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地下室からここまでの道のりは、これといったトラブルに見舞われることもなく過ぎていった。
モンスターとのエンカウントや罠の発見こそあったものの、前者はエネルギー・ボルトを使用することもなく退け、後者は事前に真名が対処することで危なげなく突破していた。
それもそのはず、いかに迷宮の名を冠していようと所詮はランクF。えげつない罠や複雑な迷路など存在しない、いわばチュートリアル迷宮版だ。
その難易度たるや、先ほど二人が落ちた部屋がモンスターハウスだったという点からもお察しだろう。
とはいえ、クロベー達のパーティは二人しかいない。
限られたリソースは貴重なため、迷宮内の探索は断念。いつか探索系のクエストに赴ける日を夢見て涙をのんだ。
階段から続く道を進んで辿りついたのは、壁に立て付けられた松明の明かりがひときわ眩しい、薄暗くも拓けた大広間だった。
一辺数十メートルはあろうかという正方形の奥、対面の壁に聳えるのは、禍々しくも荘厳な造りの巨大な扉。複雑に彫られた彫刻といい、扉の両側に立つ石像といい、いかにもボスの扉ですよと言いたげな様相を呈している。
二人は自然と息をのみ、顔を見合わせる。ややあって頷き合い、扉の前に並び立った。不意打ちを警戒して、石像へのチェックも忘れない。
〝エネミー・サーチ〟というシーフのスキルを発動させると、真名の瞳が紫色の光を放つ。
「……どうやら、モンスターではないようですわね」
真名が安心したように息を吐く。エネミー・サーチは、擬態状態にあったり、見えない敵の索敵を行うスキルである。
リキャストの問題もあるため常に発動させるのは難しいが、シーフのスキルにおいても使用頻度が高い便利スキルだ。
クロベーはその言葉に頷くと、観音開きになっている扉に手を添える。
力仕事は男の領分というわけではないが、いかにも重そうな扉を開けるのは俺の役目で間違っていないだろうと考えてだ。あと絵面的にも。
そう思いながら力を込めようとした時。右側の扉、クロベーの手が添えられた真下のあたりに、真名の右手が添えられた。
「どうした?力仕事を請け負うくらいの甲斐性は持ってるつもりだぞ」
そう告げたクロベーに、何処か拗ねたように口を尖らせた真名が答える。
「今がその時ではありませんか」
「ん?」
言葉の意味を図りかねてクロベーが聞き返すと、真名も改めてクロベーの目をまっすぐに見つめた。
「仲間と赴いた初めてのクエストですもの。冒険の扉を開ける喜びを、それを分かち合うワクワクを、わたくしにも味わわせてくださいまし」
微笑む真名の姿を見て、クロベーはワープ・ポータルで自分が言った言葉を思い出す。
クロベーを見つめる真名の瞳が放つ輝きを見るに、もしかしたらこの瞬間を共有するひと時は、彼女が感じる最高の瞬間になりえるのかもしれない。
確かに配慮が足りていなかったと、クロベーは反省する。同時に、自分が今感じているドキドキワクワクを独り占めしてはもったいないとも思う。
パーティで分けあうからこそ、お互いのミスは軽くなる。そして、パーティで分かちあうからこそ、期待や喜びは何倍も膨れ上がるのだから。
「だな。独り占めは良くねえ」
そう言って、右の扉から手を放す。
「ええ、全くですわ」
鈍いクロベーに呆れながら、それでも笑顔で真名も返す。
「「せーのっ!」」
右の扉を真名が。
左の扉をクロベーが押す。
二人で感じる最高の瞬間を、仲間と共に完成させる。
開いていく重厚な扉の重みは、二人の期待を最高潮に押し上げていく。
扉が放つ音の響きは、二人の鼓動を高鳴らせていく。
隙間から漏れ広がる光は、二人の瞳を輝かせていく。
仲間と共に開ける扉は、冒険のクライマックスに相応しいドキドキとワクワクを、二人にプレゼントしてくれた。
―――今更ながら、このクエストについて説明しよう。
ランクF探索クエスト〝迷宮の守人〟。
クリア条件は、迷宮最奥部にある番人が守る秘宝の入手。
半分討伐クエストの体をなしているが、こういったクエストの場合はよくある話だ。
特に、番人が用意されているタイプの迷宮は、それを倒さないと奥へと続く道が開かれなかったりする場合が多い。宝物庫に用事があった当時の人達はどうしていたのだろうか。
当然、宝物庫へと続く部屋に辿りついた二人の前にも、番人は姿を現す。
今は亡き主の命に従い、永い時を経てもなお侵入者の前に立ち塞がる、心なき守護者が。
〝ゴーレム〟。
迷宮を守る番人を挙げさせれば、誰しもが五指を数えないうちに列挙するだろうメジャーなモンスター。
硬質なボディに裏付けされた高い防御力と重い一撃を持っており、守護者の名に恥じないタフなステータスを誇っている。
その巨躯から放たれる攻撃は、半端な連携や防御力などは歯牙にもかけずに軽々と蹴散らす。
いかに初心者向けのクエストといえど、決して侮れない相手だ。
それでも、前準備さえしっかり行っていればそれほど脅威にはならない。
ゴーレムの弱点は、巨体故に起こる隙の多さと動きの鈍さ。そして何よりも、魔法耐性の低さだ。
エクス・マキナ同様、こちらの守護人形もまた、魔法に恵まれない種族の筆頭である。
確かに堅い防御を持つが、攻撃方法は物理攻撃に絞られる。
遠距離攻撃は投擲の類いのみで、しかもこちらは隙が大きい。また、大岩や崩れた瓦礫など、投げられるものがないと行われない。
遺跡の守護を目的に配置されているゴーレムは、侵入者の排除だけが任務ではない。破損した部屋の修繕や瓦礫の撤去も行っているため、フロアは綺麗に保たれている。
守るべき部屋を破壊するわけにもいかないので、投擲はほとんどオミットされていると見てよい。
つまり、攻撃範囲内には防御力の高いタンクやアタッカーのみを立たせ、残りのマジックユーザーで回復や魔法を使っていけば削り殺せてしまうのだ。
ほとんどハメに近い形で倒せる上に、ドロップアイテムはゴーレムに用いられている素材を得られるので、装備を作るための素材集めで何度もスクラップにされている可哀相なモンスターでもある。
因みに、キャラクターアバターにもゴーレムは存在する。
扱いとしてはエクス・マキナとは真逆で、はじめこそエネルギー・ボルトすら使えないために不遇な扱いを受けるが、レベルが上がるにつれ価値が逆転する。
なぜそうなるのかというと、ゴーレムは種族特性の効果で自身を作り替えることができるのだ。
外見的な変化は相当自由に行えるので、ビジュアルを変えたい層から人間離れした戦法を取り入れたい層にまで人気がある。
何より強力なのは、素材の特性がそのままステータスに反映されるのだ。
硬い金属であれば防御力が上がり、魔法銀と呼ばれるミスリルを用いれば弱点である魔法耐性すらも得られる。
鈍足な足手纏いから絶対防御を持つ前衛へのシンデレラストーリーを体現する種族、それがゴーレムなのだ。
話が逸れたが、クロベー達がこのクエストを受けると決めたのはほんの数時間前。
互いにパーティを組むのは初めてで、連携の練度はお察しの通りである。
何が言いたいのかというと、この二人、クエストに必要な前準備を一切行っていないのだ。ナメとんのか。
とはいえ、所詮は初級クエスト。相性と根気と絶対折れない心と慎重さと回復アイテムと有効な攻撃手段を用いて死闘を繰り広げれば、何とかならないわけでもない。必要なものばかりであるし、それでも死闘は必至であるが。
ゴーレムの攻撃は物理ばかりなので、真名ならばある程度は耐えられる。クロベー達の攻撃も物理がメインではあるが、真名のエネルギー・ボルトは違う。
名前からして魔法攻撃な印象を受けるが、実際は『防御力無視』である。従って、当たりさえすれば有効なダメージが期待できるのだ。
完全に真名頼りの戦法ではあるが、クロベーにもエネルギー・ボルトのチャージ中に相手の気を引く役目がある。
オークの戦士がデコイで、シーフがメインアタッカーなこの状況に違和感しか感じない。それでも、二人が取れる唯一ともいえる手段なのだ。ここまで来た以上はやるしかないと、覚悟を決めるクロベーだった。
敵であるクロベー達が部屋に侵入したことで、大きな影が動き出す。
立ち上がったことで顕わになる五メートル以上はあろうかという巨体が、自身の背後にある、恐らくは宝物庫の入口であろう扉を守護せんと立ち塞がる。
薄水色の結晶で作られた全身は、松明の光を反射しながら怪しく煌めく。
青く輝く発光体の眼は、敵である二人を捉えると同時に輝きを増した。
各関節が動くたびに、硬質なガラスが擦れあうような音が響く。
クロベーは相手を見据えながら、棍棒を両手に構える。真名もナイフを逆手に構えて、隙を窺おうと観察を続ける。
敵を観察していた二人は武器を構えながら顔を見合わせ、もう一度敵を確認した後に、再び顔を見合わせた。
「え、何コイツ。ホントにコイツゴーレムなの?」
「ですわよね!これ絶対にゴーレムの上位種ですわよね!?クリスタルゴーレムとかそんなのですわよね!?」
「やっぱそうだよな!どうすんだこれ聞いてねえぞサーババグってんじゃねえのか!?」
「っ!来ますわよ!」
二人の狼狽をあざ笑うように、仮称クリスタルゴーレムが二人に接近する。ずしんずしんと地響きを鳴らしながら駆けてくる姿に、ゴーレムが走るんじゃねえよと二人は思った。
―――大層慌てふためいている二人ではあるが、ノアのサーバが異常をきたしたわけではない。ついでに言えば、二人の予想通り、このゴーレムは普通のゴーレムでもない。
〝イレギュラー・クエスト〟。
ノアライフをエンジョイするすべてのプレイヤーに捧げる、マンネリ打破企画。
パターン化された戦闘に、ともすれば作業ゲーと化してしまう事態を危惧した開発部から贈られる、一服の清涼剤。
モンスター愛が過ぎるデザイナーのトチ狂った要望の具象化。
様々な呼称と千の顔を持つ特殊クエストが、こちらに駆け寄るクリーチャーの正体だ。
イレギュラー・クエストとは呼んで字の如く、受注したクエストが何の前触れもなく変容する現象のことを言う。
今回のようにボスのレベルが跳ね上がっている場合もあるし、道中の地形状態が変わっていたり、急に始まるタイムアタックであったりと、パターンは多岐にわたる。
勿論、開発者側に嫌がらせといった意図は全くない。退屈を紛らわすほどよい緊張感と、この時だけ戦えるモンスターとの戦闘を楽しんでもらおうという粋な計らいだ。誰の退屈を紛らわせる目的なのかはわからないが。
クエストの難易度自体もクリアできる水準は満たしており、精々、フルパーティであれば危なげなくクリアするであろうクエストが、死闘の体をなす程度である。
つまり二人にとっては、死力を振り絞って何とかクリアできるであろうクエストが、絶望に身を委ねる決死行へと姿を変えるに等しい。
二人の元に辿りついた正式名称〝ジュエル・ゴーレム〟が、硬く握られた拳を振り上げる。
身の丈に応じた巨大なゲンコツは、真名くらいであればすっぽりと収まってしまいそうである。
間を置かずに振り下ろされた拳が、勢いよく床に叩きつけられる。辛くも避けることに成功した二人だが、続く足元の揺れに尻もちをつく。
慌てて態勢を整えるも、部屋中へ伝わる揺れが拳に込められた威力を物語っており、これを喰らったことで齎される惨劇に震えを覚える。
それでも、恐怖に潰れそうになる心と身体を叱咤して、敵を目がけて駆けだした。
「シッ!」
真名が、その素早さを活かして疾走する。股下をくぐるように通り抜け、すれ違いざまに二度、三度と切りつける。先ほどの甲虫の際にもまして鋭い一撃ではあるが、切り裂かれたはずの脚にはかすり傷一つ見られない。
「らああっ!」
クロベーも負けじと棍棒を振り下ろすが、まるでこたえた様子がない。両手に伝わる痺れに顔をしかめながらも、横薙ぎに振るわれる右腕を視認する。
真名が宙へ身を躍らせ、クロベーが地面に這いつくばったところでゴオッという音が二人を通り過ぎる。
互いに目配せをして、ゴーレムの背後に回るように後退を始めた。即興にしてはなかなかのコンビネーションなのではなかろうか。
二度、三度と大きく跳ねて距離を取る真名に合わせて、クロベーもどすどすと走って距離を取る。
数メートルの距離を取って並び立つ二人が、ゴーレムを警戒しながら意見を交わした。
「ダメですわね。先ほどの虫以上の手応えを感じたのですが、相手の硬さが一枚上手ですわ」
「こっちもだ。HPバーも碌に減ってねえし、先にこっちの手がイカレちまう」
憎々しげな眼でゴーレムを睨みつけるクロベー。オークフェイスもあいまって威力的な顔面を晒しているが、残念ながらこちらへ背を向けるゴーレムにダメージはなさそうだ。
「とはいえ、取れる手立てがない以上は、先の作戦通りに進めるほかありませんわね」
「だな。エネルギー・ボルトはあと何発打てる?」
「三発ですわ。勿論、隙があればの話ではありますが」
「オッケイ。じゃあまずは、相手の攻撃パターンを確認しよう」
方針を定めた二人が短く頷きあう。さあもう一度接敵しようと思ったところで、こちらに向き直ったゴーレムの動きが止まった。
彼我の距離を確認したゴーレムが、突如膝を付く。
肩幅より広げらた腕を床に下ろし、握られた両の拳は地面に叩き付けられる。部屋を伝わる振動もお構いなしに、上半身は地面と水平に倒される。まるで土下座をしているような格好だ。
違うのは、こちらにまっすぐ向けられた顔と、大きく開かれた口。咥内には、怪しい光を放つ群青色の球体が窺える。
「……気のせいかな。俺すんげえ嫌な予感がするんだけど」
「奇遇ですね。わたくしもですわ」
二人が冷や汗を流すのも束の間、球体の前にも変化が訪れる。
みょんみょんと音を響かせながら、濃い青色の何かが収束されていく。強いエネルギーを内包しているであろうそれは、周囲の景色を歪ませながら膨れ上がる。
やがて、ひときわ大きな輝きと共に、ゴーレムの口から閃光が迸った。
「いやああああ!!」
「ゴーレムがビーム打つんじゃねえええ!!」