4話 突如として時は巻き戻り
「──は?」
気が付くと、そこは砂浜だった。
太陽の光が消えて暗闇が広がっているが、目の前に広がる海は何処までも青く、磨きたてた青銅の鏡のような色をしているのがわかる。
そしてその光景の既視感を感じてよく見てみると、それはまさにこの世界に来た時見たもの、明るさは違えど既に一度見た景色だった。
「砂浜に行こうとしたら一瞬暗くなって、砂浜についた。でも……」
しかし、自分のすぐ隣には響希が眠っている。それも、一度見た光景だ。そこでまさかと、1つの疑いをかける。
「いや、そんなバカみたいな話……あっ」
麗翔は気付いたように、咄嗟にポケットに入ったスマホを確認する。
時刻は0時00分。しかし日付が変わっていない。つまり、スマホの時計が示していたのは過去の時間だったのだ。
「どういう……ことだよ」
この世界で目覚めたのは午前8時。それより8時間前となる時間だった。脳内が本気で混乱しそうになるが、一度心を落ち着けて額から流れる汗を拭いてみる。
「一回、整理をしよう。僕が怪物に殺されたのが昨日の22時くらい、そして次の日である今日の8時、死んだはずの僕が浜辺で目が覚めた」
そしてこの状況。スマホの示す時間と隣で響希が眠っていることから、過去に戻った。つまりタイムリープが発生して0時に戻ったと信じざるを得ない。
「訳わかんない……けど、もし本当にそうなら昨日の22時から0時までの間に何かが起こって、僕らはこの世界に運ばれた……そして本来の僕が8時に目が覚めるハズだったのを、時間が戻った事で0時に目覚めてしまったーって感じか?」
それはいいとしても、時間が戻ったというのはどうにも信じ難い。ここが異世界というだけならまだしも、時を司る何かが存在しているなど──
「異世界だけじゃなく、ループもの? そう仮定すると何らかタイムリープのトリガーになってるものがあるハズだろ……あの時、何が起こった? それともこの世界は定期的に時間が戻るのか? それにしたって異世界転移って言ったら普通、神様からなり女神様からなり何らかの説明受けるだろ……」
まさかこんな事が起こるとは思いもしなかった、あの時。遠くで謎の爆発音が響いた時だ。
あの爆発音が、時を過去に戻す何らかの原因になってそうなのをまず疑う。だがその前に──
「響希、起きて欲しい」
そう言って隣で眠る彼の方を揺らし、目覚めさせる。1人で考え込むより、2人で話し合った方が良いはずだと、そう思って。
「んん……?」
眠気が伝わってきそうなくらい、無防備な声を出す響希。気持ち良さそうに眠る彼を起こすのは申し訳なさを感じるが、それどころではないのだ。
「え、これは……?」
やはり、当然の反応だろう。共に浜辺に行こうしたら突然時間が戻っているのだから。それでも一刻も早くこの状況を二人で考えなくてはならない。一人で考え込むには、謎の規模があまりにも大きすぎるのだ。
「僕もよく状況がわからない、ただ見ての通り時間が……」
そういって、時間が戻ったことを説明しようとした時だった。響希はそれ以上の動揺を放つようにして、麗翔の言葉にかぶせて言い出す。
「俺、死んだハズじゃ……」
「──え?」
違和感が、生じた。あの時の響希は浜辺に向かって走り出していたハズだ。それなのに死んだというのは、話が噛み合わない。だが、ここで1つの疑惑が浮上する。
すると響希は、その疑惑を決定づける発言をした。
「いやホラ、確か公園らへんで怪物に腹ブチ抜かれてさ」
──まさか、だろ。
「タイムリープを認識してるのは、僕だけ?」
「タイム……なんて?」
「いや、なんでもない」
やはりそうだった。響希の記憶の中には、共に街を巡った記憶が綺麗さっぱり無くなっていた。
──だとしたらなんでだ? もし僕だけが覚えているのだとしたら、時間が戻った原因は僕にあるのか? あの時の行動なんて、爆発音に驚いて立ち上がって、浜辺へ走り出そうとしただけだぞ……?
明確な原因になりそうなものが何1つ自分には見えたらない。立ち上がる、走り出す、といったことならその前にもしていたからだ。
爆発音を聞いてから自分の何らかの行動がトリガーとなり、時間が戻ったとは考えづらい。
「わけ、わかんない……けど」
理解不能な事態だが、これからやることは決まった。先程の爆発音がどうしても気になるため、さっきと同じように街を探索し、爆発音を聞いた17時頃に、再び浜辺へ戻るというものだ。
だが、ひとまずは──
「ちょっと寝よう」
「えっ……マジ?」
17時までかなり時間がある上に、0時からずっと起きて街を探索するのは少し体が持たない。
そして、前日の22時あたりに意識を失い、今日の0時に目覚めたのならほぼ眠れていないハズだからだ。
もっといえば、太陽がない状態で街を探索するのは難しい。
「状況も状況だけど、流石に0時からずっと起きてるのは辛い、それに何だかすごく疲れたんだ。 9時にアラームセットしたから、朝まで休もう。もう頭が追いつかないし……朝になったら向こうに見える建物の方を探索しよう、多分あそこには街がある」
「えっちょちょちょ!? お前の適応力えぐいな!?」
響希は慌てているが、正直言ってどうすればいいのか麗翔にもわからない。街中を歩いた身体の疲労は消えているが、脳も心も疲弊したままだったのだ。
そうして眠りにつく麗翔を見て、仕方なく響希もカバンを枕にして寝転がった。
不気味なくらいに薄暗い、夜空を見上げながら。
* * * * * * * * *
『お前が──俺を──』
「へあっ……?」
──今、なにか
声が、聞こえたような気がした。暗く静かな低い声で、何かを言われたような。震えた声で、何かを伝えようとされたような、謎の感覚。
──いや、思い出せない。 気のせいか?
「あぁなんだよもう、ウルトラマンみたいな声出ちゃったじゃんか……」
麗翔は考えてもわからない事を悟り、我に帰る。
そして気が付くと、スマホが無機質な音、アラームをそこそこの音量で響かせていた。そのやかましい音が耳に入ったのか響希も同じくらいのタイミングで目覚める。
「眠れた?」
「……あぁ」
そんなやりとりをしながら、スマホのアラームを止め、時刻を確認。
9時2分。アラームは予定通り9時に鳴ってくれたようだ。そして早速、気怠い身体を立ち上がらせ行動に出る。
「向こうに街が見える。とりあえずそこに行ってみよう」
「え? あ、あぁ……」
色々と唐突すぎて若干ぎこちなさそうにする響希だが、その様子を見ると同時に麗翔は1つ思い出した。
「あ、その前に、向こうに……」
麗翔は浜辺の少し奥まで走る。
──いた。
そこでにいたのは、黒髪を風に靡かせながら静かに座る、可愛げのあるポンチョを着た少女。
あの時。タイムリープする前の浜辺で、声をかけようとしてかけられなかった少女がいた。人見知りだからと自分に言い訳をして、声をかけなかった少女。それが何となく、気掛かりであったのだ。
「響希、あの子に声をかけてみてほしい。何か教えてもらえるかもしれないし……」
「おう」
響希はすぐに返事をして、少女に向かって行った。勿論、麗翔から話しかける勇気はないが、この世界における多すぎる謎を知る手がかりにはなる気がしたのだ。
それにしても全くどうして見ず知らずの人間に気軽に話しかけられるのかと、麗翔は疑問で仕方なかった。
──ホントすごいよな
心底尊敬しながら、麗翔も少女に話しかける響希の少し後ろまで近付く。
「あー急にごめん、ちょっと聞きたいんだけど……ここどこだかわかる?」
何の躊躇いもなく軽口で、響希は少女に声をかけると、一呼吸おいてから少女はゆっくりと振り返った。
その顔は、小柄な体型ともあって麗翔より二つか三つほど歳下に見える幼いものだ。何故か瞳だけは曇っていて光を感じないが──やがて彼女は、私ですか、と言わんばかりの表情を向けながら、響希を見つめる。
「あぁそうそう。なんか気が付いたらここにいたんだけど、色々よくわかんなくてさぁ」
響希は頭をかき、苦笑いをしながらもそう答える。
だが、少女と目が合うことはなかった。それどころか少女は気まずそうな、そして申し訳なさそうな表情をして、数秒の間をあけてから呟く。
「私、その……何も思い出せないんです」