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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第三章 小人の祈りに想いを重せて
26/38

〝冒険譚〟

 ―――〝風船ヶ丘〟に、影が差した。


 常に雲一つない青空が広がるこのマップで、太陽が陰ることなどありえない。更に付け加えれば、平原に吹き荒れる強風も異常事態である。


 自重が軽いバルーン・フィッシュが多数生息しているのだ。毎度強い風が吹いていては残らずどこかへ飛んで行ってしまう。


 そういった構造上の理由も加味したうえで、バルーン・フィッシュ達は穏やかな気候が続くこの丘を選んでいるのだ。過酷な空の旅の末に見つけた安住の地。穏やかな風と暖かな陽気に恵まれたモンスター達はここへ棲みつき、緩やかに生態系へと溶け込んでいった。


 そうして根付いた一つの種族は、いつしかその地へ己の名を刻むほどに浸透していき、風船ヶ丘はバルーン・フィッシュの楽園となった。

 

 この異常事態を齎している、ただ一つの例外を除いて。


 生態系を語るうえで、これは当たり前な話だろう。特定のモンスターが生息する丘があるのならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 バルーン・フィッシュの天敵。捕食者にして、風船ヶ丘における生態系の頂点が。



 空を見上げた三人の上空を、巨大な影がよぎる。ゆっくりと通り過ぎていく円形――否、球形の巨体は、バルーン・エッグが群生する断崖へ向かってゆっくりと降下していく。直径数十メートルはあろうかという巨体は、近くを通り過ぎるだけで爆発的な暴風を生み出す。


「あっ……」


「アリア!!」


「アリアさん!!」


 突如襲いかかる突風にアリアが身体を浮かせた。あわやそのままいずこかへといったところで、真名、クロベーの順で覆いかぶさる。押し倒される形になった女子二人ではあるが、特に文句は上がらない。どうやら身体の大きいクロベーが良い風よけになっているようで、これ幸いと楽をさせてもらっているようだ。


 一方の風よけはというと、右手に真名、左手にアリアを抱き込むようにしながら、必死の形相で全身に踏ん張りをきかせる。暴風が吹き荒れる中、オークが持つお腹のクッションを楽しんでいる守護対象二人をよそに、猛威を振るう風へ一人大真面目に立ち向かっていた。


 暫くして、平原に太陽の光が戻った。少しの間をおいて風も勢いを失ったところで、三人はゆっくりと立ち上がる。


「二人とも、無事か?」


「はい……ありがとうございます」


「思いのほか快適でしたわ。ありがとうございます」


「よくわかんねえけど、無事なら良かった」


 一時期爆発的な流行を生み出したのちに発売禁止となった、〝二度と立ち上がることができなくなるソファー〟に通ずるものを感じた二人。図らずとも思いは一致したようで、次の休日には部屋のクッションを買い替えようと誓っていた。


 無意識に動く生身の肉体が揃ってスケジュール帳を取り出しながらも、アバターは黒い影が向かった断崖へ向かう。眼下に目標を眺めた三人は、宙へ浮かぶ島のような巨体を前に表情をこわばらせた。


 青々とした木々の繁茂するこの浮島こそが、三人の目的とするアイテムが入手できる場所であり、採集クエストである〝風船ヶ丘の風船配り〟におけるボーナスステージなのだ。



〝エアシップ・クラーケン〟



 陸地に打ち上げられた巨大なイカがバルーン・フィッシュを捕食した結果、空を飛んで生きていくことになってしまったというモンスターである。そんな馬鹿なと思われるだろうが、ノアのモンスターデータは時々こういうぶっ飛んだ設定をぶち込んでくる。


 バルーン・フィッシュが生み出したガスを体内に溜め込んで浮かぶため、定期的にこれを捕食しようと風船ヶ丘へやってくる。巨大な身体に見合う量を捕食しようとするため、このモンスターが飛来するとバルーン・フィッシュは激減してしまう。それでも卵を守るため果敢に立ち向かっていくのだから、親の愛はかくも強いものなのかと思い知らされる。


 一定の時間ここへとどまり捕食を行ったエアシップ・クラーケンは、食事が終わるとどこへともなくぷかぷかと飛んで行ってしまう。バルーン・フィッシュと違い具体的な生息地が定まっていないこのモンスターは、燃料補給のこの瞬間にしか出会うことができない。


 必然的にその素材も珍しいものが多くなり、討伐した際に得られる素材は高値で取引され、とある施設を作るうえで必須なアイテムもレアドロップする。


 とはいえ、三人の目的はそれではない。そのアイテムを得ようとすれば討伐は必至となるのだ。島と見まごうほどの巨体を誇るモンスターを相手に、ニュービーに毛が生えた三人組が敵うはずもない。いくらギリギリを責めがちな真名とはいえ、さすがにそこは理解していた。


 クロベー達の目的は、エアシップ・クラーケンの上部分。島のような外見の一助を担っている木々の採集である。


 空を漂いながら何千年と生きているからか、丸い身体の上部には土が堆積し、風に運ばれてきた花や木の種が芽吹いては生い茂っている。気まぐれに各地を飛び回るお陰で、様々な地域の草木が雑多に生え、特殊な生態系が育まれているのだ。


 中には序盤では決して手に入らないようなアイテムもある。何より、珍しい木々を素材にすればより強力な杖を生産できる。素材によっては向き不向きがあるが、序盤のクエストをこなすうえではまず困らないだろう。


 どうでも良いがこのモンスター、バルーン・フィッシュ同様身体が丸く膨らんでいるため、どう見ても空飛ぶタコだ。名前がエアシップのくせに、見た目は完全に気球だし。



 そんな空タコの姿を確認したクロベー。切れ味抜群の三白眼をさらに鋭くさせながら、両隣に立つ仲間へ声をかける。


「来たな……それにしても、思ってたよりデカいな」


「それよりも、想定していた以上に遠くへ浮いておりますわね。わたくしならばまだ余裕はありますが、お二人となると、小柄なアリアさんならばなんとか、といったところでしょうか」


 崖下へと降りていった空タコではあるが、その巨体故にさほど低い位置まで下っていない。高低差で言えば十メートル弱といったところだろうか。島に生える木々をクッションに飛び込めば、まず即死はしないだろう。


 そのかわり、横の距離が絶妙に際どかった。こちらも同様に十メートル弱の距離を保ってはいるが、かなり勢いよく助走を行わないと届かないように見える。果たして、運動神経が退化しているレベルといっても過言ではないアリアに、十分な助走を取る体力は存在するのだろうか。


 クロベーはどうなのかって?挑戦するまでもないわ。オークの跳躍力なんぞ死にステータスと同義である。


「ま、俺は留守番だあな。落下死する未来しか見えねえ」


「そうしてくださいまし。ではアリアさん、参りましょう……アリアさん?」


 向かって右側、真名からはすぐさま返事が返されたものの、左側に立つアリアからは返事がない。


 どうしたものかと顔を向ける二人の前で、アリアは杖を握り締めながら俯いていた。


「あ、アリア、どうした?高いところは苦手だったか?」


 言った後で、これは違うだろうと思うクロベー。先ほどまで崖下へ視線を向けながら、真名へ指示や魔法を飛ばしていたのだ。無理をしているようには見えなかったし、ここへ来るまでにそういった自己申告もなかった。まずありえない。


 わかってはいるものの、他にどう声をかければ良いのかがわからなかったのだ。若干あたふたし始めるクロベーの横で、真名はじっとアリアを見つめていた。


 真逆の反応を見せる二人を前にして、アリアはふっと肩の力を抜いた。そのまま顔を上げると、少しだけ言いづらそうに口を開いた。


「わ、私も……流石に、この距離を飛ぶのは不可能です」


「アリアさんであれば、わたくしがフォローすれば不可能な距離ではありませんわよ?」


「いえ、先ほども述べたように、苦手意識はそうそう払拭できるものではないのです。最悪の場合、落下の恐怖でショック死するやもしれません」


「お、おう。じゃあ無理はしない方が良いな」


「はい。今回は残念ですが、いずれ機会があれば、挑戦したいと思います。つきましては、モンスターがモブを引き付けている間に戻りましょう。私のためにこれ以上、お二人が苦労する必要はありませんので」


 彼女らしからぬ早口から語られた言葉の数々に、これまた珍しく退去を催促するような物言い。クエスト時には鳴りを潜めていた消極的な思考が突如まろび出たところで、クロベーも訝し気な視線を向ける。


 まるで、これ以上この場所にはいたくないように映る彼女の態度に、釈然としないものを感じてしまう。それでも本人が無理だというのであれば、彼女からの提案を蔑ろにするわけにはいかないかと考える。


 少々尻すぼみな冒険の終わりを迎えることになるが、そういうこともあるだろうと首肯を返そうとしたところで、真名がアリアへ言葉を刺した。


「いつか。いずれ。そのうち。どれもこれも、やらないものの言い訳でしかありませんのよ」


 真っ直ぐに向けられた視線をうけて、アリアがたじろぐ。敵意こそ感じられないものの、無機物で作られた眼球が放つ目力は相当強い。


「真名?」


 珍しい事象が立て続けに起こっているせいか、クロベーがまたしても慌てだす。お前テンパってばっかだな。


 そうは言うものの、彼の反応も致し方あるまい。少年漫画の影響を多分に受けているお嬢様ではあるが、他者に無茶を強要するような真似はしないと思っていたのだ。


 クロベーに対しては割と辛辣な面も見え隠れしているが、あくまでそれは彼がうじうじと優柔不断な態度を取っていたからに他ならない。出会ってからまだ日は浅いものの、クロベーは彼女のそういった優しさに救われてきたのだ。


 そんな彼女が、アリアを煽るような言葉を投げかけたのだ。こういった状況に慣れていない彼はおぶおぶするしかないのである。


「アリアさんは不可能だと仰いましたが、わたくしにはそうは思えません。そして、恐らくアリアさん自身もそうお考えなのではないでしょうか」


「……買い被りです。私のことは、私が一番理解しています」


 言葉とは裏腹に、アリアの言葉は震えている。俯く様は何かを堪えているようだが、果たしてそれは、無遠慮な真名の物言いに対する怒りなのか、それとも別の何かなのか。


「そうでしょうか? アリアさんは詩的な表現を好んでお使いになりますが、是は是、非は非とはっきり仰る方だと感じられましたわ」


 そう語る自身もまた断定的な物言いを用いながら言葉を重ねる。傍から見れば、気の強い少女が内向的な幼女を糾弾している絵面以外のなにものでもないが、第三者であるクロベーはおろおろするばかり。女子間特有のぎすぎすした空気に入り込めず、かといって止めに入るタイミングもわかっていないようだ。


「そんなアリアさんが、いずれなどという曖昧な言葉をお使いになられたのです。これは、あくまでわたくしの想像ではありますが、アリアさんは、予め物事への判断に線引きを行っているのではありませんか?」


「それは……」


「そして、判断がつかない……いえ、明確に不可能だと判断が下せない場合と言い換えましょう。心が揺れる選択を迫られた際には、一切を不可能と断じ、排してきたのではないかと感じられたのです」


 自己の可能性を否定し、自らを客観的に俯瞰し、己の限界値をあらかじめ設定しておく。そこに自身の感情を持ち込まずに物事を判断していく。


 それ自体は決して悪いことではない。何事も為せば成るとはいかないのが世の常だ。できないことはできないし、無茶をしたところで良い結果が齎されるとは限らないのだから。現に、浮暮波は中学時代に一度それで痛い目を見ている。


 そうした経験から生まれた自己判断を否定するつもりは真名にもない。


「……おっしゃる通りです。それらしい衣装を着ることはできる。それらしい世界を歩くことはできる。それらしい呪文を唱えることはできる。でも、それ以上のことはできない。私は私を、そう思っています」


 静かにアリアは語る。空気になりつつあるクロベーはシチュエーションも相まって、崖の上に追い詰められた犯人の自供シーンみたいだななどと他人事のように考えていた。


「己を知る、とても大切なことだと思いますわ。それらがアリアさんの心を殺し、あまつさえ諦める言い訳に用いられている点を鑑みなければ、ですが」


 クロベーは先刻、真名の言い分を彼女らしくないと感じていた。事実、普段の彼女であればここまで挑戦的な言葉は用いない。


 気の強い性格をしているお嬢様ではあるが、いたづらに人の心をかき回すような真似はしない。さらに言えば、無茶と無謀を見極める観察眼も持ち合わせている。ゆえに、彼女は確信していたのだ。


 アリアはクロベー同様、諦めてしまっているのだと。


「アリアさんにお聞きしますわ。貴女の心に引かれたその線は、自分で引いたものですか。それとも、自分を取り巻く環境に影響を受けた赤の他人(自分)が引いたものですか」


 人は諦めを知って大人になっていくという言葉もある。確かに正しいだろう。ただ我儘を言うだけでは、いつまでたっても子供のままだ。


 しかし、諦観が自身の思いを押さえつける枷となっているならば話は別だ。そんな人間は大人でも何でもない。


「今の自分にはできないと確信をもっておっしゃるのであれば、今後、できるように自分を変えていけば良いと思います。ただし」


 アリアをまっすぐに見据えたまま、毅然と言い放つ。語られる言葉は強く、優しく響いた。


「自分にはできないのだと言い聞かせる先入観に囚われているのであれば、他人事のように宣う言葉などは捨ててしまいなさい」


 正直この件に関しては、クロベーの目が節穴であったという他ない。


 アリアに対しても、真名に対しても。


「浮暮波さん、今一度お聞きしますわ」


 真名は真名らしく、あくまで彼女の思うままに言葉を投げかけただけである。皮肉交じりに相手を傷つけたいわけではなく、アリアの胸の奥に隠された本音へ語りかけたのだ。


 クロベーの時もそうだったが、真名は自分を卑下する態度には毅然と接する。無用な我慢など、彼女の前では必要ない。何より、共に戦う仲間である以上、自分に遠慮をしてほしくなかったのである。


「貴女のお言葉は、本当にご自身の本心なのですか?それとも、己を客観的に理解した気になって縛っている、自分だと思い込んだ何者かのお言葉ですか?」


 再び向けられた問いかけに、アリアもまた真っ直ぐに言葉を返す。前髪に隠された大きな瞳は、隠されていて全く見えない。


「……私は、自己分析には長けているつもりです」


 穏やかな風に揺られながら、さらりさらりと流れる御髪は、日の光を反射して艶やかに輝く。


「私は、内向的で、人と話すのは苦手で……それでも、興味のある話題には我を忘れて没頭してしまいがちで……何より、自分に自信がありません」


 フルフルと震える肩の動きに合わせて、顔を覆う髪の毛もゆらりゆらりと滑らかに動く。


「ですので、できないことはできないと割り切って、冷静に距離を置くことができるのです。無理をして、後悔をしないように……」


 真名とクロベーを見上げるように向けられていた顔から、はらりはらりと前髪が後ろへと流れていく。肩の震えは大きくなり、唇へ、声へ、身体へと伝播していく。


「でも……それでも!諦めたくない私もいて!距離を置いても後ろ髪を引かれる私がいて!やらなくて、ずっと後悔している私が、消えないんです……」


 少しずつ露になっていく瞳の中に、濡羽色とは趣を異にした輝きがきらりと光る。深い青を湛えた瞳に輝く雫は、宝石のように美しい。


「こんな私は私じゃない、こんな諦めの悪い私なんて、いらないって思っていたのです……」


 諦観を覚え、押し付けられ、受け入れてきた少女。


 感受性を育む時期に抑圧されたジレンマは、到底一人で抱えきれるものではなかったのかもしれない。恐らくこの場でなくとも、いずれはどこかで限界を迎えていたのではなかろうか。


「……私は、諦めなくてもいいのでしょうか?」


 我慢の限界をこの場で迎えたアリアは、果たして不幸なのか、幸福なのか。


 緞帳のような前髪はすっかり開かれて、現れたのは年相応の表情を浮かべて泣きじゃくる、小学生くらいに見える一人の少女であった。


「やりたいことを諦めなくても、欲しいものを欲しても、いたい場所から逃げなくても、良いのでしょうか……」


「……それを貴女が心から望むのであれば、それこそが浮暮波さんの意思ですわ。だれが何を言おうとも、胸を張ってくださいな」


 外見年齢の幼さを気にかけなかったクロベー達も、彼女へ向ける感情が少しだけ変わっていくのを感じていた。


 同時に感じた。彼女が今持っている感情は、流す涙は。彼女がこのくらいの年頃に流したかったものなのだと。


 少し時間はかかってしまったかもしれない。それでも、決して遅くはない。


 きっかけは確かに自分が作った。であれば、責任を取って彼女の選択を幸福なものへとしなければならないだろう。


 紀久淑 茉奈。まさかの同性に対する母性が発現である。


「……正直、怖いです。これもまた、私の偽らざる感情ではあります」


 泣きじゃくっていたアリアであるが、頬を伝う涙に気づいてそれを拭う。


 現実であればハンカチの一つは用意していただろうが、あいにく装備でいっぱいいっぱいな連中にそんなものを用意する余裕はない。


 現実世界の肉体達はしっかりハンカチを用意しているようだが、前髪を寄せて浮暮波の涙を拭おうとしている紀久淑の手が、浮暮波の手に叩き落とされていた。因みにどちらも無意識である。


 二度三度と同じ行動を繰り返しているようだが、浮暮波はどんだけ顔を出すのが嫌なんだよ。アバターの方は今フルオープンだぞ。


「それでも……もし私にもできることがあるのならば、私も冒険がしたいです。胸を躍らせるような冒険譚の登場人物……その一端にでもかまわないので、触れてみたいのです」


 決意を新たに言い切ったアリア。


 であればそれに応えるのが、クロベーであり、真名である。


 特にクロベーなどは、アリアへ親近感を覚えてやまないようだ。


「俺もさ、こうやって自分がノアをまともにプレイできるなんて思ってなかったんだわ」


「……そうなのですか?慣れたご様子でしたので、そうは思いませんでした」


 目を丸くするアリアに苦笑するクロベー。本当に〝黒豚〟への噂を知らないんだなと感心してしまったようだ。


「さっきも話した通り、俺のアバターの扱いは相当酷いもんでさ。それが影響して周りからはいない者扱いだし、話しかけてもけんもほろろ。割とお先真っ暗だったんだ。そんな中でも幸運なことに、真名が一緒にクエストを受けてくれたんだ」


「なるほど……それは楽しかったのでしょうね」


「それが散々だったんだわ。真名は勝手に突っ走るし、そのまま落とし穴に落っこちるしでな」


「あら、偉そうに語るクロベーも、戦闘時には全く役に立ちませんでしたわね。ぐちぐちと悩んでいた挙句、勝手に死んでしまいましたし」


 やれやれとばかりに語るクロベーに物申すとばかりに、口をとがらせながら割り込む真名。


 お互いに上げ足を取りまくりの言いたい放題ではあるが、表情は楽しそうに笑っている。まるで過ぎた馬鹿話を語るようで、悪い気はしていないようだ。


「それでも、一番思い出に残っているのは、二人でボス部屋の扉を開けた時なんだ。死にながらボスを倒した時でも、戦いの後にしたグータッチでもなくてな」


「わたくしもそうですわね」


「その時に思ったんだ。ああ、きっと、冒険ってああいうのを言うんだろうなって」


「……とても素敵な話ですね」


 にっこりと微笑んでいるアリア。冒険譚という言葉に前向きな意見を持ち合わせているようで、こちらもとても楽しそうである。


 多少なりとも羨む色こそ見せるものの、かといって嫉妬しているわけではないのだろう。


 だからこそだろう。クロベーもまた笑顔のままにアリアへと向き直った。


「そんな素敵な話を、お前とも作れたらいいなって俺は思う」


「私と、ですか…?」


 急な話題転換に、アリアが目を瞬かせた。大きな瞳にはきょとんと字が書いてあるように見える。


 理解できていない様子を感じたクロベーは一度真名と目を合わせる。真名も意図は察したのか、こくりと頷くとアリアへ向き直る。


 表情は笑顔のままに、クロベーと真名はアリアへと手を差し伸べる。


「おう。一人より二人。二人より三人だ。仲間と突き進む冒険譚、そっちの方が楽しいんだぜ?」


 ほんのちょっぴりではあるが、先輩冒険者として。そして何より、仲間として。


 まだ見ぬ未知への冒険譚を、とびっきりの時間を彼女と共有したいという思いを込めて。


「共に参りましょう。ご安心くださいな。足りないところを補ってこそ、仲間ですわ」


「そうだな、浮暮波がどうしても一歩を踏み出せないときは、俺たちが後押ししてやるよ。一緒に行けるようにな」


 初めての冒険へ赴く一人の少女へ、ワクワクとドキドキを共有しようと、声をかけたのだった。


「……はい。よろしくお願いいたします。()()()()()()()()()()

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