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無限に終わらない  作者: 睦月煉
第1章   邂逅と離別
29/50

28話    胸張って生きろ



「なんで……まだ……ッ! あんなのもう、魔人ってよりただのバケモノじゃねえかよ……!!」


 遠目に見える禍々しい怪物を睨みながら、響希はぶつけるように怒りを吐き捨てる。


「エリクさん……!」


 それを見た麗翔は、もはやどうすればいいのかなんの考えも浮かばずエリクを呼んだ。麗翔も響希もカノンも既に戦う力は残っていない。


 受け入れたくない惨状と自分にはどうしようもできない程の絶望感から、麗翔はエリクに(すが)る他なにもできなかったのだ。


 するとエリクは手綱で馬を操作しながら後ろを振り向いて言った。


「あぁ、あれはもう魔人じゃない。ただの魔獣だ」


「魔獣……!?」


「前に言っただろう? 魔石を取り込んだ人間は、理性が欠ければ無意識に暴走する。本人の魔力が切れていようが、魔石自体の魔力でな。奴も瀕死になった事でそうなったんだろう……俺達全員を恨んでいるハズだし、恐らく奴を取り押さえた兵士をどうにかしてここまで来た」


「でも、エリクさんなら……勝てるんですよね?」


「……魔力も体力も切れて、貫かれた片足も動かせない。恐らく勝負にすらならないだろう」


 振り返っていた体を戻し再び前を向いたエリクは、悔しげな口調で静かにそう言う。再び絶望の淵に閉じ込められた麗翔は歯ぎしりをしてその場に座り込んだ。


「このまま、逃げ切ることは……」


「兵団基地まで、まだ40分はかかる……奴の速度からしてもう数分後にはここまで到達するだろう」



「そん……なの、どうすれば……」



 この場にいる四人が、それぞれ限界まで戦った事で一時の勝利は収めた。

 しかしあの狂人は、自分の限界を越え理性すら忘却の彼方へと消し去り、もはやただの魔獣として、今こうして麗翔達を殺しにかかって来ている。


 戦おうにも、この場で魔法を使えるものは一人としていない、剣を使えるエリクは脚を負傷しそもそも剣が折れている。


 カーチェイスのように馬車を巧みに操って障害物にぶつけるという作戦も思い浮かぶが、そもそもここは何もない荒れ果てた平地だ。つまりこれも却下。


「何が……これだけやって、何が足りなかったんだよ……ッ!! 何回も繰り返して、あれだけ苦しんで、あれだけ戦って、なにが……」


 麗翔は目を細めながら、先程よりも僅かに距離を縮めたシャグマを見る。

 先の見えないどん底、というより、そもそも先が存在しない圧倒的な絶望の前に、麗翔はいたのだ。やがて麗翔は膝をついてただただ呆然としていた。


 もはや打つ手はないのだろうか。



 そんな思いが麗翔の内に浮かび上がり、次第に全てが虚ろになりかけていた。


 ──そんな時、響希が口を開く。




「なぁ、麗翔」



「────」



「レーイート!」



「────?」



「そんな暗い顔してんなよ!」



 麗翔は、自分が何を言われたのかよくわかっていなかった。

 この全てが終わる状況で、やがて終わる事が決まった世界で、彼が何を言っているのか、麗翔には理解できなかった。理解できないまま呆然と、気軽そうに笑う響希の瞳を見ていた。



 思えば麗翔は、人の顔なんて滅多に見たことはなかった。いつだって人の顔の下──首あたりと会話をしていた。

 何故そうなったのかは今語られるものではないが、大層な理由は特にない。単に麗翔が人見知りなだけだ。



 そんな麗翔が思わず彼の目を見てしまう程、この緊迫した状況で彼が放った言葉は大きかった。



「お前は死んだ魚か、なーに全部諦めたみたいに間抜けな顔してんだ」


「何言って…………もう終わるんだよ僕らは。こんなの、どうやったって、どうしようもないだろ……!」


 麗翔は目を背けながら顔を歪ませ、吐き捨てるようにそう言った。しかしそれでも響希は変わらず麗翔の目を見ている。

 そうして数秒間、その場には沈黙が漂い、馬車の進む音だけが響く。



 そんな中、その沈黙を切り裂くように、響希は麗翔の肩に手を乗せて穏やかな口調で言った。



「お前さ、色々難しく考えすぎ」


「────」


「……よく聞け。お前は何でもかんでも深く考えすぎなんだ、これくらいの絶望でお前は終わらねえよ。 俺が終わらせねえ」


「さっきから、何言ってんのか……」


「何回繰り返したとかそういうの考える前に今を見てみ、諦めるにはまだ早ェだろ?」



 こんな絶望しかない状況で、少し経てばシャグマが馬車を全滅するであろうこの状況で、響希は諦めてすらいなかったのだ。


「例えば剣が折れたってまだ戦える、でも命を諦めたらそれこそ全部終わりだぜ? ベタなセリフだけど、少しでも可能性があるなら挑めばいい、お前はそれができるって信じてる」


「────」


「俺の信用を押し付けるのも悪ィけど……だってお前が諦めなかったから今があるんだろ? 諦めたら終わりとか言ってる俺ですら、お前がいなきゃ絶対ここまで来れなかったと思うよ」


「────」


「だからそんな顔すんな。これからもそう、お前は勇気がある奴だ。その勇気の結果、お前は変態も爆発野郎も倒した。だからこれからも、何があっても勇気出して立ち向かってみろ。苦痛かもしれねぇけど……それができるのはお前の特権だろ」



 響希は言いながら立ち上がり、その全てを話し終えるとシャグマの方へとゆっくり振り返る。そのままシャグマの方へ一歩ずつ静かに歩き始め──

 その瞬間、その場の全員が響希のやろうとしている事を察した。



「響希、何を?」


「言っただろ、お前は俺が終わらせねえって。だからお前は終わらない、だから生きる事を諦めんな」


 ──馬車を飛び降り、自らを犠牲にして麗翔たちを逃がそうと。そんなところだろう。


「ヒビキさん……?」

「ヒビキやめろ! 他にまだ手があるはずだ!」


「そうだ、僕に諦めるななんて言っといて響希は生きるのを諦めるのか!? そんなの……」



 カノンもエリクも麗翔も、彼に向けて一気に声をかける。そのまま麗翔は、馬車の後方壁際へと歩く響希の腕を、その歩行ごと無理やり止める勢いで掴んだ。

 すると響希は、完全に背を向けた状態から微かに後ろを向くと、清々しいくらいの笑顔で言い放つ。



「なんだ、俺は生きるの諦めてねーよ? 俺は離脱して注意を引きながら逃げる。それでみんなは助かるし俺は確実に助かる、完璧だろ?」



「……無茶に決まってる」



「だぁから諦めんなって。その内帰ってくるからよ、お前はそれを信じてればいい。だからお前もさ……なんか目標でも決めて、それに向かって足掻いてみ。俺も今から、足掻いてくるから」


「僕は響希ほど強くない、心も体も。弱くて内気でコミュ障でダサくて。今回だって失敗ばかりを重ねて、響希がいなきゃ、ただの無能さ。ずっとそうだ、僕は変われない」


「んまぁ、そりゃ人は変わらねぇだろうけどさ……だからこそ、無理に変わる必要なんてない。弱くたっていい、ダサくたっていい、何回失敗してもいい───だから、胸張って生きろ」



 それを聞いた麗翔は唖然し、ほんの一瞬だけ響希の腕を握っていた力が抜ける。


 そしてその直後に響希は走り出した。


 麗翔は再び腕を掴もうとするが既に遅い、響希は幌馬車の壁に手を掛け、そこから勢いよく飛び上がっていた。



「響希ッ!!」



 麗翔は無意識に彼の名を呼んでいた。もはや目に涙が浮かびそうなくらいの表情で、心から訴えるような叫び声で。



「響希──ッッ!!」



 そうしてもう一度、腹の底から声を捻り出してみるが彼は止まらず、もはや後戻りできない距離まで跳んでいた。


 エリクもカノンも後ろを見ながら絶望的な表情で唖然としている。当然だ、彼を死なせてしまったら麗翔は何のために──

 

 

 そんな事を考えていると、響希が滞空中に一瞬こちらを向く。



 そこで麗翔は気付いたのだ。


 こんな状況でも麗翔へ微笑みを見せる響希に。




 その刹那、響希は落ちた果実のように大胆に転げながら地面に到達した。しかしその瞬間を麗翔は視野に入れていない。



 響希が微笑みを見せた瞬間に麗翔は前を向いたにだ。彼が必ず生きて帰ってくることを信じて。



 だから決して振り返らない、予想もしない。他に何も考えない、妄想だろうが自分の望む結末だけを見ていたい。

 そうして涙を堪えながら、麗翔は前だけをみる。







 ──ハズだった。




「…………!!」



 諦めないだとか、信じるだとか、そんな理由で前を向いた訳ではない。


 単に、彼の未来を考えたくなかったからである。誰が考えたってわかることだ、あの悍ましい怪物に響希が敵うはずない。

 だから何も考えたくなかった、何も知りたくなかった、何も見たくなかった。



 しかし人間の好奇心とは時に恐ろしいものである。もちろん恐怖が生んだ好奇心に変わりはないが、それでも麗翔は後ろが気になって仕方がなかったのだ。



 カノンは絶望を飲み込むように険しい表情をしながら、俯いて一切顔を動かそうとしていない。麗翔もそうしたい気持ちは山々だ。だが、親友の命がどうなったか──気にならずにはいられないだろう。


 すると気が付けば、麗翔は無意識に再び後ろを振り返っていたのだ。



「────」



 しかし声は出ず、体も動かない。その理由は説明するまでもない。


 ただ、その時に彼が見たのは単純なものだった。



 口を大きく開いて、勢いよく響希に襲いかかるシャグマの姿。



 そして勢いのままに右腕を食い千切られ、激しい血飛沫を宙に舞わせる──響希の姿。




 そんな、誰でも予想できた結末。

 そのまま麗翔は目を見開き、恐怖で硬直したようにその光景を見ていた。



「…………」


 麗翔は何も見ていないと、何かの見間違いだと、そう願った。そう思い込んだ。そう決めつけた。


 ──そうするしか、まともに精神を保つ方法が見当たらなかったから。


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