32話 気弱な人生相談
「あ、アレ……寝てたんですか、おつかれのところすみません」
踏み込んできたカノンは、寝転がっている麗翔に気付くと申し訳なさそうに笑った。
その容姿は相変わらず小柄で可愛気のあるものだが、ここで違和感が一つ。
「いや、大丈夫だけど……部屋でもそのポンチョ着てるの?」
麗翔はカノンを見て思ったままの疑問を尋ねる。
普通の少女ならもう寝てもいい時間だというのに、カノンは未だ、やけに大きなポンチョを脱がずに着たままだったのだ。
「えっ……えっと、その、これは……」
そして麗翔にそう問いかけられたカノンは、やけに慌てた様子。相変わらずの真顔な上に、会話中に目をそらすのはよくあることだが、それでもわかるくらいに動揺しているらしい。
「──?」
麗翔はそのまま不思議そうな顔をして呆然とカノンを見ていた。
そのまま軽い沈黙が続き、何故か沈黙するカノンは目を逸らしたまま、ゆっくりとベッドに腰掛ける。
やがてカノンの変な様子に違和感を覚えた麗翔は、疑問風にカノンの名前を呼んでみる。すると少し間を開けて、彼女は口を開いた。
「……このなか、ヒートテックと下着だけですし」
「…………」
──何それどんなファッション?
「せくはらですか、通報しますよ」
「すごい理不尽じゃない!?」
麗翔は勢いよく言い返しながらため息をつくと、目と一緒に顔ごと逸らして恥ずかしくなるのを回避。だが、カノンはいつも通りの困り顔をすると、続けて話した。
「私だって、好きでこんな格好してるわけじゃないんです」
何となくその場の空気が冷凍庫のように凍りつくが、とりあえず麗翔はすぐさま無理に話を切り出す。
「あーっと、わかった。エリクさんあたりにでも相談しとくとして、結局こんな時間にどうしたの? もう寝てるかと思ってたけど……」
会話は不自然だが、ひとまず流れは変えた。
唯一、他人以上に喋れるカノンと気まずい関係になってしまえば麗翔は本当に居場所を失ってしまうからだ。とはいえカノンが麗翔をどう思っているのかはさっぱりわからないが。
するとカノンは思い出したように振り返って麗翔の方へ顔を向けると、口を開く。
「新兵指導担当のアモネさんから伝言で……明日は食料や武器の調達のために、南にあるジュードっていう大きな街へ行くそうなんです」
「ジュード……つい昨日僕らが行った南の街だ、まだ復興とかしてると思ったんだけど、もしかして買い出しついでに壊れた建物の修繕手伝いとか?」
「おそらく、たぶん、きっと」
凄く曖昧な返事だ。カノン自身もよくわかっていないのだろう。目をそらす辺りがわかりやすい。まぁどこか棒読みでゆったりとした喋り方も、彼女らしいといえば彼女らしい。
「あ……でも、あの街で買い物するならカノンの服も買えるって事か!」
「お金はどうするんですか」
「エリクさんに貰う」
それを聞いたカノンは呆れたようにジト目を向けている。流石に冗談が過ぎたかと思った麗翔は、笑って誤魔化しながら撤回した。
「まぁ半分冗談だけど。でも事情を話せば協力してくれると思うし、アモネさんとかなら女子同士だし関わりもあるし、理解してくれそうだって思うんだ。あの人優しいから……」
麗翔はそう呟きながら、気が付けばアモネが命を投げ打って果敢にシャグマへと挑んだ記憶を思い返していた。
こんな麗翔のために危険な魔人と戦うなど、並の人間ではできない事だろう。
「まぁ、それもそうですね」
思いが伝わったのかカノンは認めてそう言う。すると数秒の間が空いて話題がなくなったところで、彼女はゆっくりとベッドを降りて立ち上がった。
「とりあえずそれだけです、夜遅くに失礼しました」
そう言ってカノンは麗翔に背を向ける。そしてそのままカノンが扉の方へ歩こうとした──その時。
「……カノン」
気が付けば、麗翔は彼女を呼び止めていた。カノンはそれに反応して振り返るが、言いたい事がまとまっていなかったために、またも沈黙の間が空いてしまう。
だが、その空気を切り裂くように麗翔は話を持ちかけた。
「その……相談が、あって」
今この兵団でまともに会話をできるのはカノンのみ。アルムやエリクとも多少の会話はできるが、悩みを相談するところまではいかないのだ。
カノンは扉の前で体を麗翔の方に向け、話を聞く体制になっていた。それを見て麗翔は話し始める。
「胸を張れって響希に言われたけど……面と向き合った会話とか全然慣れてないし、これから兵団の人と上手くやっていけるのか、僕にはできる気がしない。 えっと要するに、どうすればいいかわからない」
麗翔は暗い声でそう言った。自分の思う自分の状況、そして見解だ。事実、麗翔の人見知りが重症である。とはいえ、カノンもまた重度の人見知りだ。そこで帰ってきた答えは──
「それ、私に聞きますか」
割と予想できる返答だった。
だが、麗翔はここで話を終わらせるつもりはない。昨晩は兵士になるという決意だけで今後についての話を終わらせてしまったが、今後どう生きるかの話は全くできていないのだ。
しかし、返す言葉がない。カノンは2人とも人見知りだから解決のしようがないという現実を突きつけ、麗翔は言葉を失っていた。
そしてそのまま沈黙が続いていると、突然カノンは口を開く。
「ハッキリ言って同じ人見知りである私に、人見知りをどうこうできる方法はわかりません。でも……私にも言える事が一つだけ」
そう言ってカノンはこほんと小さく咳払い。そして数秒の間を空けてから顔を上げて言った。
「そんなくらいかおしてんなよ」
「────」
「いろいろむずかしく、かんがえすぎ」
麗翔は唖然としていた。
カノンが唐突に、可愛い声で自信なさげな表情にも関わらず、似合わない口調で棒読みながらもそんな言葉を言い放ったから──というのもあるかもしれない。だが、麗翔が反応したのはそこではなかった。
カノンが言った言葉、それは響希が命を懸けて馬車を飛び降りた時、麗翔に言った言葉だったからだ。そして彼女はそのまま言葉を続ける。
「……ご察しの通り、ヒビキさんの言葉ですよ。私自身実行に移せてないとはいえ、私も同じ意見です」
「そう、そっか……」
麗翔はそれでも自信なさげに返事をする。依然として変わらない気弱な姿。しかしカノンは表情を変えずに再び口を開く。
「だから頑張るしかないですね、いっしょに」
「一緒に……」
それを聞いた麗翔は目覚めたように目を見開いた。瞬間、麗翔は不安や恐怖心と戦う覚悟を決めたのだ。これまでの気弱な自分を乗り越える決意とともに──
「わかった、やってみる。それで、うん……その、ありがと」
麗翔は感謝を告げる。終始真顔であったが、それでも麗翔を励ましてくれたという事実は麗翔にとって大きな心の支えだったのだ。
しかしカノンは微笑んだ麗翔に向けて、少しの間を空けてから言い放った。
「……別に。それに一緒とは言っても、私はやろうと思えばいつでもできるので、あなたが勝手に頑張るだけですがね」
「今の一言で色々台無しになったよ!?」
カノンの言葉が本心かボケなのか、それはわからないが悪意は感じない。だから麗翔のツッコミも爽快に決まる。
むしろカノンはそれでいいのかもしれない。変に建前を使われるより、思うがままに接してもらえれば。
そんな事を考えていると、やがてカノンは後ろを振り返っていた。そのまま彼女は扉の直前まで歩き、最後に一つ。
「じゃあもう行きますね。眠って朝起きた瞬間に、その決意が欠けてなければいいですけど」
「その言葉には僕への信頼が欠けてるよね!?」
麗翔はそう叫び、やがて後ろを振り返って顔が見えなくなったカノンの表情をわずかに微笑に変えた。
それに麗翔は気付かないが、カノンが部屋を出ていった後で、麗翔も静かに笑う。
しかしこれで麗翔の悩みは晴れた。
きっと今夜は、良い夢が見られるだろう。




