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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第二章 機械人形と円舞曲を
13/38

 死闘

「な、なんなんですの、あれ……」


「おお、真名さんも無事だったか」


 片膝をつきながら驚愕の声をあげる真名に、安堵を帯びた声がかけられる。


 見たことも聞いたこともないゴーレムが放ってきた閃光を、何とか避けた二人。発射体制に入って以降、細かい標準を合わせない点が功を奏した。


 それでも二人を埋め尽くして余りある射程は驚異的であったし、フロアの保全などお構いなしに破壊された壁面を見て絶句する。そのまま敵を観察すると、攻撃後の隙でも設定されているのか、ゆるゆるとした動きで立ち上がっていく。


 焦って攻撃したところで効果的なダメージは見込めないと判断した二人は、この間に情報交換を行うことにした。


「さて、ただ今の攻撃ですが、クロベーさんはどう見ますか?」


「……恐らく魔法だと思う」


「魔法?わたくしと同じ無生物が……ああ、成ほど」


 疑問を口にした真名だったが、答えがわかったのか納得したような声をあげる。


 我が意を得たクロベーではあるが、その表情はすぐれない。


「つまり、あのボスはゴーレムであってゴーレムではないと」


「そういうこった」


 真名の答えに首肯するクロベー。間を置かずに、補足をするように言葉を引き取った。


「あれは、ゴーレムに宿った精霊だ」



 ―――無生物と呼ばれるカテゴリ。


 散々魔法は使えねえだの魔法に弱いだの言ってきたわけではあるが、前者に至っては全くもって使用できないわけではない。


 いや、もちろん自分で魔法を使用することはできないし、どうあっても魔法攻撃に弱い点にも変わりはない。正確に言えば、魔法を用いる種族を使役することができるのだ。


 それを可能にするのが、今回のゴーレムに宿った〝精霊〟であり、それらが使用する〝精霊魔法〟である。 


 プレイヤーが使用できる魔法にはいくつか種類があり、クロベーの闇魔法をはじめとする各種属性魔法は〝素質魔法〟とも呼ばれている。


 特徴としては、文字通り各種魔法の適正がなければ使用できないが、長い呪文詠唱や制約に縛られない運用が可能だ。


 ノータイムで高威力を放てるメリットは強力だが、先に説明したように、無生物である種族は使用できないというデメリットもある。


 それと対をなすもう一つの属性魔法が、精霊魔法なのだ。


 対をなすと言われる要因はいくつかあるが、一番の理由は無生物のカテゴリにある種族でも、精霊を介して魔法を使用できるようになる点だろう。


 先に説明しておくと、ここでいう〝精霊〟とは意思を持つ精神生命体のようなものであり、魂なき肉体を持つ無生物種族とは真逆の性質を持った存在だ。


 性格もまた気まぐれで、反応もまちまち。


 友好的な種族であれば、プレイヤーの代わりに魔法を使役して様々な恩恵を与えてくれる。


 逆に敵対的な種族であれば、何かに憑依して攻撃を加えてくる場合もあるのだ。


 今回は完全に後者のパターンであり、堅い防御力に魔法への適正を持った最悪のパターンでもある。



「ま、だからどうしたって話だな」


「元より勝算の低い戦いですもの、やることは変わりませんわ」


 強大かつ理不尽な敵の正体を知ってもなお、クロベー達は絶望しない。初めから無茶をしに来ているのだ。多少状況が悪くなっても成功率の変動はほぼ誤差だ。


 とはいえ、クロベー達にとっては悪い話ばかりではない。なぜならば、新たに追加された相手の強みは、自分達の作戦に何の痛痒も与えないからだ。


 魔法耐性など、もともと魔法攻撃を持たない二人には関係がない。


 ビームについても、離れるだけの時間的余裕はあるし、寧ろ横っ腹にエネルギー・ボルトをぶつける隙になる。


 残り三発の有効手段をうまく当てつつ、いかに削れるか。


 それでも遠い道のりには変わりない。相手のHPが高くなっているとするならば、ゴールはさらに遠ざかる。


 こちらのリソースが続くうちにどこまでやれるのかを考えながら、二人は絶望的な戦いに身を投じていくのだった。





「さて、どうするか」


「相手のHPは残り半分弱。大半を削ってくれたエネルギー・ボルトは残り一回。絶望的ですわね」


 ボスとの戦闘開始から三十分ほどが経過した。


 長時間にわたる集中と慣れないアバターの操作、そうまでしても望む結果が得られない焦りからか、二人の顔色はすぐれない。


 それが影響してなのか、現実の肉体までもが額に汗を浮かべている。


 一方、ゴーレムの方は当初と変わらぬ動きを見せている。


 さもありなん。あくまでデータでしかないボスモンスターは、疲労という経過異常をプログラミングされていない限り疲れることはない。


 そして、ボス自体がゴーレムを駆る精霊である以上、疲れなど設定されるはずがない。


「ポーションの残りは?」


「これから飲むのが最後ですわ。クロベーさんは?」


「今から真名さんに渡すので最後だ」


 言いながら、攻撃の隙を見てクロベーがポーションを投げ渡す。


 意外なことに、ここまでのクロベーはそれほど被弾していない。真名と比べても半分近く少ないのは驚きである。


 といっても、これはクロベーのプレイヤースキルが真名に大きく勝っているというわけではない。二人の性格が起因しての結果なのだ。


 動きが鈍いうえに慎重派のクロベーは、確実に攻撃を当てられる時を見計らって一撃を与えている。


 対して回避力と防御力に優れる真名は、多少無理なタイミングでも攻撃を当てに行っているのだ。


「クロベーさんの回復が追いつきませんわ、頂戴するわけには……」


「真名さんが二本使えば、何発も耐えられる。俺が飲んでも一撃死が二撃に変わるだけだ」


 共にHPは四割を切っており、二人の防御力を思えばクロベーの言葉に間違いはない。


 腑に落ちないものの、積極的にダメージを稼がなければならない真名はそれを口にする。


 つかず離れず、それでも相手の攻撃は確実に避けられる位置取りをしながら相談を続ける。


「これが最後の回復だし、あとは弱点部位への特攻しかない、かっ」


「っと、地道に削っていくのは?」


 振り下ろされた拳を避ける。捲りあげられた石板を落ち着いて躱しながら、今度はそれを盾に立ちまわる。


「それも手だけど、オークにアレを受け止めるだけのVITも避け続けるだけのAGIもないな」


 背後から渾身の一撃を見舞うも、敵は顔色一つ変えずにこちらへ向き直る。ゴーレムだから顔色が変わらないのは当たり前か。


「頼りないお言葉ですわね……とはいえ、わたくしも延々と避け続けるだけの集中力はございませんわ」


「それよりも、こっちがもたないだろうな」


 追いかけてくるゴーレムを股抜きスライディングで躱しながら、手元の武器を見る。どうでも良いが、さっきからクロベーの動きがいちいちスタイリッシュ過ぎるのはどうにかならないものか。


 言われて真名も自分の手元に目を向ける。クロベーが持つ棍棒はボロボロになっており、真名のナイフもあちこちが欠けていた。


「武器の耐久値を失念しておりましたわね」


「こればっかりは仕方ねえよ。まさか初のクエストで使い潰す羽目になるとは思わん」


 もはや二人の得物はかろうじて武器の体をなしている状態だった。耐久値を確認するまでもなく、あと数合のうちに砕け散るのは明白である。


 絶望を加速させる悪いニュースに二人は笑うしかない。自然と漏れたのは軽口だった。


「予備の武器などありませんし、これは今後の教訓ですわね」


「武器は良いものを、予備も含めて持ち歩きましょうってか」


「いいえ。少なくとも、初期装備を脱却してからクエストに臨みましょう、ですわね」


「違いない」


 有効な手立てがなければ後もない。そうそう時間もかけられないと踏んだ二人はここに来て腹をくくった。


「であれば、削れるだけ削ってからのイチかバチか、かね。」


「ええ」


 クロベーの案に、近づいてきたゴーレムのストンピングを躱しながら真名が頷く。


 それと同時に、クロベーは真名の元に駆け寄る。


「何を……」


「俺からあまり離れるなよ!」


 隣に辿り着くや否や、掌から闇を噴出する。


 尻もちをつくクロベーを中心に、真名が、ゴーレムが暗黒に呑み込まれていく。


 クロベー唯一の大技、自爆ブラインドである。


「何とまあ、ものは使いようですわね」


 視界を覆う黒に動じる様子もなく、真名がそんな呟きを漏らす。


 最初こそ戸惑いはしたものの、そこはいかなる時も動じないと宣う淑女。平然としたものだ。


 しかし、続く言葉に息をのむ。


「作戦会議の時間を設けたくてやったものの、見えないところからビーム飛んでくっかもしんねえから気をつけてな」


「何をしてくれちゃってんですの!?」


 全くである。もしお互いの姿が見えていたら、間違いなくクロベーは真名にぶん殴られていただろう。


「というわけで時間があまりないから手短に行く。これを期に、最後の特攻をかけてみようと思う」


「……策がおありなのですね」


 色々と思うところがあるのだろう、釈然としないものを抱えながらも聞く体制に入る真名。


 耳にはクロベーの声の他、離れた位置で暴れ回るゴーレムの破壊音が届く。どうやらビームの発射体制には入っていないようで、ホッと胸を撫で下ろした。


「ああ、ファンタジーの定番だ」


 顔には悪役そのものな笑みを浮かべ、真名に作戦を話す。自信ありげなその表情は、しかし真名には見えていない。


「……大丈夫なんですの?ソレ」


 自信満々に語られた割には行き当たりばったりな策に、真名が怪訝な声をあげる。


 表情を伝えられないからか、声からその様を汲み取らせようと声色は一層疑わしげだ。


「言ってもこれゲームだからなあ。ダメだったら後は頼む」


 果たしてきちんと届いているのか、クロベーの方は軽い口調で答える。言葉だけのコミュニケーションでは伝わりづらい部分を明確にしようと、直接問いかけた。


「勝算は?」


「勝ちは決まってる。問題は、一人が生き残るか、二人で生き残れるかだ」


 帰ってきたのは明確な答えと、看過できない発言。


 それを受けては真名も頷けない。他に手はないものかと問いかける。


「……可能であれば、二人で乗り越えたいものですわね」


「こればっかりは約束できねえな」


 とはいえ、他に有効な手立ても思い浮かばない。数少ない手札で勝利をつかむには、文字通り賭けに出るほかなかった。


 自分にできることは何かないかと考えた真名は、ふと、とある書物のワンシーンを思い浮かべた。


「では、モチベーションを上げておきましょう」


 急なもの言いにクロベーが小首をかしげる。そんな姿が見えていない真名は、あくまでマイペースに言葉を紡ぐ。


「このクエストが終わったら、先ほど話したわたくしが職業にシーフを選んだ理由。クロベーさんにお話いたしますわね」


 いつぞや目にした、戦友同士の約束の言葉。こういったやり取りに憧れを持っていた真名は、とても満足げにドヤ顔を浮かべる。


 それを聞いたクロベーは、思うところの全てを飲み込んだ。もうすぐブラインドの効果も消える。うっすらと真名のドヤ顔を目にしたところで、意識を戦いに切り替える。


「オッケー。じゃあ生きて帰らないとな」


「当然ですわ。二人で、生きて帰りましょう」


 真名が欲しているであろう言葉を返したところで、場の空気は最高潮。クロベーも覚悟を決めて、ゴーレムの正面に立った。勿論、死ぬ覚悟をだ。


 なぜそのセリフをチョイスしたのかを小一時間ほど問い詰めたかったが、この場を包む空気がそれを許さなかった。真名にも悪気はなかった。


 最終局面を前に集中力を高めるクロベー。それとは逆に黒部の並列思考が、〝死亡フラグからはどうあっても逃げられないのだな〟というどうでもいい知識を蓄積させた。



 黒煙が晴れた先、それまでは無差別に暴れ続けていたゴーレムも二人の姿を補足する。己に向けて疾走するクロベー。その後ろを真名が迂回、ゴーレムの側面に立って両手を前へ構える。


「何とか時間を稼いでくださいまし!」


 そう叫んだ真名は、エネルギー・ボルトを放つためにチャージを始める。掌からは紫電が迸り、身体からはキイイインという高音が響く。


 真っ直ぐ向かっていくクロベーを囮にして、大技をお見舞いする。そこから畳みかけることで、一気に勝負を決める考えだろうか。


 しかし、相手は予想外の行動をとった。


 あろうことか、真っ直ぐ向かってくるクロベーを放置して、真名に向けて身体を反転させる。


 どうやらボスの戦闘A・Iは、碌にダメージを与えられないクロベーを放置して、真名を落とすことにしたようだ。


 息をのむ真名。彼我の距離は十数メートル。そして、これだけ距離が離れている場合に相手の取る行動は決まっていた。


 予想通り、ゴーレムは膝をつき、腕を広げ始める。幾度となく肝を冷やしたジュエル・ゴーレムの必殺技である、ビームの構えを取る。


 両の拳を地面につき、顔を屈ませたところで叫び声が響いた。


「シカトしてんじゃねえ!!」


 クロベーが低い位置に下りてきた顔の横に駆けつける。そのまま走りこんだ勢いを乗せて、右手を振りかぶる。


 勢いそのまま、右手に握る()()()使()()()()()ナイフをゴーレムの額へ、そこに刻み込まれた〝E〟の文字に打ち付けた。



 ―――ゴーレムが持つ設定の中でもひときわ目を引く設定といえば、やはりこれの破壊方法だろう。


 額に貼られた、あるいは刻まれた〝心理〟という意味の〝EMETH〟の頭文字を消し、〝死〟という意味の〝METH〟に変えれば崩れていく。


 なかなか洒落の効いた安全装置だと思うが、今この場においては一発逆転の切り札になる。


 しかし、クロベーの棍棒では接地面が多い分力が分散してしまうため、局所的な破壊には向いていない。


 だからこそ、ピンポイントで破壊力を伝えられる武器、すなわちナイフを用いての攻撃を行ったのだ。


 切り裂くための斬撃ではない、硬いものを穿つ刺突は宝石製のゴーレムには効果的だったようで、ほんの少しだけ突き刺さった先端部位からは薄く亀裂が入る。


 それでも、深く彫り込まれた字はそう消せない。オーク渾身の一撃であっても、ゴーレムは止まらない。口腔には破壊の奔流が収束していく。


 だが、クロベーもこれでどうにかなるとは思っていなかった。



 一撃で駄目ならば、二撃。


「うるああああ!!」


 突き刺した勢いを殺さず時計回りに回転、今度は自身の棍棒を両手で構える。


 下半身から上半身へ、遠心力も含めた渾身のフルスイングを、真名のナイフめがけて打ちつける。


「黒部を甲子園に連れてってええええ!!」


 運動エネルギーを、楔と化したナイフに余すところなく伝えた二撃目。それをモロに受けた額からは、パキイイインという澄んだ音が響く。


 ジュエル・ゴーレムの額は、クロベーの棍棒と真名のナイフと共に〝E〟の文字を砕いていた。


 ゴーレムのHPを確認すると、武器を破壊しながらの全力攻撃が功を奏したのか、これまで以上の勢いをもってこれを大きく減損させた。


 しかし、それでもHPは一割も減っていなかった。先ほどの蓄積ダメージも含めてゴーレムのHPは残り四割ほどになってはいるが、これではとても弱点への攻撃が通ったとは言えない。


 それもそのはず、額に刻まれた文字はあくまでキャラクターデザインの一環で描かれた文字でしかなく、ゲーム上用意された弱点部位ではなかったのである。


 そもそも、厳密にいうとジュエル・ゴーレムはゴーレムではなく、ゴーレムへ宿った精霊が好き勝手に暴れているだけでしかない。つまり、ゴーレムの仕組みは正しく機能していないのだ。


 本当の弱点は、ビームを放った後に数秒だけ開かれる口の中。エネルギーの収束を含めた管理を引き受ける球体のコアだった。


 用意された策の失敗を見てか、ゴーレムの表情が歪んだような錯覚を起こす。それを見て真名は考える。



 〝()()()()()()()()()()()()()()()〟と。



 モンスターごとに必ず用意されている弱点、そこに向かってエネルギー・ボルトを打ち込むのが二人の狙いだった。


 弱点部位への攻撃はダメージが二倍になる。うまくそこさえ狙えれば、防御力無視のエネルギー・ボルトならば倒しきれるかもしれない。


 そう考えた二人は、少しずつダメージを与えながら弱点も探っていたのだ。


 その際真っ先に疑っていた場所こそ額の文字であったが、そもそも普通に戦っていては届かないので後回しとなっていた。クロベーが若干懐疑的な目を向けていたのも理由の一つになる。


 クロベー自身、ジュエルゴーレムの性質を理解していたわけではない。それでも、あそこが弱点だと決めつける真似はしなかった。


 もっと根本的な問題である、ボスモンスターの弱点がそんなに分かりやすくて良いのかという疑問があったのだ。


 明らかに普通じゃないゴーレムを出すような性格の悪いシステムが、ある程度の知識があれば誰でも知っている、言ってしまえば単純な弱点を持っているはずがないと。


 戦いながら観察しているうちに、半透明な体内にも、なだらかな表面にも違和感は感じず、額の文字と口の球体以外に弱点たりうるフックは発見できなかった。


 確認の意味を込めて立ち回り、二人がかりで様々な部位に攻撃を加えても、弱点らしきダメージを与えられなかったのである。


 であれば、奴の弱点は。


 おっかないビームを打つ時だけ下ろされる頭にある、絶好の攻撃位置にこれ見よがしに存在する、ゴーレムのアイデンティティである額の文字か。


 ビームのせいで碌に攻撃を与えられない性格の悪さをこれ見よがしにアピールする、咥内で怪しい光を放つ球体のどちらかである。 



 たった今の攻撃で、相手の弱点は後者であることが確定。あとはそこにエネルギー・ボルトを打ち込むだけというところで、弱点部位を狙わんとする真名の顔はすぐれなかった。


 口の前で溜めているビームの塊が邪魔で、エネルギー・ボルトを当てられないのだ。


 今行っているエネルギー・ボルトのチャージを中断。ゴーレムのビームを躱してから改めてチャージを行っていては、こちらのチャージが終わる前に相手の口が閉じてしまうだろう。


 しかし、このままチャージを続けていても、エネルギー・ボルトもろとも自身が消し飛んでしまうだけだ。


 かといって、武器を失ったクロベーに弱点を破壊するような攻撃手段はないとなれば、打てる手立ても限られる。


 ここは弱点が分かっただけ儲けものであると判断し、改めて機を窺うべきだと結論付けようとしたところで、クロベーの声が真名に届いた。


「真名!そのままチャージを続けろ!」


「で、ですが、クロベーさ……っ!」


 かけられた声に返そうとした真名が、言葉を失う。


 クロベーの手には、先の戦闘で破壊された床板が抱えられている。彼の身を覆わんばかりの大きさは、まるで巨大な石板のようだ。


 肩に担がれたそれをゴーレムの前に構え直すと、クロベーもまた真名の前に立ち塞がる。


 クロベーの動きが読めなかった真名は、ゴーレムの放つ閃光に晒されたところでその意図を理解した。


 光が自分に届かないのだ。ジュエル・ゴーレムが放つ極大の閃光波は、クロベーが支える石板と、クロベー自身の身体によって遮られていた。


 勿論、あくまでそれはその場しのぎの簡易シェルターでしかない。間を置かず石板は消し飛び、閃光がクロベーを飲み込むだろう。後ろに立つ、真名を庇いながら。


「な……なにをしているのですかっ!!」


「なにって、ビーム防いでんだよ」


 なんてことのないように語るクロベーの顔は、声音に似合わず険しい。石板が押し込まれないように、必死で踏ん張る身体にもこわばりが見える。


 聞きたかった答えはそれではないと、今にもクロベーに駆け寄らんとする真名を視線で止める。真名が動いてしまっては、折角のチャージが無駄になってしまう。そう目で訴えながらも、口端だけでにやりと笑った。


 ならばと言葉にしてクロベーに問いかける。馬鹿な真似はやめろと、どうか思いなおせという思いを込めながら。


「そうではなく、そんなことをしては貴方の耐久力では……」


 言い切らないうちに瓦礫が消し飛び、青い光がクロベーを直撃する。


 オークの身体は横にも広いため、小柄な真名くらいはすっぽりと覆い隠せる。彼女にダメージが伝わらないのを確認したクロベーは、落ち着いた口調で言い聞かせる。


「瓦礫の壁、俺の身体を挟めば、真名のHPが全快な以上一撃ならばぎりぎりもつ。これを耐えてアイツの口にエネルギー・ボルトをぶち込めば、俺たちは勝てる。そういうことだ」


 クロベーの魔法耐性は真名と変わらないレベルで、そんな紙装甲が長くもつはずもない。


 それでも、一瞬稼げれば十分。


 一方、納得がいかないのは真名だ。みるみる減っていくHPをみて、悲鳴じみた声をあげる。


 彼の言葉通りにチャージを続けてはいるが、本心は二人で離脱したいと思っていた。


「そ、それでは、クロベーさんは何も得るものがないではありませんか!どうか、二人でクリアする方法を……」


 言いながらも理解していた。予備の装備もなく、回復手段も底を尽きたというのに自分は何を言っているのだろうと。


 今彼を止めれば、二人揃ってクエストを失敗するしかなくなる。それを思えば、一人であろうともクリアできるに越したことはないのだ。


 分かっている。解っている。判っている。


 それでも、何かを踏み台にしたうえで得られる成功など、彼女は欲していなかった。短い間であるとはいえ、共に過ごしてきた仲間であればなおさらだ。


「言ってくださったではありませんか、失敗も、喜びも、共に分かちあってくださると……」


 何より、それではあまりにも悲しすぎるではないか。


 二人に残された会話の時間はもう僅か。それを無駄にしないよう、クロベーは端的に伝える。


「得るものがなかったわけじゃない」


「え?」


 HPも残すところ数センチといったところで、クロベーは微笑む。優しさを帯びたオークのつぶらな瞳は大層気持ちが悪いが、今はそんなことを言ってはいられない。シリアスなんだ今は。


「今日、すごく楽しかった。それだけでもう、十分すぎるくらいもらってる」


 紀久淑と真名。四つの瞳に大きな涙が浮かぶ。


 それを見た黒部は、泣かせてしまったことへの罪悪感を覚える。クロベーもそれは変わらなかったが、エクス・マキナも涙を流すのだなという余計な思いも湧いてきて、自然と苦笑を浮かべる。


 うるんだ瞳で自分を見つめる真名に向かって、幼子をあやすような優しい声で、クロベーが最期の言葉を口にした。


「だから、最後はクリアして終わろうぜ、初めて仲間と行ったクエストが失敗じゃ、締まらないだろ?」


 言い切ったところで、クロベーのHPがゼロになる。


 真名の視界を青い閃光が埋め尽くしていくなか、静かにクロベーは消えていった。


 アバターが消える何とも言えない感覚を味わいながらも、クロベーは笑っていた。





 閃光がすべてを飲み込んでいった光景を眺めて、ゴーレムは勝利を確信していた。


 衝撃が巻きあげる土煙を眺め、何もない空間を確認しようと向けられた視界が、紫電が放つ輝きに埋め尽くされる。


 魂のないゴーレムに宿る精霊は、それに何を感じたのだろうか。


 油断も、驚愕も、あらゆる感情ごとジュエル・ゴーレムを飲み込んだ破壊の奔流は、全てを等しく塵に変えた。



 ゴーレムが消え去るまでそれを眺めていた少女の身体からは、排熱による蒸気が立ちのぼる。全身に走る赤橙色の輝きはゆっくりと収まっていき、両耳にあたる部位のギミックも収納されていく。


 レンズ状に変容していた虹彩も元の色を取り戻し、無機質な碧眼が周囲を映す。


 何もない空間をつまらなそうに見つめて、真名は呟く。


「……貴方の戦い方、美しくありませんわ」


 それは誰に向けて呟かれたのか。


 真相は、彼女しか知らない。

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