Chapter.00 【終わりにして始まり】
初投稿です。
よろしくお願いします。
業火吹き荒れる、灼熱の地とかした戦場で蒼く腰まで伸びた美しい髪の毛を振り乱しながら、鬼の形相で拳を振るう一人の女性。
口から吐き出される息は荒く、肩も激しく上下に動いた。
しかし、女性の鬼の形相だけは崩れることなくただただある一点を睨み付けていた。
女性の視線の先に佇むのは、腰まで伸びた金髪をユラユラと風に揺らす一人の男性。
業火に照らされ、金色からオレンジ色に輝き光を放つ男性の髪だけがまるでこの世のものとは思えないほど、美しかった。
「……そんなに、私が憎いの?」
男性は女性の言葉に肯定も否定もせずに地面を蹴り上げ、一気に間合いを詰める。
そこで初めて分かった。
男性の肩甲骨の辺りから、二つの純白の真っ白い翼が生えていたのだ。
業火によって見えなかったその翼は男性の背丈と同じくらい大きく、翼を広げれば圧倒的な速さで女性との間合いを詰める。
女性との間合いを詰めた瞬間、男性は女性の鳩尾目掛けて膝を叩き込んだ。
女性の身体はくの字に折れ曲がるとゴムまりのように勢いよく跳ね飛び、地面に数度激突しながら速度を落とし、巨大な瓦礫に全身を打ち付けたことによってようやく止まった。
女性は口から大量の赤い血を吐き出すと、よろめきながらも地面に足をつけ立ち上がった。
「弱くなったな」
淡々とした冷たい声が、女性に投げ掛けられる。
口元についていた血を拭うと、女性はゆっくりと顔を上げる。
女性の顔にはまだ戦う意志があるのか、髪の色と同じ蒼い瞳をギラギラと獣の如く光らせジッと男性を見詰める。
深く息を吸い込んだ女性は、勢いよく肺の中の空気を吐き出すと、両手の指を掌に食い込むほどに力強く握り混んだ。
「……人間など、棄てて仕舞えば、お前はもう一度“魔神”となる事が出来るんだぞ?」
男性の言葉に、女性は薄く口元に笑みを浮かべるとクスクスと鈴の鳴るような笑い声を上げ始めた。
そんな女性に、表情を崩すことのなかった男性は眉を寄せ無表情を初めて崩した。
「言ったでしょう?私は、もう人間なの。私は“魔神”じゃない」
「堕ちるとこまで、堕ちたか?セレナーデ」
冷たく、だが魅力的に笑う男性はみゆっくり目を細めて女性を見下すかのように視線を向けた。
「 必要の無いモノほど、不様に足掻く 」
男性のその言葉は、氷柱のように冷たく、女性の心に突き刺さる。
ジワリと心に突き刺さった氷柱が溶けだし女性の心を蝕む。
だが、女性は片方の口角を器用に吊り上げると、嘲笑うかのように口元に笑みをつくると、薄赤い喉奥が見えるほどに大きく口を開けて笑い出した。
まるで、壊れたか、狂ったか、呪われでもした玩具のようだ。
鈴の鳴るような笑い声を上げていた女性の面影は、ない。
「そうね、確かにそうだわ。人間に踏まれて、四肢が折れ曲がった虫と同じね。助かる見込みも無いのに、必死に、必死に生きようとする」
そこまで話して、女性は言葉を句切ると先程まで盛大に笑い声を上げていたのが嘘のように落ち着き、ひやりと底冷えするほど美しい笑みを浮かべた。
「でも、それの何が悪いの?生きようとする者を嘲笑い、生命を摘み取ろうとする者のほうが私には不様に思えるわ」
一瞬の静寂の後、男性の美しく腰まで伸びた長い金髪がユラリと不自然に揺れた。
まるで意思を持って動き回っているかのよう。
「やはり、お前とは、何から何まで馬が会わないな」
「……そう、みたいね」
男性が、小さく口を開き何かを呟く。
吹き荒れる業火のせいで、男性が何を言ったのかは分からなかった。
キラリと光る、光の粒子のようなものが男性の手に集まっていく。
それは量を増し、濃さを増していくと形を創り始めた。
それは、男性の身長程もある大剣だった。
創られた大剣の柄は白く、大剣の刃は業火に照らされキラキラと美しく光り輝いている。
女性はその大剣に視線を向けると、どこか誇らしげに微笑み大剣から男性に視線を移した。
「さよならね」
「……あぁ、さよならだ」
女性は男性の言葉を聞くと、目を閉じ黒雲に閉ざされた空を見上げた。
女性が愛した“この世界”を護るために。
失うものが多すぎるのだが、それでも“この世界”を“大事な者”を護れるのであればそれで良い。
(傲慢、かしら……ねぇ)
心中で呟いても男性には聞こえないし、ましてや今、自分を殺そうとしている男性に殺された自分の愛した人に伝わる訳もなく。
「……ヴァル……」
地面に大剣を突き刺さした金髪の男性は、光の粒子となり下半身が消えていく女性を見下ろしていた。
女性の左肩から右の脇腹にかけて、深く刻み込まれた斬り傷。
そこから噴き出ていた赤い血が止まって仕舞ったのは、女性が死んだ証。
女性の血溜まりが出来た地面に何の躊躇いもなく、膝をついた男性は震える手を青白い顔をした女性に伸ばした。
「セ、レ、ナーデ……」
唇が震え、口角が引き攣り上手く言葉を紡ぐ事が出来ない。
手の指に触れた女性、セレナーデの体温は低くそれが男性へ“自分が殺した”という現実を叩き付けるものとなった。
「あ"ぁ"あ"あ"あ"ッ!!」
喉奥から這いずるようにして吐き出されたのは、最早、悲鳴とも言葉ともとれぬ呻き声に似た何か。
セレナーデの頭を抱き込んだ男性は、ボロボロと碧眼から透明な涙を零し始めた。
ゆっくりと光りの粒子となりセレナーデの頭が消えていく。
血も、肉も、骨も、セレナーデが生きていた証は、全て消え去っていった。
セレナーデの身体から噴き出ていた赤い血までもが、そこに無かったかのように消え去り男性の目の前に残ったのは、少し歪んで仕舞っているペンダント。
それに手を伸ばし、ゆっくりとした動作でペンダントを拾い上げる。
ペンダントには、セレナーデによく似た少女と、黒髪黒眼のセレナーデの愛した男に似ている子供が二人並んでこちらに笑顔を向けていた。
「…は、は、ははは」
乾いた笑い声を上げた男性は、ペンダントを持つ手をダラリと下げて項垂れるようにして立ち上がる。
空いている片方の手で、大剣の柄を掴むと男性は歪んだ笑みを空へと向けた。
黒雲に閉ざされた空は、セレナーデが生きている間に放ったもの。
「 そんなに、私が恐ろしいか 」
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