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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第二章 機械人形と円舞曲を
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 エクス・マキナ

VRゲームタグが付いているにもかかわらず、漸くゲームにログインしました。

暫くはゲーム内でのお話がメインになります。

 紀久淑に遅れること数十秒。


 問題なく接続を終えた黒部もまた、集合場所にした初心者向けの冒険者ギルドへ到着する。


「先に接続していたよな……どこだ」


 相手の種族は分かっている。いつぞやの自己紹介で目にした姿を探していると、向こうから声をかけられる。


「もし、黒部さんで間違いありませんか?」


「おう。待たせて悪かった」


「ほんの数秒の差ですわ。お気になさらないでくださいな」


「ありがとう。それにしても、やっぱり映えるな。うん、綺麗だ」


「あら、待ち合わせ相手を初めに褒める点は評価いたしますわ」


 デートか。


 勿論二人にそんな気はない。紀久淑に関してはちょっとズレたお嬢様力がなせる業であるし、黒部に関しては褒めのベクトルが違う。紀久淑の姿を褒めた点に間違いはないが、もっと根幹的な麗句である。


 待ち合わせ相手の外見は、美しい流線型を描く白銀色のアバターだった。


 身長や体格はおろか、顔の造形すら変わってしまった黒部とは違い、目の前で微笑む少女は多分に面影を残している。


 違うのは、己を形成する肉体の成分が、無機質な金属製であるという点だ。


 全身を覆う金属製のボディ。


 各部を飾る球体状の関節はむき出しで、美しさの中にある機能性を強く意識させる。


 スプリングスーツのように体を覆う赤い服は、中世の世界観を持つノアに合わぬ近未来的なデザインをしている。


 手入れが行き届いた金色の髪は色を変え、一本一本がフィラメントのような赤橙色に輝く。


 鼻と口は布を被せたような凹凸があるだけで、ガラスのように透明な結膜へ碧い角膜を乗せた眼。


 グラスファイバーのような長い睫毛がそれを覆い、下瞼から下顎にかけては継ぎ目が溝を刻む。


 本人が持つ美貌も相まって、その姿は名のある美術家がその生涯をかけて作りあげた、壮麗な芸術作品のようであった。





 ―――〝エクス・マキナ〟。


 かつての古代文明が生み出した、現世に存在理由を求め彷徨う魂なき自動人形。それが紀久淑茉奈のアバターだった。


 前にも説明したが、エクス・マキナをはじめとした無機物カテゴリーの種族は、魔法適性が現れないといった特色を持つ、ノアの世界観でも特殊な立場にある種族だ。


 更に言うと、魔法効果も例外を除いて一切が通用しない。補助魔法や付与魔法、果ては回復魔法も通じないのだ。正直これは魔法が使えない以上に厳しい。


 そのくせ攻撃魔法は喰らう。というより、攻撃魔法はエクス・マキナの天敵である。


 魂が宿っていない設定にあるエクス・マキナは、魔法防御を司るMNDがクソほど上がらない。装備で補う段階になれば多少はマシになるが、属性耐性を持たせていないとはっきり言って素通しだ。


 こう言ってしまうと魔法戦のデメリットばかりが目立つ種族ではあるが、この種族の真価は近、中距離戦でこそ発揮される。


 エクス・マキナのメリットで真っ先に挙げられるのが、種族特性である『物理ダメージ軽減』だ。


 精密機械で取り扱い注意な印象があるエクス・マキナだが、機関部をはじめとした重要な部分を保護する為に、体表面に特殊な力場フィールドを張っている。


 魔法効果が込められていると話は変わってくるが、物理攻撃に類されるものであれば矢でも鉄砲でも関係がない。


 VIT(物理防御)自体そう高いわけではないが、バランス型のアタッカーの攻撃程度であればこの特性だけで上回ることも可能だ。


 しかも、エクス・マキナには〝奥の手〟が用意されている。


 攻撃に必要なSTR(筋力値)と、飛び道具を含めた武器のクリティカル値を決めるDEX(器用さ)も高く、優秀なダメージディーラーたりうる一番槍。それがエクス・マキナなのだ。





 「では、さっそく参りましょう」


 紀久淑に促されるまま、ギルドの建物に入っていく。ウエスタンドアの先、広がる光景はまさしく冒険者の店といったところか。


 正面に設けられたカウンターは、右がクエスト窓口に、左がバーカウンターになっている。


 右奥にはクエストの張られた掲示板が大きく用意され、多くの依頼が所狭しと張られている。


 掲示板の横には、歴戦の兵オーラを迸らせる隻眼の漢が、腕組みをしながら壁に寄りかかっている。瞳は固く閉じられたままだ。


 左側は飲食店になっているのか、テーブルと椅子がいくつも置かれている。


 店内をせわしなく走り回るウエイトレスは、両手のトレーに大量の注文を燃せたまま、パタパタと店内を走り回っていた。延々と。ぐるぐると。


 勿論NPCだからであり、このメイドさんがドジっ娘なわけではない。そもそも、このお店は座席備え付けのメニューをタッチすれば自動的に品物が届く仕様だ。


 恐らくメイドさんの存在は、製作者サイドの趣味なのだろう。小柄でスレンダーな女性のコスチュームにアンミラをチョイスしている点から、執念じみたこだわりを感じる。


 幸い、このメイドさんは他のプレイヤーにも受けが良いようで、割と高い頻度で横切っていく彼女を温かい目で見守っている。何人かはスカートを覗こうとしているが、どうなっても知らないぞ。


 一部アカウントの危機に瀕している者もいるが、中にいるプレイヤーは思い思いの時間を過ごしていた。


 中身がオレンジジュースなジョッキを掲げておどけるヒューマン達。


 カードゲームに興じるリザードマンとワーウルフ。


 クエストの掲示板を吟味するハーフリング。


 他にも大勢のプレイヤーがいる。みんなが笑顔を浮かべ、とても楽しそうだ。


 その横を堂々と歩くお嬢様流石すぎる。その後ろをこそこそと歩くのが黒部だ。


「たくさんありますわね。どれにいたしましょう……と、その前に、パーティ申請を送りますわね」


「お、おう」


 なるべく目立たないように歩いている黒部は、若干挙動不審になっている。紀久淑はそれを怪訝な目で見るが、初めて行うパーティ申請にワクワクを隠せないのか、気にせず手元にメニューウインドウを出現させた。


 騒ぐプレイヤーとは逆方向。手元のコンソールを操作しながら掲示板がある方へ歩いていく。暫くして、黒部のコンソールにポップアップアイコンが浮かぶ。


〝『真名』からパーティ申請がありました。承認しますか? →YES NO〟。


 自分から送りたかったなと少し思った黒部だが、誘ってくれたのは以下略。とはいえ、内心とは裏腹に顔は大層にやけている。黒部からは後ろ姿しか見えていないが、送ったお嬢様も相当にやけていた。


「えっと、この申請で合ってるか?」


「はい。さすがにそのまま本名を語るのはどうかと思いましたので、ファーストネームの文字を変えてみましたの」


 割と単純だな、と黒部は思った。


「割と単純だな」


 声にも出ていた。


「貴方の名前も大概では?」


「だよな」


 何も言い返せなかったクロベー。


「とはいえ、そうまで言われては黙っていられませんわね。良いでしょう。クエストへの道すがら、一機のエクス・マキナが何故〝真名〟という名を名乗るに至ったか、存分に語って差し上げますわ」


「バックストーリーまで考えたのかよ」


 勿論、などといいながら笑う紀久淑改め真名。これは覚悟を決めて拝聴しなければならないな、などと思いながらスクロールに触れる。


〝YES〟。


〝パーティが結成されました。メンバーは『クロベー』『真名』です。〟


 その画面を見た瞬間、目の奥から何かがこみあげてくる感覚がする。寧ろ、生身の方は落涙していた。


 慌てて涙を袖で拭い、紀久淑の様子を確認する。クラスの生徒同様、無表情のままポテトチップスを頬張る姿にほっとする。封を空けたスナック菓子がすでに三袋目なので別の心配が頭をよぎるが、無意識に欲しているのだから仕方がない。


 〝真名〟にも込み上げてくるものがあるのか、感動の余韻から目を閉じている。顔はにやけを通り越してにっこにこである。小さな凹みでしかなかった口が、深い溝を刻みながら吊り上がる。あ、笑うとそうなるのか。意外と表情豊かなんですね。くろべ の かしこさ が あがった。


 ややあって、閉じていた瞳をクワッと見開きながら真名が口を戻す。誤字ではない。話そうとすると元に戻るのだ。


「こうしてはいられませんわ!さあ、早くクエストへ参りましょう!」


 言い切るや否や身を翻し、クエストの張られた掲示板を食い入るように見つめる真名。ああでもないこうでもないと悩む愛らしい姿に、表情豊かなエクス・マキナだなと苦笑する。


 黒部は思う。誰かとクエストに赴く楽しさを共有する時間。これこそが自分が求めた時間なのだと。


 ―――アバターがオークで絶望した。


 クラスからの村八分に傷ついた。


 勧誘が失敗して悲しかった。


 それでも、自分に良くしてくれたクラスメイトはいた。


 黒豚になる前、木下は俺に話しかけてくれた。


 黒豚になっても、峯村さんは笑いかけてくれた。


 そして、紀久淑さんが、真名さんがパーティを組んでくれた。


 たとえ一時だけであろうと、それだけで嬉しかった。


 きっと、俺はこの日を一生忘れないだろう。


 幸せな時間が終わって、また辛い日々が始まっても、今日という日を思い出して乗り越えていこう。


 だから、せめて。せめて今日だけは。


 思い出すだけで幸せになれるような一日が送れますように。



 だから重いんだって。ドン引きだよ。


「どうかなさいましたか?」


「……いや、どんなクエストに行くのかなって考えてた」


「そうですわね、ではこの〝ノワールドラゴンの複数討伐クエスト〟など……」


「今の俺達には全てが足りないな。やる気も含めて」


「そうですか。ではこちらの〝神話級モンスター『アジ・ダハーカ』の封印クエスト〟はいかがでしょうか?」


「ランク見て。SSSなんて塵も残らないから。ていうか、初心者ギルドにこんなクエスト貼ってんじゃねえよ仕事してんのかCPU」


 彼女とのやり取りが、落ち込んだクロベーの心を持ち直させる。自分で自分を落ち込ませてちゃ意味がないと、今度はクロベーもクエストボードを見始めた。上がったり下がったり何とも忙しい男である。


 とはいえ、ついこの間まで中学生だったのだ。自分が籍を置く集団内で無視され続ければこうなるのも無理はない。これが高校生の現実である。


 そして、彼が些細な幸せや希望を感じていると。



 台無しにしていくのも、また現実だった。 



「おい、見ろよ。オークがパーティなんか組んでるぜ」


 そんな声が二人の耳に飛び込んできた。


 二人が声のした方を見ると、食事スペースの雰囲気が一変していた。先ほどまでバラバラに過ごしていたプレイヤー達が、ヒソヒソと顔を合わせながらこちらを見ていた。


 体格の大きいオークとエクス・マキナが一緒に歩いているのだ。目立たないはずがない。現にウエスタンドアを開けた直後から、こちらへ視線を送るプレイヤーも複数いた。


 しかもオークは色が黒い。実際にプレイヤーとして存在する黒豚の発見はプレイヤーを湧き立たせた。勿論悪い意味で。


 そういった者達から話は広まっていき、今やギルド内はレアコンビの話でもちきりだった。


 エクス・マキナ自体が珍しい点も噂の拡散に拍車をかけた。特別レア種族なわけではないが、プレイヤーの絶対数が少ない希少な種族ではある。


 真名が見目麗しい外見をしていた点も手伝い、噂好きな高校生の会話は白熱していく。


「オークとエクス・マキナの組み合わせって、すごく珍しくない?」


「っていうか、オークが女性アバターと一緒って時点でヤバいよね」


「それよりあのオーク、色おかしくね?」


「マジだ。超黒い」


「黒いオークって、黒豚……?」


「あ、うち本国川の友達に聞いたんだけど、黒豚出たらしいよ」


「マジか、超ハズレじゃん。俺なら自殺するわ」


「超レアキャラじゃね?スクショ撮っとく?」


「やめとけって。アカウント消されるぞ」


「あー、それはムリ。黒豚以下じゃん」


「ウケんなソレ」


 ゲラゲラと下品な笑い声を浮かべながら、食事スペースは盛り上がりを見せる。


 クロベーはうつむく。同時に後悔していた。


 パーティを組んだことに。ではない。


 警戒を怠って、彼女と一緒にこの建物へ入ってしまった己の迂闊さをだ。


 予め外でパーティ申請を済ませてから、彼女だけを中に入れ、彼女にクエストを受注してもらえば良かったのだ。パーティが成立していれば、二人でギルドに入る必要はない。


 彼女が促してくれたのを良いことに、のこのこと自分が付いていったから。


 優しい彼女に甘えてしまったから。



 〝紀久淑さんに、嫌な思いをさせてしまった〟と。



 認めてもらった気になってしまった。


 オークでも、黒豚でも、今この場においてだけならば。


 自分も一人のプレイヤーとして、楽しんでも良いのだと勘違いしてしまったのだ。


 分かっていたはずだ。一緒に居てくれる彼女だけが例外なだけであり、世の大多数は彼を前にすれば嘲笑する。


 ちらりと、隣に佇む真名に視線を送る。


 罪悪感と、後ろめたさと、拒絶される恐怖から。


「あ、あの……」 


「おっしゃりたいことがあるのならば、どうぞ、わたくし達の前へいらしてくださいな」


 黒部の言葉を遮り、真名は毅然と言い放つ。左手で後ろ髪をすくう、いつもの仕草を行いながら。


 堂々とした、それでいてどこか冷たさを孕んだ声音に、ギルド内が静寂に包まれた。先ほどまで騒いでいた集団は顔を背け、囃し立てていたメンツは席に着く。一旦の終息を見せたその場へ、真名は続けて言い放った。


「彼を悪し様に罵っていた方々は、さぞかし立派な御身分にいらっしゃるのでしょう。同じ人間である彼をああも笑いものにできるお方であれば、きっとノアがなくとも幸せな一生を送れますわ。であれば、今すぐわたくし達の前に立ち、もう一度、今度は直接おっしゃってくださいまし」 


 誰も前に出ない。いや、出られない。彼女の言葉に従った場合、ノアのアカウントを停止させられるからだ。





 民間が運営するネットゲームと国営のゲームであるノア。違いは数多く存在するが、最も目立つ点は〝ネットマナーの厳格化〟である。


 有史から存在する対人コミュニケーションによる悲劇は、ともすれば歴史を変えかねないほどに大きな問題へと発展していく。


 特に匿名性や不特定多数と接触する電脳世界のマナーは、時には発展途上国のスラムもかくやといった廃れ具合を見せる。そういった荒廃からプレイヤーが離れていき、サービスを終了させたゲームは枚挙に暇がない。


 国営のゲームを開発するうえでこれを重く受け止めた国は、ネットマナーに真っ向からケンカを売った。


 一般販売用の抽選には、明確な個人情報の提示と犯罪歴を踏まえた選別を。全ての端末には会話ログ保存機能と、感情値の算出を行う機能を搭載させたのだ。


 さらにはこれを取り締まる法律と、専門の機関すら設立した。


 おそらくこのギルドは今、機関の監視を受けている。特定の個人に対する集団的な排他性を、機関のスーパーコンピュータが感知しているはずだ。


 これが重大なネットマナー違反だと判断された場合、運営側から警告文が届く。これが三回送られてきた瞬間、そのプレイヤーのアカウントは停止される。悪質な場合は一発停止もありうる。


 そして、一度アカウントを停止されると、その人間は二度とノアにログインができなくなってしまう。


 モノクリエイターも没収され、二度と〝セカンド・サイド〟を使えない。


 作業効率を見込めない人間への社会の対応は推して知るべし。恐らくは碌な扱いを受けないだろう。挙句の果てには前科まで付く始末なので、ノアのプレイヤーは自然と他人を思いやるようになる。


 しかし、多くのものを背負っている社会人プレイヤーに比べ、若くて青い高校生プレイヤーはこれを忘れてしまう。彼ら彼女らのこれは、そういった若さゆえの過ちから来る暴走なのだ。


 そもそも、そういった差別意識が生まれるようなアバターは作らなければ良いという意見もあるだろう。


 その点に関しては、国は意見を差し控えている。なぜだ。





 とはいえ、その国が作ったルールによって救われたのもまた事実。


 誰も出てこないのを見た真名はふんと鼻を鳴らすと、クロベーに向き直った。


「さあ、早くクエストを探してしまいましょう。このような場所に長居をしたくありませんわ」


「あ、うん」


 一つ頷いたクロベーは、胸の奥が温かい気持ちで満ちていくのを感じた。


「ありがとう、き……ま、真名さん」


「……何のことだかわかりませんが、受け取っておきますわ。呼び方についても、一考の余地ありですわね」


 プイと顔を逸らした白銀色をした真名の肌と、無心になって緑茶をラッパ飲みする紀久淑の白い肌が朱く染まっていた。





 ―――彼らがクエストを選択し、ギルドを退出した直後。


 ポップアップアイコンの音が複数、同所に響き渡った。


 それから暫くの間、具体的には〝黒豚〟の新しい噂が産まれ、上書きされるまで。


〝黒いオークをお供にしたエクス・マキナにはかかわるな〟


 という噂が、はじまりのまち〝エスタ・キャピタル〟を中心に広まっていった。


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