対象
「仲間か……」
紀久淑の宣言と同時にチャイムが鳴り、仲間探しはまたしても始められなかった。
先の宣言時に浮かべたものとは一転、不完全燃焼なぐぬぬ顔をしながらも大人しく席に戻る紀久淑。その姿を見送りながら、黒部もまた肩透かしを食ったような気分になる。
その後はいつも通りの授業が始まり、真面目な紀久淑も教師の言葉に集中している。
ピンと伸ばされた背筋に、時折相槌を打つかのように振られる頭。それに合わせて揺れる金糸の髪は、白々しいまでに明るい教室灯の光を吸収し、柔らかい色合いへ変えては振りまいていく。
黒部の席からは見えないが、視線の先にいる教員が浮かべる居心地の悪そうな顔を見れば、彼女の状態を推し量ることは容易いことだ。
きっと今、彼女の頭にはパーティについて考えている余裕はない。であれば、今この時間を使って今後の動きを考えるのは自分が行うべきだ。それくらいは役に立たなければ。
黒部はそう思った。決して、眠気と退屈を紛らわせるための暇つぶし扱いなどではない。
大義名分を得た黒部が周囲を見回す。誰とも目が合わなかった。よそ見をするなと先生に怒られた。
それはそうだと反省してから、改めて控えめに周囲を観察する。これまで己に向けられた視線やリアクションを思い起こしたところで、ひとしきり憂鬱になった。
すわ負けてたまるかと奮起したものの、今度は別の理由で凹み始める。
「候補なんているんだったら、最初から苦労してないよなあ……」
まずはクラスの大多数を占める、〝黒豚〟へのネガティブイメージが邪魔をする。それはもう泰然と立ちはだかる。
何とかしたいと考えるものの、彼の存在は所謂〝生理的に無理〟という感覚に等しい以上、一朝一夕でこれを払拭するのは不可能に近い。
仮に何かしらのポジティブアピールを行ったとしても、ついて回るマイナス面が大きすぎて打開策の効果がなくなってしまう。
紀久淑茉奈というプラスの印象を持たせる存在すら、黒部のせいで諸共引きずり下ろしてしまうのだ。〝黒豚〟の持つネームバリューは伊達じゃない。
それならば、〝黒豚〟を悪し様に扱う者達。それらを目の敵とする者達を仲間に引き入れるのはどうだろうか。
オークへの好悪度をグラフにすると、総じて派手な外見をした目立つグループの方がマイナスは大きくなっている。流行に敏感なリア充は、イケてないオークが嫌いなのだ。
そして、そういったポジションにつく者ほど、自分等以外の面々から疎まれやすくなる。
であれば、そういったアンチリア充と呼ばれる層にこそ自分を売り込めば良いのではなかろうか。敵の敵は味方作戦である。
「……ダメだ、そうなると俺が黒豚なのがネックになる」
確かに、見た目で人を判断するタイプを嫌う人は、そういった外的要素を気にしないというスタンスを取っている。本心はどうあれ、外見なんて関係ないよー、大事なのは中身だよねっと言ってはばからない。
ここで言う中身が、果たして性格という模範的な回答なのか。それとも、能力や金銭といった具体的なステータスを指しての発言なのかはわからない。分かったところで実を結ばない。
残念なことに、黒部は中身も伴わないのである。
全国区と呼んでも差し支えないレベルで有名な〝黒豚〟という肩書き。オークという種族が与えるマイナスイメージが名を広める要因の一助となったことに間違いはないだろうが、もともとはクソ相性の称号、弱さの証明でもあるのだ。
オークという所謂脳筋職に発現した魔法適正は、有効な攻撃手段へ昇華させるまでにリソースの大半を割かなければならない。
売りとなるSTRを捨てることは大前提。物理攻撃と防御、元から鈍い機動力といった直接戦闘能力。それらすべてを犠牲にすることで、漸く魔法を攻撃と呼べる代物に昇華できるのだ。
ところが、そうまでして得た魔法も、元のINTが低いうえに、他の種族であれば得られる魔法職補正が受けられないため、ダメージディーラーとしては落第点。奇襲にしか使えない。
おまけに、オークの魔法適正は肌の色でバレやすい。マーブル模様なオークが敵にいたら、たとえ弱くてもオークへ魔法の警戒をする。その時点で奇襲も何もなかろう。
もっとも、全身真っ黒なうえに攻撃手段皆無な闇魔法を持つクロベーにはあまり関係がないのだが。
といっても、こちらに関してはさほど大きな理由にはならない。オークが唯一の魔法適正を潰されて困るのは、他に覚えておきたい魔法を覚えられないからだ。
オークを含む脳筋近接戦闘職には、必修と言われている職業がある。それの習得は、真っ直ぐ行って薙ぎ倒す以外に能がない彼等の価値を一変させる。
しかしその職業スキルは、近接職であるにもかかわらず魔法適正スロットを消費するのだ。オークの魔法適正は、それのために用意されていると言っても過言ではないだろう。
つまり、一度出た適正は消せない決まりがある以上、黒部がこれを覚える機会は永久に訪れないことになるのだ。
話が逸れたが、結論だけを述べると。いかに敵の敵は味方であろうと、足手纏いは必要とされないのである。
逆に、黒部を伴わない場合。
紀久淑茉奈単体での評価であれば、実は引く手数多だったりする。アバターである真名の強さもさることながら、紀久淑茉奈の権力を欲する者は多いのだ。敵に回せば驚異以外のなにものでもないが、味方にできればこれより強力な後ろ盾はない。
現に、目ざといものは彼女の庇護下に入ろうと、その立場を虎視眈々と狙っていた。一年C組の中でも三番目に目立つパーティがそれにあたる。
因みに、一番は言わずもがな、篠比谷と峯村率いるパーティだ。
今でこそ峯村が学校を休んでいるからか、目立った動きは見せていない。これまであった黒部たちの動きにも、我関せずを貫いていた。このグループについては、良い意味でも悪い意味でも無関心を貫いているため、黒部としてはありがたかったりする。
二番目に君臨するグループは、紀久淑を快く思っていない女生徒が率いるパーティである。トップの篠比谷達が目立ち過ぎているが、こちらも華やかな生徒が多い。見た目も言動も派手な男女が一塊に騒いでいる様子は、まさに青春を謳歌する高校生といったところ。主に紀久淑が目の敵とされている以上、目下の障害はこのグループであろう。
その二組に次ぐ彼ら。行動力に関しては言うまでもなく、上昇志向も高い野心家たちの集いである。とはいえ、このグループもこれといって動き出す様子はないように見える。
彼らにとって最大の障害は、既に自身達のパーティが五人いる点だった。
ノアの場合、パーティの上限は六人と決まっている。パーティではなくとも行動を共にすることはできるが、あくまで利益はパーティ単位での精算になってしまう。
結果、五人組と二人組という状況が、円滑なスカウトの妨げとなってしまっているのである。早急に自身のパーティを拡大させようという、彼らのアグレッシブさが仇となったようだ。
彼女の保護下に入るには、誰かを蹴落とすか、黒豚を排除するほかにない。
しかし、ここでいの一番に行動を起こしてしまう―――ありていに言えば、他者を蹴落とそうと声を上げた場合、他の四人が結託してしまう。
誰か一人を減らせばよい状況下で、悪目立ちする個人が一人。結果などは見るまでもない。
挙句、ここで三下り半など突き付けられようものならば、落ちこぼれ、不要な存在とみなされたレッテルは周囲に知れ渡る。
新たなパーティ探しに苦労することは万に一つも考えてはいない彼らではあるが、果たして迎え入れてもらった先に自身の居場所があるかどうかはわからない。何より、今いるパーティよりも下のパーティに拾われるような扱いなどプライドが許さない。
黒豚を落とせればみんなが幸せになれるが、これと言って良い策は思いつかない。ならばここは様子見に徹するしかないと全員が考えているのだから、事態が動くはずもない。
というわけで、彼らは仲間同士で牽制をしあいつつ、睨み合いを行っているというわけだ。
―――残念ながら、この行動が実を結ぶことはない。
積極性を売りとしていた彼らが見に回った結果、目まぐるしく悪化する事態に取り残されてし
まい、醜い言い争いと責任転嫁を繰り返した挙句、最終的にパーティは解散してしまうのだった。
そんな未来の話などつゆ知らず、黒部は意味のないたらればを頭から追い出す。
ありがたい話だが、紀久淑は自分とパーティを組むことに肯定的でいてくれている。であれば、自分が考えるべきはそこではない。
何より、紀久淑は自身の持つ権力にすり寄ってくる輩には用がないようだ。
昨日の自己紹介についても、いたずらに力を鼓舞したわけではなく、相手が妙な気を起こさないよう最初に釘を刺すことで、敵対者への牽制を行ったに過ぎない。
彼女自身、あくまで普通に過ごす日常が欲しいだけで、やたらめったらに威張り散らしたいわけではないのだ。
彼女の刺した釘が、巨大ロボが放つパイルバンカーもかくやといった勢いでクラスメイトへと叩き込まれた件については、どうやら気づいていないらしい。
「……だとすると、交渉の余地がある人なんてほぼ一択じゃねえか」
導き出した結論に頭を抱える黒部。
その仕草が意味するところは、己が立場を呪ってか。
それとも、これから勧誘にあたる者の立場を思ってか。
「それでは、スカウトを始めましょう!」
一限を終えた休み時間。
終了の挨拶と共にこちらへと駆け寄ってきた紀久淑を苦笑いで迎えながら、黒部もまた頷く。
そのまま先に考えた作戦を伝えようとしたところで、毎度のことながらお嬢様に先手を取られる。
「わたくし、昨晩から考えておりましたの。わたくし達の立場からでも勧誘に応じてくれる存在はどういったお方になるのかと」
「あ、俺も同じこと考えてたんだわ。さっき」
「流石は黒部さんですわ。わたくしが来るまでの数秒間すらも惜しんで考えてくださるなんて。ですが、いかに黒部さんと言えども、それだけの時間で考えを纏めるのは難しかったのでは?」
「ま、まあ、授業の合間くらいしか考える時間はないからな。短くても頑張らないと」
「ええ、素敵なお考えですわ」
どうやら彼女の中で、黒部がこの件について思考を割けた時間は、授業終了後の数秒間だけだということになっているらしい。
授業を聞いていなかった自分への皮肉なのか、そもそも授業を聞かないという選択肢がないのか判断に困る。
相手の取り方によっては大惨事を生む予感がしたので、黒部はひとまず紀久淑の話を聞くことにした。
黒部が聞き手に回るスタンスを取ったことで、紀久淑は得意げに口を開く。胸を張って、表情は自信に満ち溢れたドヤ顔である。
「わたくしが思うに、お独り様にお声かけをするのが妥当だと思いますわ」
「なんかニュアンスが失礼な感じになってる気がすんだけど」
言いながら、紀久淑もまた自分と同じ結論に至っていた事実を知る。
何を隠そう黒部もまた、ソロプレイヤーのスカウトという結論に行きついていた。というより、自身が声をかけられる唯一のカテゴリがソロだったという方が正しい。
つまりは、上田君や紀久淑の時に行ったアレを繰り返すだけだった。
しかし、これは決して成功率が高いとは言えない。
上田君や紀久淑のように、ノアへ積極的でありながら他の理由によってソロだった人物ならば、きっかけによってはうまくいくかもしれない。
ただ、そういったプレイヤーはノアへのモチベーションが高い分、〝黒豚〟というマイナス要因に寛容ではない。今はこうしてパーティを組んでくれている紀久淑でさえ、理由は違えど消極的な対応をされたのだ。
更に、ここでネックになのは、先の上田君を勧誘した際に起こった出来事だ。
上田君にこっぴどく振られた黒部を見て。正しくは積極的に勧誘を行う〝黒豚〟を見て。他の積極的なソロプレイヤーはパーティを組んでしまっている。お陰で黒部は、貴重な勧誘対象を根こそぎ失った。
その動きに関しては当然の結果ともいえる。普通の感性を持つものであれば、楽しくプレイしたいのにお荷物を必要としないだろう。
そう、普通であれば。
ならば、逆の考えを持つものならばどうであろうか。
つまり。ノアを行う上で付きまとう〝黒豚〟というレッテルを気にしないプレイヤー。
もっと極端に言えば。ノアのプレイに消極的なライトユーザーであれば、黒部達の勧誘に耳を傾けてくれるのではないか。
勿論、この作戦にもデメリットはある。
まず〝黒豚〟にマイナスイメージがないという前提を満たす人物。そのレベルにまでなると、消極的どころかもはやノアをプレイする気がないと言っても良いかもしれない。
そういった生徒が、共にゲームをプレイしなければならない勧誘に応じるとは思えないのだ。
もう一つが、先の上田君事件によって生まれた弊害である。
先の事件で多くがパーティを組んだ結果、現在一年C組に存在するソロプレイヤーはもれなく女生徒となっている。
ここで思い出してほしいのは、〝黒豚〟を含むオークが女生徒からどういった印象を持たれているかだ。もう無理ゲーでしょ。
黒部が苦い顔を浮かべていた理由はこれである。下手をすれば、強姦魔に声をかけられたと発狂されかねないのだ。いや大袈裟ではなく。
〝黒豚〟視点でもこの有様である。その上ここでもネックになってくるのが、昨日紀久淑が行った自己紹介である。
彼女を気遣わず正直に打ち明けてしまえば、ソロプレイヤー視点で見た彼女は凪いだ水面に波風を立てて嵐を起こすような存在だ。ノアに興味がない、言ってしまえば高校生活を静かに過ごしたいと考えている生徒からすれば、話しかけられても迷惑以外の何物でもない。
何より、彼女達ライトユーザーに共通しているのは明確な帰属先がない点である。それぞれに理由はあるとはいえ、何かがあったら矢面に立つのは自分しかいないのだ。
そんな立場にありながら、先日クラスで盛大にやらかした絶対強者から投げられる勧誘の声。断れるはずがなかろう。万が一断ろうものならば、集団から憂さ晴らしの捌け口とされる、孤立した自分という未来しか見えないのだから。
だというのに、このお嬢様は気にしていない。彼女にとっては、勧誘もまた戦いであった。
何より紀久淑は。成り行きで一緒になり、初めは険悪だった仲間同士が、数々の修羅場を共に超える中で、段々と友誼を深めていく展開に憧れているタイプのお嬢様だった。
「新たな出会いを得る絶好の機会ですもの、逃がしませんわ……ふふっ」
「怖えよ」
不敵な笑みを浮かべる紀久淑の大きな目が、キュピーンと光ったように見えた黒部であった。