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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第三章 小人の祈りに想いを重せて
30/38

 帰路にて

 待っていてくださった方々へ、間が空いてしまい申し訳ございません。


 この章を書ききるまでは何とかペースを維持できるようにしますが、次章以降はペースが落ちるかもしれません。

 弔い合戦とは名ばかりの嫌がらせを終え、真名とアリアは帰路へ続く道を並んで歩いていた。


 納品アイテムである〝バルーン・エッグ〟、アリアの杖を作る素材となる〝ホーリーの原木〟、希少なアイテム〝黄金リンゴ〟。


 今回標的としていたこれらのアイテムは、後者へ行くにつれて入手が困難だと言われている。


 話し合いの際に目標は高くということでピックアップされたものの、まさかすべてを入手できるとは誰も考えておらず、特に黄金リンゴなどはほとんどついでのようなものだった。


 しかし、蓋を開けてみれば御覧の通り。真名のブレスレットと言い、豪運という言葉すら霞む収穫だ。 


 であれば当然、二人の喜びも尋常ではなかろう。さぞウキウキニヤニヤしているのだろうと思いきや、なぜか二人の足取りは重い。


 顔にも疲労の色がありありと浮かべられ、口数少なく黙々と歩みを進めるばかりであった。


「散々な目に遭いましたわね……巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした」


「いえ、私も良い経験ができました……」


 時折交わされる会話にも勢いはなく、力なく投げられた言葉へ億劫そうに返すのがやっとという状態である。


「クロベーさんの犠牲と真名さんの頑張りに報いるよう、全霊を込めて挑んだのですが……」


「まさか、逆上して襲いかかってくるとは思いませんでしたわね……」


 なにを隠そうこの二人、アリアの攻撃魔法へ見惚れていたのも束の間、逆上したクラーケンから予期せぬ反撃を受けてしまったのだ。『食事を済ませたエアシップ・クラーケンは真っ直ぐ帰っていく』という情報を鵜呑みにしていた真名と、それを聞かされて完全に無防備状態だったアリアは、自身の横すれすれへ着弾した足に顔色を変えた。


 幸い一打目は外れてくれたものの、複数生えた足もまた鞭のように振るわれんとしているのを見て、脱兎のごとく駆け出した。


 その結果、アリアを横抱きにして全力疾走した真名はいうまでもなく、振り返りながら回避の指示を出し続けたアリアも精魂尽き果ててしまったのである。物陰に隠れても遮蔽物を一掃し、なだらかな平原を深々とえぐる一撃に晒され続ければ、生きた心地もしなかっただろう。


 少し冷静に考えればわかると思うが、帰り際にいきなり殴られれば誰だって怒る。大人しく帰るという情報は、あくまでこちらから何もしない前提に則っているのだ。今後このようなことが起こらないよう、情報の精査は正しく行おうと誓った真名。生兵法は大怪我の基。半端な知識ほど怖いものはない。


「とはいえ、目を狙えばヘイトを取ることができるというのは確認致しました。今後挑む機会もあるでしょうし、収穫であったと前向きに考えましょう」


 いつまでも疲れた顔をしているわけにもいくまいと、真名は顔を上げる。こんな顔で戻った日には、心配性の黒いオークがまた騒ぎ出す。アリアだって、一日の終わりがこれではつまらなかろう。


 隣で絶賛疲労中のアリアに無理はさせたくないが、せめて自分は明るくいようと前を向いた。アリアにも気遣いは伝わったのか、彼女の表情も少し持ち直す。というよりも、どうやらアリアは今日一日を振り返って、少しおセンチな気分になっているらしい。


「……私は、今日という日を一生忘れません。こんなにも心を躍らせた一日は、今までに一度もありませんでした」


 前髪越しに少し遠い目をしながら、しみじみと語るアリア。思い起こせば何とも慌ただしい一連の大冒険ではあったが、彼女もまた楽しんでくれたのであれば、これに勝る幸せはない。


「わたくしも、とても良い一日となりました。アリアさんのお陰ですわ」


「いえ、私などは足手纏いにしかならず、重ね重ね、ご迷惑をおかけしてばかりでした」


「何をおっしゃるのかと思えば……あの程度、迷惑のうちに入りませんわ」


「……真名さんは、本当に、優しい方ですね」


 せっかく良い雰囲気で会話を進められたというのに、ここでもアリアの謙遜を通り越した自虐が顔を見せる。


 当然言いたいことは山ほどあるが、今この方向で会話を続けても、クロベー同様暖簾に腕押しであろうと経験から学んだ真名は、もう少し軽い話題を振った。


「そういえば、先ほどのアリアさんのセリフ、クロベーが言うには〝死亡フラグ〟というらしいですわよ」


「……ああ、確かに」


 急な話題転換に、気を遣わせてしまったかと恐縮するアリア。そのまま謝罪のスパイラルへ身を委ねるのかと思いきや、今しがた耳にしたお嬢様らしからぬワードへ首肯を返す。


 曰く、何を教えているのですかクロベーさんは。


「以前、クロベーとクエストへ赴いた際にわたくしが口走ったものも、それに分類されるらしいですわ」


「結果は、どうなったのですか?」


「クロベーが死にましたわ」


「……それはまた、特殊な回収法でしたね」


 オチを聞いたところで、なぜクロベーがこのお嬢様にそんなワードを教えたのかを理解した。果たしてどのパターンが使用されたのか気になるアリアだが、これはクロベーも交えて聞かせてもらうことにした。


 それにしても、彼が無茶をしないと立ち行かないという話は聞いていたが、むしろ自分達でそれを加速させているのではないだろうかと思うアリア。主に精神面で。


「では、アリアさんが今立てたフラグも、クロベーが回収したということにしておきましょう」


「果たして、後出しでも有効なのでしょうか?」


「わかりませんわ。後でクロベーに聞いてみましょうか」


 あっけらかんと言い放つ真名。重ねて言うが、一昨日彼女が見せた涙はなんだったのだろう。実は夜な夜な涙で枕を濡らしたりしているのだろうか。


 その点、アリアは分かりやすくしょげている。


「できれば三人で、この道を歩きたかったですね……」


 ただ彼女の場合、純粋な悲しみというよりは、なぜ彼ではなく自分が生き残ってしまったのかという罪悪感の方が強い。


 クエストの間、クロベーと真名はアリアを守るよう立ち回っていた。二人からすれば回復職のカバーリングに他ならないのだが、自己評価が低いうえにマイナス思考なアリアは、自分が二人の足を引っ張っているからだと受け止めてしまったのだ。


 回復職を交えた初のパーティ運営だったこと、二人の過保護が前面に押し出されていたことも手伝い、アリアの後ろめたさは増すばかり。挙句の果てにはあまりの優遇っぷりに、疎外感まで覚える始末。


「結局、最後まで〝お客様扱い〟から抜け出せずに終わってしまいました……」


 呟かれた言葉は、真名の耳には届いていない。或いはそれで良かったのかもしれない。もし彼女が聞いていたのならば、泣きながらアリアへ掴みかかっていただろう。


 だから、あとは後ろの男に任せよう。


「なに馬鹿なこと言ってんだよ」


「え!?」


「わひゃっ!!」


 前置きなくかけられた声に驚く真名とアリア。咄嗟に振り返り、声の主を確認したところで目を丸くする。


 二メートル近い巨大な身体に黒い肌。腰巻一枚のワイルドな出で立ちに、森で出会ったら裸足で逃げだすだろう凶悪な目をした豚頭。


 そこに立っていたのはパーティメンバーの一人であり、クエスト中に死んだはずのクロベーであった。


「クロベーさん……ですか?」


「おう。クロベーさんだ」


「……確かに、デスペナルティがついておりませんわね」


「おう。死んでねえからな」


 咄嗟に聞き返すアリアと、メニューアイコンを起動させて確認する真名。メニュー内にある〝パーティ〟という画面を選択すると、パーティメンバーの状態を確認できるのだ。生存が絶望的な状況であったのは分かるが、これに関しては確認を怠った二人のケアレスミスとしか言いようがない。


 お陰で勝手に殺されてしまったクロベーも浮かばれない。化けて出るのも致し方なかろう。死んでいないが。


「で、ですが、確かにクロベーさんは落下して……一体どうやってあの危地を乗り切ったのですか?」


 とりあえず無事であったことについては理解した二人。しかし、お次はどうやってという疑問が浮かぶ。特にアリアの勢いはすさまじく、前のめりになって問いかける。自分のせいで死んだと思っていたクロベーが生きていたのだ、喜びもひとしおだろう。


「あの後、もう一回近場の足へ取りついたんだよ。んで、今度は付け根の方へ移動して、貝のように大人しくしてた。ポーション飲みながらな」


 もったいぶる様子もなく、しれっと無茶苦茶を語るクロベー。聞けば単純な理屈ではあるが、んな馬鹿なと思わないでもない二人。目が点になっている。


 オークの高いSTRをもってすれば、吸盤を取っかかりとして活用すれば不可能ではない。衝撃についてもノックバック・バグが適用されるうえに、素手では大したダメージを与えられないのだから、帰ってくるダメージもそれほど大きくならない。確かに分の悪い賭けではなかろう。言葉にすれば、の話ではあるが。


「んで、イカが帰り支度を始めたと思ったら、急に平原方面へ移動しただろ?だからそれに乗じて俺も帰ってこれたんだ。エネルギー・ボルトの光が見えたし、てっきり俺は、真名が俺を助けるためにわざとヘイトを取ってくれたんだとばかり思ってたんだけど」


 そう語るクロベーの視線から逃れるよう、スイっと目を逸らす二人。まさか馬鹿正直に全てを話すわけにもいくまい。動機が真逆ではあるものの、結果としてクロベーのアシストになったのだ。彼の善意に付け込むようで申し訳ないが、ここはさっさと誤魔化すことにした。


「申し訳ございません。わたくし達、二人で貴方の屍を超えていく流れで、ここまで演出をしておりましたわ」


「何とも燃えるRPだな。殺された役が俺じゃなければの話だけど」


「申し訳ございません……私も、クロベーさんが、己の命と引き換えに教えてくれた勇気を引き継いで、これからもこの世界を生きていこうと心に誓っておりました」


「冒険に前向きになるのは素晴らしいことだと思うぞ。命どころか、イカにかけてうまいこと言おうとした誰かさんへツッコミいれてただけだったけどな」


「はて、なんのことでしょうか……」


「我に返って恥ずかしくなったのは分かるが、顔真っ赤にしていちゃ誤魔化せねえぞ」


 冷静になった頭で己の奇行を思い出したのか、アリアがタコのように全身を朱く染める。生身に至っては髪をかきむしって悶えていた。どうでも良いが超怖い。


 きっと彼女は、ふとした瞬間に今日のことを思い出しては、変なうめき声をあげて身悶えるのだろう。この世界に、新たな黒歴史が産声を上げた。





「ところで、クロベーは何を怒っていらっしゃったのですか?」


 なんとか話題を逸らすことに成功した真名。自ずと口をついたのは、彼が登場時に漏らした剣呑なワードについてだった。普段の彼らしからぬ言葉から真意を測りかねていた真名は、直接発信者へ問いかける。


「ああ、それについて物申したかったんだ。おいアリア」


 一方、言葉を投げかけられたアリアは気が気ではない。まさか聞かれているとは思わなかった独白を拾われて、小さな身体を余計に縮こまらせる。


 怒鳴られるのだろうか。見限られるのだろうか。悲しませてしまうのだろうか。


 どれも嫌だった。だから決して口にしまいと思っていた。だけど一日の終わりが近づいて、夢のような時間が去っていくのを感じて、感傷的になるあまり口が滑ってしまったのだ。


 自分の考え過ぎだと、アリア自身も理解している。こんな風に考えてしまう自分が悪いのであって、優しい二人は悪くない。


 クロベーも、真名も、自分なんかを仲間として受け入れてくれている。それをまっすぐに受け止められない自分が、本当に醜くて、本当に嫌いだった。


 脳裏をよぎる負の感情を整理できないままでいると、小柄なアリアの目線に合わせるよう、クロベーがしゃがみこんだ。


 ビクリと身体を震わせて俯くアリア。ギュッと瞑られた目には涙が浮かび、震える両手はスカートを握り締める。


 叱られた時の子供が見せるような仕草を前に、クロベーもいくらか口調を和らげて語りかけた。


「……そうだよな。人の厚意なんて、真っ直ぐに受け止められないよな」


「え……?」


 アリアが顔を上げる。見上げた先にあったのは、人のそれとは大きくかけ離れた造形をしていながら、それでも悲しみの感情が見て取れるほどに歪められた、黒い化け物の顔だった。


 クロベーは悲しかった。目の前で泣く少女にそんな思いをさせてしまったことが。なによりも、クロベーは怒っていた。他ならぬ、自分自身に。


 昼休みに話しかけてからクエストへ赴くまで、クロベーは彼女のことを全く別の生き物だと思っていた。悪い意味ではなく、まるで自分一人で世界を完結させているような、ある種超然とした在り方に感動を覚えたのだ。


 しかし、彼女のそれは自分の意思で作り上げたものではなく、周囲から身を守るために仕方なく組み上げられた張りぼてでしかなかった。


 分別のつかない幼少期から疎外感に曝され続けたアリア。彼女だって、好きで自分を卑下しているわけではない。悪意に触れたことで心は歪められ、人の信じ方を忘れてしまっただけなのだ。


 ここ数日で拗らせたクロベーにも、その気持ちはよくわかる。誰かと繋がりを持ちたいのに、向こうは自分を拒絶する。そのくせ距離を詰められると離れようとして、相手が去った後に一人泣く。面倒な性格だと本人も自覚しているが、分かっていても治らないから問題なのだ。


 クロベーとアリア。本質は違えど、考え方はとても似ている。


 周囲に切り捨てられたクロベー。周囲を切り捨てたアリア。どちらも欲するところは変わらないのだ。


 どこにでもありふれているのに、それでいて己が手にすることは叶わない。どうすれば手に入るのかも、そのために何をすれば良いのかもわからない。


 それでも、彼女を一人にはさせたくなかった。自分を見捨てずにいてくれた真名のように、彼もまた、彼女の支えになりたかった。


 涙を流して俯くアリアの姿が、もう独りは嫌だと訴えているように、クロベーには映ったのだから。


「いきなり話しかけられたら、戸惑うよな。自分なんかと話してもつまんねえんだから」


 あるいは彼女のそれも、聞こえていないふりだったのかもしれない。会話の機会を断つことで、相手に無駄な時間を取らせないように。


「急に褒められても、どうしたら良いかわからねえよな。自分は何もしてねえんだから」


 特に努力をしたわけでもなく、ただ職業を選択するだけで得られる魔法を行使しただけだ。彼女からしてみれば、洗濯機のスタートボタンを押して褒められているようなものだ。


「笑顔を向けられたら、恐くなるよな。自分と一緒にいて楽しいはずがねえんだから」


 前髪の奥で目を見開くアリア。クロベーがこぼす言葉は、まさに自分が感じている思いそのものであった。


「仲間だって言われても、信じられないよな。自分にそんな価値はねえんだから」


「どうして、クロベーさんがそれを……」


 共感どころの話ではない。まるで心を見透かされたように感じたアリアの口からは、自然と疑問符が漏れる。


 隠していた感情を暴かれた恐怖からか、あるいは羞恥からか、声は震えている。もしかすると、予期せぬ理解者の存在へ喜びを覚えたのかもしれない。


 真意は定かではないし、アリア自身も正しく理解はしていないだろう。それでもクロベーは続ける。


「俺もアリアと同じなんだ。いつもこう思っているし、分かっていても変えられないよな、こういう考え方って」


「……嘘です。クロベーさんはもっと素晴らしい方ではありませんか。私なんかよりずっと聡明で、勇気があって、強い心を持った人です」


 彼女の目に、一体クロベーはどう映っているのだろう。一度詳しく聞いてみたいものではあるが、本人はいたって真面目にこれを語っている。


 告げられた本人もまさかのべた褒めに面食らうが、彼女には周囲が自分より優れているように見えてしまうのだ。クロベーと同じように。


「うん。そう思うよな。でも、アリアもすごいんだ。俺なんかよりもっとすごい」


「違います。そんなはずはないんです。そんなわけがありません」


「いいや違わない。アリアは絶対俺よりすごい」


 クロベーが褒めるたびに、いやいやと首を振るアリア。積み上げられた劣等感は彼女を苛み、称賛の言葉が罪悪感を刺激する。どうでも良いが、肝心なところで語彙力が足りないのはどうにかならないのか。


 暫くお前はすごい、いやそっちの方がすごいというヨイショ合戦が繰り広げられていたが、段々と引き出しの中身が尽きていく。それでも言葉を止めない二人の応酬は、あちらこちらの引き出しから話題を取り出していくお陰で混沌としていった。


「クロベーさんの方がすごいんです!私は小さいころ、担任の先生を〝お母さん〟と呼んでしまったことがあるのですから!」


「いいやアリアの方がすごいね!俺なんかいまだに目覚ましがなければ起きられないんだからな!」


「そ、それでしたら私は、夏休みのラジオ体操に参加したことが、産まれてこのかた一度もありません!クロベーさんの方がすごいんですぅ!」


 だんだんとエスカレートしていき、褒め合いから失敗自慢のようになっている二人のやり取り。先ほどまで流れていたシリアスはすっかり鳴りを潜め、そのくせ一向に終わる気配がない。


 しまいにはお互いにわからずやだのバーカだの言い始めたところで、成り行きを見ていた三人目がキレた。


「いい加減になさい!!」


「ヒィッ!」


「ピゥッ!」


 穏やかな平野に流れる怒号に身体を強張らせる二人。ガタガタと震えながら振り返ると、そこには全身から蒸気を上げ、身体の至るところを赤橙色に輝かせた真名の姿があった。ガラス玉のように透き通った眼はクワっと見開かれ、口は腹話術の人形よろしく顎ごと開かれていた。


 思わぬ新機能を発見した三人ではあるが、ビジュアル的にも真名の剣幕的にも相当怖い。特にクロベーなど、予期せぬ真名の大激怒に半泣きだ。


 しかし、彼女が怒るのも無理はない。先の発言に対する疑問を投げかけたところ、なんの説明もないままに当事者間で会話が始まったのだ。正直置いてけぼりを喰らった気分になったがそこは真名。一連のやり取りからセンシティブな雰囲気を感じ取り、ひとまずは様子見に回っていた。


 だというのに話は進むばかりか、今どき子供でもしないような口喧嘩を見せられたのだ。そりゃキレるわ。


「クロベー!」


「はいっ!」


 ヒュバッ!と首を巡らせてクロベーを名指しする。指されたクロベーは反射的に背筋を伸ばす。調教……もとい、躾は順調なようだ。


「わたくしは何を怒っているのかと聞いたのです!それに答えず話を進めた挙句、果ては子供のような言い合いまで行うとは何事ですか!自分で収集をつけられないのであれば、わたくしを頼りなさい!!」


「はいっ!申し訳ございませんでしたぁ!!」


「宜しい。後でまとめてお説教ですわ!」


 ガバッ!と頭を下げるクロベーをみて、ひとまず矛を収めた真名。続く矛先へ向けてグリンと振り向いた。


「次、アリアさん!」


「は、はい……」


「声が小さい!」


「はいぃ!!」


 リテイクを喰らい、涙目になりながら声を張るアリア。二度目の返答はクエスト時にあげた絶叫に勝るとも劣らない。音量も、必死さも。


 ここで、真名も何をどう伝えるべきか一瞬思案する。クロベーの意図とアリアの態度を思い出し、反芻したところで、まずは思うところを語ってみようと結論づけた。


「詳しくは伺っておりませんので、わたくしからは一つだけ申し上げますわ!」


「はい!」


 真名はそう言いながらも、これまでのやり取りで何が問題になっているのかは把握していた。


 恐らくは、びくびくおどおどと真名を見るアリアと、今最敬礼を行っているクロベーに共通している心の在り方。それについての話であるならば、たとえ今この場で百万の言葉を紡いだところで、きっと解消はされないだろう。


 当然クロベーも理解している。頭では分かっていてもどうしようもないことは、彼自身が身をもって味わっている。だからこそ、この場でまるっと全て解決させるつもりではなく、ほんの少しでも自信をつけてもらえればと思っていたのだ。それがどうしてああなった。


 真名にできることも、クロベーとそう変わらない。ただし、彼女にはクロベーという前例があった。


「たとえ貴女が己に価値を見出せないのだとしても、わたくしはアリアさんを素敵な女性だと思っておりますわ!それを忘れないでください!」


「……クロベーさんもそう仰ってくださいますが、それは買い被りです」


 真名に飼い慣らされた……もとい、症状が軽微なクロベーであればこれで納得するのだが、さすがにアリアは年季が違う。言わんとしているところが理解できてしまうだけに、罪悪感もまた強く彼女に降りかかる。


 しかし、年季で言えば真名の方が上だ。アリアは十年近い年月をネガティブに生きてきたが、真名は生まれてからずっとお嬢様をやってきているのだ。支配者の品位は、風格は、彼女へ絶対的な覇気を纏わせる。


 人はそれを、カリスマと呼ぶ。


「結構ではありませんか。アリアさんを買って被る害など、わたくしにとっては取るに足りませんわ。皆無と言えましょう」


「そんな価値など、私にはありません……」


「……わたくしも、初対面の方へ無遠慮に接するほど不遜な性格はしておりませんが……そういった気遣いもまた、アリアさんへ疎外感を感じさせていたのかもしれませんわね……」


 ふと何かに思い至ったのか、どこか納得した様子で真名が呟いた。考えが纏まると同時に顔を上げると、アリアと向かい合うように距離を詰める。彼女の意図が読めないアリアは、手を伸ばせば触れられるような距離に立つ真名へ説明を求めた。


「仰る意味がわからないのですが……っ!」


 言い切らないうちに、真名の細い指がアリアの顎を持ち上げる。予期せぬ事態に固まるアリアだが、真名のターンは終わらない。もう一方の手がアリアの前髪を優しくかき上げ、隠されていた大きな両目を露にする。


 こんなに近い距離で他者と向き合う機会などなかったアリアは、羞恥心に頬を染めながら逃れようともがく。しかしステータスの差は歴然で、アリアは顔を背けることも、目を逸らすことも許されない。


 爛々と輝く碧色の瞳は瞬き一つせずに、涙で濡れそぼったアリアの青い瞳を見つめていた。


「ねえ、()()()


 彼女から放たれた艶っぽい声を聞いた途端、アリアの背筋に電流が奔る。かつてない感覚におののくアリアだが、それは恐怖や不快感ではなく、ある種の快感となって彼女に届けられた。


「わたくしが持つ貴女の価値を考えるのは、わたくしなのです。たとえ貴女でも、わたくしの大切な仲間を悪く言うのは許しませんわよ」


「は、はい……」


「アリアは大切な友人なのです。わたくしは友人に嘘はつきませんわ」


「はい……」


 戸惑うばかりだったアリアの様子が、真名の言葉を受け入れるたびに変化していく。強張っていた身体は脱力していき、あちこちに泳いでいた視線も茫洋と真名を捉える。


「それでも罪悪感が己を苛むのであれば、わたくしが何度でも、貴女の価値を認めて差し上げますわ」


「はいぃ……」


 とろけるような響きを伴う声がアリアへ浴びせられるたびに、アリアの心は多幸感で満たされていく。真名の言葉こそ絶対であり、きっと自分は、彼女とこうして出会うために生まれてきたのだという確信すら覚える。



 ―――これぞ彼女の必殺技、〝支配者の声(オラクル)〟である。支配者モードとなった彼女に言葉を囁かれた人間は、彼女へ心酔し、絶対的な忠誠を誓う。


 いつからこの世界は異能バトル要素を取り込んだのかと言われてしまうかもしれないが、そう思われても仕方がない。事実、真名が籍を置いていた中学校において支配者の声は猛威を振るった。様々な陰謀渦巻くお嬢様学校において、敵対派閥や新興勢力の一切合切を取り込み、全校生徒を一つの集団としてまとめ上げて見せたのだ。


 後にも先にもない〝茉奈お姉さま〟の偉業は、向こう数十年にわたり語り継がれる伝説となった。


 対人限定の精神感応系スキル、いわば人たらしの極致と言える支配者の声であるが、唯一最大の欠点がある。なにを隠そうこのお嬢様、自身の行いに無自覚なのだ。


 中学校規模のパンデミックと呼んでも差し支えない様相を呈していた末期においても、なんだか皆様突然素直になりましたわね程度にしか思っていなかったのだ。フラグ乱立にもほどがある。


 お陰で彼女の卒業に際して、最後に一目その姿をこの目に焼き付けようと、あるいはお言葉を頂戴しようと、もしくは制服のリボンを貰おうと、挙句の果てにはご本人丸ごとお持ち帰ろうと考える人の波が殺到した。


 黒服達が陰ひなたに活躍したことで彼女の貞操は守られたものの、齎された破壊の爪痕もまた大きく、人員の損耗率三十パーセント越えという記録的な被害を叩き出した。お嬢様達の本気超怖い。



 とはいえ、今回これが振るわれるのは良い傾向だとは思う。他者に自己を認めてもらう経験は、アリアに取ってプラスになろう。


 熱意をもって本音でぶつかれば、きっとアリアにも伝わる日が来る。そしてアリアが自分に自信が持てるようになった時、改めて真名はこう伝えるのだろう。


 〝アリアと友人になれて、本当に良かった〟と。


 ……何とか良い話に持っていこうと思ったが、もう限界だろう。だってこれ、どう見ても洗脳だもの。


 クロベーも同じことを思ったのか、おずおずと真名へ話しかける。


「なあ、真名」


「どうかなさいましたか、クロベー」


「一旦アリアを離した方が良い。手遅れになる前に」


「仰る意味がわからないのですが……」


 小首をかしげながらクロベーへ振り返る真名が、アリアの額へ添えていた手を離した瞬間、その手を逃がすまいとアリアが飛びついた。


「ああ、アリアから離れないでください、お姉様……」


「……な?」


「……ええ。仰る意味がわかりましたわ」





「で、目は覚めたか?」


「はい……お恥ずかしい姿をお見せしました」


「違いますわ。わたくしはそういうつもりで申し上げたわけではございませんの……」


「二人して原っぱの真ん中で突っ伏すな。俺らもう高校生なんだぞ」


 真名からアリアを引きはがし、開けてはいけない扉へ片足を突っ込んでいたアリアの洗脳を解いたところで、当事者二人は羞恥にのたうち始めた。


 支配者とは名ばかりの天然たらしはこれまでの行いを鑑みて身悶えているし、誑かされた方は本日二つ目の黒歴史に身体を丸まらせる。今後どちらかを思い出すたびに、セットメニューよろしくあわせてお楽しみいただくことになるだろう。


 先に否定しておくが、真名の支配者の声は異能力でも超能力でもない。彼女の声や雰囲気がなんやかんや作用した結果、たまたま奇跡的に洗脳じみた状況が整ってしまっただけである。並列思考が存在する時点でなんとも言えないが、この世界に超能力要素などあまりない。


 それぞれに思うところもあるだろうが、現在時刻は午後七時。最終下校時刻はとうに過ぎていることを思うと悠長にしていられない。今頃は黒服の方々が、鍵閉め担当の先生へ頭を下げに行っている頃だろうか。


「……しかし、そうなると困りましたわね」


「うん?」


 自分の心とどうにか折り合いをつけたのだろう。ゆっくりと立ち上がった真名が難しい顔をする。ここへ来て新たな問題発覚かと考えるクロベーだが、あいにくと思い当たる節はない。


「クロベーが生きていたことで、採集時にアリアが建てた死亡フラグを回収できていないのですわ。このままではアリアになにか不吉な出来事が起こるやもしれません」


「なに傍迷惑な仕事増やしてくれてんだコラ。だいたい、それじゃ俺が死んだ後に立てたフラグじゃねえか。後出しのフラグって成立するのか?」


「……その指摘は私が既に行っています。二番煎じですよ」


「よーし分かった。お前らがどんな会話してたのか全部聞かせろこの野郎」


 次いで立ち上がったアリアからのツッコミに、さすがのクロベーもイラっとした。折角生き残ったというのに、この仕打ちはあんまりだろう。帰りの時間など頭からすっぽ抜けたようで、腰に手を当てながらこめかみをヒクつかせる。


 さすがにヤバいと思ったのか、とりあえず話を変えようとする真名。どうせ話すのであれば、もう少し和やかな雰囲気の中で話をしたい。それに、これ以上帰りが遅れるとまた料理長に叱られる。


「それよりも戦果を聞いてくださいな。今回は最上と申し上げて良い実入りでしたのよ」


「誤魔化そうったってそうはいかねえぞ。一応聞いてやるが、つまんねえ報告だったら即話を戻すからな」


 慌てて話題を逸らすも、どうやら今回は釣られてはくれない。此度の主導権はクロベーにわたるかと思われたがそんなわけもなく、不敵に笑う真名の姿がそこにはあった。


「あら、そんな態度を取っても宜しいので?黄金リンゴを入手していますのよ?」


「あ?んなもんアリアに食わせて終わりだろ。もう一個あんなら真名が食っちまえよ」


 得意げな顔で語る真名に、だからどうしたと返すクロベー。さらっと優先順位が真名とかぶっている点に感心するが、こういった発言がアリアを気まずくさせているのではなかろうか。


 そこにおずおずと割り込むのがアリア。今回に限ってはその気遣いも必要ありませんとばかりに捕捉を入れる。


「いえ、全部で五個、入手致しましたので……クロベーさんが食べても、二つ残ります」


「は?」


 言っている言葉の意味がわからないとばかりにクロベーが聞き返す。少々言動が過激になっている彼からすれば、なに寝言ほざいてんだといったところだろうか。


 これは見てもらったほうが早いと判断したアリアは、慣れない手つきでメニューアイコンを立ち上げる。居並ぶ文字列からインベントリを選択すると、該当項目を指さした。


「お見せしますね……はい、ここをご覧ください」


 アリアの背後に回り込んで手元を覗き込むと、そこには二人が伝える通りの文言が記載されていた。


 〝黄金リンゴ ×5〟


「……はああぁぁっ!?」


「ひぃっ……」


「ですから、此度の実入りは最上ですよと予め申しておりましたのに」


 クロベーの絶叫にゼロ距離で晒されたアリアが、両耳を塞ぎながら蹲る。真名は思わぬ被害を被ったアリアへ駆け寄りながら、呆れたような呟きを漏らした。


 耳が……と呟くアリアを介抱しながら、真名は口元を三日月状に吊り上げながら不敵な笑みを浮かべる。脳裏によぎるは完全勝利の文字。そう、この話題を振った時点で勝敗は決していたのだ。いや、お前らはなにを争っているんだよ。


「いや、何したんだよこれ?島タコの上じゃ一時間が一年くらいのスピードで流れてんのか?」


 アリアの介抱を手伝っていた、というよりは平謝りを繰り返していたクロベーが問い返す。アリアは大丈夫だと言いはしたが、ふいっと顔を逸らされるあたりまだ許してはいないのだろう。


「一つの木に五つ生ってましたの。さすがに驚きましたわ」


「なんだそれ、ありえねえだろ。もしかしたらこれ、〝黄金リンコ〟とかいうパチモンじゃねえのか?」


「……濁音はきちんとついていますよ」


 そっぽを向きながらアリアも返す。少々突き放すような物言いに聞こえるのは気のせいではなかろう。クロベーがこれまでアリアに行ってきた所業を思えば当然である。


「マジかー……」


「さてクロベー、何かわたくし達に言うことは?」


 口をVの字にしながら胸を張る真名。隣ではアリアもそれに倣い、ふんすと得意げな顔を作る。一連のやり取りを受けて、クロベーには少しだけ強気な態度を取れるようになったアリア。理由はどうあれ、良い傾向なのではなかろうか。


「ナマ言ってスンマセンっした。どうかこの卑しい豚にもお慈悲を賜りますようなにとぞ、なにとぞ!!」


 綺麗な土下座。あんまりな剣幕にドン引きするが、当然三人で分けるつもりである。


 なんとも無様な土下座をかましてくれたクロベー。少なくとも人間としての尊厳は死んだだろう。無事に死亡フラグも回収できた。


 ステータスアップ系のアイテムはレアリティが高いうえに、重複して使用することは不可能になっている。よって残った二つについては、今後スカウトするであろう仲間へ渡すか、売ってしまうしかない。


 因みに、黄金リンゴを一つ売るだけでクロベーが買おうとしている装備を三セットは揃えられる。


 使い道については今後話し合おうということになり、三人はワープ・ポータルへの道を急いだ。

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