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アイス

天国から君に

『君と僕のアイス』の彼女目線です。

ネタバレの部分も含んでいるので、

先に『君と僕のアイス』を読んでから、

お読み頂けると幸いです。


ここは天国と呼ばれている場所らしい。


1度も来たことはないはずなのに、不思議と自分の今いるこの場所は天国だと分かった。


私の体は立っているというより漂っている感じである。


どうしてここにいるのか、思案してみるとふつふつと記憶が蘇ってきた。


そうだ。私トラックに轢かれて死んだんだった。

1度思い出してみると、津波のように忘れていた記憶が脳内へ流れてくる。



私は、私の想い人を助けたくてトラックに轢かれそうだったところを突き飛ばし、代わりに轢かれたのであった。












記憶の中でも死ぬ間際の記憶をより鮮明に思い出す。


私の体中からは血が止めどなく流れ出ており周りに血池を作る。


トラックに跳ねられ強く地面を叩きつけられたからか体や骨は折れ曲がり、これまで感じた事のない痛みが体中を駆け巡った。


声を出そうとも喉は枯れ、突き飛ばした彼の安否も確認できずに意識は朦朧とし初め、暗闇が私の視界を覆った。



冷たく暗い闇が襲いかかり、私は恐怖に囚われ、死を明確に意識したとき、一筋の光が闇に差し込み私を呼ぶ声が聞こえたのである。


まだ生きていたい、そう強く思い必死にその声のする方へ手を伸ばした。


再び意識を取り戻すと、私の体は彼の腕に抱かれているようだった。


彼は悲痛な声で私の名前を呼んでいる。


まるでなぜ自分だけが生きているのかわからないといったように、自分のせいで私が死ぬ事になるのが心底嫌そうに。


私は目を開く事が出来なかった、そんな彼の顔を見たくなかったから。


だけど体中はひどく痛み、意識は未だ朦朧としながらも私はただ嬉しかった。


彼が生きていてくれたことに、私の名前を呼んでくれたことに。


私自身がまだ生きていられる時間があることに。


しかし、その時間はごくわずかな時間でしかなく、伝えたい事を生きている内に伝えたかった。













「深雪っ、深雪っ!何で、どうして!?なあ、目を開けてくれよっ!深雪っ!!」


徐々にハッキリと彼の声が聞こえてきて、うっすらではあるが目を開けることが出来た。


私は声が枯れていたため彼だけしか聞こえないくらい微かな声で、


「良かった……生きていてくれて…無事で……本当に…」


私がそう伝えると、彼は少しだけ安堵したようだがすぐ顔を曇らせた。


「やめろ、もう何も言うな。誰かっ!救急車を呼んでくれ!!早く深雪を助けてくれ!」


彼はひどく焦っており、顔を上げて周りの野次馬たちに声を荒げて言っている。


「蓮………聞いて…言わなきゃいけない事があるの…」


生きている内に伝えなくてはいけない。

私はその思いで一杯で枯れた声を大きくして彼に言った。


「やめてくれよ、そんな死ぬ前の最後のセリフみたいな事を言わないでくれ!死ぬなよ!今から救急車が来るはずだからそれまで…」


彼は私が死ぬ未来を受け入れたくなくて、頑なに聞こうとしない。


「自…分の…死ぬと…きくら…い……わかって…るよ」


私はそれでも彼に辛く悲しい現実を伝えた。

そして、彼は私の思いに気づいたのか話を聞こうと顔を私に向ける。


「やめろ、やめてくれよ…まだお前に何も言えてないのに…」


彼の声はしだいに小さくなり、悲痛そうな顔をより深めた。


「私…蓮の事が…好き…だったの……。ずっと……ずっと…好きだっ…た…。で…も、もう…一緒に…アイ…スを食べた…り、ふ…ざけあ…った…り出来…ない。私…の事…は…早く…忘れ…」


私はずっと秘めていた思いと迫る時間の終わりを彼に伝えた。

彼はとても驚いていた。


「何、言ってんだよ…何で今なんだよ!ちゃんと生きて元気になってから言ってくれよ!!俺も深雪のことがずっと好きだった!!何で、何でなんだよ!!どうして深雪が死ななきゃいけないんだ!!!」


彼は私の思いを受け、自分の思いを私に伝える。

彼は私と同じ思いだったこと、私をどうにかして生かそうとしてくれたこと。

その思いだけで充分嬉しかった。


「蓮………私の…事…は早く…忘れ…て……。私よ…り長生…きして…ね、ずっ……と幸せ…を願……って…いる…か…ら、愛…してる……よ、……蓮。」


私は再び思いを伝えると、やるべき事を終えたように目を閉じた。


「深雪っ!?待ってくれ深雪!!!」


私が聞いた彼の最後の声だった。













そして、今に至る。


私は眠るように死んだようだった。


ちゃんと最後は笑顔でいられたような気がする。


私はその後の彼の様子がどうしても気になったため、漂っていた場所から動き出し、彼のいる場所へ向かった。


天国はただ草原が無限に広がっているだけで、周りを見渡しても人らしき人は誰もおらず、私一人だけがあちこちを漂っていた。


私は、彼の元へ行く手立てを無くしたためその場で立ち止まり、瞼を閉じてただ彼の事を強く思う。


すると、不思議な事が起こる。瞼を開けると私は彼の家にいたのだ。


私は驚いたが、自身に起こった現象は1度後に置き、彼がいないか家の中を探し回る。


私は死んでいるためか、どこでも好きなように通り抜けられただけでなく、この家にいる人たちが私の存在を認識することは出来なかった。


そして、とうとうリビングにいる彼を見つけたのである。


私は目の前で行われている彼の行動にひどくショックを受け、言葉を無くした。


彼は激しい後悔と己の非力さに何度も押し潰されていて、私が死んだ現実を受け入れられずに、家にあったクッションやソファを中にある綿を全て出すまで壊して暴れていたのである。


自殺を図ろうと何度も包丁に手を伸ばしているところも見た。


また、彼は毎晩最初はすやすやと安らかな寝息を立てているのだが、必ず私が彼の腕の中で冷たくなっていく悪夢に邪魔され、日に日に死人のようになっていく。


私はこの現状を見て、悲痛な気持ちになった。


彼の弱っていく様子を見るのがとても辛いのである。


まるで私の後を追おうとしているかのようであった。


そんな中、彼の両親がいたたまれなくなったのか、ある日アイスを買ってきた。


ほとんど食事を食べておらず、日に日に死人に近づく彼は両親が買ってきたアイスを見て、驚きを隠せなかったと共に深雪の葬式以来の涙を流したのである。


そのアイスは私と最後に一緒に食べたチョコミントアイスだった。













私は、彼の記憶を通して私の葬式であった出来事を見たことがある。


私の両親に彼は葬式の時にその日あった出来事全てを話し、両親は彼に最後まで傍にいてくれてありがとう、と言っていた。


僕のせいなのに、こんな事になるならあの日アイスなんて買ってあの道を通らなければ。そんな思いが記憶を通して私の中に流れていたのである。


両親は生前の私の事を話していた。家でずっと彼の話をしていた事を彼に話したらしい。


そして、今度家に連れて来たいことや、彼の事が好きで、出来れば付き合いたいといった事まで話していたようだ。


ぺらぺらと私が両親に話していた事を彼に伝えて、死んだ今でもとても恥ずかしい思いをしていた。


彼は生前の私の想いの全てを知り、涙を流していたのである。


私は彼が泣いてくれた事に不謹慎ながら嬉しい気持ちで一杯だった。



彼は、彼の両親が買ってきた思い出のアイスを食べていたが、彼は食べながら泣いていた。


あれではせっかくのアイスがしょっぱく感じてもったいないなぁ、と思いながら私も泣いてしまったのである。


そして、彼は食べながら真剣な眼差しで何か考え事をしているようだった。


その様子を見ていた私だったが、ふと天国から呼ばれているような気がしてならなかったため、戻ることにした。


彼は覚悟を決めたような顔をしており、名残惜しかった私は開けられていた窓から、今の私の思いを風に乗せて彼に届けてもらったのである。


『本当はずっと傍にいたかった、もっと生きていたかった。でも、ずっと見守ってるよ。頑張れ。』


そう、これからの彼に思いを馳せて私なりのエールを送った。










*******











今日は私の何年目かの命日である。


あの日と同じかそれ以上にうだるような暑さになるそうだ。


厳しい暑さの中でも黒いスーツを着ていた彼は、花と線香とアイスを持ち、私の墓がある寺に来ていた。


背丈も伸び、顔も前より大人びており、逞しく頼もしい背中になったな、と私は彼の成長が嬉しい気持ちと同じ時間を過ごせない寂しさで一杯になったものである。


彼は私の墓の前に立ち、生前と変わらず他愛のない話を報告した後に花を活け、手を合わせ私の冥福を祈る。


その様子を私は彼の近くで見ていた。もちろん彼が私の姿を見ることは出来ない。


そして、彼は最後にいつものチョコミントアイスを私の墓前に供え帰路に着いた。


供えたアイスに、彼はずっと変わらず私を愛し続ける、という想いを込めてられていることを私は知っている。


彼が去ったことを確認すると、風に頼んで私に届けてもらった。


そして、私は天国に戻り彼の愛が込められたアイスを食べ始めたのである。


せっかくの大切な思い出のアイスは、少ししょっぱく感じてしまった。


それでも、私は死んでも愛してくれる彼の気持ちだけで充分嬉しかったのである。













私はアイスを食べ終わった後も、彼をずっと見守り続けた。



どんな時も彼の傍に居続けた。例え彼が私の姿が見えなくても。


彼は誰とも交際も結婚もしなかった。もちろん子供もいなかった。


私のせいで彼は自分の幸せを手放した。


罪悪感がずっと私の心の中に棲みつき、傍にいるのことが徐々に辛くなっていたのである。


そういう時に限って、彼は仏壇に向かって愛してると言うのだ。


そんな事を言われると、私は堪らない気持ちになり抱き締める事しか出来ず、それを何度も繰り返したのである。













そして月日が流れ、とうとう彼にも命の灯火が消える日が来た。


彼の両親は既に他界しており、兄弟もいなかった彼は一人で迫り来る死を待っていた。


私はただ傍で見守ってると、微かに彼の口が動いたのである。


「深雪、ずっと傍にいてくれてありがとう。


深雪のおかげで俺は幸せだったよ。


深雪が死んでしまっても他の幸せは考えられなかったんだ。


どうしてもお前じゃなきゃダメだった。愛してるよ…、深雪。


今から…お…前の…ところ…へ行く…から…な、ずっ…と…待た…せ…てすま…なかっ…た。」


そう言って彼は眠りについた。晴れやかな笑みを浮かべながら。


私は彼の言葉を聞きながら、溢れる涙をそのまま止めることなく流していた。


しばらくそのままでいると爽やかな風が吹いてきたのである。


私は何かを思い出したかのように天国へ急いで戻った。


天国には彼がいた。私が死ぬ前の最後に会った若い頃の姿で。


「ただいま、やっと深雪に会えたな。」


彼は笑顔で私に向かって言う。私は泣きながら笑顔で、


「おかえり、ずっと待ってた。」


そう言うと、私たちは抱き合った。


お互いの存在を確かめ合うように、2度と離れないように。












再び出会えた二人に言葉などいらないのだ。生死を超えて互いに傍にいたのだから。


しばらくすると彼らは抱き合うのを止め、手を繋いで歩き出した。


互いの離れていた時間を取り戻すかのように、笑顔を交えて話をしながらただ歩いていく。



向かう先は彼らにも分からない。だか、彼らにはそんな事はどうでも良かった。


傍に愛する人がいるだけで幸せなのだから。


今度はちゃんと互いに触れることができるのだから。


彼らの周りには爽やかな優しい風が吹いており、いつの間にか草原には色とりどりの花が咲き誇っていた。


まるで二人の変わらぬ愛を祝福するかのように。










ーFINー

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