01
お久しぶりでございます。
元魔王と、彼を取り巻く愉快な人々との物語です。どうぞ、本作でお楽しみいただけたら幸いです。
春の訪れを感じさせる日差しは暖かく、木立の中から小鳥が盛んにさえずる声が聞こえる。山間の街道沿いに立ち並ぶ木々は――樹皮が白いので白樺だろうか――まだ雪の残るぬかるんだ地面に、幹と枝の影を落としていた。
エヴは生活用品や衣類など雑多な荷物が積まれた荷馬車の後ろに腰を掛け、下に垂らした脚をぶらぶらとさせながら、大きく息を「はー」とはいた。吐息はすぐに白い水蒸気の塊になり、キラキラと陽の光を反射させながら荷馬車の後ろにたなびいていく。
「はー、はー、はー。はぁー、ふぅー」
ただ、それだけの事が何となく面白く、幾度と大きな息をはく。
「どうしたの? 気分でも悪いの? まあ、吐くなら、外に吐いてね」
エヴの背後から、感情を込めない平坦な声がかけられた。
「いや――大丈夫だよ? キャルー?」
彼女のあまりにも冷たい言いように、エヴは振り向いてキャルーを見た。
「そう……。これ以上、面倒事を増やさないでね」
荷馬車の中ほどに座るキャルーは、ちらりとだけ視線を送ると、膝の上に置いた書類に再び目を戻した。
「なんか、辛辣だねえ。何、読んでるの?」
「来期の予算についての資料よ。『無駄』にしている時間は、ありませんからね」
「あー、そう……。うん、その――大変だねえ」
この旅の間、キャルーの機嫌は妙に良かったり悪かったりと、安定しなかった。どうも、今は悪いようだ――なので、エヴは当たり障りのない言葉でお茶を濁そうとした。
――だが、それは、まったくの間違いだった。
「たー、いー、へー、んー」
キャルーはエヴに顔を向けると、一音ずつ平板に発音した。そして、顔はまったくの無表情。
「たー? いー? へー? んー?」
無表情のまま、再度同じ言葉を繰り返すが、今度は一音ずつ階調が高くなった。それに合わせて、荷馬車内の温度も高くなる。
エヴは『しまった』という表情をして、首をすくめて身構えた。
キャルーの身体のあちこちから、ちろちろと炎が溢れ、肩先までの赤い髪がぶわっと膨らんだ。
一瞬にして無表情から、怒りの表情に変わる。
「いったい、誰のせいで、『大変』な事になっていると思っているの? 共和国との戦争が終わって――戦後の混乱は収まったけど、帝国はまだ安定したと言うには程遠いわ。こんな時期に、一人暮らしがしたいだなんて、何を考えているの! しかも、こんな辺鄙な場所で……」
ぽっぽっ、とキャルーの身体から溢れ出る小さな炎はふよふよと漂い、触れた所を焦がし始めた。慌ててエヴは四つん這いになり、手袋をはめた手でばんばんと叩いて炎を消してまわる。
「あのー、辺鄙な所と言うけど――辺鄙な所じゃないと、意味が無いじゃないか。それにね、いざとなったら、すぐに戻る事もできるし――」
「屁理屈を言わないで! その魔法で移動できるのは、エヴだけじゃない! もし、もしあなたに――『魔王様』に何かあっても、帝都からこんなに離れていては――」
待ったと言うように、エヴは右手のひらを差し出し、キャルーの言葉を遮った。
「キャルー……。俺の事は、名前で呼んでくれよ。魔王と言う名前は――」
「魔王様は、魔王様よ! 帝国の帝魔王様なの! ね、考え直して――帝国には、あなたが必要なのよ!」
キャルーの口調が強くなると共に、身体から溢れる炎は大きくなり、荷馬車内の温度もさらに上昇した。
荷馬車の中は焦げ臭いどころか、薄く煙が立ち昇り始めた。
もう、だめかも――こうなってしまっては、エヴにはどうする事もできない。
「――さあ、それくらいにしないか、キャルー。今回の件は、我らで何度も話し合い、決めた事だろう」
荷馬車の御者台に座り手綱を握る男が振り返り、静かな諭すような口調で言った。
大柄でがっしりとした体格が相まって、穏やかな言い方が逆に威圧感を醸し出す。
「だって、だってさアレク……。私は――諸手を挙げて、賛成した訳じゃないしさ……」
「それであってもだ。我らは、納得をしたのではなかったか?」
「でも、でも! やっぱりエヴを一人にするなんて」
「一人ではないぞ、キャルー。私とベンが――」
アレクは御者台の隣に座るベンを、親指で指し示した。突然話を振られたベンはびくっとすると、小さくキャルーに手を振った。
「――ちゃんと、交代で様子を見に来る。キャルーも来られるよう、俺たちも尽力しよう。な?」
アレクは、キャルーにうなずきかけた。
「……う、うん」
キャルーはアレクの言葉に、力なくうなずいた。炎は徐々に治まり始めた。
狂ったように炎を叩きまわっていたエヴはホッとして座り込むと、感謝するようにアレクに視線を向けた。
「そうだぜ、安心しろよキャルー!」
アレクの隣に座るベンはそう言うと、栗毛色の前髪を爽やかに掻きあげた。健康そうな真っ白な歯を見せ、非の打ちどころのない色男振りで大きくにっこりと笑う。
「大丈夫さ、キャルー。俺たちに任せとけよ。だってな――すべてを討ち滅ぼす『漆黒の魔将軍』、アレグザンダー。そしてこの俺――数多の戦場を疾駆する『銀翼の剣士』、ベンジャミン様がついているんだから!」
ベンはキャルーの怒りが収まり安心したのか、大げさな身振りでべらべらとしゃべり始めた。
その変わり身の早さに、エヴはイラっとした表情を見せた。
先程までは、キャルーを恐れて気配を押し殺していたくせに、と。
「なんてたって俺たちは、『魔王様』の右腕と左腕!」
――その瞬間、エヴの目が、すうっと細くなる。
アレクは御者台の上で身じろぎすると、ベンから少し離れた。
「いざとなれば、すぐに『魔王様』の元に駆け付けぃ――痛っ!」
両手で尻を押さえながら、ベンは御者台の上で飛び上がった。
「何をするんですか、魔王さまあーーあっあっあっ! 痛い!」
指鉄砲の形にしたエヴの指先から魔法の電撃が走り、ベンの尻でパチンパチンと弾ける。
「俺の事は……、名前で呼べ……」
目を細めたまま、ベンをにらむ。
「えっ? でも、さっきキャルーは、魔王さまぁ――うっあっ! キャルーは良くて、どうしておれはぁっ! いたっ!」
電撃が続けざまに、ベンの尻を襲う。電撃が弾ける度、ベンは甲高い悲鳴を上げた。
「分かりました! ねえ、分かりましたってば――えーと、そう! エヴ! ねっ、やめて。お願い!」
ベンは御者台の下に隠れると、頭だけをそっと覗かせエヴをうかがった。
「アレク! 何とかしてくれよ!」
「――これが、我らの力関係だ。受け入れろ」
いつもの事だというように、アレクは平然と答えた。
ベンは尻をさすりながら、あんぐりと口を開けてアレクを見つめた。
絶望的な表情で。
「ふーむ」
アレクは人差し指で、頭をポリポリとかいた。
いつもなら、これ以上何も言わないが――いい加減この話は、決着をつけるべきだろう――そうアレクは考えた。
片目で馬車の中を見回すと、アレクは手綱を軽く引いて馬に合図を送り、荷馬車を止めた。
「さて、エヴ――」
荷馬車が完全に止まると、アレクは真面目な顔で振り向いた。
「……我ら帝国の至高の御方、四方現界を束ねる最強不敗の『帝魔王様』――」
ベンはあっという顔をして、尻を押さえて首をすくめた。だが、何も起きない。
「――キャルーはね、本当に心配なんですよ。私たちは、ベンが帝都に来た時から、ずっと一緒でした――そして、あの日も……」
アレクはうつむくキャルーをちらりと見た後、エヴを見て小さくうなずき、また話を続けた。
「だから――エヴが帝都を、帝国を出たいという気持ちは良く分かります。ですが、だからと言って――帝国を離れる事については、私も本心では賛成はしていません」
「……うん」
エヴは、小さな声でうなずいた。
「あの日、エヴは言いました。我らは下僕ではなく、『仲間だ』と。仲間だったら、仲間を心配する――当たり前の事です。キャルーの気持ちも、分かってやってください」
アレクは目を閉じ、家臣がするように胸に手をやり頭を垂れた。
「……そうだな、すまないアレク。それから、キャルー」
エヴは姿勢を正すと、キャルーに向き直った。
「俺は、これから始まる暮らしの事ばかりに気を取られ、少し舞い上がっていたようだ――みんなには迷惑をかけるが、どうか、俺のわがままを聞いてくれないか? これは、俺にとって……必要な事なんだ……『仲間』として、俺を助けてくれないか? お願いだ……」
そう言い頭を下げるエヴを、キャルーはじっと見つめた。
「――ねっ?」
「はあー」
しばらくして、キャルーはあきらめたように、ため息をついた。
「もう、分かったわよ。本当に……しょうがない人ね」
キャルーは首を振り、小さな笑みを浮かべた。
「ありがとう」
エヴも、少し照れたような笑みを返す。
「――では、参りましょう。まだ、先は長い」
アレクは満足げにうなずき前を見ると、馬に手綱を当て再び荷馬車を進めた。
ベンは尻をさすりながら御者台に座ると、隣のアレクを見た。
ベンは長い脚をパンと振り上げ、いかにも色男然に組んだ。後ろを振り返り、馬車の中を見る、隣のアレクを見る――を三回ほど繰り返す。
「なに、なんなの、この雰囲気――なんか、ずるくない?」
荷馬車はガタゴトと、街道を進む。
「えへへ」
キャルーと目が合ったエヴは、間の抜けた笑みを浮かべた。
「ふふふ」
不自然に目をそらしたキャルーは、アレクに向かって微笑みかけた。
「むーん」
先ほどの出来事の影響か、荷馬車の中には微妙な空気が流れていた。顎をポリポリとかくと、アレクはベンを小突いた。
「ベン、何か話せよ――面白い事」
「はあぁ? なんだよそれ、無茶振りだなあ。捉え方によっては、酷いイジメだよ、それ」
「この中では、お前が一番そういうの得意だろう? 実際に酒場で、一晩中しゃべっていたじゃないか」
「え? いつだっけ?」
「ほら、二年くらい前の、大雪の夜。先にも進めない、宿も空いていないからと、酒場で一晩過ごした――」
「ああ、あの時か!」
ベンは、ぽんと膝を打った。
「俺は早々に寝てしまったが、夜中にトイレに行きたくて起きた時も、絶好調でしゃべっていただろう」
「あの夜は、確かによくしゃべったなあ。いやあ、いい夜だった。観衆もノリノリで、俺の軽妙なトークを求めてねえ……」
その夜を思い出すかのように、ベンは目を閉じた。
「――でも、ちょっとお前、怖かったぞ」
「うん? 怖い? 何が?」
ベンはぱっと目を開くと、アレクを見た。
「いや……、俺は明け方にも目が覚めたんだが、お前は――まだしゃべっていたんだ」
「そりゃあ、そうだよ。俺はあの日は、一晩中しゃべっていたんだから――そう言ったのは、アレクだろ?」
そうだ、と言うように、アレクはうなずいた。
「だがな、みんな……、眠っていたんだよ……。酒場の連中は、みんな眠っていた……。その中で、お前はただ一人、テーブルの上に乗り、拳を振りまわしながら、しゃべっていたんだ……」
「――え、何それ。誰も聞いてないのに? それは――ちょっと怖いな……」
「……ああ」
二人は、互いに顔を見合わせた。
「っていうか、なんでその時に言ってくれなかったのさ」
「うーん、何か、言ったら悪いような気がして」
「じゃあ、なんで今そんな話をするんだよ」
再度二人は、顔を見合わせた。少し考え、アレクは首をかしげた。
「いや、この話で、間が持つような――感じ?」
「なんだよ、そりゃあ。ところで――俺はたった一人で、何を話していた?」
ベンの問いかけに、アレクは視線を泳がせた。
「覚えていない」
あからさまに、怪しい態度で答えた。
「本当の事を言え、覚えているんだろう?」
「聞かないほうがいい」
「いいから、言えよ。ここまで聞いたら、聞かないほうが気持ち悪いよ。なあ、教えてくれよ」
「本当に、いいのか?」
「くどいな! いいから、言えよ!」
憐れむような、複雑な表情でアレクはうなずいた。
「ご母堂の事だ」
「――俺の、母上の事?」
ベンは、少し怯んだ。
「そうだ。かなり独創的な表現と様々な言い回しで、貴兄のご母堂の異性との接し方について、意見を述べていた――辛辣に」
「――ああ、うん、そうなの?」
先程までの強気な姿勢と打って変わり、モジモジとしながらベンが答えた。居心地が悪そうだ。
「それから――ご母堂の色彩感覚についても、かなりの苦言を呈していたぞ」
「あーははははは! もうダメ! 耐えきれない!」
そう言うと、後ろで聞いていたキャルーが、堰を切ったように爆笑した。
「ねっ、エヴ! ベンだって、ほんっとに酷い『色』音痴なのに、何を偉そうに!」
キャルーはエヴの肩にもたれかかり、ゲラゲラと笑い続けた。エヴとアレクも大笑いをし、皆の笑い声に何事かと荷馬も振り向いた。
ベンと彼の母親の『異性と色彩』は、帝都の社交界では有名な話だった。特に服装では、『なぜ、そんな色使いができるのか?』と言うほど、あり得ない色彩感覚で周りを困惑させていた。
巷で二人につけられたあだ名の中で、一番ましな言い方は『高貴な毒虫』だ。
そんな見るに耐えない服装で、ベンは目の前をチラチラと動き回る。あまりの酷さに耐えかねたエヴたちは、キャルーの助言でベンの服を仕立て直させ、それ以外の服を着る事を禁止したほどだった。
今着ている服はまともだったが――その下には、あの『毒虫色』の下ばきを着けているに違いない。
「なんだよ、みんなして」
ベンは全員を見回し、少し拗ねたように腕組みをした。
「――ふん。俺のセンスは『高貴』すぎて、君たちには分からんのだよ」
一瞬の間を置き、ベンを除いた全員が爆笑した。
◇
「ふうー可笑しい。ほんとにベンの話は、ハズレが無いわ」
キャルーはハンカチで涙を拭いながら、まだ笑っている。
「なんだよ、ハズレとか言うなよ。俺の服を褒めてくれた時も、あったじゃないか」
「えっ?」
ベン以外の三人が、揃って振りむいた。
「ほら、聖クルスト祭の日。みんな褒めてくれたぞ」
「ああー、あれか」
ベン以外の三人が、揃ってにやりと笑った。
「あれは、本当に奇跡だったわ。クルスト祭のお祭りの色、赤と緑と白の素敵な衣装で。玄関につるせば、そのまま飾りになったわね」
「そうだろう。な、みんな褒めてくれただろう?」
「でも、あれはお祭りの日だったからよ。お祭りの日だけに許される色なの。まさかあれを、色違いで何着も作っていたなんて……」
ベン以外の三人が、揃って首を振った。
ベンは呆れたように三人を見ると、パンと足を振り上げ前方に向き直った。
「やっぱり君たちには、俺の――うん? あれは?」
右手を目の上にかざし、ベンは遠方を見つめた。アレクたちもベンの言葉に、同じように街道の先に目を凝らした。
「あれは――荷馬車かな」
街道へ張り出した丘の切り通しに、荷馬車が道を塞ぐように止まっている。左右が高い崖になっているので、このままではエヴたちの荷馬車が通り抜ける事ができない。
御者台に座るアレクが、遠見の魔法を起動した。
「男が二人、荷馬車を動かそうとしているが――馬が付いていないな。恰好は商人風だが、一人は長剣を腰に吊っているぞ」
「ああ、ほんとだ。何だいこりゃ。見え見えじゃないか――」
同じように遠見の魔法を起動したベンが、小馬鹿にしたようにつぶやいた。
「――扱いの難しい長剣をぶらさげる商人なんて、聞いた事がない。素人が持ったって、邪魔になるだけだ。待ち伏せだな――野盗かな?」
「そうだろうな――我らを狙った訳ではなく、たまたまだろうが。この辺りは最近帝国に組み込まれた『空白』の土地だから、行政が遅れている――まあ、それもあってここを選んだんだが。ちょっと、調べてみるか」
アレクが左手を振ると、円形の魔法陣が広がった。つかの間目を閉じ、魔法の反応を通して周囲を探る。
「ふむ。丘の切り通しの向こうに五人、手前に十人隠れているな。さて、どうしようか。切り通しまで入ってしまうと、あの狭さでは方向転換ができないから囲まれてしまう――さあ、ベンならどうする? 十秒で答えよ」
「おっ、なんだい、懐かしいな。昔はこうやってアレクに、さんざん叩き込まれたっけ。そうだな、通常なら――こちらの戦力は四人、敵戦力は二十人近く。囲まれたら、勝ち目はまずない。状況に気付いた時点で、即停止して方向転換。全速で逃げる、さ」
「――では、我らなら?」
「そうだな――このまま進み、わざと囲まれて――一気に薙ぎ払う!」
ベンとアレクは顔を見合わせて、にやりと笑った。
「あっ、それ私がやりたい! ねえ、いいかな? ちょっとね――憂さ晴らしに」
キャルーは御者台の二人に、手を上げた。
「――いいけど、ちゃんと手加減しろよ。本当に」
アレクが少し不安げな表情で釘をさすと、キャルーはにこっと笑った。
「じゃあ、このまま進むか」
「しかし、あいつらは野盗だろ? どうして、こんな所に居るんだろう?」
ベンは注意深く、しかし気取られないように前方を見ながら頭をかいた。
「確かにそうだな。この街道の先は、最果ての村だ。こんな行き止まりの道を使う者は少なく、数が知れている。とすれば、そうだな、『流れ』の野盗かもしれん」
「流れの野盗?」
「ああ、野盗――盗賊にも縄張りがあって、盗賊たちの組合で厳格に決められている。それを守らなければ、盗品を安全に捌く事ができない。だから、縄張りを持たない奴らや駆けだしの奴らは、実入りが少なくとも――誰の縄張りでもない、こういう辺境で流れの『仕事』をする事がある」
「ふーん、なるほど」
ベンはアレクの説明に納得したのか、それ以上何も聞かなかった。
「ねえ、それでどうするの? 私、一気にやっていいの?」
「うーん、やめておこう。取り敢えずは、様子を見て情報を引き出そう」
「情報って――そんな大袈裟な。ねえ、エヴ?」
キャルーは、首をかしげてエヴを見た。
「いや、その方がいいな。杞憂かもしれないけど、奴らはもっと大所帯かもしれない。だったら、何かしらの対策が必要になるからね。そうだろ?」
エヴの推測に、御者台のアレクは振り向かずにうなずいた。
「あーなるほど、そうね。私は、奴らの数が倍だったとしても、ぜんぜん構わないけど」
「あまり派手にやるなよ、キャルー。我らは、目立たないようにしたいのだから」
キャルーの穏便ではない言葉に、アレクは渋い顔で釘を刺した。
「どうしたね?」
アレクは自分たちの荷馬車を止めると、何も気づいていない『ふり』をして声をかけた。
街道を塞ぐ荷馬車には、こちらも困った『ふり』をした二人の男。
「いやー、どうにも、すまないねー」
太った男が進み出て、きょろきょろとエヴたちの馬車の中をのぞき見ながら答えた。遠目からは商人風に見えたその衣服は薄汚れ、どこをどう見ても見栄えを大切にする職業には見えない。あの服の汚れの幾つかは、血の跡に違いないとエヴは思った。
もう一人の長剣を吊った男は髭もあたり、身綺麗にしようと努力しているようだが、やはり薄汚れている。汗をかくのか、しきりに両の手をズボンにこすりつけていた。
「これね、俺たちの馬車さあ、車軸が折れちまったみたいで」
太った男はにやにやと、いやらしい笑みを浮かべた。
「――折れていないが?」
御者台に座ったままのアレクは、淡々と指摘をした。
「まあ、そう見えるだろうね。実際、折れていないんだから――いまだ! 取り囲め!」
太った男は腰の短剣を抜き放つと、右手で掲げた。その合図で、荷馬車の向こう側とエヴたちの後ろ側から、わらわらと男たちが現れた。全員が思い思いの武器を携え、エヴたちに威嚇するように向けている。分かっていた事だが、やはり野盗の集団のようだ。
「さあ! 貴様たち、馬車から降りな! さっさとするんだ!」
アレクはため息をつくと、振り返りエヴを見た。エヴがうなずくと、腰をずらして御者台から一足飛びに降りた。着地に曲げた膝を伸ばし、真っすぐに立ち上がる。
太った男は、思わず身じろいだ。
御者台から降りたアレクは、この場に居る誰よりも背が高かった。ただそこに居るだけで、周りを圧するような巨躯の持ち主だ。すぐに五、六人ほどの野盗たちが、アレクを取り囲んだ。
続けてベンとエヴが、最後にキャルーが軽く流れるような動作で馬車から降りた。キャルーは値踏みをするように、周りの野盗を流し見た。
「おほっ、こいつは――こんなべっぴん見た事ねえ! 上玉じゃねえか!」
アレクに気おされていた太った男は、キャルーを見るや思わず叫んだ。
キャルーは眉を上げ、『ねえ、今の聞いた?』とでもいう表情で、エヴたちを見た。まんざらでもなさそうだ。
「よーし貴様たち、身ぐるみ置いていってもらうぞ! もちろん、この女もだ!」
太った男はキャルーに短剣を突き付けながら、値踏みをするように睨め回す。その様子に、キャルーはわざと怯えた表情を浮かべた。その様子に、ベンは小さく舌を出す。
「おーいおい姉ちゃん、そんな顔すんなよ。女一人が、男三人と旅するなんて――どうせ、よろしくやってたんだろ? ひっひ、これからは、俺が楽しませてやっからよ!」
キャルーの顔が、無表情になる。
エヴたちの顔が、青くなる。
「――――」
「おい、話が違うぞ! 盗るのは、物だけのはずだろう!」
キャルーが口を開こうとした時、長剣の男が怒りの表情を浮かべ割り込んだ。
「はあーん、何言ってやがる? こんな上玉、めったに居ない。それに、売っても金になるんだぞ!」
「お前、約束を違えるのか! 殺しも、人さらいもしないと言うから、仲間になったんだぞ!」
長剣の男は剣を握り直すと、太った男に構えた。間に挟まれたキャルーは、二人の男を交互に眺めた。
「――ん? んん?」
虚をつかれたキャルーは、あまりエヴたちに見せた事のない、珍しい表情をしている。
長剣の男の周りに、同じように長剣を持った剣士たち。太った男の周りに、雑多な武器を持った野盗たち。
野盗たちは、いつの間にか二つの集団に分かれ睨み合っている。
――なんだこりゃ?
エヴが呆れてベンを見ると、ベンは小さく肩をすくめた。アレクは、馬と何か話し込んでいた。
「お嬢さん、あなたをこんな男になんて渡しません! さあお嬢さん、俺の後ろへ――必ず守りますから!」
長剣の男は、勇ましくそう告げた。キャルーが後ろに居るのを確かめると、野盗たちに向かって剣を構えた。
人数で拮抗する双方は互いに睨み合い、じりじりと動きながら牽制をする。
「えーと、うーん――」
キャルーは、二つの奇妙な陣営を見比べた。
「――もう、めんどくさい」
キャルーは右の拳を振り上げ、前に立つ長剣の男の頭をぶん殴った。
「ぶっ!」
へなへなと、膝から崩れ落ちる。
「へ、へ? あれ?」
太った男は驚いて、目を白黒させた。
「あんたも」
そう言い、キャルーはつかつかと太った男に歩み寄った。
「は? な、何だてめえ。頭、おかしいんか?」
悠然と近づくキャルーに、太った男は短剣で突きかかった。その太った身体からは想像できないような、素早い身のこなしだ。キャルーは意外そうな顔で、歩を止めた。
「売り物だからって、容赦しねえぞ。ちょいと、懲らしめねえとなあ」
短剣を斜に構え、刃先をゆらゆらときらめかせる。いかにも盗賊が言いそうな、見本のような言葉と仕草でキャルーを威嚇した。
他の野盗たちは、どこへ剣先を向けて良いかわからず、混乱している。
「ふーん、あっそ」
そう言いキャルーは、無造作に指先を太った男の短剣に向けた。見る見るうちに、切先から剣が真っ赤に染まる。
「あっちい!」
太った男は悲鳴を上げると、放り投げるように短剣を手放した。熱い手を冷ますように両手をパタパタと振ると、必死で息を吹きかけている。
キャルーは真上から、太った男の頭に拳を振りおろした。
「べっ!」
太った男は昏倒し、頭から地面に突っ伏した。
キャルーはうなずくと、右手の人差し指を高く掲げた。
「さあ、おまたせ。次は、あなたたち――」
「うわーっ! こいつ、魔法使いだー! にげろー!」
太った男に与していた男たちは一目散に、文字通り『蜘蛛の子を散らす』ように逃げ出した。
「えっ、ええー?」
地面に突っ伏す太った男には目もくれず、野盗たちは小汚い服をひらひらと振り乱し駆けて行く。
残るは、倒れている長剣の男を守るように対峙する、剣士たちだけになった。
キャルーは右手を掲げたまま、アレクを見た。アレクは、首を振った。エヴを見た。エヴは、首を振った。
「はいはい、これでおしまい」
キャルーはそう言い肩をすくめると、すたすたと荷馬車に戻り御者台に腰を掛けた。
剣士たちは行くも帰るもかなわない表情で、次の行動を決めあぐねているようだった。
「ほら」
ベンはいつの間に取り出したのか、水の入った革袋を剣士たちの足元に投げた。
「そいつに、かけてやれよ」
剣士の一人が革袋を慌てて取り上げると、口を開けて長剣の男の頭に振りかけた。
「ふわっ!? う、うーん」
長剣の男は飛び起きると、側頭部を押さえながら首を振った。剣士たちはほっとしながら、長剣の男を助け起こした。
「さて」
アレクは剣士たちの前にゆっくりと歩み出て、太った男が落した短剣を拾った。ぬくもりは残っているが、持てない程ではない。何気ない動作で刃先に持ち替えると、道を塞ぐ荷馬車に投げつけた。
だん、と低い音が響き、荷馬車が揺れた。短剣は、荷馬車の太い横木に根元まで突き刺さっていた。
「どうする? まだやるかね?」
長剣の男は、アレクを見て、ベンを見て、エヴを見て――最後に御者台に座るキャルーを見て、首を振った。
「全員、剣を置け」
長剣の男の命令で、剣士たちは一斉に剣を置いた。ガチャガチャと、八人分の剣が地面に転がる。
長剣の男は全員が剣を置くのを確かめると、片膝をついて頭を垂れた。それを見て、他の男たちも同じく片膝をついた。
「――初めての――襲撃で、こんな事になるのも――運命でしょう。どだい俺たちには、向いていなかった。これは――これは、俺がこの者たちに命令した事です。俺は、官吏に突き出されても、どうされても構いません。ですが、勝手なお願いですが、どうかこの者たちには寛大なお慈悲を――」
長剣の男は、さらに頭を深く垂れた。その言葉に、他の男たちがざわめく。
「――俺ごときの身では、釣り合わないかもしれませんが、それでも何卒――どうか」
そう言い、長剣の男はエヴをじっと見上げた。
この男は、場の主導権を誰が握るのかを正しく見抜き、そしてエブに頭を下げた。
「ふーむ」
どうしたものか――エヴはアレクを見たが、お任せします、とでも言うように肩をすくめた。仕方なく、エヴは長剣の男に向き直った。
「お前の名前は?」
「はい、ミシャといいます」
「よし、ミシャ。まず、この荷馬車を動かそう。馬はあるよな?」
「ええ、切り通しの向こうに隠してあります」
「じゃあ、取り敢えずここから移動だ。あいつらが戻ってくると面倒だからな。この先の見通しの良い所まで移動して、話すのはその後だ。あと――その男は縛って連れて行こう」
「はい、分かりました。おい、みんな移動するぞ!」
ミシャの指示で、剣士たちは一斉に動き出した。
ベンは剣士たちの剣を拾い集め、少し考えた後、彼らの荷馬車に放り込んだ。
道を塞ぐ荷馬車を動かし馬を繋ぐと、すぐに準備が完了した。
「さてと、お前たちは何者なんだい?」
エヴは腰を掛けるのにちょうど良い手頃な岩を見つけると、そこに腰を落ち着けた。
ここは街道から少し外れた平地で見通しが良く、何者かが近づいてきてもすぐにわかるだろう。
「はい、えーと、俺たちは――俺たちは――何者でもありません」
ベンが返してやった長剣を身に付け、ミシャたちは先ほどと同じように片膝立ちで居並んでいた。
「何者でもないって、なんかかっこ良く言っているが、つまりは――職無しかい?」
「ええ、まあ、先ほどまでは盗賊をしようと思ってましたが。今は、ありていに言えば、そうなります――はい」
「だけど、ずっと無職だった訳ではないんだろ? その前は」
「はい、三月ほど前までは、傭兵として商隊の警護などをしていました」
「傭兵になる前は――軍隊か。その装備だと、みんな共和国だな」
「はい、元は共和国軍の兵士です。全員が故郷では土地も仕事も無い、三男、四男坊のあぶれ者でした。それで仕官できる年になると、軍に志願したんです。軍に入れば食事も寝るところもあって、給金までもらえるので。ですが、戦争が終わると同時に除隊になってしまって――その後は、ずっと傭兵をしていました」
「それなのに、どうして正反対の盗賊に?」
「去年の中ごろから、傭兵の仕事がどんどん減って――治安が良くなったのと、俺たちみたいな除隊者が傭兵になるってのが多くて。今はもう、そこら中、傭兵だらけです。それで仕事も減って、蓄えも減って――だから、俺たちは――」
「だから盗賊か?」
「はい、面目ないです。商隊警護の仕事で何度か戦ったので、俺たちならもっと上手くやれるんじゃないかなと」
「それで、失敗したんじゃないかい?」
エヴの指摘に、ミシャは顔を赤くした。
「うむむ」
エヴは腕を組んだ。話だけを聞けば、かなり短絡的で考えなしに見える。ミシャの年の頃は――二十は超えているだろうが、一つか二つだろう。他の男たちは、ミシャよりさらに年若いようだ。
導いてくれる者はなく、経験も浅いこの男は、それでも懸命に仲間たちの事を考えたのだろう――結果は、芳しくなかったが。
「これまでの経歴は?」
エヴの斜め後ろに控え、話を聞いていたアレクが尋ねた。
「ああ、はい。俺が一番軍歴が長いんですが、みんな似たようなもんです。俺は、六年前――終戦の三年前くらいに志願しました。だから、兵士として三年、傭兵として三年ですかね」
「ノトーリには行ったのか?」
「はい――みんな同じ隊で、前線に――」
ノトーリは帝国と共和国の間にある都市で、最大の激戦があった場所だ。アレクやベンも、参戦している。その戦いを生き残ったのなら、腕は立つのだろう。
「そうか」
そう言うと、アレクはそれ以上何も喋らなかった。
ミシャたちは片膝立ちのまま、不安げにエヴを見ている。なんとなく、見覚えのある――どこにも居所のない、寄る辺のない男たちの視線。
「お前たちに一つだけ、聞こう。これまで無為な殺しは、していないな?」
エヴは立ち上がると、その場にいる全員に向けて尋ねた。
「もちろんです。戦場では戦ったけど、それ以外に意味もなく殺生なんかしてません!」
「そうか。だがな、もう一度言うが、今日お前たちは、それをしていたかもしれないんだぞ」
「はい――」
ミシャは力なく、うなだれた。
「――そうだ、そういえばミシャには、礼を言わなくちゃな。ありがとう」
「へ?」
「守ろうとしてくれただろう。結果は――まあ、あれだったけど――とにかく、礼を言うよ」
馬車に腰掛けていたキャルーは、小さく舌を出した。
「それで、お前たちはこれからどうするつもりだ?」
「ああ、はい、もう盗賊稼業はこりごりです。そうですね、この辺りだと川沿いの大きな街がありますから、そこへ行って人足でもやります。商売は――俺たちは学がないから――できないので、やっぱり身体を使って稼ぐしかないです。あなたのお許しがあればですが」
「ああ、そうだったな。官吏に突き出すだの、なんだのの話か――じゃあ、許す」
「えっ? はい? ありがとうございます!」
ミシャと仲間たちは、明らかにほっとしたように頭を下げた。
そして、そのままの姿勢で、上目使いにエヴを見つめる。
「――なんだい?」
何となく、この後の展開を予想しながらエヴは尋ねた。
「あなたは、身なりも立派で、仲間もとても強くて――ひとかどの人物と、お見受けしました。もしかして、俺たちを――」
「駄目だ! 俺は、これから一人暮らしをするんだから。なのに、人を増やしてどうするんだって話しだよ。絶対に駄目」
「――そうですか。そうですね、ずうずうしいお願いでした。すみません」
「うーん、あああ――もう、しょうがないな。アレク、何とかしてやれ」
「本当に、いいんですか?」
アレクは、片眉を少し上げ尋ねた。
「だって、しょうがないだろう。任せた」
「はい」
大股に一歩進み出ると、アレクはミシャの前に立った。
「お前たち、誓え」
「は?」
アレクは、小声でぶつぶつと何か言うと全員を見た。
「誓います、と言え」
アレクは手のひらをクイクイと動かし、うながした。
「誓います」
ミシャがそう言うと、他の男たちもそれに続いた。
「よし、じゃあ、ちょっと待っていろ」
全員が言い終わると、アレクは馬車の中に入って何か書き始めた。描き終わると、封筒に入れて魔法で封印をする。
「この街道を元来た所に町があるだろう、そこの商館でこの封筒を渡せ。あの盗賊の男も、一緒に引き渡せばいい。あとはお前たちもあの男も、商館の連中が良いようにしてくれる。それからな――この封筒の中は絶対に見るなよ、いいな」
アレクは、封筒をミシャに差し出した。
ミシャは封筒を両手でうやうやしく受け取ると、胴着の奥へと大切にしまい込んだ。
「ああ、本当に――なんとお礼を申し上げれば良いか――こんな事をした、俺たちに――ありがとうございます――」
そう言いながら、ミシャは首をかしげた。
「そういえば、俺はあなたのお名前を知りません。こんな大恩のある人なのに――聞いても良いですか?」
エヴは、しばしためらった。静かに暮らしたいから、ここまでやって来たのに、自分の名前が変に広まっては困る。だからといって、名乗らないのもおかしいだろう。自分は、何も悪い事はやっていないのだから。
それに、親からもらった『本当』の名前を恥じる事はない。
「――エヴだ」
「エヴ――?」
「それ以上でも、それ以下でもない。ただのエヴだよ。あとな、俺はあまり目立ちたくないんだ――分かるな?」
「はい、『ただの』エヴ様ですね、分かりました。ありがとうございます、エヴ様――ここでの事は、誰にも言いません」
ミシャは訳知り顔でうなずくと、仲間たちに振り向き姿勢を正させた。八人の剣士は、片膝立ちで静止する。
「抜剣!」
剣士たちは一斉に剣を抜くと、刃先を下にして両手で剣を掲げた。その様子にアレクたちは少し驚き、小さな笑みを漏らした。エヴだけが、渋い顔をしている。
ミシャたちはエヴに対して、自分たちの知る最上の礼を尽くしただけだった。だが、計らずともこの敬礼は、互いの関係をまさに正しく示した――戦士の、忠誠の誓いだった。
「あーもう、そういうのはいいから。君たち、早く行きなさい。俺たちも、もう行くから。ほらほら!」
エヴは両手を大げさに振って、ミシャたちを急かした。
「はい。では、これで――」
「はいはい」
剣を鞘に納め一礼をするミシャに後ろ手で手を振り、エヴはさっさと自分たちの馬車にもぐり込んだ。
アレクは無言で御者台に座ると、手綱を取った。馬たちに綱を入れ、荷馬車は再び動き出す。
荷馬車の方向が変わり、エヴが座る荷台からミシャたちが見えた。エヴたちが見えなくなるまで、ずっとずっと手を振っていた。
荷馬車はゴトゴトと、元の街道を目的地へと進む。ミシャたちと分かれて一時間はたっただろうか、辺りに見えるのは木々と溶け残った雪ばかりだった。
アレクとベンは御者台に座っている、キャルーは書類を読んでいる。エヴはする事もなくなり、荷馬車の床板の木目を指でなぞり始めた。
「ああいう奴ら、これから増えるかもな」
相変わらず、誰が見ている訳でもないのに、足を組んで小洒落た姿勢を決めたベンがつぶやいた。
「そうだな。治安が良くなる事で、傭兵たちの仕事が減る。すると、剣でしか生きる事のできない奴らが、あぶれる。その中には、悪事に走る者もいるだろう。そして――治安が悪くなる」
アレクは、街道の先をぼんやりと見続けながら答えた。
「そうね、対策はしているけど――戦乱で荒れた地域の復興や街道の整備は、公費で事業化しているわ。それから、戦後の急激な人口増加に備えるための、食料の増産、輸送体制の確立――他にもいろいろ。人手がいくらあっても、足りないくらいよ。でも――本人たちがその気にならなくちゃ、こちらがいくら環境を整えてもね――ほんと、人手は、どこでも、足りないのに、ねえ」
慌ててそっぽを向いたエヴに身体を寄せると、キャルーは一語一語、当て付けるように言った。
「もう、すぐそうやって、俺に絡めてくるんだから、キャルーは」
「ふん」
今度は、キャルーがそっぽを向いた。
「でもな、アレク。俺は違うと思うぞ」
「はい?」
「――剣でし生きられない奴なんて――いないよ。剣を置いたって――生きて――いけるんだ」
「――そうですね。でも、それは――青いですよエヴ――すっごく青いですよ!?」
「うぷ――気持ち悪い――酔った」
「まあ、吐きそうなの? アレク、馬車を止めて! ほら、エヴ、吐くならここに吐きなさい。我慢できる? ベン、手伝って! あっ!?」
◇