05_地下ダンジョンの憂鬱
学園の地下に存在する図書館は戦乱から蔵書を守るために作られていた。今では生徒の調べ物程度にしか使われていないが、更に地下に行くと当時作られた侵入者用のトラップが誤動作するらしい。
それも今では全て取り外されたはずだが、まだトラップは残っていたとアニスは推測する。
彼女にとってはその罠に引っかかってしまったのは屈辱らしい。
「で、どうやって出ようか。」
「さあ?」
「このダンジョン、一体何のために作られたんだろう。奥に何かあるんだろうか。」
「あったとしても、こんな場所がある理由が分からない。もしかしたら、未発見の通路かもしれないけど。あの転移魔法さえ無ければ。」
「アニス?」
割とイライラしていたようだ。実際このダンジョンは迷路みたいで、かなり広い構造になっている。
自分の足で迷路を歩かされるのは確かにきつい。
「アニス、何か食べものはある?」
「ないわ。かなりピンチかも。」
「うーん。」
今頃セシルは何をしているんだろうか。
「来る。」
「来るって、え?」
目の前には白い人影があった。目と口が真っ黒でいかにも幽霊みたいな存在がそこに見える。
「何だあれ!?」
「知らないけど。かなり丁度いいわ。アルケーの試し斬りには。」
アルケーというのは、彼女が今出したダガーの名称だろうか。その武器は彼女たち生徒に与えられた魔法武器だとセシルから聞いたけど。
「そこにいて。」
その短い言葉を残して彼女は幽霊の方へ走る。一閃、そのアルケーの一撃で幽霊が寸断された。
かなり呆気ないが、彼女はわりと満足そうな感じだった。
「これが、アルケーの力…」
「え?」
まるで今初めて使ったような言い方だった。
「アニス?」
「精神魔法しか使えないわけじゃなかったのね。これが本来の力なら、かなり強力な魔法武器。」
「そう、なのか?」
そのまま、アニスは奥の通路へ歩き出した。その彼女の後ろについていくが、脱出する方法が完全に分かったわけではない。
本当に外に出れるのか不安だが、今はアニスに頼るしかないだろう。
歩いて一時間は経過しただろうか。通路の長さには流石にびっくりだが、扉を開いて入ると広い場所に出れた。
教会の中みたいな場所で、その中央には誰かが倒れていた。
走って彼女の状態を見ようとする。まさか、生徒会のメルルもこの場所に居るとは思わなかった。
気絶していたメルルを長椅子に寝かせる。
何故彼女がここにいるのか気になったが、多分僕たちのようにこの場所に飛ばされたのだろう。
転移魔法がどういうものなのかをアニスに聞いたが、転移魔法は古代魔法の一つで今の魔法使いには使えない技術らしい。
術式と呼ばれる魔法に必要な要素が非常に複雑で、人間以外の存在が術式を構成したという噂があるぐらいだ。
「で、どうする?」
「このまま待つしかない。もしかしたら、生徒会が気づいて助けてくれるはず。」
「そうだといいけど。」
「この地下も、まさかこんなに広いとは思わなかったけど。」
「トリエステって、もしかしてこんな場所が多いのか?」
「まさか、多分この魔法学園の創設者が何かを隠すために作ったんだと思う。」
「何かって?」
「それは分からないけど。」
「もし、誰も助けに来なかったら。」
「二人、いや三人で死ぬしかないわね。」
メルルはまだ起きない。気絶しているだけとはいえ大丈夫だろうか。
「ねえ、マヒロは異世界から来たんだよね。」
「ああ、そうだけど。」
「その世界って、どんなところ?」
「あー」
どう答えたらいいのだろうか。そもそも前の世界なんて戻れる可能性もないので、むしろ忘れてしまいたいのだが。
「貴方が住んでいた街は?家族はどういう人?」
思い出そうとする。考えなくても分かることだが、何故か砂嵐でかき消されて見えないような感じだった。
「家族は普通だよ。」
「普通って?」
「普通の家庭に育って、普通の学校に通っていたんだ。」
「それじゃよく分からない。」
「街はこことは違うけど、そのときは僕は魔法とかは使えなかった。」
「どうして?」
「そういう世界だから。」
「魔法が、使えない世界?」
厳密に言えば僕に起きたことを考えると魔法が存在しないという考えができない気がした。
僕は確かに、その魔法の力が内在している出来事を経験しているはずだ。
そして、ふと昔会ったはずの少女を思い出す。その時、軽い頭痛が走った。
「ぐ、!?」
「マヒロ?」
「何でもない。ちょっと疲れただけだ。」
「そう。無理はしないで。」
その時、上から妙な感覚を感じた。いつのまにか先程の幽霊が何十体も浮遊し集まっていた。
気がつくのに遅かった。まさかこんな状態になるとは思ってもいなかった。
「メルルを抱いて。」
「え!?」
「そういう意味じゃなくてメルルを守って!」
はい、僕が馬鹿でした。
かなり変な勘違いをしたが、今はメルルを抱っこして逃げるしかない。
幽霊が迫って襲いかかってくる。その単純な攻撃を回避し、レーヴァテインを振った。それに伴う衝撃波が放たれ、辺りが爆砕されるが幽霊はノーダメージだった。
「なんだと!?」
「やっぱり精神系の魔法じゃないと効かないみたいね。でも、この数じゃ。」
「何か僕に使える精神魔法ってある?」
「知らない。」
逃げようとしたが、自分たちが入ってきた扉が閉められてしまった。
流石にこの状態で戦うのはきつい。メルルはまだ気絶しているし、アニスだけで増え続ける幽霊を抑えるのは無理がある。
見た目百体はいるんじゃないか。なんでこんなに居るのか、学園長に今すぐに聞きたい。
「え?」
死を覚悟したとき、アニスは突然聞こえてくる歌声に気づいた。
教会に響き渡るその歌声はかなり綺麗だが、その声は幽霊にも届いていたようだ。
幽霊たちは悶え、内側から出でる青白い炎によって消失する。
まさかこんな呆気なく終わるとは思っていなかった。その歌声の主人は教会のオルガンの側にある隠し扉から現れた。
ユリスだ。まさか、生徒会が助けてくれるとは思わなかった。
「ユリス。まさか貴方、そんな力があったなんて。」
アニスもかなり意外だったようだ。
あれも精神魔法なんだろうか。今度色々と魔法を勉強してみるのもいい。
「浄化魔法の一つや二つ、私の得意魔法だから。この程度の幽霊は大したことはありません。」
「そう。ありがとうございます。先輩。」
「まさか、こんな所まで来てしまうとは思いませんでした。学園長から秘密通路を聞いてなければどうなっていたか。」
ふと、メルルが目を覚ました。
「あ、あれ?私…。」
「大丈夫?」
「へ?え?ち、ちょっと、なんでこの体勢!?この変態離して!?」
「うわっ!?痛い!?」
とりあえず離れたが、わりと元気で安心した。
「何顔を赤くしてるの?」
アニスもにやけていた。とりあえず、なんでメルルがここに居るのか聞いてみよう。
「で、なんでメルルがここに?」
「え?え、と、あれ?ユリスさん?なんで居るんですか?」
「私が代わりに説明すると、メルルにはレーヴァテインの調査をするように私がけしかけました。」
かなり雑な説明だが、レーヴァテインが狙いなのは分からなくもない。
ただ、メルルがなんで気絶していたのか。
「いきなり転移して、私はこの場所まで来たんですけど。」
「なるほど。ユリスさんは学園長からどれくらい話を聞きました?」
「地下にダンジョンがあり、学園の図書館から直通するエレベーターですぐに来ましたので。何か聞きたいのであれば学園長と話してください。メルルさん、任務はこれで終了しましたので帰宅して結構ですから。とりあえず、エレベーターに案内しましょう。」
そのエレベーターは、ゲームにあるようなショートカット的な移動手段にも感じた。
かなり上に登るのは分かるが、冷静に考えたらこの学園はちょっと規模が広すぎると思う。
「メルルに変なことしなかった?」
「してないよ!?」
「したんですか?」
アニスの変ないいがかりで、メルルは勘違いをしてしまいそうになった。
やっと、太陽を拝める。かなり長い旅だったような。そうでもないような。
「マヒロ、どこ行ってたのよ。」
「ダンジョン。」
「意味わかんない。」
部屋に戻ると、何故かセシルに尋問される羽目になった。
いい加減休みたいのだが。彼女はアニスと行動していた理由を聞きたいらしい。
「なんでアニスと一緒にいたのよ。」
「レーヴァテインとか、異世界の調べ物。」
「私も一緒に行けたのに。でも、まさか地下ダンジョンがあるだなんて。変なところよね。」
「これからどうしようか。」
「学園で生活?」
「それはわかってる。」
「今はまだ五月だから。とりあえずゆっくりしてれば?」
「何か授業はあるのか?」
「基本的には勉強は生徒それぞれだから。必修科目を全て抑えていれば全ての授業に出ていなくてもいいわ。」
「なんで高校なのに…」
「今なんて言ったの?」
「なんでもないよ。」
しかし、よく考えたら学校の授業を受けなくちゃいけないんだよな。
必修科目を履修するとは言っても、セシルの言う通りそこまでゆっくりできそうにないかもしれない。
なんで異世界に来てまで学園の授業の心配をしなければいけないのか。
ユリスは生徒会で報告をしたのちに部屋まで戻った。
かなり質素な部屋だが、学園での生活を送るには彼女にとって十分なものだった。
「学園長からまさか地下への直通ルートが聞けるとは思っていなかった。」
トリエステ魔法学園は歴史が古いのは知っているが、だからといってまさか地下にダンジョンがあるとは知らなかった。
恐らく学園長以外の人は知らないだろう。
「今はやることはないけど。私が能力を使ってしまったのは失態だった。あの幽霊は一体、どこから…?」
丁度、ルームメイトがやってきた。風呂上がりのようだ。
「ユリスも入ったら?今日はいい入浴剤使ってるみたい。」
「そう、後でいきますね。」
そう言って見ていた手紙を机にしまう。
学園生活もそうつまらないわけではないけれど、ユリスにとっては少しルーズに感じて仕方がない様子だった。