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最弱の魔王  作者: よーき屋支部
第二章 機械人形と円舞曲を
11/38

〝紀久淑 茉奈〟

落とし穴に落ちた真名を引き上げるために、インベントリからロープを取り出すクロベー。〝これで安心!冒険セット初級編〟が日の目を見た瞬間である。


 当初は奈落の底まで続いているように思えた落とし穴だが、十メートルほどを落下したところでふぎゅっという声が響いた。同時に底のフロアにも松明が点ったことで、どうやらただ暗かっただけらしい。


 周囲にロープを固定できそうな柱などが見当たらないので、一端を自分に巻き付けて固定し、反対側を真名に垂らす。二人の対格差を考えれば、これで十分こと足りるだろう。


 少しして、真名もまたロープをしっかりと腰に巻き付けたのを確認すると、ゆっくりと引き上げ始めた。


 と、ここで予想外の事態が起こる。


「っく。お、思ったより、おもっ」


「何か聞こえてきた気がしますが、それ以上は胸の内に閉まっておくことをお勧めいたしますわ」


「あい、さーせんっした」


 乙女の名誉のためにも言っておくが、紀久淑茉奈は同年代女子の平均的な体格を大きく下回っており、体重もまた相応に軽い。この物言いもまた、違う意味で彼女の名誉を毀損している気もするが気にしない。


 それでは何故、筋骨隆々なクロベーが情けない声を上げているのかというと、クロベーのステータスと真名の種族が関係している。


 クロベーの種族であるオークは、所謂脳筋種族である。それは種族特性にも表れており、こういった力仕事に必要なSTRへ補正がかかる点からもはっきりしている。


 にもかかわらず、本気で頑張っている彼の牽引が、さも相手への気遣いであるようゆっくりとした動きになっているのは、単純に彼のレベルが低すぎるからであった。 


 レベルが低いということは、応じてステータスも低いということにもなる。つまり今のクロベーは、STRに補正がかかるオークだからこそ、辛うじて真名を引き上げることに成功しているという状態なのだ。


 もう一つの要因が、真名の種族であるエクス・マキナが持つ設定だ。


 機械人形であるかの種族は、外装だけではなく中身にも、ロストテクノロジー溢れるメカがところ狭しと詰まっている。


 外見上は小柄で可憐な少女である真名は、こう見えて重厚感たっぷりな鉄の女なのだ。



 真名の諫言に従い黙々と作業を進めていたおかげか、引き上げ作業は牛歩ながらも半分ほどまで進んでいた。


 しかし、ノアを始めてからの彼に順風満帆だった道のりなどひと時もなかったように、ここでも事態は動き出す。


 松明の灯る地下空間の奥。配置の関係で暗がりになっている奥から物音がした。


 それに気づいた真名が目を凝らすと、自身の身の丈を超す影が三つ、暗がりから飛び出してくる。薄明りに照らされたソレを確認した彼女が、小さく悲鳴を上げた。


「ひいいい!は、早く引き上げてくださいまし!」


「どうした!何があった!?」


 残念ながら、クロベーの位置からは足場が死角になって見えない。


 それでも、常とは異なる狼狽した茉奈の様子を見て、事態の深刻さは伝わったようだ。


「む、む、むむむ」


「落ち着け!ゆっくりでいいから正確に教えろ!」


「む、虫が三体!大きくてこちらを見てテカテカで床を疾走していますわ!!」


 聞きながらもスピードアップさせたクロベーの耳に、断片的ながらも事態を把握しうる情報が届く。


 地下空間の奥からは、鈍い輝きを放つ表皮を持つ甲虫〝スカラベ〟が真名をめがけて進軍していた。


 鋭い鋸のような棘を持つ六本の肢で地を這い進む姿は、見慣れぬものに言い知れぬ恐怖を覚えさせる。


 しかもその姿は、普段の生活ではまずお目にかかれないほどに大きい。身動きが取れない今、脳裏に浮かぶ選択肢など逃げの一手だろう。身動きが取れない以上逃げられないわけだが。


 真名の言葉を聞いて、クロベーは冷静さを取り戻す。今の真名は地上七メートルほど上空に居る。いかに怖くとも、地を這う虫では手も足も出まいと。


 とはいえ、早く引き上げるに越したことはない。最高速度で両手を動かしながらも、身体を揺らしてバタつく真名を落ち着かせようと言葉をかける。


「ああ、虫はダメか」


「淑女たるもの、どのような状況にあっても決して自分を見失うことなかれと教えられておりますゆえ、毅然とした態度で臨むも吝かではありません。ですが、この大きさは無理ですわ!根源的な部分が生命の危機を訴えてやみませんもの!!」


 確かに、いかに戦う術を持っているRPGとはいえ、女子が人間サイズの虫と戦うのはハードルが高い。


 そういった心情を察して、クロベーもまた大急ぎで引き上げる。


 と、ここでまた事態が動いた。


 真名との距離が残り数メートルほどになったところで、スカラベ達は堅い外殻を持ち上げ、その下にある翅を広げていく。


 ぶううううんという音を響かせ羽ばたきながら、真っ直ぐ真名を目がけて飛んできた。


「い、いやああああ!!無理、むりですわあああ!!」


「動くな揺れるな!引き上げられないだろうがって何ソレ気持ち悪っ!!」


 淑女にあるまじき絶叫を上げながら暴れ回る真名を、まるで事態を把握できていないクロベーが嗜める。しかし、真名の隣を通り過ぎた甲虫が持つあまりにもあんまりなビジュアルに引きまくる。


「無理!無理ですわ!!避けないと取りつかれますもの!アレに触れられるくらいならば、恥も外聞もかなぐり捨てて避けまくりますわよわたくし!」


「淑女たるもの自分を見失わないんじゃねえのかよ!あーあんま暴れっとロープ取り落しそう!」


「臨機応変って便利な言葉ですわね!いやああ!こっちくんなですの!!」


「言葉遣いも摂り繕えてねえじゃねえか、臨機応変はキャラ崩壊の免罪符にはならねえよ!」


「貴方だけが知る本当のわたくしだと思えば、特別な感じがしてよろしいのではなくて!?」


「こんな状況じゃなけりゃな!こういう時に出てくるものは本性っていうんだよ!」


 とんだ地獄絵図である。お互いに色んなものを曝け出しまくりだった。


 クロベーもツッコミ……もとい、叫びながら手を動かしたが、振り子運動を用いて華麗に避けていた真名の上で、飛び交うスカラベの肢がロープに引っかかる。


 トゲトゲした肢がロープに引っかかったせいで、安物のロープからブチっと音がした。


 間を置かず、引き上げていたロープから重さが消えた。クロベーがロープの先を確認するまでもなく。


「またですのおおお!」


「ま、真名ああああ!!」


 という二人の声が遺跡に響いた。





 再び落下する真名は、叫び声をあげながらもさすがの対応力というべきか、猫のように身軽な動きでうまく着地する。


 二メートルほど先で千切れてしまっているロープを一瞥すると、右太もものホルスターから抜き出したナイフで腰に巻かれたそれを切り落とす。


「わたくしの落ち度とはいえ、寸前で肩透かしを喰らった気分ですわ」


 そのままナイフを逆手に構え、スカラベの位置を確認する。


 正面に並んで二体、左斜め後方に一体。


「クロベーさんに、余計な消耗品を使わせてしまいましたわ。この埋め合わせは、貴方方の命で行わせていただきますわね」


 言い終えると共に、前にいる二体に向けて勢いよく駆け出す。


 反応すらできない二体をすれ違いざまに切り裂くが、金属同士が擦れ合うような感触に歯噛みする。


 真名は速度重視のビルドを組んだシーフである。速度と手数で押す彼女の攻撃は、その実一撃が軽い。腰の入った一撃を放つには足を止めなければならず、しかしそれではシーフの強みである素早い動きは消えてしまう。


 それに、真名が持つ初期装備のナイフではたとえそこまでしたとしても、目の前にいる甲虫の堅い外殻を前にしては、十分なダメージは見込めないだろう。


 ちらり、敵を確認したところで彼女は考える。


 手はまだある。それこそ〝切り札〟と呼べるものが。


 それでも躊躇が勝るのは、果たしてここでリソースを削っても良いのであろうかという迷い。


 更には、そうして切った札で敵を倒しきれるのかという疑問だった。


 スカラベ達から繰り出される、コンビネーションと呼ぶにはあまりに拙い連続攻撃を危なげなく躱しながらも、思考を続ける。


 二体までならば、何とか打倒が可能だろう。でも、三体までダメージが分散した場合は分からない。


 かといって、限られたカードを二枚も切れるほど、自分達に余裕はない。


 悩みながらも結論を出す。使うしかない、と。


 意を決して敵を見据えたところで、今まさに目の前にいる敵が両脚を振り下ろす。


 これを躱してから、と考えた瞬間。


 目の前にいた巨大な虫が、硬質な破砕音を響かせながら潰れていった。



 ―――時間は少し遡る。


 ロープが切れた反動で尻もちをついていたクロベーは、即座に立ち上がると同時に駆けだした。


 急いで穴の縁から下を覗き込むと、そこでは今まさに真名とスカラベ達の戦闘が始まるところであった。


 真名が動き出すと同時に、自分はどう動くべきかと思考を巡らせようとしたクロベーの目が奪われる。


「すっげ……超綺麗だ」


 敵を切り裂きながら舞うようにすり抜けていく真名の剣舞に、しばし見とれてしまう。


 しかし、ナイフではイマイチダメージを与えられていないことに気づき、今度は甲虫の動きを確認する。


 近くに真名がいれば、その場で肢を振り回す。真名が遠ざかれば、翅を広げて飛んでくる。


 モンスターの行動パターンを管理するA・Iは、初期段階においてはだいぶお粗末なようだ。


 数秒ほどを観察したクロベーは、意を決して穴の縁に足をかける。


 もう一度敵の動きを確認すると、一体がその場で肢を振り下ろすタイミングに合わせるよう、己の身を宙に躍らせた。



 そして話は冒頭に戻る。


 クロベーの足元には、落下速度と彼の自重が乗った一撃を受けた甲虫が踏み潰されている。


 目の前で突如消えた敵と、轟音を上げながら入れ替わりで現れたクロベーに驚いたのか、真名はその場に尻もちをつく。


 このサイズの虫をストンピングで倒すことができたのは、偏に穴の高さとオークである彼の重さゆえだろう。


 落下物のダメージはノア内でも有効であり、高さと重量に比例して威力が増す点も変わらない。


 現実世界と違う点は、今もなおクロベーの足元にある甲虫だったものくらいだ。


 踏み潰した何某かは、本来であれば悲惨な絵面になること請け合いだが、人によってはトラウマ案件必至なそれは跡形もなく消えている。


 ノアの場合、国が作った高校生向けのゲームである以上、Rがかかるような描写は自粛されているのだ。


 戦闘のたびにいちいち血肉の花が咲いていては、並列思考に順応する以前に情操教育上よろしくない。


 そのため、倒された敵は簡単なエフェクトと共に消えるという表現に抑えられているのである。



 因みに、現実的な点がもう一つ。


 落下によるダメージは落下物にもフィードバックされる。今回の場合はクロベーだ。


 高さと自重に左右されるこれは、プレイヤーの防御力によっては文字通り致命傷になる。


 落とし穴に二度も落ちた真名のHPは三割ほど減っているのに対し、クロベーのHPは八割ほど持っていかれている。エクス・マキナの種族特性である物理攻撃耐性があるとはいえ、不公平極まりないと黒部は思う。


 ノアにダイエットなんて概念はない以上、落下ダメージとの付き合いは今後も継続される。


 それでも彼が生き残っているのは、普段からミニゲームで満遍なくステータスを上げていたからだろう。


 単純な物理防御力であるVITと、着地判定にかかわるDEXが後少しでも低かったら、彼も等しく床のシミになっていた。


 痛みのフィードバックがないのがせめてもの救いだろうか。


「大丈夫か?」


「あ、え?」


 座り込む真名にクロベーが手を伸ばすと、彼女はおずおずと手を伸ばしてきた。


 ぐいと引っ張り上げられると礼を一つ。そこでようやく頭の整理が追い付いてきたのか、真名が口を開く。


「クロベーさんまで下りてきてしまっては、上まで戻れませんわ」


「持っていたロープも千切れちまったし、どっちにしろ引き上げる方法はねえよ。だったら二人でこの状況を乗り越えんのが先決だろ」


 ちらりと敵を見据える。相手は敵が増えたからか、様子を窺うようにじっとしている。単純に戦闘A・Iが切り替わっているだけなのかもしれない。


 これ幸いとインベントリからポーションを取り出すクロベーに、消耗品を駄目にしてしまった気まずさから慌てる真名が言葉を続ける。


「こ、この程度の敵であれば、わたくし一人でもなんとかなりますわ。そ、それに、貴方のHP、もうほとんど残っていないではありませんか」


「俺のステータスを考えると、死なずに一体倒せればラッキーなんだ。それに、虫が苦手なんだろ?だったら俺が頑張らねえとな」


 自分の貧弱さを申告するや否や、買っておいたポーションをがぶ飲みしながら真名の前に立つ。非常にカッコのつかない絵面である。


 空になったポーション瓶をそこいらに投げ捨てると、ようやく甲虫達も動きを見せ始める。立ちはだかるクロベーに突撃せんと構えるスカラベ達へ、腰に手を当てたクロベーが宣言する。


「さて、空気を読んで大人しくしていたところ悪いが、お前らはここで退場だ。叩き潰されたいほうからかかってきな」


 戦いと呼ぶにはあまりに美しい真名の舞を見て触発されたのか、変なテンションになるクロベー。 


 にやりとニヒルな笑いを浮かべているつもりなのだろうが、襲撃予定の村を前に卑らしい笑みを浮かべる悪いオークにしか見えない。


「全く……オークが気取ったところで、カッコつきませんわよ」


 それを見て、真名が苦笑いを浮かべる。全くもってその通りである。


「とはいえ、助かったのもまた事実ですわね。一応お礼は申し上げておきますわ。ありがとうございます」


「おうっ」


 やっぱカッコつかないよなあと苦笑いを浮かべながら、クロベーが腰に差していた棍棒を手に取り、構える。


 それを見たスカラベが、背中に折り畳まれていた翅を広げてクロベーへ襲いかかった。


 クロベーは足を踏ん張って、先行していた一体を受け止める。すぐさま横をすり抜けようとするもう一体。こちらの目標は真名のようだ。


「う、るあああっ!」


 それを見たクロベーが、受け止めていた個体ごと棍棒を横一文字に振るう。地面から足、膝、腰と力を伝わせながら、もう一体もフルスイングで薙ぎ払う。


 力自慢であるオークが放つ渾身の一撃は相手を吹き飛ばすほどではないものの、巻き込んだ二体をまとめて数メートル転がらせる。


 派手なアクションにあれ?俺強いんじゃね?といった錯覚に陥りかけるクロベーだが、残念ながら派手なだけでダメージはほとんど稼げていない。


「さて、ファーストアタックはこんなもんか」


 言いながら、クロベーも考える。虫嫌いな女の子の手前カッコつけてはみたものの、先ほども言ったように何とかなるかは微妙である。


 棍棒をはじめとした打撃武器は、堅い外殻を持つモンスターに有効ではある。


 ただ、クロベーの持つ棍棒もまた初期装備、攻撃力もお察しの通りといったところだ。地道にヒット・アンド・アウェイを繰り返したところで、先に倒れるのはこちらの方だろう。オークにヒット・アンド・アウェイとかいうパワー・ワードを何とかしてほしい。


 最悪、撤退すらも視野に入れて動こうと武器を構えたところで。


「ご安心くださいな」


 真名がクロベーの横に並び立つ。


 声はかけるものの、体勢を立て直そうともがく甲虫からは視線を逸らさない。


「虫は大丈夫なのかよ」


 クロベーもまた同じく、声だけで真名に返す。


「近い距離での対応はごめん被りますが、このくらい距離が離れているともなれば話は別ですわ」


 フィラメントのように輝く長い後ろ髪を左手でかき上げると、腰を落として両腕を伸ばす。掌を前方に構えたところで、声高らかに宣言した。


「先ほどまでのわたくしは、いいように扱われ無様を晒し、挙句不覚を取るところでしたわ」


 同時に、両掌の間に紫電が迸る。


 真名の身体からは駆動音がキイィィィと響き、その音に合わせて紫電がバヂバヂと勢いを増していく。


 体表面の各所に刻まれている溝から髪色と同じ赤橙色をした輝きが漏れ出すとともに、排熱を目的とした白い蒸気が噴き出す。


 耳にあたる部分に取り付けられたメカギミックが展開し、衝撃を受け止めるための小型ブースターが姿を現した。


 瞳をよく見れば、虹彩部分がカメラのレンズ状に変化しており、内蔵された絞り羽根のようなギミックがピントを合わせている。


 クロベーは真名から放たれる雷光に目を細めながらも、彼女が何をしようとしているのかを理解した。


「ただ、それでも」


 紫電の勢いが臨界点を超える。眼前では、今まさに体勢を立て直した甲虫達が、翅を広げんと屈むところだった。


 しかし、何をやってももう遅かった。真名の準備が整った以上、もう逃げられない。


「できることすらせず!誰かに守られながら後ろで震えているだけの女ではございませんわ!!」


 叫びと共に放たれる、御雷の奔流。


 身の丈の数倍ほどもあろうかという極大の紫球がスカラベ達を埋め尽くし、跡形もなく消し飛ばした。


 これこそが真名の、真名の種族が用いる最高の〝切り札〟。


 〝エネルギー・ボルト〟。


 エクス・マキナの固有スキルであり、魔法を使えない同種族唯一の遠距離兵装である。


 普段は体内に蓄積させている余剰エネルギーを使用して放つ、ノアの世界観において魔法とは全く違う遺失文明の兵器だ。燃費の悪さ、溜め時間の長さが欠点ではあるものの、攻撃範囲内にいる敵を一掃する破壊力は筆舌に尽くしがたい。


 現に、身の丈ほどはあろうかという甲虫達は一撃で塵と化した。


 初めて見る超兵器の威力を前に、クロベーは開いた口が塞がらない。各ギミックが元に戻ったことを確認して振り返る真名の顔は、渾身のドヤ顔である。どんなもんだいといわんばかりだ。


「……いや、流石だわ、正直助かった」


 少しの間をおいてクロベーが答える。手詰まり状態だった戦局を文字通り一掃した威力もさることながら、リソースをケチらずに使用できる決断力には舌を巻いていた。


 事実、一体でも倒せれば真名はエネルギー・ボルトを打つつもりでいた。迷いがなかったわけではないし、今も倒しきれたことにホッとしているが、そんな雰囲気はおくびにも出さない。


「当然ですわ」


 そう言う割には嬉しそうな顔をしている。にっこにこのルンルンである。


 何を隠そう、彼女はこの技を気に入っている。弾数制限や溜めの時間は確かに扱いづらいが、それも含めて〝切り札〟なのであると、前向きに考えていた。


 何より、打ち終えた後の爽快感は最高に小気味良かった。


「あの階段を登れば、先に進めそうですわね。……ああ、その前に、これをどうぞ」


 お嬢様が顔を向ける先、地下室の奥に階段があった。どうやらあれがこの地下室における順路らしい。


 クロベーを促しながらも自らはインベントリを操作する。そこからポーションを二本取り出すと、一本をクロベーに手渡した。


「何が起こるかわかりません。ここで回復を行ってから参りましょう」


「……もらっちまっていいのか?」


 手渡されたポーションをしげしげと眺めながら、不思議そうな顔でクロベーが訪ねる。


 真名の提案に否やはないが、ポーションをくれた厚意までは理解できなかったようだ。


「貴方のダメージ自体、わたくしの落ち度から負ったものですもの。貸し借りは早めに済ませておくべきですわ」


「それも含めてパーティだと思うんだけどな」


「であれば、パーティであるからこそ負担も共有すべきなのでは?」


 クロベーとしては、パーティ内で起こる個人の消耗品管理は自己責任だと思っている。


 ただでさえ、回避に関しては絶望的なステータスを持っているのだ。回復にかかわる消耗品に関しては必要経費である。


 とはいえ、ここは真名の顔を立てておくべきだろうと考えた。いつまでも先の失態を引きずって欲しくはないし、他者から受ける気遣いというのは単純に嬉しい。


 よって、ここは彼女の優しさに甘えることにしたのだった。


「そっか、ならもらっておく。ありがとう」


「こちらのセリフですわ。少し調べものを行いますので、お待ちくださいな」


 そう言った真名は、階段付近に視線を送る。よく見れば、彼女の瞳が紅く輝いていた。


 〝トラップ・サーチ〟。シーフの職業スキルの一つで、その名の通り可視範囲内の罠を検知するスキルだ。


 シーフの探知スキルにはいくつか種類があり、レベルが上がる毎にスキルの種類が増えていく。


 種類ごとに光るエフェクトの色が変わるようで、仲間にも優しい親切設計だ。同時にサボりもバレやすい。


 因みに、職業スキルは魔法適正や武技適正とは違うカテゴリで管理されているため、スロットの制限は圧迫されない。


 先ほどの真名はトラップ・サーチどころか前しか見ていなかったので、シーフの仕事をしていないのがクロベーにも理解できたのだ。


 しかし、今の真名は自身の職種に則った働きを見せている。どうやら一度罠に嵌ったことが、真名の危機管理能力を上げたのだろう。


 クロベーとしても、シーフとクエストに赴いてトラップ三昧は胃に悪いのでありがたかった。


「……にしても、瞳が光るエフェクトって超カッコイイなあ」


 機械人形特有の金属製の顔。その眼に光る真紅のエフェクトは最高に相性が良かった。元の顔が端正な点もそれに拍車をかけている。


「……流石に見つめ過ぎではありませんの?」


 しばし見惚れていたのが真名にもバレていたようだ。鉄面皮がうへえって顔してる。それにしても、本当に表情豊かな機械人形である。


 元より、女性は視線に敏感だという。黒豚として客寄せを経験していた彼も、己に向けられる不躾な視線には辟易していたので、素直に己の非を認めた。


「悪い。正直見とれてた」


「……ま、まあ、クロベーさんも殿方ですもの、仕方ありませんわね」


 言った後にしまった、超恥ずかしいことを言ってしまったと思ったクロベーであったが、真名の理解ある発言にホッと胸を撫でおろす。


 まさか女子である真名に、ロボの目がぐぽーんと光る姿に心を燃やす、そんな男のロマンが理解されるとは思っていなかったのだ。これにはクロベーの顔もほころぶ。


 実際のところはそうではなく、乙女心と男のロマンがすれ違いの末に奇跡的な出会いを果たし、決定的な部分が噛み合わないまま結ばれただけの話である。


 乙女どころか今やまともな友人すらいない黒部にそれを求めるのは酷な話なのかもしれないが、もう少し見る目を養えと言いたい。大きな悲劇を生む前に。


「と、とりあえず、周囲に罠はございませんので、体力を回復させたら参りましょう」


 真名はクロベーを促しながら、自分用のポーションを飲み始める。


 機械人形であるエクス・マキナにポーションが効くのは不思議ではあるが、そうでもしないと真っ当な回復手段がなくなってしまうので仕方がない。


 暫くして、お互いの体力が満タンになったのを確認してから、二人は階段へ向けて歩き出した。





 ―――前を歩くエクス・マキナ、〝真名〟の背中と、正面に座るお嬢様〝紀久淑茉奈〟を眺めながら、黒部は考える。


 エクス・マキナ。


 無生物というカテゴリ上MPを持たず、その代わりに〝EP〟というステータス値が存在する。エネルギー・ボルトをはじめとした特殊兵装専用のステータスは、これ以外には使い道がない。


 種族特性である物理ダメージ軽減は、物理攻撃をメインに扱う接近戦にはめっぽう強い。


 特性を活かした高い防御は敵の攻撃を遮断し、自らは高い攻撃力と機動性で相手を翻弄する。


 魔法戦が天敵な分物理に強いという、えらくピーキーな種族だ。


 物理攻撃専門ともいえるその特徴は、敵が魔法を使わない初期のクエストにおいて、無類の強さを誇る。そのためエクス・マキナは、初期パーティの要とも呼ばれている種族なのだ。


 しかし、クエスト内の敵や周囲のプレイヤーが魔法を多用するようになってくると、途端に魔法戦の柔らかさが目立つようになっていく。


 覚えたての初期であれば、相手に纏わりつくことで魔法の使用を制限させられるが、魔法攻撃の精密操作ができるようなると、狙い撃ちで落とされるしかなくなってしまう。


 そして、魔法を扱えないがゆえに魔法への具体的な対策が立てにくいエクス・マキナは、それに抗う術がない。



 そもそもの話、ノアの名が示す自由度という可能性は、ヒューマン以外に全く示されていない。


 オークの魔法職選択不可しかり、大なり小なり種族による縛りはある。


 それも個性と言わたらそれまでではあるが、エクス・マキナは種族の縛りが強いどころの話ではなく、もはや自由度がないと言いかえても良いかもしれない。


 魔法が使用できないという時点で、選択できる職種が限られていく。


 職種に制限がかかるとなると、選択肢に柔軟性がなくなる。


 高い物理攻撃耐性と敏捷性による近接戦闘、エネルギーボルトによる中距離攻撃は優れた攻撃手段であるが、逆に言うと。その二つ以外にできることがないのである。


 それを抜きにしても、エクス・マキナには致命的な弱点がある。先にも述べたとおりにこの種族、魔法攻撃に滅法弱いのだ。


 回避が困難な範囲魔法に晒されると、即座に落とされる可能性すらある。


 しかも、魔法が効かないから回復魔法や支援魔法も効果がない。正真正銘自力で耐えなければならないのだ。


 これが、エクス・マキナがピーキーだと言われている理由になる。



 結果、エクスマキナは夏休みの終わりとともにパーティメンバーから捨てられることが多い。


 もしくは、裏方という名の素材集め要員や、酷い場合は罠を文字通り身体で探知させられることもあるらしい。


 エクスマキナは希少な種族だといわれている。しかしそれは、レアな種族だからだという明るい理由ではなく、非常に後ろ向きな理由からなのだ。



 ひょっとすると、紀久淑茉奈が〝真名〟の職業にシーフを選んだ理由は、そういった未来を考慮しての選択なのかもしれない。


 周りに強制されるでもなく率先して罠に向かっていき、対処をしていくから。


 だから自分に命令するな。


 だから自分を捨てないで。


 それは自身のプライドを守るためなのかもしれない。


 それは共に戦っていく仲間への媚なのかもしれない。


 だとすれば、彼女は―――。




 前を歩む彼女。表情は伺えない。


 前に座る彼女。表情は変わらない。


 彼女はエクス・マキナが現れた時、何を思ったのか。


 エクス・マキナという種族の特性を知った時、何を思ったのか。


 エクス・マキナという種族が受ける扱いを知っっているのか。知っていたとすれば、その時に何を思ったのか。


 彼女の小さい背中からは、何も読み取ることができなかった。

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