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無限に終わらない  作者: 睦月煉
第1章   邂逅と離別
7/50

6話     劫火に消える

 時は過ぎ、スマホの時刻が16時を示す。

 そんな夕闇が次第に空を低くして目的の時間まで1時間となった頃、彼らはまだ街を歩いていた。

 響希はキョロキョロと首を回しながら先頭を歩き、麗翔とカノンは彼の一歩手前で並んで歩く。


 特に真新しい情報は得られなかったが、街を楽しく巡ってる内に何となく、三人縦に並んで歩いていた頃に比べれば空気は軽くなっていた。

 そしてさらに大きな進展がもう一つ。


「なんだか、寒く、なりましたね」


「ほんと、太陽はあるのに風が冷たい」


 カノンは小声で喋り、麗翔にもぎこちない笑みは残っているが──それでも、そんな話ができるまでに馴染めていたのだった。


 ここに至るまで、響希がコミュ症の麗翔を気遣ってカノンに聞こえないよう小声でアドバイスをしたり、会話のきっかけを作って無理矢理、麗翔を輪に入れたりしたことがきっかけだろう。


 そこから会話の機会は増え、そのたびにカノンは優しく返答する。気が付けばまだ少しの距離はあれど、日常会話はできるようになれたのだ。



「あ……」


 そんな時、カノンが小さく声を出した。

 それが耳に届いた麗翔は、首を回し後ろを振り返ってみる。するとカノンは、しゃがんで猫と戯れていた。



「この世界にも猫とかいるんだ」


 麗翔はそう呟いて、しゃがみ込むカノンに近付く。そのままカノンと猫を見下ろしていると、彼女の肩に違和感を感じた。


──葉っぱ、付いてる。


 彼女自身も全く気付いてないのだろうか。ともかく、麗翔はゆっくりと手を伸ばしカノンの肩に触れようとすると──



「ふぐっ!?」



 カノンは突如として勢いよく振り返り、片手で片耳を抑えながら相変わらず暗い目で麗翔を見つめる。



「…………」


「あっ、いやゴメン。肩に葉っぱ付いてたから取ろうと思って……」


「そう、ですか」



 カノンはそう返すと肩に葉っぱをもう片方の手で払いながら、気を落ち着けて立ち上がる。何かまずい事をしてしまったかと麗翔は硬直するが、とりあえず彼女が何も言わなかったので麗翔も落ち着いて深呼吸をする。

 

 なんとなく危なそうな流れになってきたので、麗翔は響希に話しかけてみた。


「あ、えっと……響希」


「どしたー?」


「もうすぐ日が暮れる時間だし、一旦浜辺に戻らない? 家がない内は、わかりやすくて人が全然いないあそこを拠点にした方がいいと思うんだ。それに、ちょっと確認したい事もあって……さ」


「んー、あの森通ると俺達が蚊のドリンクバーになっちまいそうだが……まぁ、このままアテもなくブラブラしてんのもアレだし。行くか!」


 即興で考えた浜辺に戻る理由を説明し、とりあえず向かう事にした。どちらにせよ寝る時はここで寝ようと初めから思っていたところだ。少し時間が早かろうと変わりはしないだろう。


 こうして彼らは、浜辺に戻る事にした。



* * * * * * * * * 



 彼らは森を抜けて海に着く。


 時刻は16時58分。例の爆発が起こる時間まで残りあと2分となっていた。



「んで、確認したい事って何なんだ?」


「17時に、多分わかると思う」


「そっか」


「もしかしたら、これが僕らの状況を大きく変えるかも──って、あれ?」


 そんなやりとりをしていると、視界の奥の方に違和感を感じる。視点を変えてよく目を凝らして見てみると、海に沿って真っ直ぐ行ったところから人が歩いてきている事に気付いた。



「……誰だろう」



 迫る例の時間を前にして、何が起こるかわからない緊迫感を感じ、心臓が高鳴っていた。


 そして冷ややかで怪しい風が吹き、その場は不穏な空気に包まれる。


 ただそれでも無言で、こちらに近付いてくる人間を見ながら待つ。麗翔は、あの男が爆発を起こして何らかタイムリープの原因を作るのだろうかと、色々と考えている──




 まさに、その時だった。




「ちょっと片付けるぜ?」


「────!?」


 前方に目を向けていた麗翔達からは全く予期しない声が、背後から聞こえた。声の主の方へ顔を向けると、そこには橙色の髪をした男が視界に映る。


「お前──」


 響希が何かを言いかける。お前は誰だ、とでも言おうとしたのだろうか。しかしそれを認識した瞬間、響希が言葉を言い終えるより先にその場は地獄のような熱に包まれた。

 そのまま小さな火の粉が散り、周りの景色が紅色に見えてくる。



 その刹那、彼らは驚愕と共に戦慄した。

 稲妻のような爆音が轟き、麗翔の左の響希がいる辺りから巨大な火柱が立ったのだ。それによって視界は燃え盛る真っ赤な炎で埋め尽くされていく。



「なっ──!?」


 

 麗翔はその衝撃に耐えきれず吹き飛ばされ、勢いのままに、飛ばされた先にある木に強く衝突した。



「あ、がッ……!」



 背中を打ち付けられた鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと麗翔は立ち上がる。一体何が原因で何が起こったのだろう、皆は無事なのだろうかと、2人の安否を気にかけながら辺りを見渡す。



「なんだよ……これ」



 目の前に広がっていた景色は、先程までとは一転して地獄だ。近くの木々は大きな炎を立てて焼け落ち、風に飛ばされる綿毛のように大量の火の粉がその場を舞っている。


 すると、背後に微かな人の気配を感じた。急いで振り返るとそこには麗翔と同じく吹き飛ばされた様子のカノンが倒れていたのだ。



「あッ、カノン、しっかり……いや、どう、どうすれば……そもそも今、何が!?」



 予期せぬ絶望的状況を前に、麗翔の頭は既に混乱していた。カノンをどうするべきかもわからない、カノンにどう声をかけるべきかもわからない。

 麗翔はただ慌てふためきカノンを心配することしかできなかったのだ。するとカノンはゆっくりと口を開く。



「あぁ……すみません。ちょっと、頭打って、立てそうに……」



 その瞬間、麗翔は絶句した。

 身体をぐったり寝かせてそう言うカノンの頭に触れた途端、麗翔の手が大量の血で真っ赤に染まったからだ。



「あれ、これって私……死ぬ、ですか……ね?」



 そして彼女は辛そうに弱々しく笑い、小さな涙を浮かべた虚ろな目で、遠く彼方を見ながらそう呟いた。

 麗翔はそれを見て耐えられないほど怒りが心臓で唸り、勃然と憤怒が湧き上がる。



「クソ、野郎……!」



 横たわるカノンをそのまま寝転がせ、麗翔は怒りのままに男を睨みつけて歯を食いしばった。


 それと同時に煙はだんだんと薄くなっていく。すると、少し先に先程の橙色の髪の男が見えてくる。すると彼は、腹立たしさすら感じる静かな笑みを向け、下等生物でも見下ろすかのように言い放った。



「あぁ? 生きてんのか……しくったなぁ、運良いなオイ。まぁとっとと消炭になってくれや、あの金髪みてぇにさ」


「金髪……? お前、まさか響希を……」



 思えば響希のいた方から火柱が出現し、響希の姿はそれきり煙が晴れても見えないままだった。そして、麗翔は本当に響希が為すすべなく、呆気なく消えてしまったと気付く。


 その瞬間、直前とは比べ物にならない、制止できないほどの怒りに駆られた。



「ァァアアアッ!!」



 感情のままに慣れない大声を放ちながら、右腕を振り上げて不敵な笑みを浮かべた橙色の髪の男に向かっていく。


 直前まで近づいたところで両方の拳を、爪の跡がついて血が出そうなくらい強く握り、左足を大きく踏み出して腰を回転させ、その勢いのままに右手の拳を思い切り振り抜いた。



 しかし──



 麗翔の拳は男の手の中に収まり、そのままがっしりと握られる。男は呆れたように麗翔を見つめて、言う。



「あぁ、つまんねぇ」


 

「え……?」



 その瞬間、男はもう片方の手に炎を宿した。そのまま手の炎は、剣のような形状となり──



「そんなんじゃあ全ッ然、燃えねえよ……!」



 男はどこか虚ろな表情をしながら静かにそう言うと、手に宿った炎の剣を振り下ろし、麗翔の右腕は、溶けるように分断された。



「があ──ッッ!!」




 さらに麗翔が痛みに喘いだ瞬間、男は麗翔の腹部に強烈な蹴りを入れ、吹き飛ばす。



──痛い、痛い痛い痛い痛いッ



 右腕がなくなる、初めての感覚。

 麗翔は腕の切れ目から鮮血を撒き散らしながら、目玉が落ちそうなくらい目を見開き、人生史上最も歪んだ顔で吹き飛んだ右腕を見た。


 そこでごっそりと腕を持っていかれた肩から感じたのは、地が裂けて熱い溶岩が噴き出すような感覚。心が食い破れそうなくらいの激痛といっても、経験したことのない人間からは想像もできないであろう痛みだろう。




「フーッ……フーッ……!!」



 そのまま麗翔はあまりの激痛に顔を酷く歪めながらも、歯を食いしばりながら鼻で荒い呼吸をし、男の方を睨む。



 すると男は燃え盛る炎の剣を、横たわるカノンに向けていた。



「やめ……ッろ……!」



 激痛で喉が掠れながらも、鼻をすすりながら、今にも死にそうな声でそう叫ぶ。

 ──が、橙色の男はゴミでも見るような目で麗翔を見下ろしながら、微かに笑みを浮かべて口を開いた。


「悪ィけどそりゃ無理だぜ、俺にはどうにもできねぇわ。それにどの道死ぬのは変わらねえよ」



 気が付けば、橙色の男の隣には赤髪を伸ばした長身の男がいた。恐らくさっき遠目に見ていた男は彼だったのだろう。



「だいぶ派手にやったなぁ。こりゃレクサスに怒られるんじゃないか?」


「魔力の加減がわかんねーんだよ。コイツを生かしといたらあの変態がうるせえし、しゃーねーよな」



──こいつらは一体、何の話をして



「って訳でまぁ、さよならだ。コレ魔力燃費悪ィし……早く拠点に帰って飯食いてぇんだわ」



 そう言うと橙髪の男は、カノンに向けた炎の剣を振り上げた。



「やめ……」


 死にそうな声で麗翔は呟くが、当然声は全く届かない。そして火の粉が空中を舞い、熱風が失った右腕の切れ目にじわじわと伝わる。


 響希も失いたくはなかった。その上にカノンまで死んでしまったら、この先どう生きていけばいいのかがわからない。死なせるわけにはいかない、死んでほしくない。

 しかし麗翔は、それをどうにかする力なんて持っていなかったのだ。



「やめろォォォ────ッッ!!」




 麗翔は最後の力を振り絞り、感情のままに掠れた怒号を放った。



 しかし男は一瞬こちらを見たかと思うと、その哀れむような目を逸らし、冷然と炎の剣を勢いよくカノンに振り下ろしす。




 瞬間、その全てが真っ赤に染まっていった。



 そのまま何もかも──劫火に消える。

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