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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第三章 小人の祈りに想いを重せて
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 脱出

 目的のアイテムを無事にゲットした二人。ほど良い達成感と喜びに浸っていたのもつかの間、地響きを上げて島全体が揺れ出した。


 現実世界でも経験したことのない大きな揺れに、アリアが尻もちをつく。真名ですら立っているのがやっとという状態だ。


 現在時刻は午後七時。真名がこの島に降り立ってから四十五分が経過していた。


 あまりにも大きいので忘れがちではあるが、二人が散策をしている島はモンスターであり、限られた時間だけ上陸が許される宝島なのだ。


 エアシップ・クラーケンが大人しくしているのは、あくまで食事の間だけ。それさえ済ませてしまえば、どこへともなく飛び立ってしまう。


 途中で攻撃を受けるなどのトラブルに見舞われたものの、島タコの目的もまた達成されたらしい。


 つまり、タイムアップだ。 


「クロベーがそこそこのダメージを与えて下さったので、一時間ほどは採集に割けると思っていたのですが」


「予想よりも早い終わりでしたね」


 エアシップ・クラーケンの足止めにはいくつか種類があり、直接対峙してヘイトを稼ぐ以外にも方法がある。


 真名が語るのもその一つで、一定以上のダメージを与えると、その分待機時間が延びるというものだ。


 時間の延長は減らしたHPの割合で随時算出されていき、ダメージを与えれば与えただけ、長くその場へ留まるようになっていく。ただし、HPが半分を切るとその時点で飛び立とうとしてしまう。敵の撃退よりも撤退を優先するよう思考ルーチンが組まれているのだ。


 クロベーが与えたダメージは総HPの一割ほど。中堅どころのプレイヤーでもなかなか難しい功績である。十メートル以上にも及ぶ裂傷を刻みつけてもこの程度のダメージしか与えられないと考えるべきか、低レベルプレイヤー相手にこれだけ削られてしまう耐久値を低いと考えるかは人それぞれだろう。


 意図せず時間稼ぎを成功させたクロベーであったが、残念ながらもう一つの問題については解決できずに終わっていた。採集後の帰路が確保できていないのだ。


 予定ではアリアがジャンプを成功させた後、クロベーがロープの先端に重りを括りつけて、ハンマー投げよろしく真名へ飛ばす予定であった。


 届けられたロープは手ごろな木に結びつけて命綱を確保。クロベーの方も、先ほど回り込む際に使用した木へロープを結んでおく。その後クロベーは崖を迂回して下り、モンスターの視界に入る崖下からヘイトを取る計画だったのだ。


 そうすれば、万一クロベーが死んだとしてもロープは残される。採集を終わらせた二人はロープを伝って帰るもよし、先ほどのようにロープを身体へ結んで降りてもよし。どちらにせよ待っているのはクエスト大成功。ハッピーエンドを迎えて終了という手はずになっていたのだ。


 ところが予期せぬトラブルに見舞われ、ロープを投げ込んでいる暇はなかった。緊急事態にあってはクロベーもそこまでカバーはしきれず、お陰で二人は、何とかして自力で脱出しなければならないのだ。


「申し訳ございません……私が失敗したばかりに」


「これに関しては、風に考えが及ばなかったわたくしの落ち度ですわ。アリアさんの勇気ある大ジャンプ、素敵でしたわよ」


「その、ありがとうございます……」


 落ち込むアリアへ称賛を返す真名。それを受けたアリアはまだ少し落ち込んでいるが、少し照れ臭そうに顔を俯かせた。


 その姿を見て、真名は苦笑を浮かべる。クロベーにも言えることだが、内向的な傾向にあるアリアもまた、自己評価が低い。


 ニュービーの集まりである自分達が、三人しかいないこのパーティが。こうして最良と言っても良い戦果を挙げることができたのだ。


 失敗を悔やむのも必要なことではあるが、もう少しそちらに注目しても良いのではなかろうか。


 何より、このクエストはアリアなしでは成り立たなかったのだ。褒められこそすれ、責めることなどありえない。絶対にあってはならないのだ。


 だからこそ、アリアには胸を張って凱旋してほしい。他でもないアリアがいてくれたからこそ、大成功を収めることができたのだから。引け目など感じず、共に同じ喜びを分かち合えれば、それに勝る幸せなど他にない。そんな時間を、彼女とも共有したいのだ。


 そのためにも、無事に脱出を成功させたら、まずはクロベーと二人でアリアを胴上げしよう。褒められ慣れていない?そんな価値など自分にはない?知ったことか。


 我慢なんてしてやらない。思ったことははっきりと言うのが紀久淑 茉奈だ。だから、その時に伝えてやるのだ。


 貴女は、とても素晴らしいお方なのですよ、と。



 だがそれも、この窮地を脱してからの話だ。今後の予定は一旦引っ込め、まずは目の前にある問題から解決させようと意識を切り替える。

 

 とはいえ、二人が取り得る手段など限られている。真名のプレイヤースキルがもっと高い水準にあれば話は変わってくるが、ないものねだりをしても仕方がない。これに関してはできるプレイヤーの方が少ないのだ。真名は悪くなかろう。


 ならば、できることなどこれしかあるまい。


「来た道と、逆の方法をとるしかありませんわね」


「つまり、今度はここから平原へ跳ぶ、ということでしょうか」


「その通りですわ。わたくしに捕まっていれば、アリアさんが風に流されることもありませんし、往路よりは容易に着地も行えるでしょう」


 真名のSTRであれば、アリアを一人抱えたところで難なく跳躍できるはずだ。なにせ彼女は、ジュエル・ゴーレム打倒時の経験値を一人で取得している。レベルだけで言えば一年生の中でもトップクラスだろう。


「それと、ついでに試してみたいことがありますの」


「試したいこと……ですか?」


 口元を三日月型に歪めながら、真名が悪い笑顔を浮かべる。クロベーの浮かべるそれとはベクトルを異にしているが、彼女の笑顔も正直怖い。


 クロベーの笑顔を獣に感じる恐怖だとすれば、真名の表情は仮面のような無生物に感じる恐怖だ。背筋にぞわっとくる。因みに、アリアや浮暮波の面持ちも、いきなり対面したらびくっとする。ここへきて、思わぬ共通点の発見である。


 話が逸れたが、非常に良い笑顔を浮かべる真名の意図を、アリアは全く理解していない。真名の手を握ったまま怪訝そうにのぞき込む。先に言っておくが、大きく揺れるたびに尻もちをついていた姿を見かねて、真名が彼女を支えているだけだ。百合の花が咲いているわけではない。


「ええ。必要なアイテムの採集も順調に終えられたので、是非そのお礼を、と思いまして」


 帰路を急ぐためか、アリアをおぶりながら真名が言葉を続ける。機械製の少女が幼女を背負う様は、ハートフルストーリーの一幕にも見えてとても微笑ましい。微笑ましいんだ。大きいお友達はお呼びじゃないんだって。


「さあ、少し揺れますので、お気を付けあそばせ」


「はい……それで、お礼とは?」


 今日のアリアは疑問符のバーゲンセールだ。それもこれも、作戦立案サイドが言葉足らずなのが悪い。そのうえ、誰かに担がれているシーンも異常に多い。今後彼女がこのパーティに参入するとしたら、この絵面がデフォルトになるのだろうか。


「アリアさんにもご協力願いますわ。折角ですので、クロベーの弔い合戦と参りましょう」


 森を疾走する道すがら、真名はアリアへ説明を始める。足場の状況がいくらか改善されているからという理由もあるが、どうやらどこかの不親切な黒いのとは違い、彼女は予め説明をしてくれるようである。





「丁度良いタイミングで到着できましたわ」


「そうですね……これ以上高くなると、今度は落下ダメージが怖いです」


 数分後、丁度説明を終えたタイミングで島の端へとたどり着いた二人。


 土の堆積した部位は弧を描くように途切れ、灰色の地肌が露呈していた。島になっている部分は降り積もった土砂が天然の外殻となっており、全くダメージを通さない仕様になっているが、生身を曝したこの境目以降はダメージを与えることができる。


 しかしここから攻撃を加えた場合、待っているのは岩壁を利用したサンドイッチだ。残念ながら大人しく攻撃を喰らってはくれず、バルーンフィッシュとは比べ物にならない威力の体当たりをお見舞いされてしまうのだ。ダメージは勿論、せっかく上陸した島も衝撃で破壊されてしまうため、全くもってお勧めしない。


 崖から離れた今であればその心配はないかもしれないが、攻撃をしている暇があるならばとっとと脱出した方が良い。大した攻撃力を持たない初心者であればなおさらだ。


 真名もそれは理解しているのか、境目を飛び越えて灰色の大地へ進んでいく。


「なんとも歩きにくいですわね……速度が出ませんわ」


「そのうえ揺れますから……私も苦労しました」


「これは、助走で距離を稼ぐのは諦めた方が良いかもしれませんわね」


 相手がイカであることから予想してはいたものの、軟体動物特有の柔らかい肌が、踏み込んだ足の反発をことごとく吸収していく。ここへ来るまでにつけた勢いを大きく殺されてしまい、真名が鬱陶しげに呟いた。背負われているアリアも触腕の足場を思い出したのか、自身の体験を踏まえて同意を返す。どちらかと言えば、クロベーに抱えられていた時間の方が長かったのは内緒だ。


 強く踏み込めばその分凹む足場に四苦八苦しながらも、漸く二人は先の平原を視認する。降下に比べて上昇は緩やかに行われていたのが幸いし、高低差はそれほど生まれていない。このまま二人が落下しても死にはしないだろう。


「参りますわ。しっかり捕まっていてくださいな」


「わかりました」


 どうやらこれ以上の助走に意味がないと判断した真名は、アリアを正面に抱えなおして座り込む。


 緩やかに弧を描いた島タコの胴体は、ある程度を進むと滑り降りることができる。加えて、エアシップ・クラーケンの表面は乾燥を防ぐために高い粘性を持つ液体で覆われており、それが潤滑油の役割を果たしているのだ。


「は、速い、はやいですううぅ!!」


「思ったよりも、スピードが出ますわね!!」


 二人の名誉のためにも具体的な描写は避けさせていただくが、彼女達の姿はお察しの通りである。一部プレイヤーが喜びそうなこの仕様もクエストの不人気に拍車をかけているのだが、運営はこの件に対して沈黙を貫いている。PTAや教育委員会を敵に回してでも守る価値が、果たしてこのクエストにはあるのだろうか。


「時期に身体が飛び出します!アリアさん、捕まってくださいまし!」


「はいいぃ!!」


 ローションスロープもとい、クラーケンの上を滑り続けたことで、滑走速度はぐんぐん増していく。同時に下り坂も真下へと傾斜を向け始め、二人の身体は重力を振り切ってしゅぽーんと飛び出した。


 勢い余って離れないようにか、はたまた全身に纏うぬるぬるで掴みにくいからか、しがみつくを通り過ぎて真名へ抱き着くアリア。こら、喜ぶんじゃない。ノアは健全なゲームなんだ。


 十分な助走を取った真名の跳躍に勝るとも劣らない、完璧な勢いで飛び降りることに成功した二人。横の距離も十分に稼げたことだろう。


 あとは落下を待つばかり、真名に捕まってさえいれば、アリアが飛ばされてしまう心配もあるまい。


「着地の数秒前に離します、アリアさんは呪文の用意を!」


「はい!〝神の護りよ、理不尽に奪われる尊き命へ、遍く庇護を与え給え〟」


 アリアも慣れたもので、手早く呪文を詠唱して待機状態へ入る。杖に埋め込まれたマナ・クリスタルに白い魔法陣が映し出され、アリアの身体からも淡い光が放たれる。


 途中強めの風に煽られることもあったが、それに浚われることもなく平原上空まで身体を進めた二人。


 着地まで数秒といったところで真名の手は離され、空いた両手で構え直した杖を地面へ掲げたアリアが、トリガー・ワードを口にする。


「〝ディバイン・ウォール!!〟」


 間を置かず貼られる障壁、響く破砕音、伝わる衝撃。


 本日何度目の乱降下なのかもわからないが、気持ちげんなりした勢いで減少していくHP。お約束のようにレッドへ突入したバーは、これまた示し合わせたように一桁を残して停止する。


 即死はあり得ないと分かってはいても、毎度これでは心臓に悪い。できれば何度も経験したいものではないなと思うアリアだが、その姿もまた顔面から突っ伏していた。


「なぜ……無駄な行動は慎んだのですが」


 前回は膝をクッションのように曲げて、華麗に着地しようとしたアリア。結果が失敗に終わった経験から学び、今回は慣れないことをせずにそのまま着地したのだが、ひ弱な彼女の足は襲いかかる衝撃に耐えられなかったようだ。


 飛び降りたり飛ばされたり、挙句の果てにはつんのめったりと、これまでの人生では考えられないほどにハードな一日を送っている彼女。およそワンピース一枚で通って良い道程とは思えない。


 とはいえ、ノアは健全なゲームである。可愛い格好をしたい女性プレイヤーの味方である。


 当然、下着という概念はない。


 これだけを切り出すと、一部プレイヤーが狂喜乱舞してしまうかもしれないが、冷静になって考えてほしい。


 腰巻姿のクロベーにも、下着という概念は存在しないのだ。


 落ち着いたところで補足をするが、ここで語ったのはあくまで装備品として存在しないという意味で、インナー自体は当然存在している。ただそれは、割と本気で洋服の体をなしているのである。初期装備の布の服と大差ない。


 その役割も限定的で、防具の耐久値がゼロになった際に始めて視覚化される、いわば間に合わせの衣装に近い。普段使いの装備を邪魔せずにひっそりと身を隠し、主の人間性を守る際に姿を現す、忠実な家臣のような存在なのである。


 一部のプレイヤーから蛇蝎の如く嫌われようと職務を全うするインナー機能は、今日もどこかでPTAからノアを守り続けているのだ。


 ただこのままでは、スカート装備のプレイヤーは安心してゲームをプレイできない。可愛い格好で存分にアクションを楽しみたい、そういうプレイヤーも大勢いるだろう。


 そういった要望にもお応えできるよう、映像にかかわるほぼ全ての部門が一丸となった。トライ・アンド・エラーを繰り返し、全員が納得のいく形になるまで、実に半年の歳月がつぎ込まれた。ノアの製作期間が三年と言われていることから考えると、一周回って拍手を送るしかない。


 そのお陰でノアのスカートは、捲れない、見えない、翻らないという、完璧な防御陣形を引くことに成功した。


 風になびく。でも捲れない。覗き込むことはできる。でも闇が広がるばかりで見えない。回ればふわりと風は纏う。でも決して一定以上は持ち上がらない。


 女子の尊厳と自由を、男子の想像力を、世論の風当たりからノアを守ったこのシステムを、開発者は感謝と畏怖の念を込めてこう名付けた。


 〝アイギス・システム〟と――。



 話が逸れに逸れたので結論だけを述べると、彼女の尊厳は運営がしっかりと守ってくれているので心配はないということだ。


「ここまで前回の焼き回しが続くと、真名さんはどうなってしまっているのでしょうか……」


 まさか彼女まで無意味な回転運動をしてはいないだろう。そう思うものの、どうしても不安はぬぐえない。祈るような気持ちで周囲を確認すると、視界の端で何かが動いた。これまた先のクロベーと同じ、左側である。


「ま、真名さん……?」


 ひとまず無事を確認したことで安堵の思いが浮かんでくるものの、油断はできない。意を決して振り返ると、眼前には。


「アリアさん、無事で何よりですわ」


 普通に歩いてこちらへ向かってくる真名の姿が映し出された。張りつめていた緊張感が切れたのか、へちょりとへたり込むアリア。顔を俯かせて懺悔を漏らす。


「申し訳ございません……」


「はい?」


「最後の最後で……私は、真名さんを信じることができなかったのです」


「この数秒間で何があったんですの?」


 急に許しを請われた真名の頭には疑問符ばかりが浮かぶ。話が見えてこないのだから許すも責めるもなかろう。これに関してはクロベーが悪い。


 沈みゆく夕焼けをバックに、いい笑顔でサムズアップをかましている黒いオークの姿を幻視したアリア。やり場のない怒りをポーションへぶつけながら、やけ酒よろしくそれを煽った。





 宝島からの脱出に成功した二人。あとはさっさとこの場を後にして、ギルドの隅で震えているだろうクロベーと合流するだけだ。


 にもかかわらず、二人はエアシップ・クラーケンを見据えたまま動かない。


 どうやら先んじて帰路を行くモンスターにまだ用があるらしい。


「これが最後ですわ。全力で参りましょう」


「はい……」


 前を向いたまま声をかける真名に、アリアは杖を前に構えながら答える。その姿を視界の端に捉えた真名は、ゆっくりと両手を前に構えた。


 身体からは駆動音が鳴り響き、両手に生まれた紫電が勢いを増していく。全身に刻まれた溝からは赤橙色の輝きが漏れ出し、各ギミックの展開と共に排熱用の蒸気が噴き出す。


 虹彩部分に内蔵された絞り羽根がカシャカシャと音を立てて標的を捉えると、蓄積された紫電は臨界点を迎える。


「わたくしから、心ばかりのお礼ですわ!」


 力強い声とともに放たれた渾身のエネルギー・ボルトは、今まさに眼前を通り過ぎようとした島タコめがけて突き進んでいく。


 大きな体躯は格好の的でもあるようで、多くの足が蠢く部位の少し上。真名が放ったエネルギー・ボルトとさして変わらない大きさを誇る右目へ、吸い込まれるように着弾した。


 真名のレベルが討伐水準へ達していないとはいえ、エネルギー・ボルトは防御力を無視してダメージを素通しする。格上の相手に一矢報いる程度であれば造作もない。


 予期せぬ不意打ちを剥き出しの急所へ受けたエアシップ・クラーケンは、甲高い悲鳴を上げてのたうつ。HPで見れば二パーセント前後を削るにとどまっているが、高レベルプレイヤーが与える一撃へ相当するのだから最後っ屁としては上等だろう。


 そう、最後っ屁なのだ。何も真名とアリアは、本気でクロベーの敵討ちをしようとしているわけではない。本気で戦いを挑むには何もかもが足りなすぎるし、そもそもクロベーとこのイカに直接的な因果関係はない。


 例とえクロベーが無事であっても、きっと真名は同じ提案をしていただろう。倒さなくても良いボスを相手に最終戦気分を味わえるのだから、これを楽しまないのはもったいない、と。


 何より、強大な敵と対峙する緊張感と高揚を、アリアと共有したかったのだ。非戦闘職である彼女が、安全に攻撃を行える機会などそうそうない。どうやら自分の知らないところでクロベーに散々振り回された様子なので、それの憂さ晴らしも兼ねているというわけだ。


 つまりこの攻撃はよく言えば思い出作り。悪く言えばただの八つ当たりである。



 そんなものに巻き込まれたモンスターは、真名の考えとは裏腹に心中穏やかではない。立て続けに痛みを味わわされた恨みからか、紫光が収まると同時に敵を探し始める。被弾した目が潰れるような表現はされていないが、それでも瞳には怒りの感情がありありと込められていた。


 眼下に広がる平原へ視線を落としたクラーケンは、こちらを見上げる二つの影を発見した。


 一人は、全身から蒸気を上げながら朱く輝く機械人形の少女。


 もう一人は、()()()()()()()()()()()小人族の少女だった。


「〝神の光よ、裁きの槍を用いて、我が宿敵へ滅びと救済を与え給え〟」


 まっすぐに構えられた杖は、寸分たがわずエアシップ・クラーケンの目へと向けられていた。呟く詠唱は、()()()使()()()()()()()()()()()()


 こうして唱える機会など訪れないだろうと思っていた魔法のワードを紡ぐたびに、アリアの胸はこれまで感じたことのないドキドキに満たされていく。本に覚える感情移入とはまた違う激しい奔流を受けて、彼女はえも言えぬ恍惚を覚えた。


 アリアは理解した。これこそが本物の感情なのだと。百聞は一見に如かずなどという言葉すら生温い感動を、この喜びを。すべてをこの一撃へ込める様な面持ちで、言葉を紡ぎ続けた。


 強い風になびく長い髪を振り乱し、隠れていた(おもて)があらわとなる。


 ひと際強い風に巻き上げられた瞳が敵を見据えた時、アリアは眼前のクラーケンと目が合った気がした。


 己の身体から放たれる光の奥で、同じく青い色を持つ瞳が強い輝きに燃える。


 万感の思いを込めて、声高らかにトリガー・ワードが放たれた。


「〝ディバイン・フォース!!〟」 


 言葉と同時に、エアシップ・クラーケンの右目に魔法陣が浮かび上がる。


 濃い青色に彩られた魔法陣は、強い輝きを放ちながら標的を焼いていく。


 神聖魔法〝ディバイン・フォース〟。


 神の裁きを限定的に行使して敵へ放つ、僧侶職が扱える数少ない攻撃呪文の一つである。


 この魔法もまた定点設置の魔法であり、適用範囲であれば任意の位置へ発動できる。消費MPこそ高いものの威力はMNDに依存するので、ヒーラーでも十分な破壊力を生み出せる優れものだ。


 とはいえ、貴重なMPをダメージディーラーとして活用する機会などは滅多になく、パーティ運用するうえではほとんど使われない魔法という扱いを受けている。


 しかし、回復職にも適度なガス抜きは必要だ。暴れる機会に恵まれず、周囲の状況を常に観察し続ける補助職には、中間管理職の憂いに近い感情が付きまとい続けているのだ。そのため、時折低ランクのクエストへ赴いてはディバイン・フォースをぶっぱしたがるヒーラーは割と多い。

仕事に疲れたサラリーマンが、帰り際にバッティングセンターへ通うのと同じ心情かもしれない。


 僧侶のストレス解消という側面を運営も予期していたのか、この魔法のエフェクトはとにかく派手でカッコイイ。初期魔法らしからぬ作りこみがなされた魔法のアクションは、爽快感と満足感を与えてくれること請け合いだ。


 青く輝くエフェクト、迸る閃光、燃え広がる白い炎、そして爆発。


 素質魔法ではお目にかかれない魔法陣の演出と、神聖魔法特有の白い炎は、普段からフラストレーションを溜めがちな補助職の心をがっちりと掴んだ。


 中にはこの魔法への愛を拗らせた結果、〝砲台型ヒーラー〟を自称する困ったちゃんも数名誕生した。実力についてはお察しください。


 技術班渾身の演出はアリアの心も掴んだようで、目の前で広がる炎の演出にキラキラとした眼差しを向けている。真名も一緒になって。


 カッコ良い演出もさることながら、この魔法が自分の手から放たれたのが嬉しいようだ。ロマン派の真名が喜んでいる理由は説明するまでもなかろう。


 やがて訪れる大爆発。ダメージ自体はクロベーはおろか、真名にも遠く及ばぬものの、無粋なことは言うまい。


 アリアの放った攻撃魔法が、敵へ命中したのだ。今はそれで十分だろう。

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