31話 人見知りの苦悩
「アルム……だっけ」
「おう、最初みたいに君付けとかはナシな!」
麗翔は先ほど好意的に接して貰えた青年、アルムにそう話しかけた。慣れないために目をそらしながら、ぎこちなく。
対面してから数分が過ぎ、早速麗翔は剣と魔法の訓練を──と思った矢先、彼ら新兵達がいる場所は倉庫だ。薄暗い上、所々に埃が溜まっている居心地の悪い倉庫。
そんな倉庫で麗翔やカノンを含む新兵の総勢7人は、武器や馬の鞍などの備品を整理や掃除、手入れをしていたのだった。
「ところで、アルム? 新兵って毎日こんな感じなの……?」
麗翔は雑巾で棚を水拭きしながら、力なく苦笑いをしてそう聞く。理由は当然、麗翔からすれば異世界の兵士といえば剣や魔法の鍛錬をして戦闘力を高める、というようなイメージが強かったからだ。
するとアルムは退屈そうな顔で備えられた鋼剣を持ち上げて眺めながら、返答をした。
「あぁ、ぶっちゃけ雑用多いぜー? 倉庫の掃除は週1でしかやらねぇけど、最初は雑用ばっかで飽きるよなぁ……っておわっ!?」
そう言ってアルムはぼんやりとしながら、剣を手首だけで力なく動かして振ってみる。するとその剣が棚に当たって、棚から大量の備品がなだれ落ちた。
「あばばばばばばばばっ」
そんなアルムの溺れるような情けない悲鳴が響くが、麗翔は引きつった顔で苦笑い。まぁ、そんな不安定な棚の近くで剣を振ればそうなるだろう。
そうしていると、すぐにアルムはなだれ落ちた備品の山からひょっこりと顔を出し、話し始めた。
「今度は俺からの質問だけど……カノンだったよな。めちゃめちゃ可愛いと思うんだけど、お前以上に控えめだから声かけづらいんだわ」
麗翔はそう言うアルムの視線を目で辿ってみると、部屋の端っこには、ジト目をしながらもおろおろしているカノンがいた。
彼女は地面に転がった妙な形の道具を持って、これをどうすればいいのかと言うような表情をしながらも、無言であちこちに首を回す。
するとすぐに、それを見た金髪の女子が近付いて優しく教える。そしてカノンは無言のまま、鮮やかな黒髪を荒げて激しく頭を下げた。
まるで音のない劇を見ているような気分だが、まさに音がなくてもわかるくらいの人見知りっぷりだ。
これには流石の麗翔も苦笑いしかできない。
「えっと、あの子は人見知り……って僕が言える立場じゃないというか、僕に刺さる言葉なんだけど」
目をそらし後半から段々と声を小さくしてそんな事をいう麗翔だが、言葉一つ交わせないのも大変だと思った。
──あとで、声でもかけてみようかな
麗翔はそんな事を考えながら、崩れ落ちた備品を棚に戻し始める。そしてアルムが埋もれた山から一つ一つ備品を拾って戻していく内に、麗翔はよくわからない固形物を見つけて拾い上げた。
そして掴んだままじっとあらゆる角度から目を向けてみるも、わからないものはわからない。
「何だこれ、どこに……」
「あぁそれ爆弾」
「爆弾!?」
背後から思いがけない一言をぶち込んできたのは、輝かしい金髪を扇のように広げた少女だ。まさに、ちょうど今さっきカノンに色々と教えていた少女。
腰を越えるくらいに長く伸びた髪が少し邪魔そうに見える、というのが初見の感想だが、歳も同じくらいで親しみやすそうな雰囲気は感じた。
「あ、えっと……」
とはいえ不意に反応してしまったため、改めて後ろを振り返ると若干気まずくなる麗翔。
その様子を見た彼女は、はっと気付いたような顔をすると、こほんと咳払い。そして改めて麗翔の目を見てから口を開いた。
「私はシャロン、これからよろしくね」
「え、あ、ハイ……」
麗翔は相変わらずぎこちない返事をすると、またも目を逸らす。すると彼女──シャロンは、変わらず和やかな表情で麗翔の持つ物体を手に取って見せた。
「爆弾って言っても、故意に火の魔法を当てなきゃ爆発しないの。だから心配しなくて大丈夫」
「あ……なら、良かった……です」
「なんか凄い控えめだね!?」
ひとまず麗翔は目も合わせず笑って誤魔化す。こんなの響希は望まないと、わかっているハズなのに。
するとそれを横目で見ていたアルムが、シャロンを鼻で笑いながら煽るように言い放った。
「シャロンが初対面から餌探す魔獣みてぇな顔で近づくからだろ? レイトも気をつけた方がいいぜ、コイツはすぐに暴力ばっか振るう鬼だから」
「誰が鬼だゴルァアアッッ!!」
「どげぷぅ!?」
直後にシャロンは腕を思い切り振りかぶると、アルムの頭部めがけて大きく拳を振り下ろした。その威力は彼女の細い容姿からはとても想像できるようなものではなく、風圧で付近のガラクタが飛び散り、アルムの体が倉庫の床を突き抜けて地面に埋まるほどだ。
アルムがさっきまで座っていた床は、人型の穴を開けてシュールな光景になっている。
シャロンはふうと一仕事終わったかのように清々しい笑顔で上を見上げると、すぐに麗翔へ顔を向け口を開いた。
「あぁゴメン、あいつバカだから変なことばっか言うの。とりあえず改めて、これからよろしくね」
「あっ……うん」
──が。それでも麗翔が感じたのは物理的な怪力への恐怖ではなく、初対面の女子と会話していると言うこの状況そのものへの恐怖である。
結局のところ麗翔はこわいのだ。
人と関わるのが。
そこに大した理由がある訳ではない。
日本でも同様に「コミュ障だから人見知りだから」だなんて自分に言い訳をして、対面して会話なんて全くできなかった。
それが、ゲームばかりをして人との関わりを拒んだ結果なのだ。気付けばタイピングによる文字の会話ばかり積み重ねて、家族や響希としかまともに会話できなくなっていた。
ただ、それだけ。
せっかく響希から貰った勇気の灯火は、既に小さくなっていて、消えそうになってる。
──響希が今の僕を見たら、どう思うだろう
そんな懸念が心に残る。しかし勇気が出ないことに変わりはない。心がどう思おうと実行に移せない、そんな勇気はどこにもない。
そこで麗翔は再び、自分自身が嫌いになった。
まぁ、それもそうだろう。人見知りが異世界に転移したからといって、人見知りの本質が変わる事はないのだから。
人間は、変わらない。
* * * * * * * * *
──結局今日は雑務だけで終わったな
時刻は22時。窓から見える空はすっかり暗くなり、粒のような星々が街を照らしている。
そしてそこは麗翔の部屋の中にあるベッドの上。麗翔は仰向けに寝転がっていた。
「今日会話できたのは2人、シャロンとアルム。カノンとも全く会話できなかった、か……」
このままカノンと会話をしない日々が続けば、やがて他人の如く気まずくなるだろう。
麗翔の本音を言えば、それは単純に嫌だった。日本から一緒にいた響希を除けば、カノンがこの世界で初めて出会った人間だ。
それでいて、カノンを救うために何度もタイムリープを繰り返してきた。もっといえば、麗翔はカノンの笑顔がとても好きだったのだ。
まだ数回しか見れていない、カノンの笑った顔。それを見るには仲良くなる他ない。だが──
「そんな勇気、どこにあるんだよ……」
気付けば麗翔の脳内には響希が思い浮かんでいた。そして視界にも響希が置いていった響希のカバンが映る。
幼少期からずっと親友だった彼は今でも行方不明。表面上は生きて帰ってくることを信じると約束した。だが麗翔の人間臭い心の内を晒せば、信じきれていないのだ。
もう、死んだんじゃないかと。
そんな疑惑の方が大きかった。
やがて麗翔は枕に顔を埋めて涙目になる。次に思い出したのは家族の姿だ。母がいて父がいて妹がいて、本当に恵まれた家族に囲まれていたはずなのに。
「どうして、こんな……」
麗翔は震えた声で1人呟く。そのまま薄暗い部屋で呆然と寝転がっていた。
「────?」
はっと気がつくと、何やら小さな足音が聞こえた。しかしただの足音だけではこんな違和感は覚えない。
そう、足音は麗翔がいる部屋の扉の前で不自然に止まったからだ。
そのままガチャリと音を立てて部屋のドアノブが回る。そして──
「……こんばんは」
そんな聞き覚えのある可愛い声が聞こえた。
麗翔は目を見開き、枕に沈めた顔をゆっくりと声の主の方へ向ける。
「────」
そこにいたのは、カノンだった。




