39話 いつか時が来れば
「で、そろそろ何の用で僕の部屋に侵入したか聞いてもいいの……?」
麗翔は呆れ返って棒のように突っ立ったまま、全員の目を向けて問いかけてみた。
──が、五人とも反応なし。誰に聞いているのかわからないのかと、そう判断した麗翔はとりあえず一番近くにいたアルムへ顔を向けてみる。すると案外、彼はすぐに答えてくれた。
「暇だったから」
「…………」
あまりの適当な答えにどう反応すればいいかもわからない麗翔は、ひとまず無言のまま、次のシャロンへ顔を向けてみる。すると彼女もまた、ぎこちない苦笑いを浮かべながら返答する。
「みんな行くっていうから」
「…………」
なんとなく二人の言葉を聞いて、大した理由がない事を察した麗翔は沈黙してしまう。しかしそんな様子を見たルキノが、一言。
「せっかく広い部屋が空いてるんだから、暇潰しの雑談所として使わない訳にはいかないでしょう」
「空いてなかったはずなんだけど!?」
元々響希と二人で使っていた部屋なので広いことには広いが、同じ新兵達の集会所として使われるとは思いもよらなかった。
集会所──というより、ルキノの言う通りもはや雑談所というべきだろうか。
「黙りなさい。後輩は先輩の言う事を聞く義務がある」
「僕達は同僚のハズなんですけどねぇ……!」
お互いにそんな言い合い。というよりただ麗翔が罵られているだけだろうか。と思いきや、次にルキノはシャロンの方へ冷たい顔を向け、言い放つ。
「勘違いしないで。少なからず、あなたとシャロンは奴隷みたいなものでしょう」
「なんで私まで!? 酷いとばっちりを受けてる気がするんですけど!?」
「シャロン、うるさい」
「シャロン、耳障り」
シャロンは全力で言い返すが、すぐさまルキノとリオが彼女を冷たい顔で罵倒する。するとリオは思い出したように麗翔を見つめて、
「あぁ、そういや喋った事なかったなぁ……トイレくんだっけか?」
「惜しいけど惜しくない!」
「あぁ、レイトだったな」
大胆に名前を間違える。確かに「レイト」は逆から読めば「トイレ」だが、凄まじい間違え方のあまり麗翔も声を荒げて反応してしまう。
「ま、これからよろしく頼むわぁ」
リオは欠伸をしつつ気だるげな顔でそう言うが、どこか釈然としない気分だ。その上、彼はなぜか麗翔のベッドで寝転がっている。
この男、凄まじい怠けっぷりである。
「この組織って普通の人間いないのか……?」
極度のバカ。
極度の怠け者。
極度のドS。
極度の──コミュ障。まぁこれに関しては自虐だが。
考えてみれば新兵のほぼ全員が普通じゃないレベルの変人だ。個性豊かといえば聞こえはいいが──と、そんな事を思っているとシャロンが笑顔で麗翔に返答してくれた。
「むしろ、普通の人なら兵士になろうなんて思わないだろうね。まだ戦争が起きて十数年しか経っていないんだもの。自分から常に危険と隣り合わせな存在になるなんて、余程の正義感がなきゃ無理でしょう? みんな何かを……抱えてるんだよ。だからみんなを、嫌わないであげてね」
が、それについて麗翔が反応するより早く。寝転がるリオが呑気に口を開き、端的に一言だけを呟く。
「シャロン、無駄に話長い」
「なんで私は発言する度にいじられるの!?」
まぁ案の定、シャロンの叫びが部屋に響き渡った。彼女も彼女で苦労人だろう。だが、いじられキャラにもなれず孤独な学園生活を過ごしていた麗翔よりはマシというものか。
まぁ麗翔は単にクラスメイトを恐がっていただけだが。ともあれ
──みんな何かを抱えている、か。
その言葉を聞いて、まず真っ先に麗翔はカノンの事を思い出したのだ。シャロンの言う通りなら、麗翔以外のこの場にいる全員が何かを抱えているのかもしれない。
だが、それはきっとカノンも同じ事。というより兵士になってから様子が急変した点から察するに、もしかしなくても何らかの記憶が戻ってきたのかもしれない。
ここにいる全員が普通じゃないというように、異世界に転移してきた麗翔も響希も普通の生活をするだけなら恐らく異世界転移もしなかっただろう。
あの怪物と出会って、殺されて、そこから全てが変わった。きっとカノンも、何らかの悲劇を受けて異世界転移したのかもしれない。それを思い出したのだとしたら──
「ん? どこ行くんだよレイト」
唐突に立ち上がって扉を開けた麗翔にアルムが声をかけるが、考え込むように俯いた麗翔は振り返る事なく、
「……ちょっとトイレに」
「レイトだけに、か」
「逆から読んだだけで別に上手いこと言えてないからな!?」
不意に背中へかけられたリオの言葉に、俯いていたはずの麗翔もつい振り返って反応してしまう。
釈然としない気分だが、麗翔はひとまずため息をついて落ち着き、そのまま静かに扉を閉めるのだった。
* * * * * * * * *
麗翔は無駄に賑やかな同僚達を置いて、急に懸念が湧いてきたカノンの部屋へと向かっていた。
──向かっていると言えば語弊があるかもしれない。まずその場にある事実をありのまま述べるなら、そもそも既に麗翔はカノンの部屋の前に到着しているのだ。
だが、肝心の扉を開けることができずに結局部屋に入ることができない。本気で入ろうと思えば入れるのだが──前回と違って今回は事務連絡やそういう類のものではない。
完全に、一人の同僚として話をしに行こうとしているのだ。それも、人生で全然と言っていいほど関わりのなかった「家族以外の女子」という存在に。
とにかく麗翔は焦り、ふためき、反対側の壁に何度も頭突きをかましながら脳を無理矢理に落ち付けようとする。
そしてそのまま、思考を小さく声に出して整理──
「入っていいのか? コレ本当に入っていいのか? 部屋入った瞬間に実は着替え中でしたみたいなお約束展開があって嫌われるリスクもあるんだよな、ここで声出すとかノックするとか勇気も正直言ってないぞ!? 何の用ですかとか聞かれたってお話ししにきましたって答えるしかないじゃん、いくら美少女だからって、僕にはそんな勇気どこにも……」
と、その瞬間、麗翔は不意に肩を叩かれた感触に気付いた。反射的に何気なく、何も考えず無言で振り返ってみると、
──ぷすりと。実際に音が鳴ったわけではないがそんな効果音が脳内で再生される。
これはアレだ。いわゆるアレだ。
肩を叩き、相手が振り向く瞬間に人差し指を伸ばして、振り向いてきた相手の頬に突き刺すというやつだ。
麗翔はそんなあまりにも幼稚な悪戯に対しての、そして他者と関わっている場合ではないというのにという呆れを浮かべながら、自分の頬に刺さった指先から腕を通って相手の顔まで視点を伸ばしていく。すると、
「あ……」
麗翔は気付いてしまった。そこにいたのはカノンだったのだ。──というかこれはちょっとまずいかもしれない。何せ、
「人の部屋の前で何をしてるんですか……」
やはりカノンは触れてきた。まぁ仕方ないだろう、何せ女子の個人部屋の前で待ち伏せするかの如く突っ立っているのだから。
「いやぁその、話があって」
「また話ですか……すみませんけど、正直言って私は相談相手として不適ですよ。同じく人見知りですし、頭もそんなに良いわけじゃないです。それに私も私で色々と──」
が、そこまで言ったカノンは途中で言葉を切る。不自然に切り離された言葉の断片から察するに、それが示すものは恐らく、
「……色々と抱えてる、違う?」
「…………」
麗翔がそう呟くと、カノンは黙り込んでしまった。触れてほしくないのか、突き放したいのか、そもそも麗翔を嫌っているのか。そんな事はカノンにしかわからない。
結局そのまま無言の沈黙が続いているが──数秒間が経つと、
「いつか……話してあげますよ、いつか時が来れば。きっとその時には私も、立ち直っていますから」
そう言って、麗翔へ背を向けたカノンは部屋の扉を開ける。果たしてこれで良かったのかはわからないが、その「いつか」が来るまで待ってみるのも良いと思えた。無理に話を聞かずとも、いつかその時が来るのだろう。
だから麗翔は、最後に全く違う話を持ちかける。
「その服、気に入った?」
カノンにプレゼントした服。猫耳フード付きの黒いパーカーに、ショートパンツと。麗翔の性癖がバレバレのプレゼントではあるが、彼女はちゃんと着てくれていたのだ。
まぁ、帰ってきた答えは彼女らしいもので。
「本当……酷いセンスですね」
彼女はそう言って自室に入っていく。麗翔に向けているのは、確かに背中ではあるが──その時、微かに。カノンの顔から笑みが見えたような気がした。
あくまで「気がした」だけだ。もしかしたら気のせいかもしれない。でもまぁ、正直どっちでもいいかもしれない。
麗翔もまた、微かに笑顔が浮かんだから。
急ぐ必要はないのだ。きっと彼女ともわかりあえる。
焦らず、ゆっくりと、着実に──




