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無限に終わらない  作者: 睦月煉
第二章   罪と約束
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幕間     それからの日々



 それからの日々は、充実していた。

 日本でダラダラと学生をやっていた頃とは比べ物にならない多忙だが、充実感は日本にいた時とは日にならない。気が付けばそんな生活が一ヶ月間にも及んで続いていたのだ。


 最初は「兵士」という職業になる事にも気が引けていたが、いざなってみると楽しい日々だと思える。

 石の上にも三年──というか一ヶ月。

 上達が成果として出ているかはともかく、剣術を学び、馬術を学び、人との関わり方も学べた。

 今までの、空虚で無関心で怠慢な生活とは違う明るい世界がそこにあったのだ。


 何も言えず前の世界に残った家族や、麗翔のために馬車を飛び降りて行方不明になった響希とも、きっといつか再会できるだろう。再会できるはずだ。再会しなくてはならないんだ。


 どちらにしたって今はアルムがいる。明るくて、裏表がなくて、いつだって気楽な彼によく似たアルムがいる。彼のおかげで友人もたくさんできた。だから彼と共に響希を待てば良い、いつかくる再会の日を信じればいいのだ。


 ──だってもう、そう信じるしかない、そう過信するしかない、そう決めつけるしかない。


 受け入れるのが、こわいから──



「あがッッ!?」



 瞬間、麗翔は突如として加わった勢いに呑まれ体重を見失い、そのまま天地がひっくり返る。

  急速に重力から解放されたことに脳が追いつかず、反転する視界の中に天空が大写しに。何が起こったかもわからず衝撃を加えられた前方へ、強引に身体を起こして顔を上げてみる。


「何バカみてぇな顔で気を抜いてやがる、木刀で打ち合いながら別の事を考える奴があるか」


 呆然と大空を見上げる麗翔に、ふとそんな声がかけられる。

 ちらりと、仰向けの姿勢のまま軽く首をもたげて声の方を確認。すると地べたに寝そべる麗翔から数メートルの位置に、ひとりの人間が立っていた。


 背丈は麗翔よりやや高いが、常に凶悪な目つきをした無愛想な男。その性格を表したかのような黒髪と黒い私服を身に付けており、それらしく引き締まった雰囲気を纏いながら木剣を握っている。


 ──そういえば、今は訓練中だった。

 レイヴァンという、この兵団組織の副団長を務める男と木剣を打ち合っている最中である。


「あぁ、すみません」


「……俺の攻撃を一分間でも防げば終わりだと言っただろう。お前用に加減はしているつもりだが、何時間かけるつもりだ」


「それができないから、何時間も何百回もこうやって倒されてるんですよ!」


「これは貧弱なお前が戦場で生き残る為の訓練だ、できなきゃお前は死ぬ。死にたくなきゃ不恰好だろうが無様だろうが、もっと死ぬ気で足掻いてみやがれ」


 その言葉を聞いて、麗翔はゆっくりと立ち上がる。気が付けば全身の至る所が砂で汚れ、木剣を打たれまくった肉体も悲鳴を上げている。しかし、このまま終われない。


「く、そッ……!」


 正しい剣の構え方など心得ていない。だが麗翔は、膝を曲げ重心を低く持ち、腕と顎を引きながら木剣を握る。

 それを見たレイヴァンも木剣を構え、麗翔へと意識を向けてきた。そのまま沈黙の睨み合いが数秒感続いた後、レイヴァンは一言。



「行くぞ……」



 その刹那、風の如く向かって来たレイヴァンを視界に捉えて、麗翔は木剣を振り被った。レイヴァンの言う通り、本当に戦場で生き残るなら、ここで負けるわけにはいかない。ここで諦めるわけにはいかない。

 今度こそ、耐えてみせる。



「らぁ……ぁああアアアアッ!!」


 ──もう二度と、死にたくないから



「────」


「────」



 直後にして無数の斬撃が、麗翔の全身を迸しった。



* * * * * * * * * 



「はは、今日は随分長くやったなぁ。まぁそりゃ副団長には勝てねぇって!」


「うん……にしても何でまた僕の部屋が集会所みたいになってるのかな」


 自室のベッドで横たわる麗翔の話を聞きながら、麗翔と同じ新兵──つまるところ麗翔の同僚であるアルムは、爆笑しながらそう言った。

 続いてその隣に座る金髪の少女、シャロンはアルムに顔を向けて、微かに笑みを浮かべながら口を開く。


「まぁ細かいことはいいじゃない。にしても一ヶ月前に比べれば、だいぶまともに打ち合えるようになったと思うよ。もしかしたらアルムとだって戦えるくらい」


「へっへっへ、そりゃ楽しみじゃんかレイト。なら明日の訓練でレイトのとこ遊びに行ってやるから、足洗って待ってろよな?」


 アルムはドヤ顔でそう言うが、麗翔は引きつった顔で、


「洗うにしても足じゃなくて首ね!? 僕はなんの悪事も働いてない!」


 『足を洗う』とは悪い仲間から離れる、好ましくない生活をやめるの意であり、主に悪事から離れる際に使われる言葉だ。

 が、アルムは間違った言葉を訂正するより先に、思い出したような顔で言い放つ。


「あぁ、悪事といえばシャロンがさっきつまみ食いを」


「何で知ってんのーっ!?」


「もるすぁ!?」



 その瞬間、シャロンのアッパーカットを食らったアルムが天井に深々と突き刺さっていた。埃と破片がぱらぱらと雪のように降り注ぎ、麗翔の部屋は残念な状態に。


「僕の、部屋……」


 まぁ日本と違って魔法や何やで手っ取り早く修繕できるのはいいが、アルムのぶっ刺さりようもだいぶ激しい。ともあれ、とりあえず一つの会話が終わったので麗翔は一息ついて──


「…………?」


 つくはずだった。

 それが何ということだろうか、ベッドから出ようにも足が動かない──というより動かせない。まるで何かに縛られ拘束されたかのように息苦しい感覚が両足にあったのだ。


「脚、なにが……」


 麗翔はその心地悪さに鳥肌を立たせながらも、布団の被さった脚部の方を見てみる。するとそこにいたのはルキノだ。冷たく光を反射する銀髪と、対照的に光の灯らない紅色の瞳をした少女。

 性格を一言で表すなら、まさしくドS。


「────」


「────」


 お互いに黙り込み見つめ合いながらも、とりあえず麗翔は無視。ひとまず掛け布団を剥ぎ、自分の素足を確認しなければならない。

 この違和感の正体は何なのだろうかと、微かな興味と共に麗翔は布団を剥ぎ取り、


「…………」


「…………」


「あの、ルキノさん。何をしてるのでしょうか」


「…………?」


「いや首傾げないでね、多分その手がロープを握ってる以上どう言い逃れしても無駄だからね。うん今さら離しても無駄だからね、怒らないから僕をどうしようとしてたかだけ教えてほしいな」


「吊るして豚小屋に」


「やっぱ言わなくていいです!」


 布団を剥いで露わになったのは、ロープできつく縛られがっちりと固定された麗翔の脚部だった。そして布団の下に隠れていたルキノの手が、そのロープへ伸びていたところ。


 とりあえず麗翔は拘束を解くよう頼むが、ルキノは数秒間の沈黙を続けた後に、


「……せっかくここまで縛ったんだから」


「いや続けないでくれる!?」


「黙りなさい、あなたは今から餌になるのよ。いい、あなたは餌。復唱して」


「どんな鬼畜発言!?」


 そのまま麗翔は布団を飛び出し、両足が固定されたままキョンシーのようにぴょこぴょこ跳びながらルキノを追いかける。

 きゃーこわーい、と棒読みの言葉を発してネズミの如く逃げ回るルキノには到底追いつけそうにないが。すると、


「それだけ騒げるくらいには、元気になれたんだね」


 とんとん、と開いた扉を内側からノックして、こちらを見る少女がいた。長い茶色の髪は陰りを知らず、自然と背中へ流されている。服装はまさに小さな女の子が着てそうなワンピースで、体型も実際の年齢も、それに見合った12才の少女──サフィールだ。


「あ、サフィ……ってか次から次へと人が来るんだけど、本当にこの部屋、集会所みたいになってない!?」


「あぁ、さっきまでカノンの部屋で遊んでたんだけど、まだ時間あったからこっちにも遊びに来ちゃった」


「あ、もうみんな習慣化しすぎてコンビニ行こうみたいなノリで来るんだね」


 彼女が名を口にした人物「カノン」は、麗翔にとってこの世界における最重要人物だ。彼女が命を落とせば、どういった原理なのか魔法なのか──それすらわからないが、世界の時間が巻き戻る。それも彼女にはその自覚さえなく、何故か麗翔だけがその時間遡行を認識できるという奇妙なバグ。


 バグというとまるでこの世界が一つのゲームとなっているみたいだが、実際にこの世界はわからないことが多すぎるのだ。『この世界、実はVRMMO説』なんてそんな説があってもおかしくはないだろう。


 それはさておき、サフィールはそんなカノンと遊んで来たと言ったか。カノンは麗翔にも並ぶ極度の人見知りだが、この一ヶ月でなんとか新兵達とも馴染めたそうな。

 ──そういえば麗翔は、今日一日中レイヴァンと戦っていたせいで、まともにカノンと会話できていなかった。


「……よっこらせ」


 麗翔はそう思いながら重い体を動かしてベッドを降りる。するとサフィールが慌てながら、


「えっえっ、もう大丈夫なの!?」


「うん、副団長もそれなりに手加減してくれてたし……もう平気」


「そんなら良かった。でも、どこに行くのさ?」


「……トイレ」


 サフィールには悪いが適当に誤魔化して、いち早くカノンの部屋まで行こうとする。そしてドアノブを捻りドアを開けて──と思いきや、何かに引っかかったかのように開かない。

 直後に下方向から感じた違和感と気配を感じ取り、麗翔が視線を下に向けると、


「お前が部屋出るときの理由ってトイレばっかだな、やっぱ名前が関係してるんじゃ?」


「いつからいたの!? っていうか何度も言うように僕の名前を逆から読むと『トイレ』になるっていうのは本当に偶然だから触れるな!」


 真下から、間の抜けた顔で麗翔を見上げながら煽りをぶち込むのは、乱れた黒髪をした怠惰すぎる男、リオだ。一応、新兵全6人の中でそこそこ成績優秀らしいが、怠慢な性格ゆえにそれを発揮する場面は少ない。


「まぁわかったわかった、いってらぁ」


 相変わらず力の抜けた声で、扉に引っ掛けていた脚をどかすリオ。麗翔はそれを確認すると、呆れながらも礼を言って、部屋を出ていく。



 そんな、一ヶ月が過ぎても相変わらずな、新兵たちだった──


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