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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第一章 〝ノア〟と〝黒豚〟
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 見世物

 入学式を終えた翌日。


 悩みぬいた挙句に一周回って、ある種の諦観に至って朝を迎えた黒部。


 そんな意識とは裏腹に、周囲は彼を放っておかなかった。


 何といってもオークに闇魔法の習熟度マックスである。他者からすれば恰好のネタでしかない。


 その希少価値とハズレ相性の有名さも相まって、黒部泰智の名は最高級の黒豚として校内に名を馳せた。


 学校一の有名人だよ、やったね!



 寝不足のせいで澱んだ目が前席を捉えるも、そこにいるはずの木下はいない。


 彼の姿は、廊下側最前列の席付近にあった。そこには木下をはじめ数人の男子が固まり、既に一つのグループと化している。


 どうやら木下はI-Field君達とつるむことにしたらしい。男子高校生三本の矢も、〝黒豚〟の重みには耐えきれず折れてしまったようだ。合体が足りなかったのが悔やまれる。


 因みに木下のアバターはドワーフ。無難な武技も付いていたし、正直とても羨ましい黒部だった。



 一夜明けてなおこれだけグチグチ抜かしてはいるが、黒部に抜け道がない訳ではない。


 実はキャラメイク、やり直せるのだ。とても長いアンインストールと再インストールを経れば、晴れてさいしょ から はじめるに至れるのである。


 にもかかわらず、何故変えないのか。


 それが集団の恐ろしいところで、キャラメイクは一発勝負という暗黙の了解があるのだ。何とも無駄なハウスルールだが、この縛りの下でキャラクターメイクを行っている学校はとても多い。


 賢い選択を選べば、自己紹介の場で確定させずにアンインストール。


 自宅で改めてキャラメイクが正しいルートだったのだろう。正直この件に関しては、生徒の自主性を重んじるメリットはないように思える。



 もっと言えば、入学式は全員が即帰宅。


 家で納得のいくキャラメイクを経た上で、翌日改めて自己紹介という流れが理想だ。恐らくそれを推奨している地域もあるのではなかろうか。


 それでも大多数は一発勝負に臨んでいくのだから、これが若さ故の過ちか。キャラメイクを繰り返すとモノクリエイターが故障するうえに、回数を重ねる度にキャラが弱くなっていくという都市伝説じみた噂も手伝ってのことだろう。


 だがしかし、その過ちが黒部に齎した代償は大きかった。


 あの後、やらかした彼の逃げ場を塞ぐようにかけられた追い打ち。


 分かってんだろうなお前と言わんばかりの視線や、ここぞとばかりに騒ぎ出すお調子者のえっ?変えないよね?オイシイわーそのポジション外さねえわーという発言。


 そう思うのならば代わって欲しい。切実に。とは黒部の弁。


 周囲の空気に乗せられて正しい選択を選べないことはままある。げに恐ろしきは同調圧力。


 取り立てて発言力も無いくせに、周りの空気に逆らうほどアウトローしていない黒部のような生徒ならば猶更だ。


「よくいるよなあ、思春期特有のノリでバカやって終わってからひたすら後悔するヤツ。……今の俺だよ馬鹿野郎」


 ぼそりと呟かれた独り言に返す声はなかった。


「よっ、黒豚くん」


 思っている傍から、軽い口調で挨拶をされる。


 別に黒部と彼は親しい訳じゃない。当然、挨拶以外の会話はない。現に彼は、黒部のリアクションを待たずに去っていく。


 揶揄いがてら声をかけて、黒部の精神的な立ち位置を自分より下に置きたいだけなのだ。


 下の人間にすら話しかけて気を回せる俺、超聖人君子じゃん。などと考えながら優越感に浸っているだけなのかもしれない。


 そのくせ自分達の輪には絶対に入らせないのだから、随分と徹底した上下関係である。



 しかし、何だかんだ言っても全ては後の祭り。


 今更キャラメイクをやり直したところで黒部の顔は知られているし、そういった所謂〝ノリの悪い奴〟はどちらにせよ受け入れられない。


 学生というコミュニティは良くも悪くも〝ノリ〟というものに支配されている。皆が美味しいと言った地位を棄てるようなノリの悪い奴は、それだけで淘汰されるのだ。


 それを避けて現状に甘んじても、そもそも黒豚なんて相手にされないのだから詰んでいる。ああでもどうせならばキャラメイクだけでもやり直しておけばよかったな以下無限ループ。



 一晩を経て黒部は学んだ。


 人の善意は打算の裏返しであり、人の悪意は暴力的なのだ、と。


 世の犯罪は減っていようと、こういう風潮はゼロにはならないようだ。


「さて、これからどうしよう……」


 考えながら教室を見渡す。


 イヤでも目に入ったのは最も目立つ集団だ。


 木下たちの対角線上、窓際後方に六人の男女が集まっている。



 まず目に入るのは中心に立つ笑顔の男。


 篠比谷(しのひや) 優斗(ゆうと)


 日本人離れした彫りの深い顔立ちに浮かぶ爽やかな笑顔。黒い髪は男にしては少し長めのツーブロックで、左の耳にはピアスが光る。


 すらりとした長身はほどよく鍛え上げられ、何でもそつなくこなす万能スポーツマンという印象だ。

 

 そんな彼は、学業の傍らアイドル事務所に所属するイケメン。その知名度たるや、入学式当日にしてファンクラブが結成されるほどの人気を誇っている。


 そんなイケメンのキャラメイクは誰よりも注目を浴び、教室前に人だかりができる有様であった。そういった彼ら彼女らの動きが、黒部の名前を広めた要因になったのだから笑えない。


 そんな注目のイケメンのキャラメイクはヒューマン。イケメンに余計な飾りは不要とばかりに、素材そのままなのに物凄くファンタジーしていた。


 しかも扱いやすい武技の適性と火炎魔法の適性をあわせ持つ、押しも押されぬ素敵仕様。どこからどう見ても主人公です。本当にありがとうございます。


 顔立ち、適性、人気と、何かもうメッチャ勇者してた。エフェクトもないのにキラキラしている。髪の毛もサラサラしている。ビンビンに逆立つ黒部の剛毛とはレベルが違う。



 その次に目立っているのは、ゆるくウェーブをかけた明るい茶髪を二つ結びにした女子。


 峯村(みねむら) (ひじり)


 数コンマのズレもなく整った顔立ちは、日本人どころか人類すらも超越した美少女仕様。


 彼女もまた人懐っこそうな笑顔を浮かべ、周囲との会話に花を咲かせている。


 白い肌が光を反射して、彼女自身が光っているようにも見える。


 内面も完璧で、気さくでありながら控えめな面も持ち合わせ、周りを立てつつ輪の中心に祭り上げられるような存在。


 誰とでも分け隔てなく接する様は、現代に蘇る女神のようだ。こちらもまた、ファンクラブができるのも時間の問題だろう。


 そんな彼女のアバターはというと、やはり神に愛されているのか。


 数あるキャラの中でも、レアリティが最高ランクと言われている〝セラフィム〟だった。


 セラフィムはエンジェルの上位互換であり、早い話がメッチャ強い。


 しかも光魔法の習熟度七十七。さらに言うと光魔法もメッチャ強い。


 ビームが出る、空から降り注ぐ、横に振ればスパッと切れる、挙句の果てには夜道も安心という、汎用性抜群の高威力魔法。


 攻撃が直線的になるが、文字通りの光速など避けられるはずもないため、最強魔法の名を欲しいままにしている。


 闇魔法と対をなす存在っぽいのにこの扱いの差だ。この点に関しては、黒部に合掌である。



 当然、彼女のキャラメイクも黒部とは違い、万雷の拍手と歓声が巻き起こっていた。


 相手が美人なのだからなおさらだろう。彼女であれば納得せざるを得ない、そんな空気が教室にはあった。


 本来こういう女子は他の女子から疎まれそうなものだが、早くもできた友人とハイタッチなど交わしていた。


 その時一緒にいた女子二人と緋村の三人に、篠比谷を含めた男子が三人の合わせて六人が集まって話している。どうやら後者のグループが前者をスカウトしているらしい。


 会話の中心はやはり篠比谷であり、他の四人が話を盛り立てている。緋村は愛想の良い笑顔を浮かべながら、会話に相槌を打っていた。



 教室の外にできた人だかりは、そんな彼らの様子に注目している。


 最初こそ、噂の黒豚を野次馬達は観に来たのだろう。伊達に時の人ならぬ時の豚をやっていない。そんな観客も彼らに取られがちだ。


 噂の黒豚を見に来てひとしきり笑った後、篠比谷と緋村を見て目の保養をする流れが完成している。


 さしずめ黒部は体の良い客寄せパンダだ。豚ではあるが。


 もしも彼らの交渉がうまくいき、本格的にパーティを組めば、篠比谷と緋村の名前は校内に轟くだろう。一過性のブームでしかない黒豚と比して絵面も良い。


 何よりもあの絵面とキャラを見たら、もう選ばれし勇者とそれを支える導きの天使の構図にしか見えない。


 周りにいる友人達のアバターも良い組み合わせだったので、恐らくこの学年最強のパーティはあそこだろう。


 「……まあ、黒豚たる俺には関係ないよな」


 精々派手にデビューして、一刻も早く俺の悪目立ちを埋もれさせて欲しい。


 そんなことを考えながら教室を後にする。


 これ以上見世物になるつもりも、人集めに協力するつもりもないようだ。


 今日は予定もあることだし、とっとと早退しようと、慌ただしく帰り支度を始めた。





 ―――去り際の黒部へ、強い視線が一つ向けられる。


 その視線に何が込められているのか。一体だれが彼を見ていたのか。


 己へ向けられる奇異の視線に埋もれてしまったせいか、黒部がそれらに気づくことはなかった。

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