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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第三章 小人の祈りに想いを重せて
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 風船ヶ丘の攻防

「……申し訳ございません」


 暫くして。知的好奇心の暴走が収まり我に返ったアリアが、深々と頭を下げる。謝り倒しはどうかとさんざん言ってきたが、これに関しては謝って正解だと思う。


 危うく我を忘れて身も心も化け物になりかけたクロベーだったが、そのお陰で何とか人に戻れたようだ。


「言い訳にしか聞こえないとは思いますが……その、会話で他者とコミュニケーションを取れたのが久しく、柄にもなくはしゃいでしまいました」


「あれがアリアのはしゃぎ方なんだな……」


「何というか、アリアさんの独壇場でしたわね……」


「お恥ずかしいところをお見せしました……ですが、ズベン・エス・カマリは喋ってはくれませんので」


「どうでも良いお話ですが、名前だけお聞きしても何を飼っていらっしゃるのか想像できませんわね」


「そもそもペットの名前だとは思わないよな」


 しょんぼりするアリアに、顔を見合わせて苦笑する。二人とも、彼女を責める気はないようだ。


 久し振りの会話でよくわからないテンションになる気持ちはよくわかる。他人とのコミュニケーションに飢えていたのは、クロベー達も同じだったのだから。


 特にクロベーなどは、ここ数日間で感情のアップダウンが激しすぎたせいもあり、完全にお前が言うな状態だった。


「いや、俺の方こそ強く言い過ぎた。内容はどうあれ楽しんでくれているならばいいさ……もう少し手加減してくれればな」


 だからだろうか、アリアのこれもまた個性だと前向きに受け止めたクロベーは、これを拒絶はしなかった。真名も同様だろう、にこりと微笑んでいる。


 アリアは暫し瞠目した後に、くすっと笑う。


「わかりました……では、エクス・マキナの排泄器がどのようになっているのかは、紀久淑さんと二人の時に聞くとします」


「おう、そうしてくれ。でも、手加減って矛先を変えるって意味じゃなかったと思うんだけどな」


「お、教えませんわよ!というか知りませんし、調べたこともありませんし!」


 なんもわかってないじゃねえかこの妖怪黒マントは。なに微苦笑浮かべながら、仕方がないのでここは私が融通を利かせますみたいな雰囲気出してんだよ。


 全く解決していない気もするが、一応は話に一段落がついたところで、クロベーが咳ばらいを一つ。それにあわせて真名とアリアも立ち上がり、クロベーの見つめる先、断崖へと顔を向けた。


「じゃあ、そろそろクエストに戻ろう。アリアも体調はバッチりみたいだしな」





 諸々の準備を終えて、真名とアリアが断崖絶壁に立つ。表情は真剣そのものだ。


 高所が齎す言い知れぬ不安からか、アリアは息をのみ、そのままチラと隣に立つ真名へ目を向けた。使えそうな足場や、目標である卵の束を真剣に物色する彼女の腰には、太くて丈夫そうなロープが巻かれている。


 そのまま視線を後ろに向けると、数メートルを置いてクロベーが待機。彼の足元は数十センチほどの深さで横一文字に掘り起こされており、その縁に左足を添えて突っ張るような姿勢をとっている。手には、真名に結びつけられたロープの一端が握られていた。


 クロベーと目で頷きあったアリアが再び真名へと顔を戻すと、彼女も準備は万端とばかりにアリアへ告げた。


「では、アリアさん。守りはお任せいたしますわ」


「はい、必ず、お守りいたします」


「信じております……では、参りますわ」


「ご武運を……」


 アリアの言葉に頷くと、真名は宙へ身を躍らせる。はた目から見る分には、完全にバンジージャンプのそれだ。


 周囲の光景がどんどん後ろに流れていく。身体にぶつかる空気の壁を重力の槍が貫きながら、小柄な少女を下へと突き進ませる。壁面スレスレを落ちていく真名は、速度を増していく光景に物怖じせず、目標から目を離さない。


 チャンスは一瞬。幸いなことに、機械人形である彼女の眼球は乾燥とは無縁なため、風圧で目を瞑る必要はない。であれば、怖気にかまけて目を閉じている場合ではない。そう己を奮い立たせての高速落下だ。


 やがて、十数メートル先の壁面に目当ての卵を目視する。


「はぁっ!」


 ここだとばかりに動き出した真名は、落下速度にあわせるよう崖に足をつけて走り出す。はじめは踏み出すタイミングが合わずにつんのめったものの、持ち前の体幹の良さを駆使して、壁面を駆け下りていく。下る勢いを殺し過ぎないようにしながら、風に流されてズレた標準を修正するように右へ向かった。


 目標の真正面に進路を取り、彼我の距離が十メートルを切ろうといったところで、今度は身体を斜め後ろへ傾け、両足の踵で急制動をかける。同時に、足裏と背中にあるバーニアを展開、逆噴射を始めた。


 がりがりと足元が削られていくのと同時に、真名のHPも目減りしていく。


 そのまま卵の群生地へ辿り着くと身体を起こし、飛び込むような勢いでそれらを両手で抱え込んだ。柔らかい糸への突進ゆえにダメージこそないものの、急停止による衝撃だけはどうしようもない。真名の小さな身体がガクンと揺れるが、絶対に離すものかと卵を束ねる糸へしがみつく。


 同時に、壁面からバキリという音が鳴る。落下速度と真名の重さが加わったボディアタックを受けて、貼り付けられた壁の一部ごと卵が剥がれ落ちたのだ。


「やはり、勢いを完全には殺しきれませんわね」


 真名の両脚は壁面から離れてしまっている。両手は卵を抱えているため、壁にしがみつくこともできない。


 絶体絶命。あとは自由落下を待つばかりなはずの真名は、崖の上にいる仲間へと目を向けた。


 それを確認したアリアが、クロベーへ声をかけながら杖を掲げる。


「……掴みました」


「あいよぉ!!おらあああ!!」


 合図を受けて、クロベーが全身に力を入れる。遊びを持たせていたロープを突っ張らせながら、両足を力いっぱい踏ん張った。


 ()()()()()()()()()


 バルーン・エッグを採集するうえで最大の懸念事項が、バルーン・フィッシュの存在だ。崖を登るにしても降りるにしても、一定時間が経過すると必ずポップするシステムな以上、これへの対処を怠るわけにはいかない。


 個々の戦闘能力は大したことがないものの、崖に張り付いているプレイヤーへ集団で襲いかかる習性は驚異の一言である。


 これを迎撃できる遠距離攻撃を持っているのは真名しかいないが、こういった軽業を行えるのも彼女しかいない。


 二つに一つだがしかし、復路のことを考えれば前者を切り捨てるしかない。いくらエネルギー・ボルトがあるとはいえ、残弾は限られている。そもそもエネルギー・ボルトは範囲攻撃に分類されるため、プレイヤーへ群がるモンスターだけを狙い撃ちできるようにはなっていないのだ。


 それを受けたクロベー達が考えたのは、アイテム回収を真名に任せたうえで〝いかに往路を最速で済ませられるか〟であった。


 行きは崖を下るのではなく、自由落下に任せた最速で最短のコースを落ちていく。勢いそのままにアイテムをゲットしたところで、今度は腰に縛り付けたロープを引っ張る。命綱のようにこれを用いることで、真名の落下を防ごうというのだ。


 確かにこれならば、崖を這って下るよりも遥かに早い。その後速やかに登攀へと移行できれば、バルーン・フィッシュと相対する時間も短くなる。


 とはいえ、金属の塊であるエクス・マキナの落下を止めるのは一筋縄ではいかない。いや、こんな方法は定石でも何でもないのだが。


 足場の確保もかねて予め掘っておいた溝を使い踏ん張るも、クロベーの黒い巨体がガリガリと轍を作りながら崖下へと引きずり込まれていく。


 当初の予定よりも勢いを殺せていないと気づいた真名も、手早く卵をインベントリにしまい、崖の横をすべるように減速させていく。


「ちくしょう、やっぱ溝じゃなくて埋まっとくべきだったか!?」


 ()()()のために却下された案を思い起こすも、既に後の祭りである。あと、お前はそれで良いのか。絵面的に。


 焦るクロベーが何かないかと辺りを見回す。平原、草、花、土、迫りくるのは断崖絶壁。焦燥と恐怖に視野は狭まり、思考が加速していく。


 それらを振り切りながら無理矢理視界を広げたことが功を奏したのか。崖まであと数メートルのところで、良いものを見つけた。


「うるあああ!!」


 先ほどの休憩中に、真名が腰かけていた岩だ。それを目がけて駆けだすと、僅かながらロープに遊びが生まれる。それを利用してコース変更、勢いそのまま岩の前まで駆け込むと、渾身の力を込めて足蹴にした。


 そのまま岩をつっかえにして、地引網漁よろしく引き上げる。必死になっているからだろうか、顔が超恐い。


「どっせええい!」


 足の裏とはいえ、岩へ激突したことに変わりはない、クロベーのHPも減っていく。


 しかし、その衝撃と踏ん張りが功を奏したのか、漸く落下の勢いは止まった。


 合わせて崖下からふぎゅっという声が聞こえたが、腹に巻いたロープを引っ張りゃそらそうなるわとは言わないでおこう。良い子は生身で真似をしないでほしい。



 何はともあれ、往路の作戦は成功である。





 一方の真名。右手で手ごろな出っ張りに捕まりながら、左手で腰をさすっていた。当然痛みはないが、生身の名残とでもいうべきか、ある種の条件反射である。


「慣性の法則がこうも牙をむくとは……漫画のようには、うまくいきませんわね」


 言いながら、インベントリからポーションを取り出して口にする。アリアの回復魔法は自分に効果がないので、回復はあくまで自分で行わなければならない。


「運が良いことに、途中でさらに二束ほど卵を確保できましたわ。あとは、これを無事に持ち帰るだけですわね」


 そう呟いたところで、真名の頭上に、丸い球体が六つほど群がる。


 図ったようなタイミングでポップしたバルーン・フィッシュの群れだ。瞳は敵意でギラギラと輝いており、今にも飛びかかってきそうな雰囲気を醸し出している。どうやら見逃してもらえそうにはない。


「さっそくお出ましですわね……」


 HPの全快を確認してから、真名はロープを二、三度引っ張る。そのままアリアへ目配せをしたところで、崖に沿うように大きく跳躍した。


 ほぼ垂直に切り出されている絶壁を、僅かな岩の凹凸を利用して登っていく真名。その後ろ姿を追いかけるように、バルーン・フィッシュが迫る。我が子を奪われた親との鬼ごっこの幕開けだ。


「回復が終了したようです……今、登り始めました」


 場面は登り、こちらは崖の上。真名が崖を飛び跳ねながら登ってくる姿を視認したアリアが、クロベーへ報告を行いながら杖を構え直す。


 ここから先は二人の活躍にかかっている。真名の安全を確保しつつ、いかに早く登ってこれるか。それは二人の頑張り次第だ。


「おう。こっちも合図があった。ってなわけで、行ってくるわ」


「無理はなさらないでください」


「アリアも、真名のことを守ってやってくれ」


 アリアのねぎらいに答えながら、クロベーは崖に背を向けて屈みこむ。


 そのままクラウチング・スタートの構えを取ると、自らを鼓舞するように声を張り上げた。


「第一レーン、クロベー、いっきまああす!!」


 叫び声をその場に残して、崖から遠ざかるように駆け出す。


 真名と同じく、腰にロープを巻き付けながら。


 当然、そのロープは真名に結びつけられたものと繋がっている。クロベーが前進するにつれて、ロープもまた追いかけるように崖下から地上へ伸びていく。その先に括られている、崖の下の真名を巻き込みながら。


 何もこれは、クロベーがトチ狂ったわけではない。つまり、往路でブレーキとして利用したロープを、復路では引き上げる方向で再利用しているのだ。


 このクエストを受注するにあたって購入した、〝これで安心!冒険者セット初級編~今ならロープが三倍キャンペーン~〟が役に立った。


 しかし、状況といい、使用するアイテムといい、ティリア遺跡の焼き回しだなコレ。作戦が聞いてあきれるわ。



 当然、真名も引き上げられるのをじっと待っているわけではない。人間離れした身体能力を駆使して、縦横無尽に壁を踏破していく。


 アリアの眼下では、今まさに崖を駆け上がる真名が、時に飛び跳ね、時に壁を這いずりながらバルーン・フィッシュの突進を躱していた。


 その姿は、よく言えばスポーツクライミングの選手のようであり、悪く言えば家庭内害虫のようであった。


「右に一メートルです」


「わかりました、わっ」


 アリアの指示で、バルーン・フィッシュの攻撃を躱す。刹那、それまでいた場所へバルーン・フィッシュの丸い身体が追突する。それを一顧だにせず、再び真名は駆け上がる。


「ロープの遊びがなくなります」


「了解です、っ!!」


 答えながら掴んだ岩が、ガラリと音を立てて剥がれ落ちる。


 すわそのまま落下かと思われたところで、腰に巻かれたロープがピンと張られる。身体を引っ張られる感覚を感じた真名は、その勢いを利用して壁を蹴り、さらに上へと大きく跳躍する。


「一度止まってください」


「無茶をおっしゃりますわねっ!」


 文句を言いながらもアリアの指示に従い、進行方向へ先回りするように突進を仕掛けてきた一体を、登る手足を止めてやり過ごす。そのまま壁に激突した個体を足場にして、崖上まで進んでいく。


 ここで、バルーン・フィッシュの一体が大きくその身を浮かばせる。


 狙う先は、崖の縁から指示を飛ばすアリア……ではなく、真名とクロベーを繋いでいるロープであった。やはりというべきかまたしてもというべきか、ここでも遺跡の再現かと顔を顰める真名であったが、表情を変えたのは一瞬。焦る様子は全くない。


 迫りくる他の五体を相手に、これまで以上に大きな動作で回避へ専念する真名。頭上では今まさに、バルーン・フィッシュの鋭い背びれがロープへと迫っていた。


 当たれば切断は必至。文字通りの命綱を断たれては、真名の命もまた危険にさらされることとなろう。


 前回同様、二人でクエストを受けていたのであれば。


「神の護りよ、理不尽に奪われる尊き命へ、遍く庇護を与え給え。〝ディバイン・ウォール!!〟」


 バルーン・フィッシュとロープのあいだに、透明の膜が展開される。それに激突したバルーン・フィッシュは、背びれを大きく損傷させて落ちていく。倒してはいないだろうが、どうやら衝撃によって状態異常〝スタン〟を起こしたようだ。


 文字通り動けなくなったバルーン・フィッシュは、そのまま地面へと激突。エフェクトを散らして消えていった。



 〝ディバイン・ウォール〟。



 神の祝福を顕現させる防御魔法の一つであり、対象を物理攻撃から守ってくれる守護の壁である。僧侶のみが扱えるこの魔法は、障壁が持つ耐久値の分だけ物理的なダメージを肩代わりしてくれる。


 レベルの低いうちは強力な一撃を防ぐことはできず、展開できるのも一回に一枚であるが、いずれは強力な障壁を複数展開できるようにもなる。定点設置ゆえに読みが重要になるが、上手く嵌れば戦況を覆すと言っても過言ではない、補助職の花形ともいえる魔法である。


 アリアのレベルが低いため、バルーン・フィッシュの一撃を受けた障壁は砕けてしまう。しかし、この魔法最大の利点はそこではない。設置できる範囲がとても広いのだ。


 乱戦状態にある味方の前に張れる障壁だ。その有効範囲は、術者を中心とした半径五十メートルにも及ぶ。今回魔法を発現した位置は二十メートルほど離れた崖下だが、この程度の距離であれば、ピンポイントで障壁を張る程度は造作もない。


 リキャストタイムがそれほど長くないのも売りの一つではあるが、今回のような集団戦で連続してロープを狙われては、リキャストタイムを軽減させるようなアイテムを持っていない今のアリアでは間に合わない。



 だが、今回はそれで良かった。アリアの真の目的は、バルーン・フィッシュのターゲットを自分に変えさせることだったからだ。


 落ちていく仲間の姿を見たバルーン・フィッシュ達は、今度こそターゲットをアリアに変える。一体が撃破されたことで、真名からアリアにヘイトが移されたのだ。


 周囲を囲うモンスターがいなくなったことで、真名の登攀スピードは目に見えて上がる。しかしそれでも、空を舞うバルーン・フィッシュの方が何倍も速かった。


 たいして間を置かずに、五体のモンスターがアリアへ殺到する。勢いの乗った突進が迫るも、ディバイン・ウォールのリキャスト・タイムが終わっていないアリアに打てる手はない。


 クロベーが囲まれていた時よりも多くのモンスターに囲まれているのだ、運動音痴すら裸足で逃げだすプレイヤー・スキルしか持たない非戦闘職に何ができよう。これまた絶体絶命である。


 呆然と立ち尽くしているようにしか見えないアリア。しかし、実際のところはそうではなかった。彼女には、こちらに迫る大きな足音が聞こえていた。すなわち、


「うるああああっ!!」


 こちらへと戻ってきたクロベーが、自分を守ってくれると理解していたのだ。


 先ほど、崖の反対側へと元気よく駆け出して行ったクロベーだったが、何も彼は、どこまでも駆け抜けていったわけではない。平野となっているこの一帯に、唯一屹立する巨大な木を目がけて全力ダッシュをしていたのだ。


 オークらしからぬ速度でその木へ辿り着いたクロベーは、速度を落とさぬままに大きく迂回。その幹にロープが引っかかるようカーブを描き切ると、シャトルランよろしく取って返したのだ。


 当然だ、いくら指示出しがメインだとは言え、いつまでもヒーラーをソロにしておくはずがない。


 駆け付けた勢いを乗せたウォーハンマーの一撃が、アリアへ突撃中の一体と正面衝突する。カウンター気味に攻撃を受けた個体はそのまま身体をポリゴンへと変えた。


 まさかの一撃必殺に、殴ったクロベーが一番驚いていた。バルーンフィッシュの耐久は大したことはないが、それでも三発は殴らないと倒せなかったのだ。この数十分の間に自身のステータスが劇的な成長を遂げたのかとも思ったが、そんなはずはないだろうとかぶりを振る。


 彼が不思議に思うのも仕方はない。なぜなら此度のスマッシュは、諸々の攻撃ボーナスが発生して起こった、いわば奇跡の一打だったのだ。決して彼が強くなったわけではない。


「叩き潰されたい奴からかかってきな。それとも、吹っ飛ばされる方がお好みか?」


 決して慢心はしないものの、気分が良いのは変わらない。ここぞとばかりに強キャラロールプレイを挟みだすクロベーは、アリアを背に庇いながら啖呵を切る。


 背後に隠れるアリアの更に後ろには、先ほど足蹴にした岩が鎮座している。クロベーの腰ほどの高さがあるそれは、アリアの小柄な体躯をすっぽりと覆っていた。これならば、バルーン・フィッシュもおいそれとは近づけないだろう。


 それでも初期の戦闘A.Iは、ヘイト値の高いアリアへの突進を敢行した。力強いひれの動きに推進力を得た一撃は、進路に立ちふさがるクロベーを巻き込んでアリアへ迫る。


 こちらへと迫る魚群を見て、クロベーは残酷な笑みをニヤリと浮かべた。


 自分ごとアリアへと迫る突撃とはつまり、巨大なボールが決まったコースで飛んでくるということだ。そんなものは、バッティングセンターでビーチボールが飛んでくるのと変わらない。なにそれ恐い。


「やっべえ、これ超気持ちいい!!アリアもやってみるか?」


「いえ……遠慮しておきます」


「そっか!!んじゃ俺が貰っちまうぞ!」


 タイミングを見計らい、迫るモンスターを順番にノックよろしく打ち出すクロベー。とはいえ、言うは易く行うは難し。


「危ねえ!!」


「あ、ありがとうございます……」


「おう、気にすんなブフゥッ!!」


四方八方から飛んでくる弾を全球ホームランとはいかず、スイングが遅れた球からアリアを庇うシーンも見られるようになっていく。庇えば当然デッドボールだ。


 当たり前だが進塁などというルールはないので、ダメージ引継ぎのままマウンドに立ち続ける。


「神の癒しよ、わが導きに従い、希う者へ祝福と恩寵を与え給え。〝ディバイン・ヒール!!〟」


「サンキュ、っらあ!!」


 合間合間に突進を受けてはいるが、受けたダメージはアリアが癒す。しかし、回復魔法のリキャストタイムは防御魔法ほど短くない。次の回復が間に合うのかは微妙なところである。


 仮に間に合ったとしても、今度はアリアのリソースに不安が残る。


「にしても、キリがねえなコレ!倒しきるころにはアリアのMP切れちまう!」


 クロベーもそれは理解しているのか、声に若干焦りが見える。アリアもリキャストが終わるのをじっと待っているように見えるが、杖を握る手に力がこもっていた。


 それでもやるしかないと己を奮い立たせ、クロベーがこちらに迫る一体へハンマーを振り下ろす。五体のうち二体目を叩き伏せ、残りは三体。敵のHPはまだまだ十分。


 長期戦の覚悟を決めたクロベー達だったが、頼もしい仲間の声が届けられた。


「お二人とも、伏せてくださいまし」


 声を聴いたクロベーは、アリアを抱えて岩陰に飛び込む。ただその場に伏せるよりも、遮蔽物に隠れた方が良いと判断したのだろう。


 腕の中へ抱え込まれたアリアは一瞬身体を強張らせるものの、意図を理解して緊張を解く。自身の運動神経では伏せる暇もなかったであろうとは、こうして岩場に身を潜めるまで微動だにできなかった事実が証明している。


 刹那、紫光の奔流が場を染め上げる。幾度となくこれを目にしているクロベーではあるが、毎度派手な光をまき散らすエフェクトにはいまだ慣れない。初見のアリアなど、髪の毛越しに目を見開いていた。


 ややあって、全てが塵に帰した空間の向こう側に目を向ける二人。視線の先には当然というべきか、真名が両手を掲げてこちらを見ていた。


 全身に走る継ぎ目から漏れる赤橙色の輝きがゆっくりと収まっていき、展開した両耳も元の形へと変形していく。立ち昇る蒸気も収まったところで、右手で後ろ髪をかき上げた。


 語るまでもないだろうが、アリアがヘイトを自分へと集めた理由はこれにあった。バルーン・フィッシュがアリアに殺到し、クロベーがこちらに追い付く。


 そのまま二人で数を減らしつつ時間を稼いでいる間に、真名が無事に崖を登りきる。あとは群がるバルーン・フィッシュへ最高火力の一撃、すなわちエネルギー・ボルトを叩き込んでこれを一掃する。


 一事が万事、作戦通り。


「ナイスタイミング」


「クロベーさんも、とっさの判断は流石ですわ」


 クロベーが笑顔を浮かべ、座り込んだまま真名へ拳を伸ばす。それに真名がグータッチをしたところで、今度は真名がアリアに拳を向ける。


「これは……?」


「わたくし達の間で行われる、いわばねぎらいの様なものですわ。的確な誘導と、障壁魔法、本当に助かりましたわ」


「……いえ、こちらこそ、先の一撃に救われました」


 真名の言うとおり、今回のクエストはアリアがいなければ受注することはなかっただろう。


 それ以上に嬉しい誤算だったのは、アリアが想定していたよりも優秀なプレイヤーであったことだ。的確な指示、寸分たがわぬタイミングで飛んでくる魔法。


 何より、敵に囲まれても恐慌をきたさない胆力は流石の一言だった。いくらゲームだとはいえ、化け物がこちらに迫ってくれば少なからず恐怖を覚える。クロベーがすぐ近くまで来ていることを理解していたとしても、普通であれば逃げ出すなどのリアクションを返してもおかしくはないだろう。


 とてもではないが、今目の前でおっかなびっくり真名と拳を合わせている妖怪黒マントと同一人物だとは思えない。


 ちらりと真名の顔を眺め、恥ずかしそうに顔を俯かせたところで、アリアに影が差す。物理的に。


 具体的にはクロベーが立ち上がった。右手をグーの形にしながら。


「俺からも、アリアがいなけりゃ失敗してた。回復魔法、ありがとう」


「……身を挺して守ってくださったからこそです」


 恐る恐るグータッチ。絵面だけ見れば、小柄な妖怪と粗暴なオークが心を通わせるハートフルなシーンだ。ハートフルって何だろう。


 とはいえここで一段落。たった三人のパーティでこのクエストをクリアしたのだ、達成感もひとしおだろう。


「本当に、ありがとうございます……」


 囁くように届けられた呟きに、二人も笑顔で応えた。





 ―――弛緩した空気が三人の間に流れるも、まだ冒険は終わらない。


 突如、穏やな春の陽気に包まれていた平原へ突風が吹き荒れる。舞い上がる風の勢いを前に、三人は踏ん張るのがやっとといった様子だ。


 そのなかでも辛うじて目を開けていたクロベー。不明瞭な視界に映し出されたのは、だんだんと陰っていく草原の景色だった。


 風の勢いにようやく慣れた真名とアリアも、周囲の変化に気づいて顔を上げる。見上げる三人の上空では、まるで島のように巨大な丸い影が、太陽を喰らう月のごとく陽光を遮っていた。

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