Chapter.08 【赤い髪】
「ふんふんふふ~ん」
音程の外れた鼻歌を刻みながら、赤い髪を頭の後ろで束ねた青年が天井にぶら下がる照明器具の光を受けて、鈍い光を反射する銀色の鋭利な両刃の短剣を手入れしていく。
青年の右側の顔は長く伸びた赤い髪のせいで、大部分が隠れていてよく見えない。
「こんなんで良いかな?」
両刃の短剣を証明器具に照らすと、青年はゆっくりとした足取りで椅子に縛り付けられた男性へと近付いていく。
男性の口には白い布がグルグルと巻かれ、声を上げる事が出来ない。
男性の身体は椅子に縛り付けられており、男性は目に涙を溜め、ガタガタと動けもしないのに必死に逃げようと揺れ動く。
「あぁ、ちょっと動かないでよ。君が必要な情報を吐いてくれさえすれば、“R”は君を解放するって言ってるんだ」
「フッー!!フッー!!」
白い布のせいで声を上げる事が出来ない男性は遂には涙を零し、何かを懇願するように赤い髪の青年を見詰める。
青年はその視線に気付いたのか、目を蛇か狐のように細めニッコリと笑みを浮かべると白い布を男性の口から外してやり、声を出せるようにしてあげる。
短く息を吐き出しながら男性は顔を上げた。
その瞬間、赤い髪の青年が男性の手の甲へと短剣を突き刺した。
「ギャアアアアア!!」
断末魔を上げながら男性は、手の甲からくる痛みを和らげようと必死に身体を揺らす。
が、男性の思いも虚しく赤い髪の青年は片手で男性の頭を鷲掴み、動くのを止めさせる。
面倒臭いのか、呆れているのか赤い髪の青年の表情は無表情だった。
「これくらいで叫ばれたら困るんだよ。君には、“便利屋”の居場所を出来るだけボロボロになってから吐いてもらわなきゃいけない」
赤い髪の青年は、涙と涎、恐怖によってぐちゃぐちゃになってしまった男性の顔を覗き込んだ。
その姿は、新しい玩具に目を輝かせている子供そのもの。
男性は声が喉の奥で引きつる感覚に襲われ、自分がこの組織に関わってしまった事をゆっくりと後悔していった。
考える時間はきっともう無い。時間が無い事を解っていたとしても、頭がついてこない。
「“R”は、君を殺せとは言ってないよ」
ダラダラと男性の額から脂汗が流れ出ていき、頬を伝い顎まで来ると清潔感の漂う床へと落ち、小さな脂汗のシミを作る。
痛みのせいで視界が霞み男性は荒い息を吐いては、呻き声をあげ、歯を食いしばる。
そんな男性の状態に何を思ったのか、赤い髪の青年は口角を吊り上げ歪んだ笑みを浮かた。
歪んだ笑みを浮かべたまま、男性の手を刺した時に付着した血の付いた短剣の切っ先を男性へと向ける。
男性は口から途切れたような、掠れたような息を吐き、大きく目を見開いた。
「悪いね、ごめんよ。拷問、僕の趣味なんだよね」
グチュ
重厚な鉄のドアが開くと、顔や首、服にまで返り血を浴びた赤い髪の青年が、音程の外れた鼻歌を刻みながら現れた。
着ていた白衣の裾で顔に浴びた返り血を拭うと、赤い髪の青年は目の前に立っていた青年に気が付いた。
特に警戒することもなく、先程とは打って変わって、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あれ?珍しいね、“ルービン”が地下に来るなんて。なんか僕に調べて欲しいことでもあるの?」
赤い髪の青年はニコニコと嬉しそうに、ルービンと呼んだ赤い髪の青年よりいくつか年下の大人しい印象を持つ少年へと詰め寄った。
少年の髪は、前髪の一部分だけが白く他は黒いという珍しい髪色をしており、端正な顔立ちも相まって随分と美丈夫に思える。
赤い髪の青年に詰め寄られた少年は端正な顔を歪め、明らかに嫌がる素振りを見せ、眉を寄せた。
「……Rに頼まれたんですよ……。貴方がまた、命令を無視して趣味に徹しているかもしれない。と、頭を抱えていたので……」
「うぇ~。Rも大変だね!」
「貴方のせいですよ、“蛇”!!」
赤い髪の青年を蛇と呼んだルービンは、先程までの大人しい印象とは似ても似つかぬほど、口を開けて赤い髪の青年を怒鳴る。
「ちょっと、よしてよ。なんで僕のこと、ヘルビュールって名前で呼んでくれないの?」
どこか拗ねたような陰気な声に、ルービンはその端正な顔をググっと歪めた。
ヘルビュールの言葉とその声色に嫌悪感でも感じたかのようだ。
ルービンのその表情にヘルビュールは目を見開き、ショックを受けたのか子供のように喚きだす。
「酷いなぁ!!ルービンてっば、“お兄ちゃん”にそんな顔するんだもの!!」
ヘルビュールの言葉に、ルービンはハッとしたように僅かに眉を上げたが、すぐに表情を元の無表情へと戻し、目付き悪くヘルビュールを睨み付けた。
「……私もRと同じように貴方を、兄だと思ったことはありませんよ……」
「……そっか!|」
ニッと口角を吊り上げて笑うヘルビュールのその目の奥は笑ってはおらず、綺麗な形を保ったままの笑みだけが不気味なほどにルービンへと向けられている。
その不気味な笑みに耐えられなくなったのか、クルリと身を翻しヘルビュールに背を向けたルービンの足音は些か大きいような気がする。
石造りの冷たい床にルービンの靴底が触れるたびカツン、カツンと音をたてる。
「ルービン」
ヘルビュールはルービンの背に向かって、声をかけた。
その声は驚くほど冷たく、先程までのあの明るい声色とは似ても似つかぬほどの変わりようだった。
「僕はね、少しでもとは思ってるんだけどね。でも、ま。君たちは僕が嫌いでしょう?」
「……えぇ、嫌いですよ。あの日、Rが貴方を助けた時から」
目を伏せて、口を固く結んだルービンは振り返りもせずに、暗い石造りの廊下を歩いて行った。