賭け
「もし。少々お時間宜しくて?」
昼休みに後の流れを話し合った一行は、放課後と同時にターゲットを補足。ホームルームが終わると同時に話しかけることで、足止めを行うことに成功した。
先陣を切るのは案の定紀久淑。他二人のコミュ力を鑑みての人選でもあるが、他にもいくつか理由がある。その最たるものが、最も席が近いということだ。
「ん?」
紀久淑が声をかけたのは、彼女の真後ろに座っている女生徒だ。勧誘対象が女子な以上、男子であり黒豚でもある黒部が話しかけていらぬ警戒心を抱かせるリスクは避けたい。これが紀久淑を選抜した二つ目の理由だった。
話しかけられた方も、スクールバックを担いだ姿勢のまま紀久淑を見やる。艶のある長い髪をポニーテールにまとめた、背の高い女生徒だ。黒部と並んでも遜色ないだろう。切れ長の目元が怜悧な輝きを放ち、気の小さいものならば声をかけるのもためらうような美貌の持ち主である。
だが、そこは物怖じなど辞書に存在しない紀久淑である。交渉の主導権を握らんと、堂々とした態度で会話を切り出した。
「わたくし、紀久淑 茉奈と申します。木場 瑠璃さんでお間違いございませんか?」
「知ってるよ。何の用?……ってわけでもないか。パーティ勧誘?」
「あら、話が早くて助かりますわ」
悠然と語る紀久淑に対し、そっけなく答える木場。後者の態度からは、およそ友好的な雰囲気は感じられない。そのやり取りにハラハラしながらも、黒部も浮暮波を伴って同所へ向かう。
「アンタは目立つからね。イヤでも目に入る」
「あら、女は見られる生き物ですもの。光栄ですわ」
「そりゃ良かったじゃないか。今もクラス中がアンタの動向に注目してるよ」
「わたくしとしては、目立たず輪の中に溶け込みたいと考えているのですがね」
「あれだけ派手に大見栄切っといてよく言うわ。まあ、傍から眺めている分にはスカッとしたけどね」
その間にも二人の応酬は続いており、ハンッと鼻で笑いながらにやりと笑う木場と、さらりとそれを流す紀久淑が視線を交わす。剣呑とまではいかずとも、こんな状態で勧誘などしてもうまくいくはずがない。おまけに、木場の発言がマズい方向へ流れてしまっている。このまま喋らせておくのはまずいと思い、黒部が割り込む。
「待て待て。話がずれてってる」
黒部が懸念したのは、この交渉が決裂することではない。先の発言から、木場はクラスの現状を快く思っていないようだ。しかも、それを大勢のクラスメイトの前で公言してしまった。
ここで会話が終わってしまうと、今の発言を聞いたクラスメイトからのヘイトが、一気に彼女へ集中してしまう。意図せずカミングアウトの場を整えてしまう形になったが、これを放置するのは流石に無責任が過ぎるだろう。気持ち険しさを増した黒部の表情は、死体処理に悩む殺し屋のようだった。単純に怖い。
他の生徒であれば後ずさり必至だが、木場は外見も内心も気にした様子はない。どころか少し意外そうな表情を浮かべて、会話へ割り込んできた始末屋もどきに向き直った。
「へえ、日和見はやめたのかい? 一番槍をコイツに任せて、自分は高みの見物と洒落込んでんのかと思ったけど」
感心したとは口先ばかり、嘲るような声音で投げかけられた言葉の切れ味に、とたんに言いよどむ弱メンタルの頼りなさよ。出鼻をくじかれた黒部を眺め、二の太刀を繰り出そうと口を開きかけたところで、今度は紀久淑が割り込んだ。
「あまりいじめないで上げてくださいな。彼はこう見えて、メンタルが弱いのです。とても」
「フォローと見せかけたフレンドリーファイアやめて」
どうやら彼女のカバーリングはただのドロップキックだったようだ。死体蹴りを喰らった黒部ががっくりと項垂れているが、会話を切ることには成功している。紀久淑がコホンと咳ばらいを一つ入れ、主導権を取り返すべく動いた。
「折角なのでご紹介を。こちらは黒部 泰智さん。後ろにいらっしゃる女性は浮暮波 凛さんです。どちらもノアでパーティを組んでいる仲間、わたくしの友人ですわ」
「よろしく」
「浮暮波凛と申します」
「ご丁寧にどうも。で? 頼んでもいない自己紹介を挟んで、いざ本題へってわけかい?」
ペコリと並ぶ二つの頭を、鼻白んだ様子で眺める木場。長々と三人のノリに付き合わされたからか、なんともつれない雰囲気を醸し出している。
始まる前から没交渉はなはだしいが、声をかける側も順風満帆にいくとは思っていない。これまでの苦難から身をもって学んでいる黒部は勿論、紀久淑ですら、とりあえず声をかけてみて、駄目そうならば仕方がないの精神で臨んでいるのだ。
そもそも二人が選定時に気を配ったのは成功率ではなく、声をかけた相手が浮暮波を疎むか否かだ。ノアに前向きになり、自分達と共に在りたいと言ってくれた仲間を、この二人が無碍にするはずもない。アタッカーの募集は確かに急務ではあるが、絶対目標は三人が楽しくノアをプレイすることなのだ。
つまり、取り得る選択肢の中でこれらが両立し、かつ絶対目標を侵害しない勧誘対象こそが、今目の前で眉間にしわをよせている女生徒。すなわち木場なのだ。そして、その点についてはかなり勝算が高い。
「では、率直に申し上げますわ。わたくし達のパーティに、木場さんも加わってはいただけませんか?」
「悪いけど、真面目にノアをやる気はないんだ。他当たってくれる?」
前置きもなく要点のみを告げる紀久淑に、木場もまた取り付く島もなく切って捨てる。今のやり取りからわかるように、彼女もまた浮暮波と同じ、ノアに興味のない勢なのだ。しかも、実は興味津々だった彼女とは違い、木場は本当にどうでも良いと思っている。入学式でアバターを作製して以降、モノクリエイターすら携帯していない有様だ。
これに気づいたのは、意外に思うかもしれないが黒部なのだ。
体調不良を訴える仲間が揃って保健室で唸り声を上げていたため、黒部は昨日の昼休みを一人寂しく教室で過ごしていた。その時目に入ったのが、モノクリエイターを装着せず、一人黙々と食事を摂る彼女の姿だったのだ。その後も携帯端末をいじったり雑誌を読んだりはしていたが、例の機械を装着することはなかった。結果、彼女がパーティはおろか、ミニゲームにすら手を付けていないことに気づけたのである。
彼女が例の勧誘ラッシュをどう切り抜けたのかは定かでないが、絶滅したと思われていたフリーのクラスメイトが実在する以上、勧誘するしかあるまい。
クラスメイトをじろじろと観察していた事実は気持ち悪いが置いておいて、これはこれで勧誘難易度が高い。なぜならば、浮暮波の時のような手が全く有効ではないからだ。とりあえずはお試しでとクエストに誘ったところで、つまらないものはつまらない。一度やったらハマるなんてこともあるが、木場の場合はそれも通用しそうにない。
何故ならば、今の彼女にはそれ以上に熱中するものがあるからだ。
「差し支えなければ、理由をお聞かせ願えますか?」
「習い事が忙しいんだ。ゲームに割いてる時間はない」
そこのヤツにも同じことを言ったんだけどね、と続けて、クラスメイトの一人をちらりと見やる。話題に上がったのは、背の高いひょろりとした男子生徒だ。事の成り行きを眺めていた彼は、突如向けられた視線に身震いして、慌てたように視線を逸らした。
彼こそが、此度の勧誘ラッシュにて木場に声をかけたスカウトマンその人である。今でこそ木場を忌避している彼だが、声をかけるまではこのミッションが失敗するとはみじんも思っていなかった。インテリ系クール眼鏡とモテ要素がふんだんに盛り込まれている彼は、篠比谷ほどではなくとも女生徒からの評価に事欠かなかったのである。
お陰で自尊心も人一倍強い彼は、割と無策で彼女に挑んだ。挑んでしまった。
その後の顛末は見ての通り。手ひどく追い返されたのだろうか、完全に苦手意識を持ってしまっているようだ。彼をけしかけたパーティメンバーも、同様に顔を背けている。今日まで木場がフリーでいるのも、こうした彼女の歯に衣着せぬ物言いと、ハード過ぎる攻略難易度を考慮した結果、放置しても問題がないと判断されたのだ。この流れ見たことあるなあ。
クラスメイトから腫物扱いされている状況を知ってか知らずか、木場は至ってマイペースに話を続ける。誰かと会話する機会こそ少ないが、彼女の本質はおしゃべりなのかもしれない。
「とはいえ、アタシも卒業までにはもう一人の自分を動かせるようになんなきゃいけないワケだ」
「であれば、わたくし達の提案はお互いに良い関係を結べるのではありませんこと?」
「優先順位の違いさね。アタシは第二意識の開放にさほど重きは置いていないし、すぐに使える必要はないと思ってんのさ。だから、アタシのペースで、気が向いた時に、気に入った相手と、それなりにプレイしとけばいい。そういうやつもいるってことさ」
「わたくし達は、木場さんのお眼鏡にはかなわないと、そう仰るのですわね」
「いや、面白いやつらだとは思ってるよ。少なくとも、そこらにいるやつよりはね」
木場は言い放つも、クラスメイトには目もくれない。今日に至るまでのやり取りがよほど気に食わないのか、ニヒルに笑うも目は全く笑っていない。そういう意味では、黒部達とパーティを組むこと自体への忌避感はないように思える。ただ、言ってしまえばそれだけの話だ。それ以前に無くてはならないモチベーションといった前向きな感情も、木場は全く持ち合わせていないのである。
「それでも、まだ他のやつよりはマシってだけ。だから、一つ賭けをしようじゃないか」
「賭け……ですか?」
「ああ。アンタらはアタシを仲間にしたい。アタシにはその気がない。お互いの主張が平行線をたどるなら、白黒つけなきゃ終わんないだろ?」
「道理ですわね。ですが、方法は木場さんがお決めになるのですか?」
「こっちは勧誘される側なんだ、多少の不利は飲み込む懐の深さってやつを見せてもらいたいねえ。なに、難しいことは言わないさ」
木場が挑むような笑みを浮かべ、三人を順に睨む。高圧的な視線にたじろいだのは浮暮波のみで、二人はまっすぐ見つめ返した。それを受けて一層笑みを深めながら、木場は不敵に言い放つ。
「先に言っておくけど、この条件は一昨日のやつにも提案したモンだ。そん時は、好き勝手されんのがムカつくから、群れて相手を孤立させようって考えが気に食わなくて言いつけただけなんだけどね。要は当てつけだったわけだが、せっかくだ。今後も同じ条件でいこう。そうじゃなきゃ、フェアじゃないしね」
「それをわたくし達にも、というわけですか……そして、先立って臨んだお方は、これをクリアできなかったと」
「挑戦すらしなかったよ。根性ないねえ……で、受けるかい?」
例のスカウトマンを流し目で見やる木場の表情は、侮蔑と嘲笑を孕みながらも酷く煽情的だ。人によっては何かに目覚めかねない。だが、向けられた当人はそこまでレベルが高くなかったようで、そそくさと教室を後にしてしまった。
今のやり取りを眺めた紀久淑が思案顔を浮かべる。会話の温度から、彼女の言うところの賭けには、多少なりとも危険が伴うのだと判断したのだ。黒部はともかく、浮暮波をこれに巻き込むわけにもいくまい。
紀久淑個人の意見としては、こういった展開はむしろバッチコイである。交渉のテーブルに条件が乗る展開など、それこそ冒険者同士のやり取りそのものではないか。しかも、相手のチップは己自身。多少のリスクは覚悟でこれに挑むもやぶさかではない。むしろ彼女がソロでテーブルについていたら、一も二もなく飛びついただろう。
だが、同じベットを仲間にも強いるとなれば話は変わってくる。ゲーム内ならばそういった展開もあるだろうが、生身をチップに無頼を気取る粋など、無粋にもほどがあろう。そんな逡巡が木場にも伝わったのか、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。これに歯がゆさを覚えるも、淑女ゆえの自制心で抑え込んだ。
ここは出直すか、せめて浮暮波を家に帰らせようと思ったところで、意外な人物が声を上げた。
「条件を、お聞かせください」
「浮暮波さん……」
紀久淑の口から漏れた名が示すとおり、木場の提示するベットに乗ったのは、先ほどまで木場相手に気後れしていた浮暮波だった。前髪に隠れた表情は伺うことができない。
これには木場も驚いたようで、あっけにとられたような顔をしている。しかしそれも一瞬のことで、楽しげな嘲笑を浮かべてこれに返す。
「なんだい、そっちの木偶とオジョウサマより、存外肝が据わっているじゃあないか。気に入ったよ」
言い切ると、そのまま威嚇するような声音で続ける。
「引っ込んでな。ケガしたかないだろ?」
「ちょっと待った、まだ受けるって決めたわけじゃねえ」
「そうですわ。お二人で盛り上がらないでくださいな」
黒部が慌てて会話に割り込み、想定外の事態に遅れた紀久淑も追従する。邪魔するなとばかりに二人を睨む木場の視線を受け流しながらも、浮暮波の意図が読めない二人。何とか答えを導こうとするも、それより先に答え合わせが始まった。
「黒部さんの仰る通り、私たちがその条件を飲むとも、ましてや、私がこれに臨むとも明言はしていませんよ。私が木場さんにお願いしたのは、あくまで条件の明言化に留まります。レートの提示はベットの前に行われなければ、フェアではありません」
「ハハッ、確かにそうだね、浮暮波だっけ? 存外冷静じゃないか。そこの二人にも見習わせたらどうだい」
木場はまじまじと浮暮波を眺めながら、楽しそうに笑った。内心当てが外れたと思いながらも、つい先ほどまで怯えていた少女の毅然とした物言いに気を良くする。どうやら浮暮波を気に入ったようだ。
木場の狙いは、危険を伴う行為であることを強く匂わすことで、黒部と紀久淑から平常心を奪うことだった。あえて強い言葉を使い、リスクを匂わせたうえで、相手が手を引くように仕向ける。気の強そうな紀久淑や何かしらのスポーツを嗜んでいるであろう黒部と違い、華奢な浮暮波を伴って危ない橋を渡ることはないだろうと、三人のやり取りを見て判断したのである。
事実、過保護な紀久淑は浮暮波を案じるように思案気な表情を向けていたし、黒部も焦りを浮かべていた。
ここまでは木場の目論見通りで、あとは相手が身を引くのを待つばかり。日を改めての交渉を二人から持ち掛けられるかもしれないが、その時は〝仲間外れはいけないねえ。仲間を増やす前にやることがあるんじゃないかい?〟とでも嘯いておけば黙るだろう。
そんな流れを想定していた木場だったが、突いたはずの穴と決めつけていた浮暮波の手によって、全てをふいにされてしまった。
とはいえ、自身の優位は揺らがない。条件を突きつけたのは自分であり、伸るか反るかは相手次第。木場はスクールバッグを肩に担ぐと、三人に背を向け、一言だけ告げた。
「付いて来な」
こちらを振り返ることなく歩き出した木場へ続くように、三人も連れだって教室を後にした。




