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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第二章 機械人形と円舞曲を
6/38

 軽佻

さて。


 パーティメンバーの勧誘へ意欲的な姿勢を見せた黒部ではあるが、熱く燃える内面とは裏腹に足が動いていなかった。ピクリともしなかった。


 よし行くぞ、いざ行くぞ、さあ行くぞ。そう言い聞かせながら立ち上がろうとするも、威勢が良いのは心の声のみ。


「だめだ、一回落ち着こう」


 そう呟きながら、自分の席へと座り直したぞこいつ。


 どうやら、冷静になって今一度状況を確認しようという考えに至ったらしい。焦ってもしょうがないという峯村のアドバイスも手伝ってだろう。


 決して、考え事をしながら昼休み終了のチャイムを待つなどという後ろ向きな理由からでははない。大丈夫、絶対行動に移すから。誰にともなく言い訳をしながらの策だ。


 きっと頑張ってくれるだろう。貧乏ゆすりは止まらないし、顔は変な汗でびっしょりではあるが。


 まずは敵を知るところから始めようとクラスを見渡すと、大体がグループを作って纏まっているのがわかる。仲間候補を敵と呼んでしまう辺りにテンパり具合を感じる。


 六人のグループが二つ。


 五人のグループが三つ。


 三人、四人のグループが一つずつ。


 そして、彼と同じソロが五人。


 グループには他クラスの生徒も見受けられるし、教室にいないクラスメイトもいる。それらを確認した黒部は、次いで己の立ち位置を考える。


 基本、彼に話しかけられて良い顔をする人間は存在しない。


 何故ならば、彼は女性の敵と呼ばれるオークであり、よりにもよって魔法適正まで発言している〝黒豚〟で、挙句の果てには使えもしない闇魔法の適正は最大値だ。


 毛嫌いすべき対象が中途半端に嫉妬の要因すら携えているのだ。笑顔で受け入れられることはまずなかろう。


 正直な話、黒部もこの時点でゲームセットな雰囲気をひしひしと感じている。感じてはいるのだが諦めない。


 何せ、峯村も言ってくれたのだ。自分とパーティを組んでくれるクラスメイトは必ずいると。


 そういってくれた彼女に心配をかけないためにも、何より自分の高校生活を楽しむためにも、ここで歩みを止めるわけにはいかない。不退転の誓いを立てつつ、今度は相手の分析も始める。



 まず、既にグループができているメンツは諦めた。先にも言ったように、彼にはお断りされる要素しかない。きっと冷たくあしらわれるだろう。


 そしてそれは、相手が大勢であればあるだけ苛烈な対応になる。群れた人間の残酷さは現在進行形で味わっている。


 よって黒部の狙い目は、勧誘待ちをしているいまだお一人様なクラスメイトである。その中でも比較的物静かで自己主張の弱い、頼まれたら断れない性格をした生徒が理想であると考えたのだ。


「あと男子な、コレ大事」


 確かに彼の立場を思えば、女子に話しかけるのはハードルが高い。パーティにオークがいるイコールマジあり得ないといった風潮もあるうえ、勧誘対象が女子の時点で下心があるように思われるからだ。


 そんな心配をしている黒部ではあるが、今の彼には下心にかまけている余裕がない。今日彼は、峯村と行った会話のお陰で気付いたのだ。


 人とのコミュニケーションは超大切だということに。


 彼は今、無性に男友達を作ってウェーイってしたかった。小学生並みの下ネタ言いながらバカ騒ぎしたかった。野郎だらけのカラオケ大会でアイドルソングを振り付きで熱唱したかった。


「男友達を作って、パーティでクエストに向かう。他に欲しいものなんてない!!」


 彼の願いが通じたのか。幸いなことに、黒部の提示する条件に合致した男子生徒を発見した。男子生徒こと上田君の自己紹介を思い出すに、内向的な印象に合わないごり押しのアタッカービルドだったはずだ。


 恐らくは、そういった内面との不一致がいまだパーティを組めていない理由になっているのだろう。


「でも大丈夫。初手から詰んでいる俺とは違う。共に戦っていくうちに、才能が目覚める日がきっと来る。いや、そのための協力は惜しまない。だって俺達、共に戦う仲間じゃないか。当然だろ、ははは」


 どうやら彼の脳内では、戦いを通じて認め合った上田君と固い握手が交わされたらしい。一人遊びを覚え始めた今日この頃、彼のメンタルはこちら側に戻ってこれるか否かの瀬戸際に立っているようだ。


 何より、一人席に座りながらぶつぶつと呟く姿は何とも気持ち悪い。


 黒部は一つ頷く。この妄想を現実にするため、彼の戦いは始まった。


「あの、上田君、ちょっといい?」


「えっ」


 話しかけた瞬間、ぱぁっと笑顔の花を咲かせてくれた上田君。


 しかし、相手が黒部だと気づいた途端に彼の笑顔は曇ってしまう。全身からは迷惑ですと言わんばかりのオーラが浮かんでいる。


「……何?」


「いや、その」


「黒部君と僕、仲良くないよね?周りに勘違いされると、ちょっと困るんだけど」


「あ、そうだよね。ごめんね」


「で?用って何?」


「あ、その、パーティを組んでもらえたらなと」


「無理。それだけ?」


「はい。すみませんでした」


 肩を落として上田君から離れた。黒部の初陣、惨敗である。


 だがしかし、これに関しては当然の結果ともいえる。〝黒豚〟の立場もさることながら、前振りもなしにそんなことを言われても相手は戸惑うだけだろう。峯村のアドバイスを忘れてしまったのだろうか。


 とはいえあの様子を見る限り、何を振ってもフラれるだけだったと思うが。


 それにしても、取り付く島もないとはこのことか。心が折れるどころか、プロセッサーで粉微塵にされた気分になる黒部。本人曰く、余所行き用の穏やかな口調も全く役に立たなかったようだ。傍から聞いていると気持ち悪い口調の猫なで声でしかなくとも、彼にとってはここぞという時の勝負声。


 うまくいかなくとも多少のコミュニケーションくらいは取れると踏んでいたが、現実は厳しかったし、彼の見通しは甘かった。


 クラスメイトもこの状況を見ていたようで、クスクス笑いながら敗残兵をチラ見している。


 黒部の後ろでは、上田君に他のパーティが声をかけていた。彼が欲してやまなかった勧誘のお誘いである。


 あれだけ強気な対応ができる心の持ち主ならば、アタッカーに必要な攻撃性も十分だろう。黒部と共に冒険へ出るまでもなく、上田君の才能は開花したようだ。


 対応された当人からすれば泣きたくなる程の塩対応だったが、事実撃墜スコアの一つになった黒部は確信した。きっと上田君は、躊躇なく敵へ剣を振り下ろせるだろうと。



 振り出し以上に悲惨な場所に戻り、再び一人になった黒部は考える。そも、内向的だの自己主張が弱いだの、俺は上田君のことを無意識に見下していたのかもしれないと。失敗を糧に次へ繋ごうと必死だ。


 そんな態度が口調や顔つきに出ていて、上田君のことを不快に思わせていたのだろうと反省する。


 上田君が浮かべたあまりにも残酷な表情に何かしらの理由を欲するあまり、ありもしない自身の内面をねつ造し始めた黒部はいまだにちょっと涙目。


 勿論上田君は、黒部が言うような意図を表情から読み取ったわけではない。


 もっと前の段階、話しかけてきたのが〝黒豚〟だと知った時点で以降の情報は全面的にシャットアウトされている。


 つまり、彼の交渉は始まる前からすでに終わっていたのだ。性急だった話題や拙いにもほどがある交渉が理由ではなかった。



 そうとは知らず、自己暗示に近い形で心を持ち直した黒部。改めて、さてどうしようかと辺りを見回す。上田君とのやり取りを見ていたのか、声をかけてみようと思っていた男子生徒は軒並み目を合わせてくれないようだ。


 きょろきょろと所在なさげに教室内を彷徨っている視線は、やがてお互いを認識してぶつかりあう。誰からともなく立ち上がった彼らは、互いに自己紹介などしながら、パーティ申請を済ませていく。


 思わず訪れた災難を前に、彼らは個々で立ち向かうことをしなかった。手を取り、互いを必要とし、共に戦う戦友となる道を選ぶのであった。彼らの冒険は、今ここから始まる。


 ……どうやら、昼休みもあと五分を残したところで万策尽きたらしい。実際に無数のシミュレーションを用意していたわけではないが、声をかけられるソロの男子生徒はもう存在しない。


 他のクラスを探せばまだいるかもしれないが、というより一年C組は黒部の身体を張った策によって何処よりも早くまとまっているので絶対にいるが、今の彼のメンタルはよそのクラスに吶喊するほど強くなかった。



 そんな彼を流石の神も哀れんだのか。もう駄目かもしれないと項垂れる黒部に声をかける者がいた。


「もし。黒部さん……でしたわよね?そこはわたくしの席なのですが、何か御用がありまして?」


 黒部が呆然と立ち尽くしていた場所は上田君の隣の席だ。どうやらこの席を使っている生徒が、昼休みの終了が近づいたことで戻ってきたらしい。


「ごめん、今退く……退きます」


 わざわざ敬語で言い直してしまうあたり、先のダメージが抜けていないのか。とぼとぼという擬音が似合いそうな面持ちで場所を譲りながらも、声をかけられた人物を視界に収める。


 まず目に入ったのは、手入れの行き届いた金色のロングヘア。サイドを後ろで纏めた、所謂ハーフアップと呼ばれる髪型だ。髪を纏めるバレッタも、シンプルながら品の良いデザインをした逸品である。


 男子高校生の平均身長から大きく外れていない黒部と比較しても、頭一つ近く違う小柄な体躯。


 顔立ちも体格相応に幼く映るが、精巧に作られたビスク・ドールのように整っている。少し釣りがちな目元は、歯に衣着せぬ物言いをしがちな性格を如実に表しているかのよう。


 育ちの良さが滲み出る所作と独特な口調も手伝い、どこからどう見ても両家のお嬢様といった出で立ちをしており、事実彼女の家は由緒ある家系だったりする。


 紀久淑(きくすみ) 茉奈(まな)


 本来であれば公立高校になど通う理由もない、完全無欠のお嬢様だ。


 そのせいか、クラスメイトからは腫物に触れるような扱いを受けている。


 男子は外見の良さと性格から気後れする。女子からは整った外見と迸るオーラ故に避けられる。


 それでも、時間が経てば周りも慣れるだろう。黒部と違い、自然と輪の中に迎え入れられる姿がありありと浮かんでくる。あれだ、姫プレイとか似合いそうだ。


 とはいえ、それもまだ先の話である。周りが動けるようになるにはまだ時間がかかる。


 ならば彼女の方から歩み寄れば良いのだが、これまでの彼女は基本的に迎える側だった。何もせずとも相手が声をかけてきたし、これと言って不満も感じていなかった。


 勿論彼女も馬鹿ではない。進路を公立高校に決めた時点で、自分から相手に歩み寄る大切さは理解していた。


 しかし、理解しているのと行動に移せるかは違う。いや、実際に動いてみてはいるのだ。


 ただ悲しいことに、彼女の行動は世間知らずなお嬢様の奇行にしか映っていない。彼女には圧倒的に経験値が足りていなかった。


 そのため彼女もまた、黒部同様望まぬぼっちライフを送っている。この二人、割と似た者同士なのかもしれない。


 更には、〝もう一人の自分(セカンド・サイド)〟である彼女のアバターが、ピーキーで扱いにくいキャラだからだというのも理由の一つだろう。


「……随分と暗い顔をなさっておりますわね。何か悩みごとでも?」


 黒部の様子があまりにも無残に映ったのだろう。若しくは会話相手が欲しかったのかもしれない。紀久淑から問いかけがあった。


 意図はどうあれ、クラスから蛇蝎の如く嫌われ始めている黒部に話しかけてくれるあたり、彼女も心優しい女性なのだろう。少なくとも黒部の目にはそう映った。


「いや、別に」


 しかし黒部、意外にもこの歩み寄りをスルー。〝黒豚〟が女性から受ける評価を鑑みての行動である。 


 その他にも、女生徒の前で弱みを見せたくないなどというちっぽけな見栄もあったようだ。


 ただし、弱りきったメンタルの修復までは間に合わず、取り繕う余裕のないままにカッコだけつけた結果、ただの嫌な奴になってしまっていた。


 そもそも、先程クラスメイトの前で無様を晒している以上、取り繕うもなにもないだろうに。


「そうですか。まあ悩みなど、人それぞれですものね。一刻も早く解決することを祈っておりますわ」


 そんな嫌な奴の言葉を聞いても、紀久淑は気を悪くすることはなかった。


 彼女の言葉を聞いて黒部は思う。峯村といい紀久淑といい、彼と普通に話してくれる人は女子が多い気がする、と。


 確かに比率だけを見ればそうなるが、そもそも統計と呼べるほど回数をこなしていないだろうに。圧倒的に分母が足りていない。


 にもかかわらず、飛躍していく彼の思考は止まらなかった。


 もしかして俺は、声をかける対象を間違っていたのかもしれない。情報誌やインターネット掲示板が大袈裟に言っているだけで、女子が考えるオークへの偏見はそれほどでもないのではないか、と。


 勿論全てがそうだとは思っていない。今の自分の扱いを思えば、クラスメイトがオークを嫌っているのは間違いないのだから。


 ただそれも、世論に流されやすい多数派が占めているだけの話であり、そういった情報に疎い者や、他人の意見に流されない強い意志を持った人物であれば、さほど問題にしないのではなかろうか。



 ここまで考えた所で、黒部はもう一度紀久淑を見る。


 気が強く、プライドの高いお嬢様。偏にそれは他に流されない、揺るがぬ強い意思の持ち主だという証明だ。



 ―――であれば、もしかするのではないだろうか。万が一失敗しても、恥をかくのは一回も二回も変わらない。気がする。してしまった。


 こうして俺と会話してくれるくらい優しい彼女ならば、近いうちにパーティメンバーに誘われる日が来るかもしれない。気が強い点や高いプライドなど、彼女の本質に触れさえすれば些末な問題だ。


 今この時を逃せば、次はないだろう。何より彼女のためを思えば、俺なんかが声をかけるべきじゃない。


 だけど、短い間だけでも良い。他の人から声がかかる間だけでも、一緒にパーティを組んではくれないだろうか。



 独白が長い。どんだけ自分に言い訳してんだこの男。めんどくさい男の気持ち悪い告白みたいじゃねえか。


 ご覧の通り今の黒部は、割と訳が分からないテンションになっていた。


 そして、このテンションで動いた時の結果は、先ほどにもあった通りだ。


 今一度問いたい。峯村からもらったアドバイスを、お前は覚えていないのかと。


「紀久淑さん、いきなりなんだけど、お願いがあるんだ」


「お願い……ですか?」


 上田君と話した際に用いた、渾身の猫なで声で話しかける。急に話しかけられたからなのか、黒部が放つ気持ち悪い余所行き声のせいか、紀久淑は怪訝な顔をしながらもこれに応じる。


 彼女が話を聞いてくれることに手応えを感じた黒部は、渾身の気持ち悪い猫なで声で勧誘を始めた。


 ここでいう黒部の手応えは、あくまで上田君と比較した上でのものだ。手応えのハードルが更地と化してしまう程に、上田君による塩対応が齎した破壊の爪痕は大きかった。


「うん。もし迷惑でなければ、俺とパーティを組んでくれないかな」


 渾身の一言。台詞を噛むこともなく、しっかりと相手の目を見て言えた台詞に達成感を覚える。確かにやり切ったかもしれないが、いまだ何も始まっていないことに彼は気づいていない。


 黒部の言葉を聞いた紀久淑は、当たり前ではあるが眉を顰める。


 は?何言ってんのこいつ、正気?と言わんばかりに険しい。


 ややあって、はあと溜息を吐く紀久淑お嬢様。左手をうなじの辺りに突っ込んだかと思えば、慣れた手つきでかき上げる。ここぞという時に彼女が行う癖だ。


 絹のような金糸の御髪が流れるように滑り落ちると同時、強い口調で言い放った。


「たしか、貴方のアバターはオークでしたわね?」


「え、あ、うん。そうだけど」


「申し訳ございませんが、お断りさせていただきますわ。力自慢でおっとりしていらっしゃるオークでは、わたくしのパーティには残念ながら噛み合いませんので」


 確かに黒部の言うとおり、彼女は〝黒豚〟に偏見は持っていなかった。否、〝黒豚〟どころか、オークという個体に興味もなかったと言い変えた方が正しいだろうか。


 彼女の思考は意外とガチ勢だった。


 お嬢様校ではなくこの学校に進学を決めた理由も、蝶よ花よと育てられたお嬢様方に囲まれて、日がな一日行われるファッションショーに身を置くのが嫌だからであった。 


「で、ですよね。失礼しました」


 黒部泰智十五歳。生まれて初めて行った告白はごめんなさいだった。いや、あんなん告白と変わらねえだろ気持ち悪かったし。


 しかし、とぼとぼと席に戻る後ろ姿には、さほど傷ついた様子は見受けられなかった。それもまた、上田君のお陰だろう。口汚い罵倒を一切用いずに、言葉だけであれを上回る対応はそうそう見られない。


 話を最後まで聞いてくれたからなのか、目を見て会話をしてくれたからなのか。もっと単純に、相手が美少女だからなのかもしれない。


 今日一日で、黒部が相手に求めるコミュニケーションのハードルは下がりに下がったようだ。今の彼なら、優しく言葉をかけてあげるだけで数十万のコピー絵くらいならば買うだろう。

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