プロローグ 二つの正義
次の幕間まではしばらく、文字数少なめの日常回です。早く物語が進んで欲しいという方は、幕間まで飛ばしてどうぞ。
今回はアレです。一章を簡単にまとめたのと、敵側のちょっとしたお話です。長々と前書き失礼しました。
地味で、コミュ障で、頼りなくて。それでも伊吹麗翔は、三人の家族と、そしてたった一人の親友と──幸せな日々を送っていた。
そんな麗翔がどうして、突如として理由もわからず異世界へ辿り着いてしまったのだろうか。
それすらわからないが──ともあれ麗翔は、絶命と同時に無自覚で世界を0時に巻き戻す少女、カノンと出会った。しかし彼女の持つその能力には不可解な点があった。
絶命して時間が巻き戻されても、彼女は無自覚であるため彼女自身も時間遡行に気付けないのだ。
そして何故か、麗翔だけがその時間遡行を認識してしまうときた。
だが麗翔の魔力は並の兵士以下で、身体能力も特別高いわけではない。つまり完全な凡人だ。そんな凡人である麗翔が唯一できる事は、時間が戻った事を認識できる人間として、無限ループを起こさないこと。
もしカノンが麗翔の手も届かない場所で命を落とせば、世界は終わりだ。永遠と続く無限ループが始まり、それを唯一認識できる麗翔だけが、拷問のように同じ時間を繰り返すのだから。
だから麗翔は、麗翔という凡人でも、何があっても──彼女を守り続けなければならないのである。
そして麗翔は最初の難関、街を狙って三度もカノンを殺した、謎の組織と戦ったのだ。魔法も体術も素人で、まさしく『ただの凡人』である麗翔だったが、必死に策を考え、対抗した結果──なんとか事態を収めることができた。
それでも、戦いに勝利したとは思いたくなかった。
麗翔と共に異世界転移させられ、麗翔が最も心を許し、頼りになった青年である金野響希は──戦いにおける最後の最後で、麗翔の命を救うため身代わりになって以降、行方不明のままだ。麗翔が頼りないばかりに。
他人にタイムリープに関する事情を話せば、まず信じてもらえない。それどころか頭のおかしい人間だと思われるだろう。
だから響希にしか話していないというのに──その響希が行方不明な以上、もう事情を知っていてカノンを守れるのは麗翔しかいない。
やがて麗翔は、世話になったエリシム王国の為に戦う『兵士』という存在になり、本格的にカノンを守ると決意した麗翔。そんな彼はエリシム王国を守る兵士として、唯一カノンを救える存在として、何を成すのか。
それはまだ、誰も知らない。
未来を作るのは、未来を変えるのは──麗翔自身なのだから。
* * * * * * * * *
──とある夜更け。薄暗い城にて、やけに湿気が高い城内広場での事だった。
その場にいるのは十人ほどだろうか。全員、暗い色ではあるが貴族や王族のように高貴そうな衣服を纏い、話し合っている。
「奴らの兵団基地で保管されていた魔石が、全て何者かに盗まれたらしい。俺達が恐れていた奴らの隠し玉も、運良くこれで使えなくなったな」
まずそう呟いたのが、燃えるように赤い髪をした青年だ。麗翔とほぼ同じ年代に見えるくらいには若い見た目をしている。
それを聞いて静かに歩み寄って来たのは、金髪を前で綺麗に分け、高額そうな黒い鎧を身に付けた、王族感溢れる気迫を持つ男。
「……あの戦争からもう16年が過ぎた。攻めるべき時が来たのかもしれんな」
男はそう言い放つと、数秒の沈黙が訪れる。その間に、赤髪の青年は思い出したように顔を上げると、
「そういえば例の件だが……1週間潜入した限りじゃ結局、奴らに奪われたっていう貴方の家族は見つからなかった」
「あぁ、次の作戦で本当に彼が見当たらなければ、きっと奴らが殺したのだろう。憎きエリシム王国が……俺達の家族を……ッ」
男は背を向け、低く透き通った声で静かに怒りを放った。彼の手にある黒い剣の柄が、今にも折れそうなくらい強く握られているのが音だけでもわかるくらいに。
やがて怒りを嚙み殺すような顔で深呼吸をすると、改めて前に振り返る。そして腰にかけた赤黒い剣を鞘から取り出すと、強く地面に突き刺した。
すると、直後にして漆黒の瘴気が豪風のように吹き荒れる。きっとその場にいる全員が彼の怒りを身に染みて味わっただろう。
やがて男は顔を上げ、言い放つ──
「一月後、エリシム王国制圧における第一作戦を開始する。これは我が父……国王からも直々に下された命令だ。休戦中であるここ数年でも、我が国ロベリアはエリシムより何度も攻撃された。死者も大勢出ている……これを決して許して許してはならんッ」
愛する家族のために。
殺された仲間のために。
危険に晒された国民のために。
「国王より下された第一作戦だが、まず正面戦闘は行わん。エリシムへ向かう兵士は極少数のみ。詳しい作戦内容は、後の軍事会議で説明しよう。いいか、殺された仲間達の為にもこの作戦、必ず成功させるぞ……!」
瞬間、その場にいる全員の意思が一つになった。
彼らはエリシム王国と敵対するロベリア王国の王族であり、ロベリア王国の最大戦力である屈指の兵士達だ。
王族が兵士として戦場に赴くほど彼らの闘志は強く、彼らの怒りは大きいのだ。元より王族が国を統治するという仕組みになっている以上、当然の事なのかもしれないが。
それでも、それ程までに彼らは、エリシムへの敵意を持っていた。何が原因で何が発端で始まった戦争なのか、そんな事を知るものは極少数だろう。
戦争なんてそんなものだ。互いの国は自国の利と自国の被害しか視野に入れていないのだから。
──いずれ二つの正義がぶつかる。
戦いの時は、近い。




