僕のかわいい眼鏡ちゃん
わーちゃんのコンタクトレンズがぷるんと震えた。わーちゃんは目を閉じて、ほっぺを桃色に染めていた。キスした瞬間僕の心は離れた。まただ。僕はこんな風にしか人を愛せない。
僕とわーちゃんが出会ったのは春休みの登校日。廊下の柱に貼ってある紙にクラス替えの結果が印刷されていた。人だかりの中、背が低いから少しでも見ようとしたのだろう。伸びをした彼女の眼鏡が僕の肩にぶつかってカシャンと床に落ちた。僕は慌てて眼鏡を拾った。縁は銀色で、先セルはピンク色。かわいい眼鏡だ。
「落としたよ」
「あ、ありがとうございます」
僕から眼鏡を受け取る白い指。わーちゃんは眼鏡をかけ直した。小さくて細い体だった。さらさらの長い髪をポニーテールにまとめていた。わーちゃんはぺこりと頭を下げて走っていってしまった。その日はちゃんと話すことはできなかった。
わーちゃんと再会したのは登校日のすぐ後、新学期。同じクラス隣の席にわーちゃんは座っていた。初めはおどおどした態度だったけど、仲良くなるのに時間はかからなかった。僕達はとても気があって、ほどなくして付き合い出すようになった。告白は僕からだった。
わーちゃんはおしゃれをし始めた。大人しくて真面目なわーちゃんも僕と付き合って少し変わったみたい。始めに前髪を切って、スカートを短くした。眼鏡を変えてポニーテールのしっぽが短くなった。ふわふわの唇もほんのりと色づいて、薄く化粧していた。自信のついた凛々しい笑顔でわーちゃんが笑うから、僕はたくさん褒めた。
何度かデートもして手をつないだりもした。僕は舞い上がっていたし、わーちゃんもそうだと思う。次はキスだろうか・・・ぼんやりと考えていたら不意にそんな雰囲気になった。
彼女の細い指が僕の肩に絡まる。
わーちゃんの小さな唇に僕の唇が触れた。そこにはぶつかるはずのわーちゃんの眼鏡はなかった。わーちゃんのおしゃれは最終的に眼鏡を外してコンタクトをするに至ったのだった。
僕は悲しかった。眼鏡がない。僕が好きなのは眼鏡をかけたわーちゃんだったのに。
出会った頃の銀縁眼鏡は素朴で真面目で可愛かった。厚めのレンズが太陽に透けるたびにきらっと光った。先リムのピンクが耳の白さを際立てていた。垢抜けた後の黒のウェリントンフレームの眼鏡はそれはそれは知的で繊細で、最高に美しかった。都会的な雰囲気にクラクラして、目を合わせるたびに僕の心臓は高鳴った。静かにキスを重ねながら今ここに眼鏡があったらと叶わない願いを思い浮かべた。
早く次の眼鏡を探さなくちゃ。
すっと唇が離れて真っ赤なほっぺのままわーちゃんは微笑んだけど、僕の心は静かに冷えていくばかりだった。