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無限に終わらない  作者: 睦月煉
第1章   邂逅と離別
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29話    金野響希



──あぁ、なにやってんだ俺



 勢い良く馬車から飛び降りた響希は、地に足をつけるもバランスがとれず酒樽のようにゴロゴロと転がりながら、地に落ちていった。

 衝撃と勢いが思っていた以上に加わり、天地を見失って激しく体が回る。転がって地面と体がぶつかる度に鈍い激痛に襲われる。



「が、あッ……!」



 やがて摩擦によって大胆に転がっていった響希の身体は止まるも、その身は既に死にかけの状態だ。



 地面に頭部を削られ、そこから流れ出た血液が目尻を通る。地面と激突した上半身では、右腕の骨から肋骨にかけて押しつぶされたような激痛が走っている。



 酷く寝違えたように痛む首元を左手で抑えながら響希は、先程まで遠目で見ていたシャグマの姿が迫り来るようにどんどん近付いてくるのを見た。

 それと同時にシャグマは裂けた口を大きく開いて言った。


「見ぃッッツツけたァァァアアアッ!!」



 それとの距離は、およそ30メートル。

 全身から感じる激痛によって細まる響希の目と、狂気に満ちて怪物のように変わり果てたシャグマの目が一瞬だけ合った事に響希は気付く。



「ク……ソッ……!!」



 それから響希は身を横に転がして無理に立ち上がり、直後にシャグマが振り回した剛腕を咄嗟に回避する。



──やっぱり、デカくなった分ノロい!



「ここで時間、稼がなきゃなぁッ!!」



 そして次の攻撃も、その次の攻撃も、全身が痛む身体を無理矢理動かして強引に回避していく。



「愚か者愚か者愚か者愚か者オロカモノォォッッ!」



 するとシャグマは叫び声と共に大地を強く殴りつけた。直撃はしていないものの響希はその激しい衝撃を味わい、木の枝のように吹き飛んでいった。


「痛ッ……くそ、でももう充分か……?」



 そして響希は段々視界の奥へと遠ざかっていく馬車を横目に見ると、そのまま衝撃によって撒きたった砂煙に紛れてシャグマに背を向けて走り出す。



 逃げ切れる自信がどこかにある訳でもないが、図体が大きくなって理性を失った今のシャグマなら、響希でも逃げられる余地はあるかもしれない。


 そう思い、次はどんな攻撃が来るのかと顔を背後へ向けた時──



 シャグマは既に響希の眼前まで迫っていたのだ。



「は…………ッッ」



 次の瞬間、響希の右腕は勢いよく食い千切られた。



* * * * * * * * * 




 ──響希という少年にとって、麗翔の存在は大きかった。



 そこに大した理由がある訳でもない。ただ麗翔が初めての友達だったと、それだけの事だ。



「よ、何描いてんの?」


「アニメの絵」


「絵うまっ!?」



 思い返してみればそんな、本当に他愛ない初対面だった。二人とも5歳ごろという同時期に保育園に入園し、何となく子供向けアニメのキャラを描いていた麗翔に響希が話しかけた、というのがきっかけだ。


 しかし響希は、そんな麗翔でなくとも他人が困っていれば誰でも助けるのだ。

 年寄りが重そうに荷物を持っていれば代わりに荷物を持つ、友人が上級生に虐められれば体を張って止める。


 いつだったか女子から愛を告白されて頷くも、結局付き合って1ヶ月過ぎた頃には別れを告げられていた。それでも響希は彼女を許し、全然気にしてないと言い切って普通の友人同士に戻った。



 そうやっていつでも、自分よりも人の事を考えていた。



 それでも麗翔は大切な親友なので、確かに他人よりも彼を救おうと意識は強いのかもしれない。

 その上ちょうど5歳の時に、そんな意識が芽生えたきっかけがあった気もするが──思い出せないという事は大した事でもないのだろう。



 だから響希はいつだって他人を優先する、そんな人間だった。



 だから最後まで、そんな人間でしかなかった。


 最期まで、そんな人間にしかなれなかった。



 やがて時は過ぎ、今に至る。



 それこそが麗翔の心を苦しめるという事にも気付かず、響希は自己犠牲に徹したのだ。


 響希はもちろん自殺志願者ではないが、後先を深く考えずに自分の命を投げ打ってしまった事の末路だろう。



「あッッ……」



 気が付けば弾かれたように吹き飛んで再び地を転がっていた。そして左腕は肩からごっそりと消え去り、抉れた傷口からはささくれ立った肉と骨が出ている。



 真っ赤な液体がそこら中に飛び散り、痛みにもがきながら地に伏せる。



──何で俺は、わかってたはずだ、こうなるって



 すると両足における膝の少し上辺りの感覚が、一瞬だけ轟音と共に消え去ったのを感じる。

 その理由を知ろうと無意識に首をゆっくりと後ろへ回す響希だが──結果は途中から勘付いていた。



「が……ァアアアッッ!!?」



 瞳に映ったのは──シャグマの剛腕とそこから伸びる巨大な大爪によって、響希の腿から下が切断されてしまっている光景だ。



「うッあ、アアッ……!!」



 浅はかに命を投げ打った先程とはうって変わって、今の響希が感じているのは絶望と恐怖でしかない。



──最期まで本当にバカだな、俺



 やがて叫びすぎた事で喉は枯れ始め、意識と視界はぼんやりと薄暗くなり始めた。

 そんな響希を躊躇することなくシャグマは左手で持ち上げ、右腕があったハズの場所から生えた紫色の剛腕と大爪を構える。



 やがてこれまでの人生における様々な出来事が、まるで走馬灯のように脳内で再生されていく。


 そんな中で、ついさっき命を捨てる事を決心したはずの響希はいつの間にか。



──できる、ことなら



 思ってしまっていたのだ。



「もっと、お前らと……」



 家族の顔、カノンの顔、そして麗翔の顔が脳内で表示されていく。異世界に行って家族と分断されてしまったのも辛い事だが、気が付けばカノンや麗翔と過ごす異世界も悪くないと思えてしまっていた。


 共に兵団基地までの長い道を歩み、共に魔法を学び、共に敵を倒した、たった1日の思い出。麗翔とカノンと響希で過ごしたたった1日だけの思い出が、心を締めつける。



 だから最後に、今思うありったけの願望を言い放って。



「一緒に……」



 響希がそう呟き瞳を涙で潤わせながら、その間にシャグマは剛腕を振りかぶる。そこでついに死を覚悟した響希の意識は、暗闇に侵食され始めていたのだ。

 


「麗翔、俺まだ、死にたく……」



 瞬間。言葉に被せて、純血の噴き出す音がした。

 響希の人体を形成する血肉の何もかもが零れ落ち、意識も感情も何もかもが霧のように消えていき。もはや死を拒む事も痛みに苦しむ事も忘れ、やがて──



 ──金野響希は、命を落とした。

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