Chapter.09 【それの重さ】
「ねぇ、リヴィア。まだ帰らないの?アタシ、久しぶりにセイさんのご飯食べたい」
瓦礫の上に胡坐あぐらをかき手近な場所にある瓦礫の破片を投げ捨てたり、悪戯いたずらにオードルの顔を覆う赤い布を弄いじくるなどして暇を持て余すシェールにリヴィアは心底、呆れ返っていた。
ここ“塵の交換場”に来たのは仕事のためであり、決してシェールの暇に付き合うためではないのだ。
「お前なぁ……。暇してんならさっさと帰れよ。姉さん、家にいるから作ってもらえ」
「あぁ、ダメダメ。アタシとオードルの二人で行ってもセイさん、アンタがいなきゃ寂しそうにするから」
「よし、すぐ帰ろう」
シェールの言葉にすぐに心変わりしたのか、一人の情報屋と話し込んでいたリヴィアは立ち上がり帰ろうと立ち上がる。
リヴィアと話していた情報屋は、薄汚い布を深く被った痩せこけた男性で、目だけがギラギラと剣のように光っている。
その視線はシェール一人だけに注がれており、赤い布の隙間から覗くオードルの目が情報屋の男性に向けられた。
警戒しているのか、緩く手を開きつつ、視線だけは情報屋の男性から外さない。
「なぁ、そこの茶髪の嬢ちゃん。この便利屋の“友達”か?」
下卑た笑みを浮かべながらシェールに話しかけた情報屋の男性に、オードルがシェールを自分の後ろに庇い、明らかに警戒心丸出しで情報屋の男性を睨み付ける。
今だに下卑た笑みを浮かべる情報屋の男性に視線を向けたリヴィアは、酷く冷たい目をしており、情報屋の男性はビクリと肩を震わせ顔色を青白く染まらせた。
カタカタと震える情報屋の男性の震えようを見て、シェールは驚愕と、困惑で表情を曇らせながらリヴィアに視線を向けた。
「こいつ等は“友達”なんてもんじゃねぇよ」
リヴィアはそれだけ言うと、情報屋の男性に背を向けて歩き出してしまう。
冷たい目はそのままに、歩いていくリヴィアの後ろを着いていくシェールは、リヴィアの横に並ぶと、眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「……アンタ、なんでアタシたちのこと“友達”じゃないなんて言ったのよ?」
「実際にそうだろ。友達なんて関係じゃない。俺たちは・・・・」
リヴィアの言葉に少々、腹に据えかねたのかシェールの目つきは鋭く、ギラついたものへと変わる。
「アンタねぇ……!!」
シェールが何か言おうと口を開こうとしたその時、シェールの肩をオードルがやんわりと、だがどこか咎めるような強さも含めて掴む。
後ろを振り返り、オードルを睨むシェールはそれほど悔しいのか、苛立っているのかギチギチと血がにじむほど唇を噛みしめる。
それでも、オードルの赤い布から覗く一つの目と「本当の、ことだから」というオードルの言葉に苦虫を嚙み潰したように顔を歪め、舌打ちを打つ。
「お前らは俺にとって、守るべき相手・・・・・・であって、友達じゃない」
「……なによ、それ。どうせ、アタシたちが居なくなったら、セイさんが悲しむからとか、そんな理由でしょ……」
「お前のその悲しいくらいに空っぽの頭でも解ったか」
片方の口角を吊り上げて、柔らかく笑んだリヴィアは、やはりセイと双子であるためか笑みが似ている気がする。
元々、リヴィアとセイは双子であるが二人とも面白いほどに性格も容姿も異なっている。
なのだが、言動の節々に似通った点が数多く存在している。
彼らの側にいるのなら、それはよく解るだろう。
「頭が空っぽは余計よ……。それに!!アタシの方がアンタより頭良いのよ?!」
「字が読めて、書けるだけだろうが!!つか、計算だけだったら、俺の方が上だ!!」
「ハァ?!どこがよ!!」
些細なことですぐに言い合いを始めてしまうリヴィアとシェールの二人を見詰めながら、オードルは赤い布で隠れた頬を掻いた。
二人の喧嘩はよく起こるため、オードルは止めることはしない。
と、言うよりも止めにかかればこの二人の怒りの矛先が、自分へ向くことをオードルはよく知っている。
よく知っているのだが、そろそろ止めなければ二人が能力を使っての“喧嘩”を始めかねない。
そうなってしまえば、どちらかが倒れるか、リクかセイに止められない限り二人は止まらない。なんとも面倒臭い二人だ。
「シェール、ねぇ……。止そう。リヴィアも……。セイさんに言いつけるよ……」
“セイに言いつける”
その言葉にいち早く反応したのはほかでもないリヴィアだった。石の如く固まり、ピクリとも動かない。そんなリヴィアの様子に、眉間に皺を寄せて引き気味にリヴィアのそばから離れる。
そのリヴィアと言えば、固まったままだった身体を動かして、ギロリとオードルを睨み付けた。
目つきは相変わらず悪いのだが、どこか覇気がなく、顔色は悪い。そんなにセイに言いつけられるのが怖いのだろうか。いや……。怖いのではなく、セイにシェールと喧嘩をしたという事実を伝えられるのが嫌なのだ。
リヴィアの中でセイという存在はあまりにも、それこそ馬鹿にならないほどに大きく……、大き過ぎる存在なのだ。
「……姉さんに言い付けるなよ、オードル……」
ばつが悪そうに、視線を逸らし、眉間にできた深い皺がリヴィアの機嫌の悪さを物語っている。
「そんなにセイさんが好きなの?」
「好き?当たり前に決まってるだろ。姉さんと俺は姉弟なんだから」
「……姉弟ね。……馬鹿らしい!!」
馬鹿にした笑みを浮かべ、リヴィアとオードルの二人を置いて帰って行こうとするシェールを、オードルが慌てて追いかける。
その様子を、元々鋭い目付きを更に鋭くさせ二人の後ろ姿を睨み付けた。リヴィアの黒い瞳は二人を捉え続けていたが、チッと舌打ちを零す。
目蓋を閉じ、苛ただし気に二人に背を向ける。
「……家族なんて、居ねぇくせに」