パーティ
入口の前まで進んだところで、クロベーは真名を制して止まる。罠を警戒しての動きだ。
ここティリア遺跡は、ダンジョンの規模自体は小さいものの、トラップやギミック、果てはモンスターハウスまで用意された施設だ。
攻略サイトに詳しい内容を載せられないため仔細までは知られていないが、ダンジョンのチュートリアルに相応しい難易度になっている。
二人のパーティには正直荷が勝っているが、これを選んだ真名はえらく自信ありげだった。
曰く、冒険といえばダンジョンアタックですわ!らしい。自信の根拠はどこにあったのだろう。
「どうしました?」
目的地の直前で道を遮られた真名が、クロベーに怪訝な顔を向ける。
「いや、入り口近くに罠があるかもしれないから」
硬い表情を浮かべるクロベーを見て、真名も気を引き締める。
さすがに初期のクエストでそんなえげつない真似はしないと思いたいが、そういった警戒心を育むのがチュートリアルの目的でもある。楽観視はできない。
それに、リソースが限られている二人からしてみれば、モンスターとの戦闘よりもトラップによる余計な消耗の方が怖い。
同じリソースを割くにしても、経験値やアイテムの回収が見込める戦闘の方がありがたいのである。トラップを解除するスキルが欲しいところではあるが、二人しかいない以上多くは望めない。
そういえばと、ここに来て聞いていなかった情報を思い出す。迂闊だったなと思いながら、真名に問いかける。
「今更なんだが、お互いの職業を話してなかったな。俺はアタッカービルドの戦士なんだけど、真名さんは?」
呆れる事に、仲間の職業すら知らずにここまで来てしまっていたパーティデビューの二人組。本来であれば真っ先に確認すべき事柄である。
割と重大な抜けだというのに気付かない真名は、ああそんな話かといわんばかりに軽い口調で答える。
「シーフですわ」
「え?」
互いに間抜けを晒した割に、最上級の結果が答えとして帰ってきた。
シーフとはその名の通り、鍵開けや罠の解除に秀でた職業である。戦闘に関しては、速度によるかく乱と気配を消しての一撃必殺に分けられ、どちらを選ぶかによってビルドが異なっていく。
とはいえ、目の前のお嬢様が盗賊職を選んでいるとは思わなかった。同時に、彼女がこのクエストを自信ありげに選んだ理由はこれだったのかと納得する。
「……どうかなさいましたか?」
驚きすぎて固まっていたからか、真名がなんか文句あるのとばかりにジト目を向ける。
慌てて取り繕った黒部の口からは、率直な疑問がポロリした。
「い、いや、意外だなあと。なんで?」
「……乙女の秘密、ですわ」
随分ともったいぶった返事を返す真名。言いたくないのか、それ以降は口を閉ざしてしまう。
不躾な質問だったのかと、黒部はこれ以上の追及をやめた。何はともあれ、ダンジョン内においては真名に頼らなければ何もできない。
最悪、ボス戦ではクソの役にも立たないクロベーが漢探知をして進もうと考えていたので、真名の職業は純粋にありがたかった。
「オッケー。ギミックは任せる。その変わり、露払いは任せろ」
「ええ、承りましたわ。では参りますわよ!」
ひょっとしたら気まずくなるかもしれないと思っていたクロベーだったが、真名の返事を聞く限り心配はないようだ。言いたくなさそうではあったが、特に機嫌を損ねたわけでもなかったらしい。
その様子を見て、クロベーも後に続く。二人が遺跡に入るのと同時に、通路の壁に取り付けられた松明に火が灯る。流石は初心者向けダンジョンとでもいうべきか、明りの心配はいらないらしい。
用心のためにクロベーが有り金をはたいて買った〝これで安心!冒険セット初級編〟が日の目を見ることはなさそうだ。
迷いのない足取りで先を進む真名の背中は、クロベーの目には頼もしく映る。足りない分を支え合う仲間が、自分の命を預けられる存在がいるだけで、身体が軽く感じられる。
何かを忘れている気がしたが、目の前を歩く真名がとても楽しそうなので気にしないことにした。
道なりに暫く進むと、いかにも罠を用意していますと言わんばかりの一本道に行き着いた。
さて、ここからが本番だ。自ずと二人の表情も強張る。二人は遠足に来たわけではなく、クエストの攻略に来ているのだ。
「ここからは慎重に行こう。下手にリソースを割いてもしょうがなっ」
言い切らないうちに、真名は我先にと道を歩いていく。優雅な足の運び方は、松明の加減で輝きを変える姿も相まって、この世のものとは思えないほどの怪しい魅力を纏っている。
迷いのないどころか、真正面以外を見向きもしない真名の姿を見て、クロベーは冷静になる。忘れていた何かを思い出す。
ここに至るまでの道すがら、真名は罠探知を一切行っていなかった。スキルを使用した形跡がないから間違いない。
「待って!お願いだから罠!罠探知して!」
「ご安心を。たとえ矢が飛んで来ようとも、わたくしの姿を捉えることはかないませんわ」
「俺のこと忘れてない!?あなたが今会話してんのは誰!?」
確かにエクス・マキナは、種族特性のお陰で高い物理攻撃耐性を持っている。
更にはAGIも高く、シーフという職業補正も加われば単純な飛び道具など怖くも何ともないだろう。
魔法が使えないというデメリットはあるが、それはクロベーも変わらない。なんだろう、この上位互換が目の前にいる感は。
人と赴くクエストにこだわっていた、というより執着に近いものを持っていた真名らしくない。どうやら余りの嬉しさに、自分を見失ってしまっているようだ。
しかし、ダンジョンはこちらの事情など考慮してはくれない。
ただ今二人がいる位置は、一本道のちょうど真ん中あたりに真名、十メートルほど後方をクロベーがおっかなびっくり全速力で歩いている。二人とも、パーティの意味を辞書で引っ張ってこい。
直後、ずかずか進んでいった真名の足元から、カチッと何かを押したような音が鳴った。
「「ん?」」
踏んだ本人である真名、何か嫌な音がしたぞとクロベー。順番に目視した結果、音の発生原は彼女の左足が置かれているブロックだと判明する。
それが彼女の踝辺りまでがっつり凹んでいるのを確認して、顔を見合わせる。顔は冷や汗でダラダラである。何を言う間もなく、石造りの床がふっと消えた。
真名の立っていた一帯だけが。
クロベーの足場は無事だったところを見ると、罠の探知すらせず独断専行を繰り返す真名にダンジョンがキレたのかもしれない。
〝ダンジョン舐めんじゃねえ!!〟
耳をすませば聞こえるかもしれない。頑固オヤジもかくやという、ダンジョンさんの怒りの声が。
真名を飲み込まんとする穴の先には、奈落の底を思わせる闇が広がっていた。
「ま、真名ああああ!!」
「イヤあああですわアアア!!」
呼び捨てになってしまうほど焦るクロベー。なす術もなく落ちていく真名。確かに彼女の素早さがあれば、飛んでくる矢は避けられるかもしれない。
しかし、落とし穴に素早さは関係ない。
「わたくしとしたことが、このような単純かつ古典的なトラップに引っかかるとは……」
怒りたいやら情けないやらといった様子で文句を言う真名ではあるが、ただの自業自得である。
一方のクロベーは、お得意の凹み顔だ。どうやら、今回の件にも責任を感じているらしい。
シーフが任せろと言ったにもかかわらず罠探知をしなかったのも、罠にかかって穴に落ちたのも真名の過失だ。
それでも黒部は謝罪する。
「ごめん、迂闊だった」
「……それは、どういった謝罪ですの?」
当然、謝られた真名も困惑の表情を浮かべる。
謝罪を言うべきなのは自分である。勿論それを真名は理解していたし、謝罪も行うつもりだった。
だというのに、謝らなくて良い相手が先に謝罪をした。
真名……否、紀久淑茉奈にとってそれは度し難い行動であり、当然の日常でもあった。
―――始まりはいつだったのか。恐らく、物心ついたころからずっとそうだったのだろう。
なにか問題が起こって、その過失が紀久淑にあった場合でも、必ず相手が先んじて謝罪を行ってきた。それを当たり前だと言っていた周囲の人間は、一度たりとも彼女に謝罪の機会を与えなかった。
それは企業のパーティの席で起こった。それは中学校のホームルームで起こった。それは使用人に囲まれた家で起こった。それは家族以外の誰かがいる、すべての場所で起こった。
波風を立てないように、彼女の気を損ねないように。
彼女はそれが納得いかなかった。個人としては責任の所在をはっきりさせたいし、己の過失を認めて謝罪を行うのは常識であると理解もしていた。
何よりも、謝る必要もその気もない相手が上っ面だけを取り繕って行う、誠意も中身も感じられない謝罪が嫌いだった。
実際、相手の謝罪を撤回させたこともある。悪いのは自分であって、貴方ではない。偉いのは自分の親であって、自分はただの小娘に過ぎないのだと。
その結果、一つの企業が倒産した。彼女には理解ができなかった。
周囲の人間は、今まで以上に彼女の顔色を窺うようになった。
家の立場をかさに着た奔放な我儘娘だと、周囲の人間には思われたくなかった。
こうして公立の高校に通い出す程度には活動的な性格をしているし、それを笑顔で受け入れてくれる両親を愛してはいるが。
自分勝手に、誰かを不幸にするような人間にはなりたくなかった。
クロベーの謝罪を受けて、真名は思う。誰であろうと、結局はこういった態度で接してくるのだと。こんなところでもそれは変わらないのかとうんざりしていたが、続く言葉はいつもと違っていた。
「初のクエストに浮き足立っていたのは俺も一緒だった。だからごめん。ただ、これからは俺の話も聞いてくれ」
「……結局は、わたくしが勝手な行動を取った結果ではありませんか」
「それはまあその通りだな。否定しねえよふざけんな反省しろ。でも、それも含めて一蓮托生なんだよ。二人で頑張る、分け前は折半、責任も折半。それがパーティってモンだろ?」
クロベーの言葉は、真名の過失を否定しなかった。顔色を窺うような上辺だけの言葉でもなかった。
真名の軽率な行動を嗜めたうえで、クロベーもまた、もっと強く止めていれば良かったと言いたいらしい。パーティメンバーを危険にさらしてしまった責任は自分にもあると。
互いに責任がある、どちらかが一方的に被るわけではなく、どちらか一方に押し付けるわけでもなく、それもまた共有する。
〝それがパーティってモンだろ?〟
クロベーの言葉を反芻する。憧れた言葉。何よりも欲した言葉。
であれば。
彼とパーティであるために、仲間であると胸を張って言えるように。
言わなければならない言葉は、決まっている。
「ええ、今回は己の職務を放棄して、文字通り足を掬われたわたくしの落ち度ですわ」
真名はこの謝罪が、自分を責めがちなクロベーの悪い癖だとは理解していた。中身の伴わない表面的なものではなく、自罰的な彼が心から悔いているのも感じていた。
心が弱っているのを知っていてなお、彼が自分を責めるような状況を生み出し、謝罪をさせてしまうような自分が歯痒かった。
「忠告を無視して先行したこと、お詫びいたしますわ。申し訳ございません」
家族以外に行う初めての謝罪、言葉は思いのほか素直に出てきた。己の過失を認めるという行ために、罪悪感とは別の達成感を覚えて何とも面はゆい。
同時に産まれたのは、感謝の思い。人として当然の、それでいて自分には与えられてこなかった機会を設けてくれた彼に、報いたかった。
人として当然の、それでいて彼には与えられていない喜びを。謝罪の機会を与えてくれた彼に、自分を認める機会を与えたかった。
「この先、わたくしが不覚を取ることはありません。それでも一人でできることなど限られております。ですのでどうか、共にクリアを目指す仲間として、クロベーさんのお力をお貸しください」
目的を見失っていた。でも、今は違う。
今日の自分は、冒険に来たのだ。背中を預け合う仲間と共に。
だからこそ、言葉にして相手に伝える。自分の言葉で、少しでも自信を持ってもらえるように。
「今のわたくしには、クロベーさんが必要ですわ」
「おう、任せとけ!!」
本人はニカッと笑ったつもりなのだろう。
しかし、ベースがオークなうえに吊り目な三白眼が加わったお陰で、敵キャラが浮かべた不敵な笑みになってしまっていた。
それはそれで頼もしく感じてしまうなとおかしくなってしまった真名が、さっそくクロベーの力を借りようとお願いを口にした。
「と、いうわけで。早いところわたくしを引き上げてくださいな。穴越しの会話は首が疲れますわ」