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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第三章 小人の祈りに想いを重せて
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 黄金リンゴと杖の素材

 着地点となる足元へ、寸分の狂いなく障壁を張ることに成功したアリア。


 間を置かずその上に着地すると、ダメージの一部を肩代わりしたそれはぱりんと砕けていく。


 続けざまに足へ伝わる衝撃。現実の肉体であればこのダメージでも十分に人を殺してしまうだろうが、そこはあくまでゲームの世界。プレイヤーはいくらか頑丈に作られている。


 小柄な少女にしか見えないハーフリングもその例に漏れず、多少のアクションに耐えうるフィジカルは標準装備されているのだ。


 だからといって、数十メートルの高さから落下すればさすがに無傷とは言えない。HPは本日二度目のレッドゾーンに突入し、まさに満身創痍といった体である。


 さらに言うと、彼女の着地体制は顔面から床に突っ伏すという、なんとも情けない姿となっている。着地時に少しでも衝撃を殺そうと、膝のクッションを利用しようとした次の瞬間にはこの体制になっていた。


「慣れないことは、するものではありませんね……」


 可愛らしいお尻を突き出した姿勢のまま、ぽそりと呟くアリア。頭の中で行ったシミュレーションでは、ふわりと着地を成功させていた彼女である。


 一連の情報をまとめた結果、決して不可能ではないという解が導き出されたようだが、自身の身体能力を水増し気味に計算していたようだ。正直な意見を述べてしまえば、むしろなぜできると思ってしまったのだろうと言わざるを得ない。


 とはいえ、結果として生き残れたのだ。今の自分であれば十分合格点だと前向きに捉えて立ち上がる。まずは共に落ちたクロベーの安否を確認しようと辺りを見渡していく。右を見て、左を見たところで、視界の端から逃げていく黒い影を発見した。


 巨大な黒い塊などクロベー以外に考えられない。移動していく影を追うように身体ごとそちらへ向き直ったアリア。無事を喜ぶように安堵の色を漏らしながら声をかける。


「クロベーさ、ん……?」


 最初に頭を支配したのは、思考停止による空白だった。


 次に行ったのは、目の前を移動する黒い何かが、本当に目当ての人物なのかという確認だった。


 最後に浮かんだのは、この人は何をしているのだろうという純粋な疑問だった。


 クロベーは、全身を丸めながらゴロゴロと転がり回っていた。


 残っているかもわからない彼の名誉を守るために言っておくが、何もクロベーは遊んでいるわけでも、ましてやふざけているわけでもない。本人は大真面目に、落下の勢いを殺しているのだ。


 ティリア遺跡攻略の際に尋常ではない落下ダメージを受けたクロベー。前向きにノアへ取り組んでいた彼は、今後どこかから飛び降りるたびに大ダメージを受けていては、クエストどころではないと考えていた。


 とはいえ、高所からの落下について詳しい知人など黒部にはいない。知人の知人にも、落下マニアなどといったニッチな趣味を持つ人間は存在しない。むしろそんな人物を探していると口にすれば、自分が白い目で見られてしまうだろう。


 悩んだ彼は今どきの高校生らしく、情報端末の力を借りた。様々な掲示板を覗いて回り、やがて彼は、気になる一文を見つけた。


 五接地転回法。航空部隊が採用している、落下時に受ける衝撃を身体の五ヶ所へ分散させることで、無傷のまま着地を行うことができるという技術である。


 この記事を読んだ黒部の全身に電流が奔る。これを会得するしかないと思った。動画解説を何度も見直し、家の机から飛び降りて練習もした。天井に頭をぶつけた。下の階に住むご老人が怒鳴り込んできた。大家さんにメチャクチャ説教された。


 生身で練習する術を失った黒部だが、まさかクエスト中に真名の前で練習をするわけにもいかない。知人から向けられずに済んだ白い眼を真名から向けられたら、たぶん己は発狂するか、開けてはいけない扉を発見してしまうだろう。


 かといって夜中に練習しようにも、ノアは夜中の十時から朝の五時までログインできない。


 これといった案も出ないままこの場へ臨んでしまったクロベー。彼に残された手は、ぶっつけ本番でこの技の有用性をアピールすること、それだけだった。


 落下しながら件の動画を反芻するクロベー。しかし、土壇場に来て文字通り致命的な一文を思い出してしまう。


 この技術で殺せる勢いは、せいぜいが七~八メートル。絶賛数十メートルを落下中な状況では、何の役にも立たないと。


 全てを台無しにする欠陥の存在が、クロベーを焦らせる。むしろなぜ今まで忘れてたんだよお前。


 割とこの技術頼りだったクロベーの脳細胞は焦燥に駆られながらも冴え渡り、やがて起死回生の一手を生み出す。


 一回で駄目ならば、二回、三回と繰り返せば、いけるのではないだろうかと。


 その結果が、今アリアの眼前にて繰り広げられている光景である。


 足からふくらはぎ、腿、臀部、肩に逃がした勢いを、回転しながら四方八方へと分散させていく。数回を繰り返していくうちに回転運動は一定の方向性を持ち、ただの連続前転へと姿を変えていく。


 察しの良い方はお気づきだろうが、一連の動作には全くもって意味がない。


 効果のほどは勿論のこと、いくら複数部位へ衝撃を分散させようと、彼のダメージを管理するHPは一つだけなのだ。


 五接地転回法はあくまで生身を五体満足に保つ方法でしかなく、ノーダメージで衝撃を消し去る方法ではない。


 つまり目の前で転がる黒い塊は、自身のダメージを一旦分散させた後に、再びまとめているだけなのである。とんだ処理泣かせもあったものだ。


 そして、これを目の当たりとしたアリアもまた、察しの良い人物のひとりであった。


 なんとも声をかけて良いかわからない顔をしている彼女の前で、徐々に勢いを失っていく回転豚。やがて両足で力強く停止したクロベーはというと、なぜか得意げな顔でアリアへ向き直った。


「待たせたな。お互い無事で何よりだ」


「……はい」


「いやあ、妙なもん見せちまって悪かったな。こうでもしないと生き残れるか微妙だったんだわ」


「正直、あまり意味はなかったのでは……?」


「ん?何か言ったか?」


「……いえ、何も」


「そっか。うおっ!HP三しか残ってねえや。何度も回った甲斐があったぜ」


 キラキラした目で語るクロベーの姿を見たアリアは、言葉を飲み込んでしまう。今真実を伝えてしまえば、目の前にいる仲間は膝から頽れて泣き出すだろう。今日会ったばかりだというのに、アリアの脳内にはその姿が鮮明に浮かび上がってしまった。


 同時に、先ほどまで感じていた喜びやら何やらが台無しになってしまいそうになったが、それもまた一緒に飲み込んでしまおうと、クロベーから差し出されたポーションを口にした。


 素人がいらないアレンジを加えて全てを台無しにする。往々にして料理の場でよくみられる光景だが、なにもこれに限った話ではないようだ。




 いらぬドタバタを挟みつつ、無事に生き残った二人。HPの回復も終えたところで行動を開始した。


「これから、どうなさるのですか?やはり、崖から降りるか、それとも登るか、でしょうか……?」


「いや、それじゃ採集の時間がなくなっちまうだろ?だからアリアには、ここから真名のところまで行ってもらう」


 これにはアリアも目を丸くする。彼女の頭に浮かんだのは、島タコへしがみつきながらよじ登っていく自分の姿であった。


 正直、少し坂道を上るだけで死にかける自分の体力では、普通の岸壁ですら登攀する自信がない。


 だというのにこの人は、それ以上にハードな道のりを自分に進めというのか。エアシップ・クラーケンの表皮は岩肌とは違い、軟体動物特有の滑らかさを誇っている。捕まるような凹凸などどこにもありはしないのだ。


 それだけではなく、先ほどクロベーが与えたダメージのせいで、エアシップ・クラーケンの挙動はだいぶ激しくなっている。二人が立っている足ですらだんだんとたわみだした今、いつ崖から離れてもおかしくない。


 揺れに合わせて飛ばされそうなアリアをクロベーが支えて、何とか会話を続ける。どうやら詳しい話をしている暇はなさそうだ。


「一体、どのような作戦があるのですか?」


 そんな状況でもこれだけは聞いておきたいのか、クロベーにしがみついたままアリアが問いかける。だがクロベーはその問いには答えず、メニューアイコンを操作している。どうやらメッセージ機能を使用しているようだ。


 彼がフレンド登録をしているプレイヤーなど、一人しかいない。手早く短い文を打ち込んだクロベーは、軽く見直しを行ったのちに送信アイコンへ触れた。


 数秒と待たずに送信完了場面が現れたのを確認して、メニュー画面を閉じる。一連の流れを終えたところで漸くアリアへ向き直ったクロベーは、苦笑いを浮かべながら問いに答えた。


「詳しい話は移動しながらしよう。とりあえず、この足の先端まで移動するぞ」


「はあ……」


 いまいち状況が理解できないアリアの横で、クロベーのメニュー画面が勝手に起動する。メッセージ受信のポップアップ・アイコンが出ているところを見るに、先ほど送ったメッセージの返信が届いたのだろう。


 悪いとは思いながらも好奇心に勝てなかったアリアが、投下した画面を下から覗き込む。鏡写しのように反転しているため読みづらいが、メッセージは短く〝承知致しましたわ〟とだけ書かれていた。


「あ、あの、いまのやりとりは?」


 見てしまったと自供するようなものではあるが、仲間外れは嫌なのだろう。聞いても良いのかわからないといった表情を浮かべながら問うアリア。そういった葛藤には気づいていないようだが、クロベーも隠すつもりはないので素直に答える。


「ん?今から無茶するから、もし俺が落ちたら後はよろしくって真名に頼んだんだ」


「随分軽く言いますね。ここまでの頑張りは一体……」


「こうでもしないと少人数パーティって立ち行かないんだよ。その代わり、無茶する時はあらかじめ相談するって決まりがあるんだけどな」


「なるほど……」


 ならば自分を見捨てれば良かったのでは、と思ったアリアだが、それは口にしてはいけない言葉なのだろうと自重する。初クエストを楽しいものにしてほしいという言葉が示すよう、彼なりの思いやりなのだと前向きに受け止めた。



 自分よりも他者を優先しがちなクロベーの癖を知らないアリアは気づいていなかったが、島の上でアリアを待つ真名は苦い顔をしていた。クロベーに思うところがないわけではないが、それも踏まえて彼とパーティを組んだのだ。それを否定しようとは思わない。


 彼女が憤りを覚えているのは他でもなく、不甲斐ない自分自身に対してだった。クロベーの犠牲なしにクリアできなかったこれまでのクエストとは違い、()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけではなく、このクエストも容易に終わらせていただろう。


「守られるだけの女ではないと宣いながらこの体たらくとは、なんとも滑稽ですわね……」


 自嘲気味に笑う真名だったが、その呟きは空へ吸い込まれるように消え、誰の下へも届けられることはなかった。


 それにしても、あれだけシリアスな雰囲気を出していたというのに、こんな軽いやり取りで良いのだろうか。もっとがっつり話し合うものだとばかり思っていたのだが。





 真名がだれにともなく独り言ちた頃。


 段々と激しく揺れていく触腕の上をおっかなびっくり進んでいた二人は、なんとか目的地である先端部へ辿り着いていた。


 自分の身体が飛ばされないように岸壁へと貼りつけられた吸盤は、小さいものでもアリアの顔ほどはあろう。それが何十個も壁に吸い付いているのだから、見ていてとても気持ちが悪い。もとい、どうあってもクロベー達では剥がせそうにない。


「結局、何の説明も受けていないのですが……」


「ここまでの道のりが思いのほかハードだったもんな、悪い」


 うねうねと動く軟体動物の足は、人一人を抱えて進むには最悪という言葉すら生温かった。荷物を小脇に抱えたまま競技用トランポリンの上を歩いているような感覚は、歩きにくいうえにひたすら酔う。


 しかも、時折上下左右へランダム移動をするのだ。先ほどの浮暮波ではないが、黒部も若干顔色が悪くなっている。浮暮波は言うまでもなかろう。


 それでもなんとか目的地へ着いたのだ。ここまで来たらスピード勝負なので、残念ながら作戦決行に至ってもアリアへの説明はなさそうである。初心者に優しくするのではなかったのだろうか。


「そんじゃま、いっちょやるか」


「あの、何をするおつもりなのですか……?」


「それはな、こうすんだ……よっ!」


 百聞は一見に如かず。気合一発、目の前で壁に貼り付いている足に噛みつく。STRにものを言わせた、オーク会心の一噛みだ。


 レベルも大きさも桁違いな両者の関係を考えれば、ダメージなど皆無だろう。それでも攻撃は攻撃だ。モンスターに自分の存在を知らしめることはできる。


 現に、それまで足の上を歩いていても為すがままだった触腕に動きがあった。胴体を引き裂かれても動かなかった吸盤が、バリバリと音を立てながら剥がされていく。貼りつけていた岩壁がそれに合わせて破壊されていき、ガラガラと崩れた。


 やがて自由になった足は、緩慢な動きで上へ上へと持ち上げられていく。そこには足に噛みついたままのクロベーと、彼に抱え込まれているアリアもいた。


「お、怒らせてしまったのではありませんか?」


「おう。そのつもりだったしな」


 何してくれてんだこいつと思わなくもないが、こうして上へと運ばれている現状を思えば強く言えないアリア。代わりに率直な疑問を投げかけるが、当の本人は噛みついた口を放しながら、しれっと答えて見せた。


 とはいえ、このまま島まで運んでくれるわけではなかろう。この足の動きも、何かしらの攻撃が行われる前動作でしかあるまい。アリアもそれは理解していた。逆に言うと、それしか理解できなかった。


「なぜ、そのようなことを……?正直、虫けらのように捻り潰される未来しか見えないのですが」


「まあ、こんだけデカいイカからすれば、俺らなんて虫みたいなもんだよな。んで、鬱陶しい虫けらが自分に止まっていたら、アリアならばどうする?」


「その、質問の意図が分からないのですが……」


「まあまあ。取り敢えず時間がないから答えを言うけど、はたき落とすか振り払うだろ?」


「ええ、そうしますね……」


「だから、コイツもそうしようとしているわけだ。だから俺らを振り落とすために、こうやって足を振り上げているんだろうな」


「なるほど……まさか」


 会話を進めていくうちに、アリアが何かを悟ったようだ。できれば気づきたくなかったし、気づいていたらきっと自分は反対していただろう。むしろ、反論が上がるのを理解していたからこそ、クロベーは土壇場まで説明をしなかったのではないかと勘繰ってしまう。


 だが、ここまで来てしまったからにはもう遅い。アリアにできるのは、自分の想像した未来が現実にならないことを祈るだけだった。


 その希望も、続くクロベーの言葉で見事に打ち砕かれたわけだが。


「そう。振り上げられたタイミング、その勢いを使ってもう一度跳ぶ。というわけで行くぜえ!!」


「こ、心の準備があああ……」


 ぐんぐん高度を増していた足が最高点に到達したところで、振り上げられた勢いも利用して跳び上がるクロベー。当然アリアも両手で抱えている。お姫様抱っこなどというロマンチックな抱え方ではない。背後から腹部へ両腕を回す、スープレックスを行う前動作のような形である。


 巨大モンスターの膂力は大したもので、みるみる上へと昇っていく二人。胴体の半分を過ぎても勢いは衰えず、目的地である島の部分が少しずつ顔を覗かせた。同時に、予めメッセージを送ってスタンバイしてもらっていた真名の姿も確認できた。


 それでも、目的地である島までは遠い。高さは十分稼げたが、横の距離が届かなかった。目算で十メートル弱、縦方向へ飛ばされている二人にこれを詰める術はない。


 そう、現状では。


 上昇する勢いが弱まっていくのを感じながら、クロベーがアリアに声をかける。不可能を可能にするために。彼女を無事に送り届けるために。


「アリア!合図を出すから、俺の足元へディバイン・ウォールを張ってくれ!足場にできるよう横向きにだ!」


「は、はいぃ……〝神の護りよ、理不尽に奪われる尊き命へ、遍く庇護を与え給え〟」


 急転直下からの急上昇に置いてけぼり気味なアリアだが、目を回しながらも杖を構える。発動待機状態にしたまま、クロベーの合図を待つ。


 やがて、二人の大ジャンプが終わりを迎える。のろのろと進んでいた身体が動きを止めようとしたところで、クロベーがアリアに合図を出した。


「今だ!」


「〝ディバイン・ウォール〟!」


 詠唱の直後、クロベーの足元へ障壁が生まれる。物理的な接触に反応する防護壁は即席の足場となり、後は落下を待つばかりだった二人の命を救った。


 とはいえ、あくまでこれは急繕いの間に合わせでしかない。二人分の重さを長時間支えることなどできないし、あまり激しい動きをすればその時点で砕けてしまうだろう。


 だからこそ、クロベーは急いで最後の一手を打つ。激しい反動は仕方ない。ただ、一度だけもってくれと願いながら。


「真名ああ!!しっかり受け止めろよおおおお!!」


 大声で真名に声をかけながら、両腕で抱えていたアリアの身体を両手に持ち直す。そのまま身体を弓なりに反らせると、渾身のロングスローを真名目がけて放った。


「ひいいいいいい!!」


「あ、アリアさああああん!!」


 ボール役のアリアから絹を裂いたような悲鳴が漏れる。投げられた側の真名からも悲鳴じみた声が上がる。クロベーの足元からは無機質な音がぱりんと鳴る。


 ゆっくりと落下していくクロベーの視界に、落下系幼女を受け止める機械系少女の姿が映った。一連の作戦が無事成功したからか、清々しい表情を浮かべるクロベー。こちらを見る二人にサムズアップを返しながら、クエストを退場するのだった。


 そんな彼に物申したい。なんかもう、いろいろ酷い。


「……クエストが終わったら、お説教ですわね」


「さすがに今回の扱いについては、私も思うところがあります……」






「クロベーの処遇は後ほど考えることとして、早速ですが、採集を始めましょう」


 なんともムカつくドヤ顔を見せつけながら落ちていったクロベーが、ジト目を向ける二人の視界から消えていったところで、真名が立ち上がる。


 アリアへ手を貸して立ち上がらせると、二人の後方、鬱蒼と茂る森の中へ歩みを進めていく。


「事前に調べた情報によると、このエリアにモンスターは出現しないそうですわ」


「MPの残量が心許ないので、それはありがたいですね」


「とりあえず、杖となる原木を精査するのは当然として、あとは〝黄金リンゴ〟も発見したいところですわね」


 先に軽く触れたが、杖を作製する際に使用される原木には、種類によってさまざまな特色がある。


 種類によって大まかな傾向が決まっており、ローレルであれば火属性と、オークであれば雷属性と親和性が高い。ここで言うオークはカシの木を指している。何とも紛らわしい。


 僧侶であるアリアと相性の良い木はオリーブやホーリーなどが挙げられ、自然と今回の狙い目はそのあたりになる。


 もう一つの方、真名が欲しがっている黄金リンゴとは、食べるだけでステータスが上昇するアイテムの一つである。


 非常に高性能な分入手難度も相応に高く、しかも入手できるクエストはこのクエストを含めても三つしかない。


 この広い土地で人数分を確保するのは至難の業であり、これを巡ってパーティメンバー同士がガチで殴り合いを始めたという話も少なくない。お陰でこの黄金リンゴ、友情破壊アイテムとして〝禁断の果実〟などという不名誉な二つ名で呼ばれている。これがクエストの不人気に拍車をかけているといっても過言ではない。


 当然、真名も喧嘩をしてまでこのアイテムが欲しいわけではない。人数分の入手などははじめから期待していないし、一つならばアリアへ、二つ発見できればその場で食べてしまおうと考えていた。割と黒い考えをお持ちなお嬢様であった。


「とはいえ、黄金リンゴは二の次ですわ。まずは確実に、アリアさんに相応しい原木を採集したいですわね」


「望めば望むだけ、運に左右されるアイテムは入手しづらくなるという話ですので、期待はしないでおきましょう」


 物欲センサーの恐ろしさを、前もってクロベーから語られていた二人。言われたとおり、たいして期待していない風を装う。ただ、そんなにそわそわしていたら何の意味もないと思う。


 まずは近場から順に探していくことにしたようで、真名が正面を見据えたまま立ち止まる。少しの間をおいてスキルを発動させると、真名の目が黄色のエフェクトを放つ。


 つい昨日覚えたばかりの職業スキル〝トレジャー・サーチ〟だ。


 シーフといえば、やはり宝を探してなんぼであろう。それを体現したかのようなスキルであるトレジャー・サーチは、マップ内に存在する高価なアイテムの位置を教えてくれる効果がある。


 正確には、スキル発動中に視認した範囲内のアイテムを光らせることで、隠されたアイテムの場所を知らせてくれるのだ。ダンジョンのような狭い場所であれば、ピンポイントでアイテムの場所を把握することが可能になるという、怪盗の名に恥じないスキルである。


 これを応用すれば、有用な素材の入手にも役立つと思った真名。決して覚えたてのスキルを使用してみたかったわけではない。


 しかし、この考えが裏目に出た。


「め、目があああああ!!」


「真名さん!?どうなさったんですか!?」


 スキル越しに見た世界、それは全てが黄金色に輝く理想郷の風景であった。話に伝え聞かされる限りであれば、黄金の国という存在は夢があって素晴らしいと思う。だが実際目の当たりにしてみると、ただただ目に優しくない悪趣味な風景でしかない。


 夢を一つ壊されてまた一つ大人になった真名ではあるが、その目に負ったダメージは尋常ではない。慌てて駆け寄ったアリアの黒い髪も赤い唇も、すべて潰れて真っ白にしか見えていないのだ。


「だ、大丈夫ですか!?」


「目がチカチカしますわ……一瞬、本気で失明を心配致しました」


 あくまでトレジャー・サーチは、隠されたアイテムを発見するアイテムである。覚えたてな上にレベルの低い状態では、ランクに応じた調整などもなく、見渡す限りが採集アイテムといっても過言ではないこの森では、四方八方がきらきらと光りまくってしまうのだ。


 どいつもこいつもぶっつけ本番で泣きを見た一日になりつつあるが、真名の身体を張った検証により、トレジャー・サーチは普段使い厳禁と相成った。


 しかし不幸中の幸いというべきか、目的のアイテムを発見することに成功していた。


「うぅ……まだ視界が金色に輝いていますわね……普通の木の実すら、全部黄金リンゴに見えますもの……」


「……私の目にも、金色に輝く果実の姿が見えますね……」


「アリアさんもですか……これは、早めに切り上げることも視野に入れなければなりませんわね……」


「あの、私はシーフのスキルなど使用できないのですが……」


「……え?」


 二人が同時に顔を見合わせる。両目をこすり、再び金色の実を確認して、もう一度お互いを見た。


「黄金リンゴ、ですね……」


「しかも、複数の実が生っておりますわね」


 ここから確認できるだけで、三つの実が生っている。いや、奥にも実が生っているから、最低でも四つだ。


 クロベーであれば、まず間違いなくバグを疑っているだろう。もしくは何かしらの罠を警戒しているはずだ。三回チャレンジして一つも手に入らなかったなどという話すら聞くレアアイテムが、開始数分で複数、しかも一か所から入手できるなど、一体どれだけのリアルラックを持っていれば遭遇できるのだろうか。


 疑心暗鬼を通り越して、むしろ採集を戸惑う状況。他のプレイヤーであれば即スクリーンショットをサイトに載せ、本日のトレンドを飾ること請け合いだ。そんな一大事件を目の当たりとした二人はというと。


「日頃の行いですわね。あるいは、予期せぬ不幸に襲われたわたくしへの見舞品でしょうか」


「恐らく、興味のない風を装った演技が功を奏したのではないでしょうか」


「それですわ!では、遠慮なくいただくとしましょう」


「はい」


 何ともマイペースな解釈をしながら、写真の一つも取らずに淡々と採集を始めていた。注目されることに慣れている真名と、注目されたくないアリアには、このサプライズへの思い入れなど全くないようだ。


 精々が二人の思い出、クロベーへの話のタネ程度にしかならないらしい。


 こうして、長いノア史において最初で最後となる〝黄金リンゴ確変事件〟は、正史へ刻まれることなく闇に葬られた。





 二人が森に入って三十分は経っただろうか。


 あの後、更にもう一つ黄金リンゴを見つけ、計五個にも及ぶ大収穫を終えた真名とアリアは、本来の目的である杖の素材探しを始めていた。


 特定の樹木を捜索するうえで有利となる職業も存在するのだが、残念ながら二人はシーフと僧侶。スキルによる捜索は断念せざるを得なかった。


 そのため、予め調べておいた葉の形状や幹の色などを参考に、森に生える木々をくまなく観察していく。開始十分で及第点となる木の発見に成功していたが、時間の許す限りは他の木も探そうということになった。


 そうしてさらに奥へと進んで行った二人だが、やはりそう何度もうまくはいかない。


 帰路や採集にかかる時間も考えるとそろそろ潮時かといったところで、アリアが一本の木を発見する。


 薄茶色の木々に囲まれて生える灰白色の木は、二人が求めていた木の特徴と一致していた。


 〝アッシュ・ホーリー〟。


 僧侶が使用する防御魔法と相性が良い杖を作製できる神樹である。


 両手を握り合い、飛び跳ねて喜んだ二人であったが、まずは採集を優先させようとインベントリを操作し、必要アイテムを取り出した。


 採集には各種道具とステータス、気合と運が必要だ。


 木の採集には専用アイテムである斧を使う。鉱石であればつるはしが必要であるし、宝石であれば蓑と金づちを用意しなければならない。


 先ほど採集した木の実や草花程度であれば素手でも採集できるが、他の素材はこれを使わないと破壊扱いとなり、入手する間もなく消えてしまうのだ。


 更に、アイテムの採集には一定の時間が必要となり、アイテムの硬度と道具のランクによってあらかじめ決められている。


 ただし、プレイヤーのステータスによってはこれを短縮できるのだ。鉱石や木々といった硬いアイテムにはSTRが、宝石といった精密さが必要なアイテムにはDEXが適用され、数値によって作業時間が前後する。


 中には一定のステータスを満たしていないと入手できないアイテムなどもあり、そういったアイテムは高ランクのアイテムを作成するうえで必須となっていく。


 アッシュ・ホ-リーを切り落とす時間は七分。真名のSTRを加算して、六分弱まで減らせるだろうか。


 とはいえ、木こりの真似事など普通の女子高生が上手くできるはずもない。運動音痴であるアリアの頑張っている姿がとても印象的であったものの、当初の時間である七分を少し過ぎたところで、灰白色の木は音を立てて倒れていった。


 現実であればこの後に加工なども行わなければならないが、ゲームであるノアはインベントリに仕舞ってしまえばよい。


 慣れない作業ながらも達成感を感じていた二人。額を流れる汗を拭いながら、反対の手でグータッチを交わした。


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