45話 再来のタイムリープ
「が──ッッ!?」
掠れた絶叫と共に目を覚ます。
布団をふき飛ばし、直前に凄まじい苦痛を受けた事による刹那の発狂から、我に返ったところで──息を荒げながら、ゆっくりと腹部へ手を伸ばす。
何も突き刺さってはいなかった。
布団が大胆に弾かれて露わになった脚も、何ら異常なし。気が付けば、そこは見慣れた自室だったのだ。
しかし、腹部に当てた手はそのまま硬直し、全身が細かく震え始める。──それも、当然だろう。何故なら、
「脚、ある。腕、折れてない。体、穴空いてない……でも今、死んだよな、死んだんだよな? 顔グチャグチャに食われて、痛くて、痛くて苦しくて、あ、あああ……?」
両脚が瓦礫に挟まれて、ちぎれた。
地面に強く叩きつけられ、あらゆる骨が曲がり、砕けた。
瓦礫とともに落下した柱が、腹部を貫いた。
──顔面から、食い殺された。
「う、ぶふぁッ……おえ、がッ……」
ふいに込み上げてきた嘔吐感。
前日に食べた夕食を、胃の中身を全て、洗いざらいゴミ箱へとぶちまける。
再び脳裏でその記憶を再生してしまったことで、改めて自分の肉体が最期にはどんな状態だったかを考えさせられる。簡単に言えば、苦痛もそうだが──ひたすらグロかった。
そして自分の肉体がなにかに貪られる実感は、あれほどの喪失感を伴うものなのか。あの記憶が恐ろしくて、気持ち悪くて、とにかく最悪だ。
よってその後も嘔吐感は続くが、やがて黄色がかった胃液以外は何も出てこなくなる。それでもひたすら内臓をきつく絞り上げ、もはや胃液すら枯れ果てた状態になった。
いつの間にか流れていた涙を擦りながら鼻水を啜り、タオルで乱暴に口元を拭う。それでも嘔吐感は止まらず、元通り形成されたはずの顔も歪んだままだった。
「あ、あぁ」
荒げた息を深呼吸で収めようとするも、同時に全身が脱力して、その場で大の字に倒れ込んでしまう。
「なんで、こんな……」
ことになった、とでも言おうとしたのか。もはや自分自身すら見失いそうになるほど混乱している。それでも、あの残虐すぎる死が頭から離れることはなかった。
麗翔はとにかく別の事を考えようと、必死に頭を回転させる。それしかなかった。そうでもしなければ、再び込み上げる嘔吐感によって気を失ってしまうかもしれない。
──いや、もはや気を失った方がいいのかもしれない。そうすればきっと、楽に、
「…………って、何考えてんだ、違うだろ。何寝転がってんだ、もっと他にやる事が……ある。さっきの事なんか考えるな、でも、考えろ……」
矛盾した言葉を自分に言い聞かせながらも、麗翔は上半身を起こし、早まった鼓動と呼吸を落ち着かせるように思考を始める。
「まず、今の時間は0時10分……か、また時間が戻ってる。原因は前回に引き続いてカノンが死んだ……ってことだよな。あの時カノンは見当たらなかったけど、僕が死んだ後で、カノンもあの魔獣に殺されたと察するべきか……?」
もしそうなら、日の変わり目である現在0時から10時までの間に、何かが起こるのだ。兵団基地の人間を殺し、巨大な魔獣を引き寄せるような、何かが。
「だとすると、この事実を上官に報告…………って、誰が未来を知ってるなんて話信じるんだ? 最初の時と同じ、何の根拠もなしに話したって伝わるとは思えない。まずは一人で、探索でもするべきか?」
思考を言葉に発し、混乱する自分を少しでも落ち付けようと今やるべき事を固める。ひとまず単純な「周囲の探索」と、それだけでもいいだろう。
少なからず、深夜から朝までの間に何かしらとんでもないことが起こるのは間違いないのだから。それさえわかれば、兵団に所属する腕利きの兵士たちが問題を解決してくれるだろう。
──あの時、時間が戻る前。
レイヴァンやエリクといった、兵士の中でも特に強い人間がどこにもいなかったのだ。死体の山は平凡な立ち位置の兵士だけで、麗翔自身も会話することすら少なかった人達。
なので、何らか異変を突き止めてレイヴァンに報告するべきだろうと、そう思った。彼が兵団基地から姿を消す前に。
「あぁ、今日は寝不足か。まだ、気分も良くなってないけど……仕方ない」
そう考えた麗翔は、気分の悪さを堪えながらも、ゆっくりと立ち上がった。
恐怖や不快感は大いにあった。だが、それと同じように、麗翔には大きな自信があるのだ。
──今の僕は、一ヶ月前とは違う。
あの頃は右も左もわからず、味方もおらず。やっと辿り着いた兵団基地でもエリクを連れて来るのが限界だった。麗翔自身の戦闘力は皆無で、サポートしかできなかった。そして、響希を失った。
でも、今は違う。
一ヶ月間を兵団で過ごし、頼れる多くの仲間達と絆を紡いだ。毎日レイヴァンの厳しい特訓を耐え、戦闘力を大きく向上させた。最初は魔法一発で意識を失いそうになっていたのが、今では1日に二発まで放てるようになった。怠慢だった性根も、そんな日々のお陰で多少は改善した。
上官や同期との信頼関係を紡いだ。
厳しい訓練で馬術や剣術を身に付けた。
苦手な魔法も二発までは放てるようになった。
精神的にも大きく成長した。
──今度こそ、誰も死なせない。
* * * * * * * * *
講義室や待合室に、物資を備蓄する倉庫などがある本館の方は、あらかた調べ終わった。
広場や運動場も、これといった異常はなかった。むしろ、ラルガが見回りしている場面も見かけたのだ。現状では何の変哲もない、いつも通りの日々である。
──だが、このまま何もしなければ、前回と同じ結末を迎えるだけ。現状で何も起こっていないということは、まだしばらくの猶予があるらしい。
それまで延々と兵団を見回っても、疲労が溜まるだけでない。むしろ自分の方が怪しく思われてしまうだろう。
「どうするかな。先輩に相談しても、あの時と同じ……きっと本気で信じてはくれない。それにあの時は響希の怪我もあったから多少の信憑性はあったんだ。今唐突に未来の話をして、信じてくれそうな人なんて……」
そう思い、脳内で様々な人物を思い浮かべた直後。麗翔は気が付いたように目を見開き、顔を上げた。
いた、いたのだ。確証はないが──
「カノン……なら」
カノン、この世界で初めて出会った少女だ。響希がいなくなってしまった今、現状最も長い付き合いなのはカノンである。彼女なら麗翔の話を信用してくれるかもしれない。
──精神的に衰弱した自分を癒すためにカノンの元へ行こうとしているだけなのかもしれないが。
もちろん生き延びる為にカノンに協力してほしいという気もあるといえばあるのだが、思い出すだけでも苦痛な傷を心に負った麗翔は、もはや自分すら見失っていた。
「そうだ、カノンがいた、カノン、カノンだったら……」
自分は成長した、一ヶ月間でたくさんのものを築き上げてきた。自分にはカノンがいる、カノンが付いててくれる。いつだって麗翔の相談に乗ってくれた、彼女なら。
──そう自分に言い聞かせない限り、不安が消えることはないのだ。
でも、それでも。
とにかく、カノンに会えれば何か変わる。
カノンに会わなければならない。
カノンに頼りたい、縋りたい。
そんな例えようもない感情が、自然と麗翔の身体を動かしていた。──彼女のいる部屋の直前まで。
「ここを開ければ……いや、流石に夜遅すぎるか? でも緊急事態だし、とは言っても迷惑なことに変わりはないか……なんて気にしてる場合じゃ、あぁ、どうすればいいんだ……」
麗翔は勢いだけで感情に身を任せると、いつの間にか彼女の部屋まで辿り着いていたのだ。しかしそこから一歩踏み入る勇気が湧かない。いくら信頼関係ができてきたと言っても、深夜に異性の部屋へ入るなどレベルが高すぎる。
そのまま決心すらつかず、麗翔は壁に寄りかかって座り、呆然と悩み続けていたのだ。
黙々と悩み耽り時間だけが過ぎていく。いつか覚悟を決めなければならない、そうは思っていても身体が動かない。
もはやどうすればいいのか、何が正しいのか、なんてことを考え始める──そんな時だった。
「……私が、罪を背負えばいい」
扉の奥から、突如としてカノンの声が聞こえる。
酷く、暗い声だった──




