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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第三章 小人の祈りに想いを重せて
24/38

〝浮暮波 凛〟

 クロベーが、手に持つ得物を一閃させる。


 横一文字に薙ぎ払われた一撃を受けて、身体の軽い敵モンスターは中空に身を躍らせた。


 ダメージは甚大。それでもまずはバク転の要領で身を翻し、慣性に従って跳んでいく自身の身体を制御する。手痛い反撃を受けたモンスターは、己に攻撃を加えた黒い化け物を忌々しげに睨んだ。


 そのまま空へ浮いたままクロベーを確認したところで、背後から敵の声が届けられる。己が目を向ける怪物とは違う、涼やかに響く女の声だ。


「わたくしを、お忘れですわよ」


 振り向く間もなく、鋭いナイフの一閃が、ボールのような形をした胴を奔る。


 断末魔の声を上げる暇すら与えぬまま、モンスターは煌めくエフェクトに姿を変えていった。


「ナイス真名!……っと」


 敵を撃破した仲間へ声をかけたクロベーに、残りのモンスターが殺到した。幸い、相手の動きはさほど早くはない。動きを先読みして対処するクロベーが、連撃をうまく潜り抜けていく。


 そのうちの一体をフルスイングで真名へ打ち込んだまでは良かったが、別のモンスターが放つ体当たりを脇腹へ受ける。いくら動きが鈍いとはいえ、クロベーも俊敏なわけではない。さすがに、多勢に無勢の戦況は芳しくないようだ。何より、()()()()()()()()()()()()が彼に苦戦を強いていた。


 〝バルーン・フィッシュ〟。


 広い海を文字通り飛び出して、どこまでも続く青い空へ泳ぎ出した世にも珍しい魚類モンスターである。名前の由来通りに空を舞う魚達は、生息域を空へと変えたことでエラ呼吸を捨てた。代わりに発達したのが、皮下を覆うように作り出された浮き袋である。


 その中へ溜め込まれた酸素は呼吸時に使用されるだけではなく、体内の毒素と反応させることで特殊なガスを産み出す。酸素よりも軽いそれを体内で膨らませているお陰で、この魚は浮力を得ているのだ。


 浮き袋の発達にあわせて体組織も大幅に変容し、外観はボールのように膨らみ、推進力を生み出すひれは大きく発達した。外見通り、普段は風任せに風船ヶ丘付近を漂いながら、エサが通るのをゆっくりと待っている。丸い球体が風に揺られてふわふわと空を舞う姿から、この名前が付けられたようだ。


 また、個体によってさまざまな色分けがなされており、数体の群れを成して空を泳ぐ様はとてもコミカルに映る。遠目に眺めて写真を撮るプレイヤーも一定数存在し、抜けるような青空とカラフルな風船のコントラストを楽しんでいるようだ。


 しかし、見た目によらず非常に攻撃的で、ひとたび進行方向に別の生き物を見つければ、それを目がけて集団で襲いかかってくる。


 速度の乗った体当たりは勿論のこと、巨大なひれを用いた攻撃は侮れない。何より、今まさにクロベーが直面しているように、空中から飛来してくる相手への対処は多くのプレイヤーを苦しめるだろう。


 時間をかければ何とか対処できなくもないだろうが、攻撃を受けるタンクも、空の敵にも攻撃ができるマジックユーザーもいないパーティでは苦戦は必至である。


 クロベー達も最初のうちは、バラバラに動いていたモンスターを各個撃破することで対処していた。しかし、これまでの戦闘を受けたモンスターのA・Iが、戦法を変えてきたのだ。


 真名はバルーン・フィッシュの攻撃を躱し続けている。その隙をついて、クロベーが一体ずつを孤立させていき、真名がとどめを刺す。六体いたモンスターのうち三体がこの方法で撃破された。


 ならば、攻撃の当たらない相手ではなく、動きの鈍いクロベーを集中攻撃で倒してしまおうと判断したわけだ。少し離れた位置に立っているアリアを狙う個体もいるが、彼女へ迫ろうとすればクロベーが立ち塞がる。


 わざわざ攻撃へ当たりにきてくれるクロベーをモンスターが見逃すはずもなく、バルーン・フィッシュの体当たりはクロベーに殺到した。さすがに集団からの全方位攻撃への対処は難しいらしく、少しずつクロベーのHPが減少していく。後ろにいるアリアを庇いながらでは、オークらしからぬスタイリッシュな回避も意味をなさないようだ。


 昨日までの彼らであれば、この時点で真名も乱戦地帯に飛び込んでいただろう。敵味方入り乱れる混戦に活路を見出さなければ、先に進めなかったのだから。



 ただし、それも過去の話だ。


「神の癒しよ、わが導きに従い、(こいねが)う者へ祝福と恩寵を与え給え。〝ディバイン・ヒール!!〟」


 ここで三人目が動く。バルーン・フィッシュの視点では全く動きを見せなかった、黒い化け物の後ろに立っていただけだった小人族。さしたる脅威とも思えなかった小さな敵が呪文の詠唱を終える。


 直後、前に立つクロベーの足元に水色の魔法陣が浮かび上がった。


 バルーン・フィッシュの見つめる先、立ち上る淡い燐光が黒い身体を包み込んだと思いきや、クロベーのHPが見る見るうちに回復していく。数秒と経たず、彼のHPは満タンとなった。


 ここで、それまで棒立ちであったアリアの動きを目の当たりとした戦闘用A・Iが、モンスター達の動きを止めてしまう。回復職という新たな脅威を前に、再演算を始めてしまったのだ。


 致命的なラグ。当然、この隙を見逃すクロベーではない。


「ホームランの男!クロベエエエエ!!」


 自身を取り囲んでいた三体全てを巻き込んで、渾身のフルスイングを見舞う。猛威を振るう竜巻のような一撃は、身体の軽いバルーン・フィッシュを残らず吹き飛ばす。


 飛んでいく先には、鈍色に輝くナイフを逆手に構えた真名が待ち受けていた。


「ナイスコントロール、ですわ」


 疾走。一体目をすれ違いざまに撫で斬り、勢いそのまま独楽のように一回転。回転の力を殺さぬようにするりと二体目の横をすり抜け、最後の一体へと迫っていく。体勢を立て直せなかった先の二体が真名の姿を視認したときには、最後の一体も彼女に切り伏せられていた。


 一瞬の交錯。間をおいて、こと切れた順から花が散るように姿をポリゴンへと変えていくモンスター達。一方の真名は、振り向いて残心。撃破を確認すると左手で後ろ髪をかき上げる。


 奔放にして可憐。ひらひらと舞うように戦う姿は、一枚の花弁が風に揺れる様に似ていた。





「お疲れ。アリアも助かった。ありがとう」


「お疲れ様ですわ。やはり、アリアさんがいらっしゃるだけでだいぶ楽になりますわね」


「きょ、恐縮です……」


 初の戦闘を終えて。思いのほかスムーズに戦いを終えられた三人はねぎらいの言葉をかけあう。特に戦闘職の二人は、アリアへの称賛が止まらなかった。


 さもありなん。昨日までの二人であれば、この戦闘で最低でもポーションを三本は使用していただろう。それが回復職の魔法一回で済んだのだから、功労者であるアリアにはいくら感謝してもし足りない。


 それに、そういった二人の背景を抜きにしても、アリアは優秀だった。


 戦闘時の判断力と行動は早く、魔法の詠唱は的確。無駄な魔法を使用することもなく、リソースの管理もできる。更には偶然なのか、回復に必要なステータスは軒並みミニゲームであげられていた。初期のレベルでこれだけの数値があれば、問題なく回復職として運用できるほどに。


 何より、一度の呪文で得られる回復上限ジャストで飛んでくる魔法のタイミングの良さは、周りをよく見ていることに他ならない。いくらクロベーに守られていたとはいえ、目まぐるしく変化していく戦況を網羅するのは一筋縄ではいかないだろう。


 そのうえリキャストの計算を()()でできるともなれば、彼女の職業適正は二人を凌ぐかもしれない。


「では、目的地へと参りましょう」


 真名が促して、一行は歩き始める。なだらかな上り坂になっている道を進む三人の足取りは軽く、先ほどの戦闘による手応えも手伝ってか、行軍も速度を増していく。


 やがて十分ほど経ったところで、目的であるアイテムの群生地へとたどり着いた。


 三人が見下ろす先には、垂直に切り立った崖がある。その断面のあちこちに、丸くて白い花束のようなものが風に揺られていた。三人が受けたクエストのキーアイテムであり、風船ヶ丘でのみ入手できる特産品だ。



 Fランク採集クエスト〝風船ヶ丘の風船配り〟。



 断崖に張り付くように産み落とされて――否、産み浮いている〝バルーン・エッグ〟を、十個一セットで納品するクエストだ。名前から想像できるように、このアイテムは先ほど倒したバルーン・フィッシュの卵である。


 外敵から卵を守るために、バルーン・フィッシュは崖で卵を産む。その際、敵に卵を奪われないよう、更には浮いてしまう卵が風で飛ばされてしまわないよう、伸縮性のある糸を生成して壁面と卵へ張りつけ、浮かばせるのだ。


 数十個の卵が束になって壁面から浮かぶ姿は、レジャー施設で配られる風船が丸ごと引っかかっているように見える。クエスト名はそれにちなんでいるのだろう。


 このクエストの攻略方法は二つに一つ。


 上から降りるか、下から昇るかだ。


 前者の場合、万が一足を踏み外しでもしたら床のシミまでノンストップだという危険が伴う。さらに、クロベーのように自重が重く、かつ鈍重なアバターではこういう軽業じみた芸当は致命的に向いていない。


 ロープを括りつけてゆっくり下ろしていくという手もあるが、そうするとどこからともなくバルーン・フィッシュが飛んでくる素敵仕様だ。


 後者に至っては、フリークライミング中にバルーン・フィッシュが飛んでくるうえに、落ちてしまえばこちらも崖下へ真っ逆さまである。


 ならばどうするか。某攻略サイトによると、遠距離武器や魔法による各個撃破をパーティで行いながら、足が軽くて身軽なプレイヤーがダッシュで取りに行く。帰りは空を飛ぶ。らしい。ナメとんのか攻略サイト。


 全くもって実用的ではない攻略法だが、これに挑むプレイヤーは大体が似たような手段を用いている。とはいえ、軽業芸を得意としているのも、唯一の遠距離兵装を取得しているのも真名一人しかいないクロベー達は、どのようにこれを攻略していくのだろうか。


 崖の上を目指していたということは、上から攻略していくのだろう。歩きながら作戦を話しあっていたようだし、決して場当たり的に挑むわけではないらしい。どうやら、数回のクエストを経て前準備の大切さに気づけたようだ。


 周囲の状況を確認しつつ、心なしかドヤ顔で必要になるアイテムを取り出そうとしたクロベー。インベントリを操作しようと手元へ視線を落としたところで、足元に倒れこんでいる黒い毛玉に気づいた。言うまでもなくアリアなのだが、どうも様子がおかしい。


「ぜひー……カヒュッ」


「えー……」


 生まれたてのヤマアラシが高山病と過呼吸を同時に起こしたような惨状を見て、開いた口がふさがらないクロベー。すわ何が起こったと慌てるものの、アリアの頭上に状態異常のアイコンは見られない。


 考えられる原因は一つ。というか、そうそうお目にかかれない現象である。


 アリアは、アバターなのにバテていた。


「も、申し、訳、ござっ、ざいい……ふう……」


「せめて言い切れ」


 一応、ノアにも〝疲労〟という状態異常は存在する。しかし、プレイヤーへかかる負担は自重の増加とリキャストの遅延。その二つだけだ。アバターがフルマラソンを三セットほど走らされた人みたいになるデバフなんぞ存在しない。


 何より、アバターはあくまで仮想空間での肉体でしかない。病気は勿論、体調不良や疲労などするはずがないのである。


 それでもアリアが陸地に打ち上げられたザトウクジラのようになっているのは、ただただ浮暮波に問題があるだけだった。


「よ、幼少期から、ずっと本を読んで過ごしてきたので……運動という行為へ触れるだけで、もはや条件反射的に拒絶反応を起こしてしまうのです……」


「苦手と呼ぶのもおこがましいレベルですわね」


「運動って……十分くらい歩いただけだぞ」


 崖下の観察を行っていた真名も、パーティメンバーの異変に気づいて戻ってきた。本気で心配していたにもかかわらず返されたあんまりなカミングアウトに、登下校時はどうしているのだろうかと場違いな疑問が頭をよぎる二人。


 アリアの言葉の通り、彼女を襲う疲労感の原因は、行き過ぎた思い込みによるノセボ効果にあった。


 国営とはいえ本来であれば、このような弊害が起こったゲームは即日回収の憂き目にあってもおかしくない。


 それでもそのような動きがみられない理由は、彼女以外に同様の症状を訴えるプレイヤーがいなかったためである。


 アリアのように運動が苦手なプレイヤーにも、若干の疲労感を訴えるプレイヤーはいた。しかし、慣れない並列思考が齎す倦怠感の範疇に収まっており、次第に消えていく程度の違和感でしかなかったのだ。少なくともアリアのような、素人が無理矢理トライアスロンに挑戦したような状態となったプレイヤーはいない。どんだけ思い込みが激しいんだ。



 そもそもここでいう思い込みは、〝もう一人の自分(セカンド・サイド)〟を運用するうえでプラスに作用するはずなのである。


 クロベーのアバターであるオークは太っている。当然運動に適した外見はしていないが、クロベーはこれを用いて俊敏かつ軽快な戦闘を繰り広げている。見ているこちらは大爆笑だ。


 実際クロベーもアバターの動きを鈍く感じてはいるが、無駄なく鍛え上げられた生身の感覚を参考に、割と自在に操っているのだ。


 真名も、アバターが生身の何倍も重いエクス・マキナであるにもかかわらず、クロベー以上にアクロバティックな動きをしている。彼女に至っては、生身以上どころか人間には不可能な軌道を描いている場合も多い。


 生身に近い動きをするアバター。生身には不可能なパフォーマンスを見せるアバター。真逆の効果を齎しているように思える二人の運用を可能にしているのが、イメージであり、思い込みなのだ。


 乱暴な言い方をしてしまえば、()()()()()()()()()()。ステータスが反映する範囲内ではあるが、アバターのパーソナリティを逸脱しない範囲であれば、プレイヤーに不可能はなくなるのである。


 クロベーの場合、生身の感覚でアバターを動かせば、ある程度は自由が利く。


 真名の場合は、彼女のイメージがアバターに反映され、異次元の機動を可能とさせる。


 アリアの場合はクロベーの逆であり、生身を操る浮暮波のイメージに引っ張られて、アバターが不自由を強いられているのだ。


「仰る通り……坂道を数分歩く程度の動作においても、自分の動けない姿がありありと目に浮かぶのです……」


「お、おう……なんか、ホントにごめんな?アリアは頑張ってるもんな」


 申し訳なさからなのかいたたまれなくなったのか、ねぎらうような優しい口調で謝罪するクロベー。言葉を選び過ぎて挙動不審になり始めた。


 彼の心配はもっともではあるが、所詮はイメージの問題でしかない。先にも述べたとおり、慣れてくればアリアも疲労感を感じなくなるだろう。


「深層心理に刻まれた苦手意識が染みついて離れず……今や、現実世界の肉体までも不調をきたしております……」


「マジか。マジだ。顔青っ」


「呪いか何かですの?」


 ……うん、たぶん大丈夫だと思う。そう信じている。


 どうやらこれが、アリアの言う〝足手纏い〟の理由なのだろう。ことある毎にバテていては、クエストも何もあるまい。


 宣言通り無様を晒したアリアは、地べたに座り込んだままうつむいている。


「足を引っ張ってしまい、本当に申し訳ございません……不要であれば、ここでパーティを解散して頂いても」


 構いません。そう続けようとしたところで、真名が言葉を遮る。


「得手不得手はどなたでもございますわ。時間もまだありますし、少し休憩に致しましょう」


「おう、その間に作戦会議だ。なんたって、この先はアリアの力が不可欠だしな」


 言いながら、近くにある岩に腰掛ける。クロベーもその場にドカッと腰を下ろした。どうやら二人には、アリアを置いていくという選択はないらしい。


 目を丸くするアリア。自ずと疑問が口から洩れそうになるも、その気配を敏感に察知したクロベーが機先を制した。


「それにしても、よく俺達の誘いに乗ってくれたな」


「……はい?」


「いや、〝黒豚〟って呼び方は知らないかもしれないけど、やっぱオークってだけで嫌がる女子は多いからさ」


 アリア視点で見ると、なぜ自分をパーティに置いてくれているのかが分かっていないらしい。しかし、クロベーからすれば、パーティにアリアがいてくれることの方が疑問なのである。


 伊達に女子不人気ナンバーワン種族をやっていない。峯村や紀久淑をはじめとした一部を除き、大体の女生徒はすれ違うだけで半歩は離れていくのだ。お陰で、ここ数日で朝のシャワーが日課となったクロベーだ。


「……種族としてのオークには、普段読む本の中でも触れております。確かに人類の、ひいては女性の敵として描かれることの多い種族ではありますが……生物としての生存本能に従った結果である以上、情状酌量の余地もあると思いますから」


 一方、問われたアリアの方はそんなことかといわんばかりに答える。普段からさまざまな物語に触れている浮暮波は、種の保存のために人を襲うモンスターに思うところはないらしい。むしろ、私利私欲のままに暴虐の限りを尽くす人間の方が、醜いし恐ろしいと思っているクチだ。絶賛拗らせ中である。


「あくまで読み手の視点に立った話ではありますが……読み物として考えれば、種として絶対的に相容れない存在は、凄惨な現実と懲悪のカタルシスを生むうえで、とても優れた舞台装置でもあると思うのです……」


「確かに、展開としては倒した後の爽快感もひとしおですわね」


 アリアの考えに真名も同意を示す。勧善懲悪のヒーローものが好きなお嬢様はうんうんと頷いていらっしゃるが、倒されるサイドのクロベーは、どの立場で話を聞いていれば良いのか困惑気味だ。人間サイドで聞け。心までオークになるんじゃない。


「なにより……忌み嫌われる点は内面的な性質、いわば生態であると考えるのであれば、人間が扮するオークを嫌悪は致しません」


「外見も相当だろ。どう贔屓目に見ても異世界の化け物だ」


「上辺だけで人を判断するなと、教えられてきておりますので」


 相変わらず自虐的にさせたらめんどくさいクロベーが余計な一言を付け足すも、きっぱりと言い放つアリア。その言葉は、自身が受けた境遇によるものなのかもしれない。彼女らしからぬ力強い物言いであった。


 言葉を受けたクロベーは勿論、真名も心に響くものがあったようで、しみじみと言葉を漏らす。


「とても素晴らしい教えですわ」


「ああ。親の教えってのは、やっぱり偉大なんだな」


「いえ、親の教えではありません。主に書物からの教えです……」


 微妙な間が流れる。


 さしあたっては、センシティブな話題に触れてしまったかとクロベーがテンパりだす。支離滅裂ながらも、平身低頭で言葉を組み立てていく。


「あ、あの、その、申し訳ないです。ご家族の話題へ無神経に踏み込んでしまい、本当にどうお詫びすればよいのやら」


「?両親は、共に健在ですよ。家庭環境も円満です」


「……へ?」


 ゆるゆると顔を上げたクロベー。視界に映るのは、コテンと首をかしげる謝罪対象だ。全くもって事態を把握していないようで、急に謝られても困りますと顔に書いてあった。


 またしても謎の沈黙が広がる中、思ったことがそのまま口からまろびでましたとばかりに真名が呟く。


「何だったんですの、今の意味深な間は」


「あの、仰る意味がよくわからないですが……」


「いや、今のは変に勘ぐった俺が悪いわ、申し訳ない」


「はあ……」


 今まで他人とコミュニケーションを取ってこなかった弊害だろうか、ここでもどこかズレた感性を持つアリア。


 とはいえ、今回は悪い方へ解釈したクロベーに問題があろう。だんだんと謝罪が癖になっている昨今。謝らないのも良くはないが、謝罪ばかりしているとどんどん薄っぺらくなっていくぞ。色々と。マジで。


「申し訳ございません……今までは、本とまりもだけが友達だったものでして」


「意外な趣味だなおい」


 言ってる傍から、今度はアリアも頭を下げ始める。場を支配した沈黙を受けて、過去に教室で話を振られた時の光景がフラッシュバックしたようだ。


 学級会の際に意見を求められた彼女が、場を和ませようとウェットに富んだ発言を放った際、同様の静寂が教室を染め上げた。今日に至るまで、浮暮波 凛がクラスメイトと交わした最後の会話である。


 しかし、今はこうして相槌を打ってくれる仲間がいた。それが嬉しいのか、アリアにしては珍しく会話が弾んでいる。滅多にどころか、今まで誰にも語ったことのない身の上話などを始めた。


「水さえ与えておけば微動だにしないあたりに、親近感を覚えまして……」


「確かに、静かに本を読んでいらっしゃる姿をよくお見受けしますわね」


 くすくすと楽しそうに同意を示してくれる真名の仕草が心地よいのか、アリアの口元にも微笑が浮かぶ。


「とはいえ、食事や用を足しに行くこともありますので……ズベン・エス・カマリとは違い、微動だにしないという訳ではありませんよ」


「ズベ……何?」


「ズベン・エス・カマリ。てんびん座β星とも呼ばれる恒星の事ですわね」


 聞き慣れない単語を受けて、クロベーが疑問の声を上げる。すかさず真名が補足を入れるいつもの流れを終えたところで、アリアが追記を述べる。


「真名さんの仰る通りです。そして、私の飼っているまりもの名前でもあります」


「「壮大」」





「こんな私ではありますが、ファンタジーの冒険に憧れもありました……それでも、体力のない私を受け入れてくださるパーティなどないと、諦めていたのです」


 浮暮波の顔色が戻る間、作戦会議などそっちのけで雑談をしていた三人。主に語られたのはアリアの、浮暮波凛の話だった。


 

 ―――彼女は、どこにでもいる内向的な少女であった。本を読むのが好きで、人と話すのがちょっと苦手なだけの、普通の女の子。


 きっかけは何だったのか。彼女自身もはっきりとは覚えていない。


 おどおどした彼女をからかう男子が怖かったのか。


 綺麗な肌に、髪に、容姿に嫉妬した女子に邪険にされたのだったか。


 ぼそぼそと話す彼女の声を疎ましく思う教師の叱責だったか。


 或いはすべてだったのか。


 ある日、彼女はすべてを拒絶した。


 男子が話しかけてこないように、不気味なまでに髪を伸ばした。


 女子の目に触れないように、前髪ですべてを隠した。


 教師に怒られないように、声を出さなかった。


 その結果。彼女の周りにあった煩わしいものは全てなくなった。残ったのは、本を読むのが好きで、人と話さない、普通じゃない見た目の女の子だった。


 寂しくはなかった。自らが不要だと断じたものだ。未練も、後悔もあるはずがない。ちょっとだけ静かになった周囲に、狭くなった世界に、満足していた。


 一人になった彼女は、より一層書物の世界へ没頭していった。幸い、時間はたくさんある。本の世界に浸る間は、自分は何にだってなれたし、どこにだって行けた。


 それでも、ふと思う時があった。一人を選んだのは自分なのに、自分の世界を狭めたのは、それを望んだのは自分なのに。


 どうして、こんなにも私は、広い世界を、数多の人々が織りなす物語(自由)を欲しているのだろうか。と。


 答えは出なかった。今こうして、無意識のままに口にするまでは。


 誰よりも驚いたのは、彼女自身だった。


 言葉にしてしまえばなんてことはなく。


 周囲が自身を避けようとも。


 自身が周囲を避けようとも。


 外見が様変わりしようとも。


 ―――彼女の内面はあの頃から変わらず、どこにでもいる、内向的な普通の少女だったのだ。



「それで勧誘を受けてくれたんだな……ありがとう」


「わたくしも、アリアさんと共に冒険へ赴けることを、とても喜ばしく思いますわ」


 深々と頭を下げる二人に、アリアは面食らう。ここへ来るまでに、諸々をチャラにするような失態を見せた。今もこうして足止めを喰らわせている。そんな自分へ、二人が頭を下げる理由がわからなかったのだ。


「……不要だとは、思わないのですか?」


「まさか、アリアさんには助けられてばかりですわ」


「そういうことだ。足りないもんだらけのパーティ、みんなで足並み揃えて頑張ろうぜ」


 ないものだらけの二人にとって、アリアの存在はとても心強かった。戦闘時の適正は文句なし、思い切りの良さと安定感は格段に増した。


 何より、魔法適正ゼロコンビのクロベー達は回復なんてできないのだ。しかも〝黒豚〟に思うところがなく、クロベーとも普通に接してくれるともなれば、アリア以外の選択肢などないと言っても過言ではない。


 それに。


「持ってないものを補ってこそ、パーティらしいからな」


 受け売りだけど、と付け加えながら、クロベーはニヤリと笑う。契約の成立を伝える悪魔のようなキャラデザインになっているが、本人は爽やかに笑いかけたつもりらしい。


「その通りですわ!」


 口の切れ込みをVの字にしながら、真名が胸を張る。お嬢様のドヤ顔頂きました、といったところだろうか。何とも表情豊かな機械人形である。


 そのやり取りを見たアリアは、口に手を当てて笑う。


 年相応の表情を浮かべた一人の少女は、数年ぶりに、声を上げて笑った。





「そういえば、一つお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか……?」


「おう。答えられることならば何でも答えるぞ」


 場所は変わらず崖の上。


 三人の心の距離が少しだけ近づいたのを受けてか、今度はアリアがクロベーに質問を投げる。どうでも良いが、お前らそろそろクエストに戻らなくて良いのか?現在時刻五時だぞ?


「それでは……やはりオークの男性器は、成人男性の二の腕ほどの大きさなのですか?」


「……はい?」


 クロベーは聞き返した。真名はフリーズした。アリアは興味津々とばかりに前のめりだ。


 またしても場が凍り付く。にもかかわらず、アリアは止まらない。二年前のあの時は、逃げるように保健室へと駆け込んだ。自分の発言が生み出した沈黙が怖くて仕方がなかった。


 それでも彼女は前に進む。もうあの時の弱い私ではない。保健室の枕を涙で濡らした自分は、もういないのだ。


「数多ある書物の中で……その、そういった描写が多数見受けられるので、実際はどうなっているのかなと……」


「いや、知らねえよそんなの……」


 一応羞恥心は機能しているのか、頬を赤らめながら聞き直すアリアに、困惑しながらも答えるクロベー。知りたくもないというのが正直な感想だろう。


「……オークに生まれておきながら、気にはならないのですか?」


「え、何でそんな信じらんないこいつ正気かよみたいな顔してんの?信じられないのも正気を疑うのもこっちの方だからね」


「失礼ですが、貴方の知的探求心は機能しておいでですか?」


「自身のソレを眺めることを知的探求心だと呼ぶならば、一生機能しないままで良いわ。そもそも、ノアはそういった機能は全部オミットされてるだろうが」


 高校生がプレイするゲームな以上、所謂年齢指定が必要となるような機能は搭載されていない。一般用サーバも同様だ。


 オークの股座に無用の長物は鎮座ましましてはいないし、他のプレイヤーにしても、付いていないし、空いていない。


「……なるほど。口ではそう言いつつも、既に確かめた後だったのですね」


「待てやコラ。どうしてそうなる」


「いえ、なんでもありませんよ……?」


「なんだその私は全部わかっていますよみたいな優しい表情は。お前意外と表情豊かだなおい。前髪のせいで気づかなかったわ」


「きっと、二人きりだった時は毎夜真名さんに襲いかからんと気を窺っていたのでしょうね。オークの本能のままに」


「ねえよ!!内面は人間のままだって話したろ!!そもそもノアはそういうことできるように作られてねえって言ってんだろ!!いやできたとしてもしねえけども!!念を押して!!念入りに否定しておくけれども!!」


「わ、わたくしの肢体をそのような眼で見ていらしたのですか!?」


「念入りに念を押した意味!!」


「無念、でしたね……」


「アリアァ!!」

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