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無限に終わらない  作者: 睦月煉
第二章   罪と約束
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37話    記憶の断片


 意識が、あまりにも不鮮明だ。

 視界もボヤけて、色鮮やかな景色にモザイクでも塗られているかのようなじれったさを感じる。


 けれど──二人の幼い少女達の、幸せそうな笑い声は聞こえた。無理矢理にそれを見ようとするも、不鮮明で、不鮮明で、腹立たしい。

 花畑、だろうか。花でも積んでいるのだろうか。

 何であれ、本当に、幸せそうな────



「…………?」



 気が付けば、カノンの意識は深い闇の中にあった。


 先程まで見ていた楽園のような景色は一瞬にして消え去っていく。そのまま、まるで黒煙に覆われているかのような重苦しさと息苦しさに呑まれ、その酷い嫌悪感に顔が青ざめそうになる。


 ──何となく感じた、これは悪夢だと。


 しかし右も左も分からない、そんな曖昧な世界は次第に形を成していく。やがてカノンは気付いた。

 どこか見覚えのある暗い部屋の中に、自分は立っていると。そして視線のすぐ先には、小学校低学年生くらいに見える少女が二人。


 先程の少女達だろう、今度ははっきりと鮮明に見える。外見から察するに、姉妹と考えるのが妥当だろうか。にしても、外見といえば──大きい方の少女、おそらく姉だ。そんな姉の少女に、つい最近目にしたかのような既視感を感じる。


 いや、これは既視感というよりも、



「あぁ、こわいなぁ……」



 そんな少女が、内側の悲哀感が滲み出ているような声でそう呟いた。そして小さい方の少女を抱き寄せ、優しく包み込みながら。


 それを呆然と眺めるカノンは、ただただ困惑していた。こうして奇妙な夢が流れているからと、それだけではない。


 恐らくこの二人は姉妹であろう。そこで妹を抱きしめている姉の方──顔と声が、明らかに自分そっくりな方。もしかするとこれは、過去の自分なのではと考えがつく。


 ──顔つき、声。それがまさに、間違いなく自分のものとしか思えないものなのだ。さらにその光景には、凄まじい既視感を覚える。これは、自分自身の過去なのだろうか。


 しかしそこまで思い至った瞬間、カノンの思考は唐突に中断された。せざるを得ない変化が、その世界の中で発生したのだ。


 

「──ッ!」


 突如として扉の開く音が響き、姉の少女はすぐさま音の鳴った方へ顔を向ける。

 その刹那、姉は苦しげな表情で「帰ってきた」と呟いた。カノンも慌てて扉の方を見るが、特に変化はない。

 状況と姉の言動から察するに、開いたのはその奥の扉。つまりは玄関を開けて誰かが帰って来たのだろう。


 ──少女達の恐れる『誰か』が。


 そして異質な緊迫感が重くのしかかる中、鈍い足音がゆっくりと部屋へ近づいて来る。


「お姉ちゃん……?」


「大丈夫だよ、(アオイ)。心配しないで」


 妹が怯えた顔で呼びかけると、姉の少女はそう言って抱きしめた。しかし、どんどんと迫り来る重い足音がとてつもない鬼気を放つ。気が付けば全身の力は緩まり、瞳は虚ろに。そのまま姉の少女は小声で、



「あぁ、今日は……ダメな日か」


「────」



 そう呟いた次の瞬間、勢いよく部屋の扉が開いた。

 扉を開けて部屋に入って来たのは、酒に酔って赤い顔をした40代くらいの男。


「あぁちくしょう、どいつもこいつも最悪だ、クソッタレだッ……」


 突如入ってきた男は、ドスの効いた声で吐き捨てるようにそう呟くと、少女の方へ近づいていった。そんんな少女は光を灯さない死んだ瞳で男を見上げると、静かに口を開く。


「お父さん、おかえりな、さ……ッ」


 しかしあろうことか言葉の途中で、男は少女に気付いていないかの如く乱雑に少女を蹴り飛ばしたのだ。

 そのまま一人で愚痴を吐き散らしながら、やけに大きな足音を立てて、また別の部屋へと去っていく。


──あぁ、そうか。


 カノンはそこまで見て、完全に失望した。

 この夢のせいで、自分の父親が。そういう人物だったのだと思い出してしまったから。


 妹が泣き出し、姉が再び抱きしめる。しかし姉は恐らくカノン自身だ。過去の自分は今まで、こうやって生きて来たのだろう。



 ────


 ──



 ふと気が付いた時、視界に映っていたのは白い壁と天井。体がやけに気怠く、意識も覚束ない。


「また、変な夢……いや、記憶……?」


 カノンはそこで冷静になり、自分が見た夢──もしかしたら自分が忘れてしまった過去の記憶かもしれない振り返ってみる。


「…………」


 直後に感じたのは、強い不快感だと思う。

 ぼんやりと思いかえそうとするだけで、恐ろしく強い何らかの感情がそれを食い止めてくるのだ。


 ──つまりカノンは理性的にも、心情的にも、それを思い出すことはしたくないらしい。過去の自分が鮮明にわからない以上「らしい」としか言えないが、この感覚はきっとそのはずだ。


 母が亡くなり、酒に溺れた父親に怯えながら、妹と暮らしていたのだろう。

 カノンが思い出せたのは夢で見た光景だけでしかないが、やっぱり思い出すべきではなかったと失念する。



 そのまま気分が晴れずに布団を出る気力もなくなったカノンは、枕を抱きしめながら再び目を瞑ったのだった。



* * * * * * * * * 



 ──翌日の朝食の時間。空気に慣れない麗翔はひっそりと食堂へ向かった。


 異世界の兵団組織とはいえ、ここでの食事は至って普通だ。寮生活なんてしたことのない麗翔でもすぐに勝手が理解できた。

 今日の朝食なんかはオニオンスープとパンが出されている。麗翔はそれをお盆で持って行き、食堂か自室で食べるというだけ。


 昨日の麗翔は今日以上に馴染めなかったので自室で食事をとったが、今日はなんとなくいける気がした。そんな訳で、端っこではあるものの人生初めて食堂で食事をとっているのだ。


 しかし、やはり空気に馴染めないのも事実。同じ新兵で会話もそこそこできるアルムやシャロンはおらず、周りにいるのは歳上の兵士のみ。


 どこかに知り合いでもいないものかと辺りを見渡してみるが、歳上の中でもまだ会話できるエリクやアモネは見当たらない。


「食堂に来る時間、遅すぎたかな」


 失敗したなと思い、そう呟いて一人沈みながらパンを口にする麗翔だが──


「よう、元気なさげじゃねぇか」


「うわっ!?」


 麗翔は背後より唐突に肩を叩かれ、心臓が飛び出しそうになる。それも割と強めの威力だったために尚更だ。

 慌てふためきながらもゆっくり後ろへ顔を向けてみると、そこには昨日出会ったあの男が。


「俺の名前は覚えられたか?」


「え? あっ、えーと」


 急にそんな事を聞かれても、正直に言えば全然覚えていない。アルムの兄だったような気がするので、何となく名前の響きくらいなら覚えているかもしれないが──そこで思考は行き止まり、麗翔はあやふやなまま勘で答えてみる。


「ラララ★フォルテッシモさん」


「すげぇ愉快な名前だな!? まぁ流石にすぐ覚えられはしねえだろうから仕方ねぇけど……俺はラルガ・フォルティスだ。どうだい、訓練の方は」


 ラルガはそう言って話を持ちかける。どうやら気を使ってくれているらしいので、麗翔は目を逸らし愛想笑いをしてから、口を開いた。


「まだまだ誰かと戦うとかは難しいといいますか……刀で物を斬るって案外難しいんですね。それに兵士になっておきながら、正直あれで生き物を斬るっていうのも気が引けそうで」


「そうか、だがまぁ最初はそんなもんさ。俺も思った事がある、獰猛な魔獣みたいにハッキリとした外敵ならまだしも……同じ人間が相手になった時、本当に戦う事ができるかってな」


 当然だろう、兵士になるなら人とも戦う。場合によっては人を殺さなければならない。しかし殺された人間も、どんな悪事をしようがどんな非人道的な罪を犯そうが、産んだ親がいるはずなのだ。

 どんな人間にも、どんな形であれ家族がいる。それでも開き直って人を斬ることができるのか──麗翔は未だに決意ができない。


「まぁそう暗くなるな。この国を脅かす敵と戦う事が俺たちの使命だが……俺たち上官がいる限り、お前らが苦を味わう事ァねぇよ」


「そうですね……」


 そこまで話した時点で、ちょうど麗翔は食事を終えた。それを目にしたラルガは、何かを思い出したような顔をすると、再び話を持ちかける。


「そういやお前ら、確か今日の午前中は暇だったよな。ちと付き合ってみねぇか?」


「……え?」


 そう言ってラルガは、不敵な微笑みを浮かべた。



* * * * * * * * * 



「急に刀を持って広場まで来てほしいなんて……とうとう殺されに来たの?」


「なに恐ぇこと言ってんの!? お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ!」


 ラルガは、麗翔と同じ新兵である銀髪の少女──ルキノとそんな会話を繰り広げる。

 麗翔も彼女とは全く会話したことがないものの、話程度はアルムから聞いている。


 ──いつも冷たくて毒舌でサドスティックな奴、だったか。


 なぜ異世界にまで「サドスティック」という言葉があるのかは不明だが、ともかくレイヴァンに似たタイプの人間らしい。

 そんな麗翔の想像通り、ルキノは常に虚ろなジト目をしていて、その瞳も鮮血のような紅色に染まっている。体型は痩せ型で、169cmの麗翔より若干小さいくらいの身長だ。


 そして何より、氷のような冷ややかさを感じる銀髪が肩の下あたりまで伸びていた。

 それはレクサスの抜け落ちたような白髪とは違い、何となく銀の色が付いたかのような煌めきを持っていたのだ。


 やがてラルガは一つため息をつくと、話を始める。まずはルキノに向かって。


「お前の剣術を見込んでの頼みだ。ちょっと色々斬ってほしいっつか──」


「じゃあ横真っ二つにするけど零れ落ちた血肉と内臓は家畜の餌にでもすればいい?」


「俺を斬るんじゃねェよ!? 何でそんな恐ェこと言いながら剣抜くの!?」


「あぁ……違うの」


 早速ラルガの話す最中にルキノは抜刀し、その剣をラルガに向けて勢いよく切り刻もうと振りかぶっていた。


 ラルガが止めなければ本気で斬っていたくらいの勢いだったが、果たして大丈夫なのか──と麗翔は呆れそうになる。


「でも、それなら誰を斬るの?」


「いったん人を斬ることから離れような!?」


 再びラルガがルキノにそう言って宥め、ようやくルキノは抜いた剣を納刀したのだった。

 ──実に、不安だ。

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