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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第三章 小人の祈りに想いを重せて
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 小人の祈りに想いを重ねて

「二人ともおはよう……って、浮暮波さんの顔色がヤバいんだけど。やっぱり昨日ムチャさせすぎたか?」


 浮暮波凛という新たな仲間が加わり、晴れてトリオ結成と相成った翌日。

 晴れやかな表情で教室へ足を踏み入れた黒部は、自席に腰掛けたままピクリとも動かない新メンバーと、その傍らに立つ小柄なお嬢様を視界に収めた。

 慣れないノアのプレイにはじまり、かつてない感情の乱降下、挙句には夜更かしと、昨夜の浮暮波は過負荷の欲張りセット状態だった。これまた慣れない頭脳労働のお陰で帰宅早々寝付いた黒部と違い、虚弱な文学少女を地で行く彼女は体調を崩してしまったのかもしれないと慌てたのだ。

 内心焦りが止まらない黒部の様子を見かねてか、挨拶もそこそこに答えたのは紀久淑だった。


「わたくしも気になってお伺いしたのですが、どうやらただの胃もたれだそうですわ」


「……高校生なのに?」


 言われてみると、椅子に浅く腰掛けて背もたれに身を預ける様子は、膨らんだお腹を労わっているように見える。辛そうというよりは苦しそうな仕草から、人目がなければお腹をさすり始めていたのではなかろうか。

 健啖を地で行く男子高校生には馴染みの薄い単語だからか、イマイチ要領を得ない顔をしている黒部だったが、ひとまず深刻な状況ではないことに安堵しつつ会話を続けた。

 ちなみに、放っておけばいつまでも本を読み続けていると語っていた通り、夜更かし自体はさほど苦にならない遮光カーテン系女子。帰宅時間こそ大きく記録を伸ばしたが、時間帯としてはまだまだ宵の口であった。


「菓子喰い過ぎたか? それともやっぱ怒られて、晩飯遅くなっちまったのか?」


「……いえ、紀久淑さんの車で自宅まで送って頂いたおかげで、一般的な高校生の帰宅時間を逸脱したものとはならずに済みました。加えて、護衛の方が口添えもして下さったので、叱責を受けることもなく……むしろ、その逆です」


「逆?」


「帰りの車内で電話をかけた際に、遅くなる理由を聞かれたので……その、学友とノアをプレイしていたと答えたところ、そのままお祝いと称して外食する運びとなりました」


「……夜中の九時過ぎに外食?」


「焼き肉でした……美味しかったです、味は」


「むしろ、ご両親に至っては二度目の夕食に焼き肉ですか……」


「……家族三人、並んで胃薬を服用しての起床と相成りました」


 事の顛末を聞いた黒部は勿論、実際にその目で浮暮波夫妻のはしゃぎようを目にした紀久淑も唖然とする。自宅の前まで浮暮波を送り届け、夜更けまでご息女を拘束してしまった経緯を説明した彼女ではあったが、非難の声を浴びせられるどころか、謝罪する間もなく感謝された挙句、今後も娘をよろしくと笑顔で見送られたのだ。立ち会ったリリーナ女史ともどもあっけにとられたイベントの裏に、そんなボーナスステージが待ち受けていたとは夢にも思っていなかった。

 これを聞いて、ただただ頭に疑問符を浮かべるばかりであった紀久淑に変わり、彼女の家への媚を懸念していたリリーナ女史も警戒を緩める。今日も黒服の皆様は職務に忠実なようだ。

 お陰でクラスメイトも大人しい。昨日にひと悶着あった緋村さんも、自席から離れた友人と楽しそうに会話している。表面上は、ではあるが。

 浮暮波も語っていたように、一度植え付けられた苦手意識はそうやすやすと改善できるものではない。その理屈はリア充たる彼女にも通用するようで、心と身体、両方の距離感を離すのに必死になっているのだ。今、誰よりも席替えを望んでいるのは彼女だろう。

 教室内の誰もが釈然としないものを覚えながらも、分かりやすく掲げられた生贄と、常に光る監視の目に身動きが取れないでいる。チラチラと三人へ向けられる視線にさえ目を瞑れば、教室内の雰囲気は平穏そのものだ。

 ただ、唯一絶対の抑止力を担う紀久淑の顔色も優れない。


「いや、浮暮波さんのインパクトが強すぎてあれだったけど、紀久淑さんも調子悪そうだな。大丈夫か?」


「わたくしの場合は、浮暮波さんの逆ですわね……」


 ノアを始めて以降、目に見えて夕食の量が減っていた紀久淑。当初こそ環境の変化ゆえと己に言い聞かせ、正座でのお説教に留めていた料理長の堪忍袋の緒が、昨夜ついにブチ切れたのだ。玄関先での正座を強いられ、リリーナ女史からお説教を受けているお嬢様を庇うべく動こうとしたところ、ゲーム中の間食が露見。結果、部室内での飲食物は黒服が管理する運びとなり、のみならず、罰として昨夜の夕飯抜きを言い渡されたのである。

 無事朝食にはありつけたものの、空腹から来る睡眠不足が祟り、あまり食べられなかったのである。お陰でとても眠い紀久淑。恐らく今日は授業中の居眠りデビューを果たすことだろう。

 付け加えておくと、夜更かしが習慣になりがちな高校生にしては珍しく、規則正しい生活サイクルを送る紀久淑はもとより、早朝ランニングが日課となっている黒部も朝に強い。


「……いえ、何でもありませんわ」


 流れで昨夜の愚挙を語りそうになる紀久淑だが、あまりにも情けないので口をつぐむ。その様子から黒部も何かを感じ取ったのか、聞き返すことなく会話を打ち切った。女性が体調不良についてお茶を濁した場合、それ以上追及いしてはいけないと教わっていたからだ。


「お、おう。んじゃ、今日の放課後はなしにするか?」


「いえ、私は平気です」


「わたくしも構いませんわ。ただ、今日は幾分か早めに切り上げて頂けるとありがたいですわね」


 ベストコンディションとは決して言えない女性陣ではあるが、それとこれとは話が別らしい。浮暮波はもう今からそわそわしているし、紀久淑も軽く笑顔を返す。

 ただ、さすがに無理はさせられないと判断した黒部の言によって、終了時間を決めてのクエストが決定したのだった。





 あっという間に時間は過ぎて、放課後。

 先んじてオシャカにしたウォーハンマーを新調し、一行は討伐系のクエストへ向かっていた。なお、この二日間で積み立てのほとんどを切り崩してしまったクロベー。彼の腰巻生活は当分終わりそうにない。

 討伐系のクエストにもいくつか種類があるが、今回受託したのはフィールド内に点在するモンスターを狩る、いわば害獣駆除のようなクエストだ。

 討伐クエスト定番のフィールドボスを討伐するクエストの場合、クリア条件がボス枠の討伐に限られてしまう。そのため時間の融通が利かず、難易度も相応に高い。おまけに、クエストに失敗すれば当然報酬はないうえに、デスペナルティまで付いてくるともなれば、とても候補には上げられない。

 一方、いわゆるMOBの討伐クエストは難易度、報酬共に低めな設定となっている。実入りも出来高制なので非効率ではあるが、時間とリソースの続く限り続けられる。そのうえ、各々の技量に応じた任意のタイミングで切り上げられるという点が、今日この日に限れば都合が良かったのだ。


「戦闘に関しちゃ、杖の加工費を貯めつつコンビネーションの確認をしていく感じか」


「さほど群れる敵でもございません。景色を楽しむ時間を設けながら、ゆるりと参りましょう」


「も、申し訳、ございま……ふう」


「だから、せめて言いきれ」


 本日はワープ・ポータルを利用せず、街の門からフィールドへ出た一行。徒歩で三十分程度の道のりを終えた三人は、この後の流れを確認しながら休憩の準備を進めた。今にも倒れ込みそうなアリアに肩を貸す真名の横で、クロベーがピクニックシートを広げる。そこにアリアを寝かせた真名も、簡易的なティーセットを並べながらてきぱきと手を動かした。


「そもそも謝る理由がねえよ。後衛職ありきの動きっていうのは、俺達もよくわかってねえんだ。アリアは周りをよく見ているし、アドバイス、期待しているぜ」


「わたくしも、長期の戦闘においてはEPの回復も考慮に入れなければなりません。忌憚のないご意見を期待しておりますわ」


 言いながら、異世界版魔法瓶から紅茶っぽいものを注ぐ真名。少し離れたところで草むしりという名の採集をしているクロベーに、シートの上で荒い息を上げるアリア。

 何とも自由な時間の過ごし方だ。非日常を体験できるゲーム内とは思えない、言ってしまえば生身が部室で過ごすそれと変わりない、酷くありきたりな光景。だが、そのギャップがまた心地よく、これまたファンタジー特有の牧歌的な雰囲気が程よく非日常を刺激する。

 露店で購入した焼き菓子を木製の皿に並べ終えた真名は一つ頷くと、ゆっくりと辺りを見渡した。


「なにより、この景観に目もくれずそのまま駆け抜けてしまうなど、無粋に過ぎますわ」


 このクエストを受注したもう一つの理由が、こうして一行の目を楽しませている風景である。鮮やかな草花が咲き誇る草原は、先日訪れた〝風船ヶ丘〟の道すがら眺めた草原にも劣らない。そう、一行は抜けるような青空という絶好のロケーションの下、ピクニックを楽しみに来たのだ。

 暖かな陽気に誘われてか、はたまた折角の花を摘み取ってしまうのは無粋と思い直したのか、クロベーがその場にごろんと寝転がる。真名も咎めず、ゆっくりと紅茶へ手を伸ばす。アリアも身体を起こし、目の前に置かれた琥珀色の液体を眺めた。


「……そう、ですね。とても、美しい風景です」




 

 ―――あるところに、おんなのこがいました。はずかしがりやさんの、どこにでもいるおんなのこです。

 みんなとおともだちになるのがじょうずではないおんなのこは、いつもひとりぼっちでした。

 おんなのこは、おうちでほんをよむのがすきでした。

 さびしんぼうのうさぎさんに、おともだちができるおはなしがすきでした。

 ひらいたえほんのなかにいく、ちいさなほんやさんのおはなしがすきでした。

 おひめさまをたすけにいく、やさしいゆうしゃさまのおはなしがすきでした。


「さびしくないもん」


 おんなのこはいいました。

 でも、おんなのこはないています。

 たくさんないて、なきつかれたおんなのこは、ねむってしまいました。



 そのよる、おんなのこはゆめをみました。

 おんなのこは、まっくらなおへやにすわっています。

 おんなのこはいいました。


「くらいよ、こわいよ」


 なみだがぽろぽろとながれてきました。

「さびしいよ」


 ぽしょり、と。

 おんなのこが、ちいさなこえでいいました。



 するとどうでしょう。まっくらだったおへやに、あたたかいひかりがいっぱいにひろがったのです。

 それだけではありません。

 びっくりしているおんなのこのまえには、おおきなふとっちょさんと、ちいさなおにんぎょうさんがたっていました。

 ふとっちょさんがいいます。


「やあおじょうさん。きょうはとってもいいてんきだね」


 ふとっちょさんのあとに、おにんぎょうさんがいいます。


「きょうはすてきなひになるわ。だって、こんなにあたたかいんですもの」


 えがおのおにんぎょうさんは、くるくるとおどりだします。

 ふとっちょさんも、たのしそうにうたいはじめました。

 おんなのこもわらいました。

 たのしくて、わらいました。

 うれしくて、わらいました。

 いっしょにおうたをうたいました。

 いっしょにくるくるとおどりました。



 めをさましたおんなのこは、またひとりぼっちでした。

 それでも、おんなのこはなきませんでした。

 ゆめのなかで、ふとっちょさんとおにんぎょうさんがいってくれたからです。


「もっともっと、たくさんあそぼう」


「たくさんおどりましょう。みんなでおどると、とってもたのしいわ」


「こんどは、おじょうさんのすきなあそびをしよう」


「だから、ゆめのそとでまっているわ」


 おんなのこは、わらいました。

 おそとから、とてもたのしそうなおうたがきこえたからです。

 おんなのこは、はしりました。

 くるしくなっても、はしりました。

 ふとっちょさんと、おにんぎょうさんにてをふりながら、おんなのこはまたわらいました。



 女の子は、もう独りではありません。





 さあ、と吹いた風が、アリアの長い髪をくすぐる。

 風に浚われて顕わとなった顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 のどかな草原に調子っぱずれの鼻歌が響く。

 その歌に合わせるように、銀色の手が踊るような滑らかさで花々を撫でる。


「お二人の傍ら、一つ、また一つと紡れていくこれからの日々が、どうか物語のハッピーエンド(限りある時間)で終わらぬよう」


 瑠璃色の瞳を輝かせ、少女は子供のような笑顔で告げるのだった。


「末永く、宜しくお願い致します」

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