥ずかしさからしどろもどろになってしまう。
「さ、さっきの会話中だってちゃんと呼んでいたし」
「わたくしの話に出てきた真名はお呼びになられていましたわね。では、わたくしは?」
「あ、ま、真名、さん……?」
「何で疑問形なんですの……」
「いや、冷静になると名前呼びが恥ずかしくなって。かと言って苗字呼びは身バレするから駄目だし……」
「気持ち悪いですわね」
お嬢様、黒部の繊細な心をバッサリである。確かに気持ち悪いが、つい最近話すようになったばかりの女子をファーストネームで呼ぶのはハードルが高い。
よって、黒部からも反論が上がる。
「リアルな男子高校生の本音だよ」
「そんな情けない本音聞きたくありませんでしたわ。ヘタレただけでしょう」
「何も言い返せない」
やれやれというジェスチャーも交えて呆れる真名。がっくりと項垂れる黒部。どうやら彼の考えは理解されなかったようだ。とはいえ、産まれてこのかた苗字プラスさん付けでしか女子を呼べなかったクロベーがヘタレだという意見に異論はないが。
そんなクロベーに構ったそぶりも見せず、真名からもっともな意見が述べられる。
「できれば名前呼びに慣れてほしいですわね。いざという時に指示が出しにくいのでは?」
「……善処する」
「それはやらない者の言い訳ですわ」
半ば諦めたように溜息を吐いた真名が、今度はクロベーの良心に訴える作戦に切り替える。
「仲間に名前で呼ばれないというのは、とても寂しいことだとは思いませんか」
「うっ……」
クロベーにも言わんとするところは伝わったようで、気まずそうに言いよどむ。常日頃から〝黒豚〟という不名誉な呼び名で呼ばれている黒部からすれば、実に耳の痛い問いかけである。
そう言われてしまってはクロベーとしても何とかしたいところではあるが、三つ子の魂百まで。これまでの人生で培われた習慣はなかなか断ち切れない。
何かしらのきっかけがなければ。
「できることならば、わたくしを卑しい女にさせないでくださいまし」
祭壇に到着するや否や、真名は足を止める。そのままクロベーと向き合うと、悲しげな声音で茉奈が口を開く。しかし、向き直った無機質な表情は、ギルドで啖呵を切った時のように凛としている。
縋るような言葉とは裏腹に、瞳はクロベーを真っ直ぐに捉える。
彼女の雰囲気に圧倒されたクロベー。言葉の意味が解らず、自ずと漏れたのは疑問の声。
「卑しい?」
「ギルドでのわたくしに報いる気持ちがあるのであれば、これからはわたくしを名前で呼んでくださいな」
「っ……」
続けられた言葉に息を飲む。自ずと思い出されるのは、つい先ほどのやり取りと、その時に感じた罪悪感。
騒ぎの場を離れても負い目は消えず、ここに来るまでずっと引き摺っていた。態度には出さず、それでも消えずに持ち続けていた。
そして真名もまた、その様子に気づいていた。
「ね?ずるいでしょう」
どこかばつの悪そうな顔をしながらも、真名はクロベーから視線を外さない。彼女の話はまだ終わっていないからだ。
「……とはいえ、こんな脅迫じみた方法で名を呼ばれるのも、この名を貶めているようで嫌ですわね」
そう思いませんか、言わんばかりに上目遣いで黒部を覗き込む。黒部は答えられない。頭の中は申し訳なさでいっぱいになり、できるならば逃げ出したい衝動に駆られた。
そんなクロベーの手を取る真名。
黒部がはっとする。紀久淑もまた、黒部の手を取り見つめていたのだ。
〝もう一人の自分セカンドサイド〟に慣れていない人間は、生身の動作が制限される。必要な動作のみを行う機械のようになり、徐々に人間らしい動作を行う余裕が生まれるのだ。現に彼女も先程までは、本能の赴くままお菓子を口へ運ぶ機械となっていた。
にもかかわらず、こうして黒部の手を握り、柔らかく微笑みかける紀久淑。両手に感じる温かさは夢でも幻でもなく、だからこそ黒部は理解した。
つまり、今真名がそうしているように、紀久淑茉奈の無意識も、それが必要な動作であると認識しているのだ。彼女にとっても。また、彼にとっても。
「だから、もしあなたがギルドの件で引け目を、わたくしに罪悪感を感じているのならば」
歌うような声が広場に響く。
『どうかわたくしとクエストを受けている間だけでも、胸を張っていてくださいませ』
包み込むような優しい声が、二人がいる部室にも響く。
「共にいるわたくしに引け目を感じないでください。わたくしに感じさせないでください」
『ほかでもない、わたくし自身の意思で共にあるのですから、それを誇りに思ってください。貴方と送る今日という日が素晴らしい一日であったと、わたくしに思わせてください』
「わたくしの隣に立つ貴方の価値を、他でもない貴方が貶めないでください。隣に立つ貴方自身の手で、わたくしの価値を貶めないでください」
「『それがわたくしの、卑しくもずるいお願いです』」
紀久淑の、真名の手が離れる。名残惜しさを感じながらも、黒部は涙を拭った。
拭いても拭いてもとめどなく溢れるそれを見て、やがて諦める。この涙もまた今の俺には必要なのだと、俺の本能が判断しているのだろうから。
だったら、泣くのは生身に任せておこう。アバターも涙やらでグシャグシャになっているが、ひとまず彼がするべきは。
彼女が本心から伝えてくれた言葉に、返事を返すことだ。
「分かった」
震える唇から漏れた言葉は、クロベーが思った以上に短かった。
それでも彼は胸を張る。彼女の隣に立つ喜びを、周りに、彼女に伝えるように。
今の自分は、こんなにも誇らしく、こんなにも幸福なのだと。
「ええ、そうでなくては困りますわ」
「情けないところを見せてゴメンな。でも、もう大丈夫だ。ありがとう」
「いえ。わたくしはズルをしただけですので、お気になさらず。それともう一つ。今回のようなことはもう二度と行いませんので、次からは自分で何とかしてくださいな」
彼女も恥ずかしかったのだろうか、プイっと顔を背ける。生身は尋常ではなく顔が朱い。その顔のまま、涙も落ち着いて水分を取ろうとした黒部が紙コップに注いでいたお茶を、目にもとまらぬ速さでインターセプトする。ペットボトルの方を。
小柄な彼女が二リットルのお茶をラッパ飲みする姿はなかなかシュールだ。
「うん、それも分かってる。男として流石に情けなかったしね」
「当然ですわ。なにより」
真名は言いながら、にこりと微笑む。流し目を送る表情は、つい先ほどの慈愛溢れる彼女とは違う、いたく妖艶な雰囲気を放っていた。
「わたくし、そんなに安い女ではありませんので」
諸々の蟠りが解決したところで、二人はワープ・ポータルである祭壇の前に並び立つ。
先程も少し触れたように、ワープ・ポータルは一つの街にいくつか用意されており、ポータルによって行ける場所は決まっている。
中央広場に用意されているポータルは全部で八つ存在し、それぞれに応じた場所へ移動できるのだ。
当然、ポータルによって人気不人気があり、人気の場所へ飛べるポータル程混雑している。とはいえ、はじまりのまちで受けられるクエストはどれもチュートリアルの意味合いも含んでいるため、どれも頻度は変わらない。
二人が使用するこのポータルもたまたま人がいないだけで、タイミングによっては混雑していただろう。先ほどのやり取りを思えば、今の状況は幸運だったのかもしれない。
因みに、便宜上祭壇と呼んでいるが、これといって儀式的な要素があるわけではない。起動の際に生贄が必要だとか、何度も使ったせいでナニかが召喚されるわけでもない。
単純に、幾分か高い位置になっている石の足場が、四隅に立てられている松明が、中央に描かれた複雑な魔法陣が、儀式に使われる祭壇っぽいからである。
ドキドキワクワクといった顔を隠せないまま魔法陣に乗る二人。まだ見ぬワープ体験に期待も高まっているようだ。
「他の方を見ている限りですと、一瞬で消えてしまわれるように見えましたわね」
「ああ、もうどんな感じか楽しみでしょうがねえわ」
とりとめのない会話を挟みながら中央まで進むと、魔法陣が輝き始める。演出としては申し分ないのだが、幾分か地味なアクションのせいか、真名が不満を漏らす。
「風情がありませんわね、起動時の呪文などがあればまた違ったのでしょうが」
キラキラ光るエフェクトを眺めながらの感想。口では文句を言いながらも、嫌な顔はしていない。
答えるクロベーも、顔はニコニコだ。
「だな。ま、メインはワープ中なんだし、こんなもんで良いんじゃねえか」
「それもそうですわね。それにしても」
魔法陣の光から視線を外した真名が、クロベーの方を見てクスクスと笑う。
「どした?」
「いえ、ようやく普通に話してくれましたね」
「へ?」
「口調、ですわ」
言われて気づく。初めて話した時からブレにブレていたクロベーの言葉遣いが、ここに来てやっと同年代と話すそれに落ち着いていたのだ。
部室の時にもまして砕けた口調を聞いて、真名もこれが彼の素であると理解したようだ。
「初めてお話しした時や、先ほどなどは特に控えめな言葉遣いが目立ちましたが、それがあなたの素なのですわね」
「あれ、い、嫌だったら戻そうか」
ただの感想を曲解してか、またしても口調がブレるクロベー。情緒不安定にもほどがある。
一方、若干サディストの気がある真名は何とも言えない感覚を覚えるが、これは目覚めてはいけない感情だと無意識に自制する。
代わりにとばかりに怯えるクロベーを嗜めた。
「違いますわ、打ち解けてくださったのだなと嬉しく思ったのです」
「な、ならいいけど……」
「ほら、また固くなってますわよ」
「お、おう」
まだちょっと固いクロベーを見ながら、これは重症ですわね……と心の中でのみ呟く。
不快だとまでは思わないものの、もう少し自分に自信を持って欲しいなと思う真名であった。
「人によって言葉遣いを変えるのは良いことですが、遣わなくても良い気は遣わないでくださいまし」
真名のあけすけな物言いはクロベーにとっても心地良いらしく、何処か眩しいものを見るような目を向ける。
「分かった。それにしても、ブレないな」
「当然ですわ。わたくしはこれがわたくしなのですから、隠すことも偽ることも致しませんわ」
「さいで」
胸を張ってドヤ顔を浮かべる真名に苦笑を返したところで、いよいよワープが始まる。どのような演出が待っているのかと表情を変える二人だったが、魔法陣が放つひと際強い輝きに目を瞑ってしまう。
光が収まり、ゆっくりと目を開けた時には、景色が変わっていた。あまりにあっけない。そんな思いが思わず零れる。
「……しょぼ」
「ですわね……」
前後不覚に陥るほどの浮遊感や、うにょうにょした景色などを期待していた二人は落胆する。
―――実は、サービス開始前にはそういった演出もあったのだ。開発スタッフが想像する、これぞワープと胸を張って呼べる呼べる様々な現象がプレイヤーを楽しませる……はずだった。
しかし、慣れないアバターの三半規管を揺らし、視界テロと呼んでも過言ではない演出が齎したのは、テストプレイヤーの人にはお見せできない姿であった。
通常の排泄欲求であればトイレまで向かう余裕もあっただろうが、最低限の生命活動しか行えない状態にある生身の肉体は、己の身体が訴える吐き気に正直だった。人類の生存本能に、社会的な死は配慮されないらしい。
こうしたスタッフの涙ぐましい努力と尊い犠牲の上にこのゲームは成り立っており、その成果の一つこそが、ワープ演出のオミットなのだ。
とはいえ、そういった裏方の事情を知らない二人は言いたい放題だ。
「初めてのワープなのですから、もう少し特別感が欲しかったですわね」
「あー……せーので同時に魔法陣へ乗ったりとかしとけば良かったな」
「……その手がありましたか」
「ま、機会はまだある。切り替えようぜ」
先ほどまでうじうじしていた男がなんか言っている。ムカつくからそのニカッて感じの笑い方やめろや。
それでも真名は納得がいかないらしい。分かりやすくしょげている。
「初のクエストは今日この時だけですわ……」
それにしても、少々初のクエストにこだわり過ぎではなかろうか。きっと彼女は、恋人ができたら何かにつけて作った記念日でスケジュール帳をデコデコさせるタイプだろう。
黒部とはまた違ったベクトルの重みを持つ真名に、クロベーは提案する。
「じゃあ他を探そうぜ。今日を思い出した時に、これだ!!って思えるような何かをさ」
「……ええ、そうしましょう。それに、過ぎたことを悔やんでいては前に進めませんわ」
黒部の言葉が効いたのかはわからないが、何とか真名も持ち直す。自分を気遣っての言葉に嬉しくなるが、慰められるばかりでは気が済まないというサディズムが鎌首をもたげる。
「よし、じゃあ行こう」
「ところで、話を蒸し返すようではしたないのですが」
「何?」
「結局、わたくしのことはなんと呼んでいただけるのですか?」
意地の悪そうな笑みを浮かべながら、クロベーに詰め寄っていく。突如として現れた小悪魔にこじらせた思春期の権化はタジタジだ。
「えっと……ま、真名、さんで」
「……まだまだ慣れるには時間がかかりそうですわね」
へどもどしながらも一応は名前を呼べたことで、ギリギリ及第点だとばかりに矛を収める。彼女としても揶揄いたいだけであって、虐めたいわけではない。ついでに言えば、変な性癖に目覚めたわけでもない。
ニコニコと笑う真名が正面を見るのに合わせ、ホッとした顔で続くクロベー。二人が眼前に聳える建造物に目を奪われたのは同時であった。
〝ティリア遺跡〟。
見上げるほどに巨大な柱が幾本も並び、ひび割れた大理石の道を囲う広場。その中心部に作られた祭壇のような建物が入り口になっている。
広大だったであろう広場は大半を土砂に侵され、全容を知ることは叶わない。
地下へと続く入り口も一部が崩れ落ち、随所に刻まれた彫刻は風化している。
それでもなお力強くそこにあり続ける姿は、神々しい威厳をたたえていた。
誰が何の目的で作ったのかは知れないが、ぽっかりと口を開けた入り口は、聖域を侵す者を拒むようにほの暗い。
それを真っ直ぐ見据えた真名が、しみじみと声を漏らす。
「ここが、仲間と赴く初冒険の舞台なのですわね……」
「ああ、いよいよだな……」
まだ遺跡にも入っていないにもかかわらず、感極まった様子の二人。もう何回感じ入っているのかわからない。
さあ、ここからだ。緊張から来る武者震いを気合で抑え込み、クロベーは最初の一歩を踏み出す。
「じゃあ、行くか!」
「……ええ、参りましょう!」
クロベーの掛け声に笑顔で頷き、真名もまた一歩を踏み出す。
誰からも求められなかった一人。
誰もが遠巻きに眺めるばかりだった一人。
一人と一人が二人になって、二人の一歩が、一つの音となって響いた。