01_転生した日
鳥のさえずりが聞こえる。
かなり酷い目にあったはずだが、その出来事も覚えていない。確かに何かあった気がするが、その記憶を思い出せない。
周囲はどこかの遺跡みたいな場所だった。
「なんた、これ?」
自分の身体には身に覚えの無い服装と剣があった。記憶に無い場所に居るせいであまり頭が働かない。
確か、僕は何かを追いかけていたはずだが。
何故自分がここに居るのかを説明するのにはまだ、頭が足りていない感じがあった。
場所は崩れた遺跡に居るため、空は丸見えだった。
季節はまだ暖かいが、問題は自分の名前も分からないことだ。
「貴方、何をしているの?」
振り向くと、そこには少女がいた。銀色の軽装の鎧を着たその剣士は、この場所にはよく似合っている。
「ここは、どこだ?」
「森の中にある、禁止区域よ。」
「禁止?」
「そう。関係者以外立ち入り禁止、だから不審な貴方には話があるから。こっちに来てくれるかしら?」
「いや、えーっと。」
レイピアが抜かれ、僕に向けられる。明らかに人を殺せそうな武器だ。
「どうして、この場所に居るのか説明なさい。」
「ご、ごめんなさい。分かりません!」
自分でも訳がわからない返答だった。
少女も、その男の不審者みたいな行動に更に警戒を高めた。金色の髪が太陽光に反射してかなり綺麗だが、見とれて居る場合ではない。
「名を名乗りなさい。」
冷たい声からして、冗談は言える雰囲気ではない。
「な、名前・・・」
必死に頭の中から自分の名前を抽出しようとする。思い出すために集中した結果、自分の記憶が徐々に回復するのが分かる。
そう、僕の名前は阿刀田真尋。17歳で、そして普通の高校生だったはずだ。
その高校生が何でこんな世界に居るのか、これは悪い夢なのか。肝心な事はまだはっきりせず頭痛がしてきた。
「どうしたの?遺跡荒らしがバレた恐怖かしら。」
「僕はそんな小悪党じゃない。」
「そう。それで?」
「僕はマヒロだ。そして、多分だけどかなり迷走している。」
「うーん、つまり貴方は泥棒じゃない?」
「その通りだ。」
「私としては、その剣を見る限りではかなり怪しいんだけど。」
「剣?」
そういえば自分も剣を持っている。使えるかというとそうでもないはずだが、今は確かめないでおこう。
「これは、貰ったんだよ。」
「貰った?」
「人から貰ったんだよ。凄い剣だけど、僕はとりあえず迷ってこの遺跡に入っただけだから。」
「随分冒険熱心なのね。」
「だから、ゆっくり近づいてくると怖いからそれしまってくれる?」
「怪しさ満点ね。遺跡荒らしが狙いの方がかなり説得力があるわ。」
「僕は無実。」
「へえ?」
喉元にレイピアの先が触れそうになる。もし当たれば出血して即死エンドだろう。
少女の眼光も、僕が悪人だと決意すれば確実に殺せそうな力がある。
「僕は、その。普通の人間だから、悪気はないよ。」
「この遺跡、アルフレッド王が昔建てたものらしいのだけど。地下から何かの理由で魔力が湧き出ているのよ。だから、侵入禁止に認定されたから普通の人は入れない。山道は全て封鎖されて、誰も通れないように衛兵が見ているの。どんな馬鹿でも、森の中を遺跡まで直進するような獣の行為をしない限りは普通は入れないのよね。私は関係者だから入れたのだけど、頭は大丈夫かしら?」
大丈夫だと思いたいが、彼女の言う通り山道が全て閉鎖されているのなら確かに僕は怪しい。
「僕は、その。目が覚めたらこの遺跡にいて、そして何も出来ずここにいたんだ。悪気はない。」
「なに?誰かに連れてこられたの?」
「そう。僕は異世界から来た人間で、だからこそ君の力が必要なんだ。」
いや、僕は何を言っているんだろうか。突然変なことを言ったせいで彼女まで驚いていた。
さすがにこれでは僕は不審者として連れていかれ拷問を受けるだろう。もしかしたら、かなり酷い目にあわされる可能性もあった。
しかし、何故か彼女はレイピアを下げた。
「異世界・・?もしかして、伝説にある救世主・・・?」
「へ?」
「いや、でももしかしたら・・。もしかしたらそうだけど、でもあれはお伽話のはず。」
「あ、あの。」
「分かった。分かりました。もしそうなら、私は光栄ですが、もしものこともあるわ。」
少し離れて、レイピアを構え直す。
何をする気なのか。彼女の考えが読めない。
「私の名前はセシル・スチュアート。この場において貴方を判断するため決闘を申し込みます。」
「は?」
「貴方が本当に異世界から来た人であれば、相応の力を持つ勇者であるはず。決闘で一人の少女に負けるはずがない。だから決闘を申し込みます。マヒロさん?」
「それってつまり君と戦うことだよね。」
「剣を抜いて、それから私が判断しますから。」
いきなりなんだろうかこの人は。セシルという名前だけど、いきなり決闘というのはやりすぎだろう。
しかし、剣を抜かないと殺されそうなので、一応やるしかない。
剣を抜いた。
どくん、と。何故か喉元が脈打つ。
この剣を抜いた時、その剣から何かが繋がっていくような感じがした。
これは一体なんだろう。この剣は、自分をレーヴァテインと定義しているらしいが。
「決闘の申し込みを受託するのね?」
「とりあえずはね。」
「では。魔法学園の規定に基づき、生徒の学外決闘をルーンから受理致します。」
なんだって?と言いたくなるか、空気は読んでおこう。剣を構え、彼女と向き合う。
まさかこんなことになるとは思わなかったが、これも運命なんだろうか。
「ルーンによる決闘の承認を確認。魔力による威力制御を加護。相手の名前はマヒロ、不審者であると。」
「まだ、時間かかるのか?」
「魔法学園では、騎士の訓練の一つとして決闘の文化を重んじる。ルーン石を利用して、学園にある自動筆記デバイスに決闘の内容を伝えることができるのよ。これで準備は完了したから、次は妖精による判定を行なってもらうの。」
空中に現れた妖精が宙を舞う。これでこの遺跡は決闘の場として形成された。
「開始は5秒後。貴方も準備はいいかしら。」
「楽しそうだね。」
「貴方が異世界から来たのなら、それなりの力はあるはず。その力、出してみなさい!」
妖精が赤く光る。決闘開始の合図だろう。かなり強引だと思うが、彼女を説得するのなら戦うしかない。
セシルは僕に向かい一直線に走る。その速度は驚くほどで、レイピアの突きに危うく当たるところだった。
風圧によって砂塵が発生するほどの突進、その攻撃を回避した後も斬撃があった。かなり本気過ぎるため、僕としては決闘というより死合いに近い。
彼女はあの剣で人を殺したことがあるのだろうか。一瞬感じたおぞましさから回避するべく、剣でそのレイピアを防御する。
重い突きには違和感があり、一瞬見える青い光が剣に当たると見た目以上の打撃を感じた。
つまり、レイピアから発される青い光は魔力だと思ってもいいが、もし当たれば普通の人間であれば即死しかねない。
「はあっ!」
気合いの入れ過ぎだと思うが、その攻撃によって僕は後退せざる得ない。
彼女を怪我させないように、僕は一瞬の隙を狙い彼女の鎧部分に攻撃した。
しかし、それも回避される。かなり戦闘慣れしているのは確かだ。
こっちはまだレベル1の初心者のため、はっきり言えば彼女の攻撃に当たらないのはレーヴァテインのおかげだろう。
僕が持つレーヴァテインは黒く、大き過ぎない形をしている。扱いやすさもあるが、頭の中にあるレーヴァテインから貰った剣術のスキルのおかげでなんとかセシルの攻撃を受け止めたようなものだ。
「っ!!」
セシルは猛攻を止めず、勝つことに専念する。しかし、そこでようやく慣れて来た僕は攻撃よりも速く動き、レイピアを回避して下から切り上げた。
無論鎧を斬るだけで、彼女には傷がない。
その一撃を見た妖精はまた赤く発光し、ブザーを鳴らした。
どうやら一回勝負だったらしい。
「どうやら、見た目以上に不審な人なのね。」
「これで、満足したかな。」
「マヒロと言ったけど。貴方、本当に異世界から来たのよね。なら、尚更貴方を・・。とりあえず、貴方は私と共に来てくれる?」
「任意同行?」
「手荒な真似はしないわ。何か他に用事があるのなら、その後でも構わないから。」
「用事はないんだけど。じゃあ、君についていくことにしよう。」
そう言って、僕はセシルについていった。自分があれほどうまく立ち会えたのは驚きだが、ただ自分が恐ろしい目にあったことは事実だ。
「さっきの。もし当たって死んだらどうするんだ?」
「魔力による衝撃もあるけど、基本的には当たらないようにするから。」
魔法で傷をなんとかするから問題ない。それが魔法学園の生徒に与えられた決闘権であるらしい。
かなり物騒な権力だとは思う。
森を出た後、馬車に乗って町まで行く。トリエステという大きな港町で、人口も多く観光と商業で成り立っている。その町の中央にトリエステ魔法学園があり、セシルはその学園の生徒ということになる。
セシルは学園から遺跡調査の命令を受けており、その遺跡の内部を査察して帰る途中だった。
そこでセシルはマヒロと会い、試しに決闘することになる。その理由が、マヒロは過去にアドリア王国を救った異世界の救世主と繋がりがあるかもしれないからだ。
救世主とはいくらなんでも大袈裟だが、昔あった戦争の英雄は異世界から来た人間というのは作り話であるのが世間の常識だ。
「異世界から来た救世主の伝説は他にもあるが、アドリア王国内で起きた戦争で反政府軍のリーダーを倒し戦争の早期終結を実現させた英雄が一番有名でね。その人はアルフレッド王の娘と結婚したみたいなんだけど。当時の資料文献が戦争で紛失されてよくわからないのよ。常識的に考えたら敵のリーダーを倒すシナリオ自体が作り話なんだけれど。アドリアの情報統制が不自然なまでに厳しいから、旧帝国とパシリカ騎士が調査した結果、そのアドリア王国に関係する貴族に謎の断絶が多かった。戦争が終結した後に貴族がなんらかの理由でほとんど殺害されていたみたい。」
かなり物騒な話だが、それとどう僕に関係あるのだろうか。
「分からない?貴方が異世界から来た勇者なら、それとアドリア王国の謎は解明できるかもしれないの。」
「その話が本当だとしても、僕と戦っただけでその異世界の勇者説を真に受けるのか?」
「当然、私は受けるわ。勘よ。」
あまり頭がよろしくない決めつけだが、もしかしたらというのもある。
ただ、僕とその異世界の勇者が果たして本当に関係あるのか。それは不明なままだ。
「で、僕を連れてどうする気だ?」
「学園に入って、生徒会長に話して貴方を紹介してみるわ。」
「・・・」
不安だった。
「遺跡の掘り出し物は見つけても持ってくるなと言ったが。男をナンパする趣味でもあったか?」
トリエステ魔法学園、その生徒会長室。
そこでセシルはマヒロを紹介したわけだが、反応はよろしくなかった。
生徒会長と思われる眼鏡の男はとっつきにくそうだ。書記の眼鏡の女の子はただ黙っており、机で何かを書いているウェーブのかかった長髪の女子は無言。窓際にも残りの役員が居るが、あまりセシルの紹介には感銘を受けていない。
「そんな趣味あるわけないでしょう!?」
「改めて聞くが、その男は君と決闘したそうだな。学園内の決闘監査装置が作動したが、敗北したのは私も驚いている。」
「当然よ。だって異世界から来た勇者だもの。」
ピタリ、と空気が固まった。
僕は逃げたいのだが、場所が無いのでここにいるしかない。
「異世界の勇者って、あの伝説シリーズの・・?」
眼鏡の子はそう言っているが、シリーズ物ってなんだろうか。
生徒会長はずれた眼鏡を押して戻す。何故、こういう時に限って眼鏡が反射して白くなるんだろう。光源からしておかしい。
「気は確かか?」
「私をバカにしているのも今のうちよ。私の勘は神聖を帯びているの。そう感じたのだから間違いじゃないわ。」
「頭に羽が生えたのか?」
「何?言っておくけど私は手加減なんてしていないから。本気でマヒロと決闘して倒したわ。」
「・・」
書記の子が紙をめくる。
「確かに、データ上では魔力を最大限に駆使して体を強化、消費しています。確かに、彼女は八百長などしていないかもしれませんが。」
「や、八百長ってメルル貴方。」
生徒会長もさらに追い討ちをかけるように言った。
「基本的に決闘は生徒同士で行われるようになっている。規定に学外の人間と決闘してはならないという内容はないが、八百長を疑われるのは仕方のないことだ。それに、異世界の話まで持ち出すとは、遺跡の探索がそれほどつまらなかったか?」
「私は・・」
書記は言葉が詰まったセシルを見てため息をついた。
「もし本当にセシルを決闘で倒せるほどの逸材であれば、後ほど改めて決闘の用意をしてみては?」
「甘い判断だな。誰がやるんだ?」
「リーシャが先程、対戦相手を要求する書類を提出してきたので。彼女と決闘場で対戦させましょう。」
「リーシャだと?」
「もし本当に異世界の勇者並みの実力者なら、リーシャは相手にならないはず。ですよね。セシルさん?」
笑顔でかなりの嫌味を言われた気がした。しかしセシルは空気が読めなかった。
「当然よ。」
セシルは僕に何か恨みでもあるんだろうか。
「マヒロとリーシャの決闘、それに勝てば遺跡の掘り出し物がどれだけ凄いのかわかるでしょう?
異世界から来訪した勇者だと彼が言うものね。」
「セシルさんが考えた冗談じゃないんですか!?」
メルルは驚きだった。僕はただ、異世界から来たとは言ったが、その異世界からきた勇者の伝説とは一切関係ない。
生徒会長室での話が終わり、寮の客室に泊まらせてもらった。
もう夕方から夜になってしまったので、決闘は改めて明日執り行われる予定だ。
「冗談じゃない。」
ベッドに横になって考える。
自分は阿刀田真尋という普通の高校生だったが、今では理由もよくわからない形で異世界にいる。
その事実はともかく、その異世界で明確な目標もないまま生きていくのだろうか。
夜になって、その日は電気もなく安いルーン石で部屋が照らされている。
その暗い部屋の中で明日からどうしたらいいか、その対策を練っているときだった。
ガサゴソ、と何か音がした。
何んだろうか。その音はクローゼットから聞こえてくる。もしかしてこの異世界でもGという生き物が存在するのだろうか。
ゆっくりとクローゼットに近づく。そして、そのクローゼットを音を立てずにゆっくりと開いてみた。
その隙間。
そこには、人の横顔がうっすらとあった。
「うわああああ!!?」
クローゼットから勢いよく離れる。今、確かに何かいたはずだが。
もしかしたら、幽霊なんだろうか。待たずとも、そのクローゼットは勝手に開かれる。
その姿は少女だった。
「な、何んで入ってるんだ!?」
「・・・私は、そう。瞑想していたのよ。」
「瞑想・・」
「エクソシストの研究、および、実践よ。」
「お前が悪魔になってるみたいだよ。ていうか誰だ!?」
「この学園の首席の名も知らないのね。」
「ここは客室だから、僕は学園の生徒じゃない。」
「そう。」
「とりあえず、そこから出てきて。怖すぎる。」
「私はエクソシストの研究のために闇を見ているの。だから、今日はここで寝るわ。そして貴方を見ていてあげる。」
「呪われそうだ・・・」
「大丈夫、私は平気だから。悪魔を自由にはさせない。」
こっちみんな。と言いたいが、ただこの学園には変な奴しか居ないようだった。
なんだか、今日はすぐに寝れそうにないようだ。